大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)982号 判決 1953年6月12日
原告 早苗泰藏
被告 株式会社波部製作所
主文
被告は原告に対し金四万八千三百三円四十一銭を支払え。
原告その余の請求は之を棄却する。
訴訟費用は之を十分しその一を原告その余を被告の負担とする。
事実
原告は、被告は原告に対し金四万九千七百二十四円七十七銭を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、原告は昭和二十五年十一月十一日被告会社に雇傭せられ旋盤工として勤務していたが昭和二十六年十二月二十九日より被告より一方的に解雇せられるに至つた。而して右雇傭期間中の原告の賃金は一日八時間労働、四百円の定めであるところ原告は昭和二十六年六月一日より解雇の当日迄に五百十二時間1/2の時間外労働、百七十九時間の深夜労働及八日間の休日労働をしているので被告は二割五分以上の(深夜業については五割)割増賃金を支払うべき義務あるに不拘右義務を履行せず昭和二十六年八月十六日故なく原告の就業を拒否して原告を労働させなかつたのみならず原告は昭和二十六年十二月に四日の有給休暇を取つたので別紙目録記載の如き割増賃金並びに休業手当二百四十円及有給休暇中の平均賃金計二千三百六十二円七十二銭等合計金一万四千二百八十三円九十七銭の請求権がある。しかも前記の如く被告は原告を即時解雇したものであるから三十日分以上の平均賃金を支払う義務があり平均賃金は一日五百九十円六十八銭の計算となるから原告は被告に対し右三十日分一万七千七百二十円四十銭及労働基準法第百十四条による同額の附加金並びに前記割増賃金休業手当等を合計した金四万九千七百二十四円七十七銭の支払を求めると述べ被告の抗弁事実を否認した。(立証省略)
被告は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として被告が原告をその主張の期間雇傭したこと、原告の賃金が一日八時間労働四百円であること、原告がその主張の如き量の時間外労働、深夜労働及休日労働をしたこと、平均賃金が一日五百九十円六十八銭であること、並に被告が割増賃金を支払つていないことは何れも之をみとめるが被告は原告に対し昭和二十六年八月十六日就業を拒否したこと、被告が原告を一方的に解雇したとの原告主張事実は否認する。又原告主張の有給休暇は原告が予め被告に請求することなく無断で休んだものであるから、被告にその間の平均賃金支払義務はない。
抗弁として原告主張の割増賃金については原告等従業員と被告会社との間に時間外労働深夜業等により従業員の取得すべき割増賃金請求権と被告会社が従業員等に食事を立替支給することにより会社の取得すべき食事代の立替金請求権(被告会社では従来従業員より食事代として一日七十円を給料中より徴収していたが被告の立替えた食事代は常に之を超過していた)とを対当額につき相殺する旨の特約があつたところ被告は原告に対し昭和二十六年一月一日より同年十二月二十九日迄少くとも金一万一千百三十円の食事代不足額(一日三十五円の割合で三百十八日分)の立替金請求権を有していた外残業及深夜業時に於ける百十八回の食事代合計三千五百四十円(一回に付三十円として計算)の立替金請求権を有していたから右特約にもとずき原告主張の割増賃金請求権と対象額に付相殺せられた結果原告の割増賃金請求権は消滅している。次に解雇の主張については仮に原告が自発的に退職したものではないとしても原告に於て不当の賃金値上の要求をなし且つ従業員の怠業を煽動する如き言動があつたので被告は原告を解雇したものであるから右解雇は原告の責に帰すべき事由にもとずくものと謂うべく被告に解雇予告手当を支払うべき義務がない。仮に原告の責に帰すべき事由による解雇でないとしても被告が原告を雇傭するに際し原告に於て不当の賃料値上の要求乃至怠業の煽動等の言動があつた時は被告は予告手当を支払わずに原告を解雇できる旨の特約があり被告は原告に於ける前記の如き言動のあつたことを理由として右解雇権留保の特約にもとずいて原告を解雇したものである以上被告に解雇予告手当の支払義務はない。と述べた。(立証省略)
