大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)4931号 判決 1962年4月28日
原告 吉田喜美雄 外一一名
被告 不二機械工業株式会社)
主文
一、被告は、
原告吉田喜美雄に対し一一万八五六〇円
同前田哲之に対し一〇万七八四八円
同黒田守三に対し七万四八八〇円
同越崎英雄に対し二万円
同増井艶子に対し二五九〇円
同福田繁雄に対し三万七三一〇円
同寺川良太郎に対し一〇万二五六五円
同坂本平治に対し七万六二五〇円
同下瀬勇に対し八万九一〇〇円
及び原告福田を除く爾余の各原告については各金員について昭和三〇年一二月一六日以降原告福田についてはうち三万七三〇〇円について昭和三〇年一二月一六日以降、うち一〇円について昭和三〇年一二月二三日以降、各金員完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。
二、原告堀田康男、同鷲見弘行、同萩原光子の各請求及び原告吉田喜美雄、同前田哲之、同黒田守三、同越崎英雄、同増井艶子、同福田繁雄、同寺川良太郎、同下瀬勇の各その余の請求はいずれもこれを棄却する。
三、訴訟費用は、原告福田繁雄、同坂本平治の各支出した費用をすべて被告の負担とし、原告吉田喜美雄、同下瀬勇の各支出した費用を各四分しその各三を、原告黒田守三、同越崎英雄、同寺川良太郎の各支出した費用を各三分しその各二を、原告前田哲之の支出した費用を二分しその一を、いずれも被告の負担とし、被告の支出した費用を三分しその一を原告堀田康男、同鷲見弘行、同増井艶子、同萩原光子の平等負担とし、原告福田繁雄、同坂本平治を除くその余の各原告及び被告の支出したその余の費用は各支出者の負担とする。
四、この判決の主文第一項は、原告吉田喜美雄において四万円、同黒田守三、同坂本平治において各二万円、同越崎英雄において七〇〇〇円、同福田繁雄において一万円、同前田哲之、同寺川良太郎、同下瀬勇において各三万円の担保を供したとき、また原告増井艶子は無担保で、それぞれその原告より仮りに執行できる。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告等の申立
「被告はそれぞれ
原告吉田喜美雄に対し一五万三五六〇円、
原告前田哲之に対し一九万二五八〇円、
原告黒田守三に対し九万六八八〇円、
原告越崎英雄に対し三万円、
原告堀田康男に対し二万四〇〇〇円、
原告鷲見弘行に対し二万四〇〇〇円、
原告増井艶子に対し三万八七〇〇円、
原告福田繁雄に対し三万七三一〇円(主文第一項と同額)、
原告寺川良太郎に対し一三万一三〇〇円、
原告坂本平治に対し七万六二五〇円(主文第一項と同額)、
原告萩原光子に対し一万五七五〇円、
原告下瀬勇に対し一〇万九五〇〇円、
及び右各金額に対する訴状送達の翌日以降各金員完済に至る迄年六分の割合による金員を各支払うべし。
訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
二、被告の申立
「原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。」
との判決を求める。
第二、当事者双方の主張
一、原告等の請求原因
原告等は、別表(一)記載の各日時にそれぞれ被告不二機械工業株式会社に入社し、爾来原告等はいずれも被告の社員であつたところ、被告は、昭和三〇年二月初旬頃、原告吉田、同前田、同黒田、同越崎、同堀田、同鷲見、同増井、同下瀬の八名に対し、何等事前の解雇予告無く、被告の機構縮少を理由として解雇の意思表示をなし、また原告福田、同寺川、同坂本の三名は昭和三〇年三月に、同萩原は昭和三〇年四月に、被告の機構縮少を機会にそれぞれ依願退職して、原告等は右各日時頃いずれも被告の社員たる地位を喪失したのである。