当裁判所は職権で原被告本人の訊問を行つた。
理由
原告が昭和二十五年十一月十一日被告会社に雇傭せられ旋盤工として昭和二十六年十二月二十九日迄勤務していたこと、右雇傭期間中に於ける原告の賃金は八時間労働一日四百円の定めであり原告は昭和二十六年六月一日より雇傭関係終了の日迄五百十二時間1/2の時間外労働、百七十九時間の深夜時労働及八日間の休日労働をなしたことは何れも当事者間に争のないところである。従つて被告は労働基準法第三十七条により之等に対する割増賃金として別紙目録記載の割増賃金を支払う義務があるところ被告は原告等従業員との間に右割増賃金と被告が従業員に立替支給した食事代不足額並びに残業時及深夜業時に於ける立替食事代とを対象額に付相殺すべき旨の約束があり右約束にもとずき原告の割増賃金請求権は相殺せられ消滅に帰したと抗争するので之の点に付判断するに右の如き約束は労働基準法第二十四条に違反する嫌があるのみでなく被告の主張する立替金額については之を立証するに足りる証拠がないから被告の右抗弁は採用できない。
次に原告本人の供述によれば昭和二十六年八月十六日に原告は被告によりその就業を拒否せられたため労働しなかつた事実を認めることができるが当日は停電日であつたため旋盤を使用できなかつた事実が同時に認められるから他に特別の事情がない限り右就業拒否のみの事実を以て使用者の責に帰すべき事由による休業と謂うことを得ないから被告に当日の休業手当を支払う義務はない。
又年次有給休暇については之を労働者が請求すると否とに不拘使用者に於て之を与える義務を負うものであるが労働者に於て有給休暇を与えられるためには労働者に於て予め時季を指定して之を使用者に通知することを必要とし労働者に於て勝手に欠勤日を爾後に於て有給休暇に振替えることは出きないと解せられるところ原告本人及証人瀬川房二の供述によれば原告は昭和二十六年十二月二十三日及四日の両日については予め有給休暇を請求する旨の通知を被告会社にしていることが認められるが昭和二十六年十二月一日及三日の両日については予め有給休暇を請求する意思の通知をしている事実は之を認めるに足る証拠がないから(右認定に反する原告本人の供述の一部は信用できない)被告は十二月二十三日及四日の両日のみにつき平均賃金を支払うべき義務ありと謂わねばならぬ。
最後に原告と被告との雇傭関係の終了が被告の一方的な解雇の意思表示によるものであるかどうかの点につき判断するに成立に争ない乙第一号証に証人瀬川房二及原被告本人の供述並びに弁論の全趣旨を綜合すれば被告は原告を雇傭するに際し将来原告に於て不当な賃料値上の要求をしたり他の従業員を煽動したりする言動があつた場合は被告は予告手当を支払わずに原告を一方的に解雇できる旨の解雇権留保の特約がなされた事実、しかるに原告は度度賃料値上の請求をしたために遂に昭和二十六年十二月二十九日被告は前記特約に基き原告を即時解雇するに至つた事実を認めることができる。而して即時解雇の場合予告手当を支払わないという特約は労働基準法第二十条に違反して無効であり又右解雇に付原告に予告手当なしに解雇せられても止むを得ないと考えられる程の重大な義務違反乃至背信行為があつた事実は被告の立証しないところであるから本件解雇を労働基準法に所謂労働者の責に帰すべき事由による解雇ということはできないから被告に予告手当を支払うべき義務あること勿論である。
仍て原告の請求は休業手当二百四十円及昭和二十六年十二月一日及三日の両日の平均賃金千百八十一円三十六銭の請求を除き正当であるから金四万八千三百三円四十一銭に付之を正当として認容し他を失当として棄却すべきものとし訴訟費用の負担に付民事訴訟法第九十二条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 原田修)
(別紙目録省略)