ところで、昭和二八年六月一日制定実施にかかる被告会社の就業規則には社員退職の場合の退職慰労金支給に関する退職慰労金規程があり、右規程第三条によれば、正社員の退職慰労金は退職時の本俸に勤続年数を乗じたる額とし、勤続年数が一年未満の場合は月割計算により、一月未満の場合は一月に繰り上げて算出すべく、また勤続三年以上の場合は右により算出された金額に勤続年数に応じて一定の率(三年以上は二〇%、四年以上は二二%、五年以上は二五%、六年以上は二八%、以下省略)を乗じたる額を加算する旨定められているところ、原告等の各入社及び退社日時、勤続年数並びに各退職時の本俸はそれぞれ別表(一)記載の如くであつたから、被告に対し、原告吉田は一一万八五六〇円、同前田は一六万八五八〇円、同黒田は七万四八八〇円、同越崎は二万円、同堀田同鷲見は各一万六〇〇〇円、同増井は三万八〇〇円、同福田は三万七三一〇円、同寺川は一三万一三〇〇円、同坂本は七万六二五〇円、同萩原は一万五七五〇円、同下瀬は八万九一〇〇円の各退職慰労金の支払を求める権利があり、更に、前記のとおり、予告なく解雇された原告吉田、同前田、同黒田、同越崎、同堀田、同鷲見、同増井、同下瀬の八名は、被告に対し、労働基準法第二〇条に定める最低三〇日分以上の平均賃金の支払を求める権利があるところ、各原告について右法条に謂わゆる平均賃金の三〇日分相当額は、原告吉田につき三万五〇〇〇円、同前田につき二万四〇〇〇円、同黒田につき二万二〇〇〇円、同越崎につき一万円、同堀田同鷲見につき各八〇〇〇円、同増井につき七九〇〇円、同下瀬につき二万四〇〇円であつたから、原告等は退職後再三右各金員の支払を請求したが被告はこれに応じない。よつて被告に対し、右原告八名は前記退職慰労金及び右平均賃金三〇日分相当額、原告福田、同寺川、同坂本、同萩原の四名は前記退職慰労金、並びに各金員に対する訴状送達の翌日である昭和三〇年一二月一六日以降各金員完済に至る迄商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める為本訴に及んだ次第である。尚被告の自白の撤回には異議がある。
二、被告の答弁
原告等主張事実中、原告吉田、同前田、同寺川の三名を除く爾余の原告等がそれぞれその主張の日時に被告に入社したこと、被告が機構整理の為事前の予告無くして原告下瀬を原告主張の日時に解雇したこと、原告福田、同寺川がそれぞれその主張の日時に任意退職したこと、原告等の勤続期間が原告黒田、同増井について各三年三ケ月、原告越崎、同堀田、同鷲見についていずれも二年、原告下瀬について三年七ケ月であること、被告の就業規則中に原告等主張の如き退職慰労金支給に関する規定が存すること、原告等が被告社員たる地位を喪失した当時の本俸及び平均賃金三〇日分相当額が各原告主張の如くであることはいずれも認めるが原告吉田は昭和二六年四月被告に入社し昭和三〇年二月退社したからその勤続年数は三年一一ケ月(原告の主張年数を超過)であり、原告前田は昭和二五年一二月被告に入社し昭和三〇年二月退社したからその勤続年数は四年三ケ月であり、原告福田の勤続年数は二年九ケ月(前同)であり、原告寺川は昭和二五年一二月に被告に入社し昭和三〇年三月に退社したから勤続年数は四年四ケ月であり、原告坂本は昭和二五年一二月に被告に入社し昭和三〇年二月被告を退社したからその勤続年数は四年三ケ月(前同)であり、原告萩原は昭和二八年二月に被告に入社し昭和三〇年三月被告を退社したからその勤続年数は二年二ケ月である。被告会社は昭和二五年一二月八日に設立されたから、原告前田、同寺川の両名が被告会社設立前に入社できた筈がない。
また被告が原告前田、同吉田、同黒田、同越崎、同堀田、同鷲見、同増井を各原告主張の日時に解雇したとの主張は否認する。同原告等は元被告代表取締役訴外高嶋友武が設立した訴外富士産業株式会社に入社するため、昭和三〇年二月初旬頃、いずれも被告を任意退職したものである。
以上の次第であるから、被告は、各原告の請求中、退職慰労金債権については、原告吉田については原告主張額以上の一四万六六四〇円、同前田については一〇万五七四〇円、同黒田、同越崎、同堀田、同鷲見、同下瀬については各原告主張の金額、同増井については原告主張額以上の三万八一〇円、同福田については同じく三万八五〇〇円、同寺川については一〇万二五六五円、同坂本については原告主張額以上の七万七七七五円、同萩原については一万五一七〇円の各支払義務が生じたことを認め、また解雇予告手当債権については、原告下瀬について同原告主張の金額の支払義務が生じたことを認めるが、原告前田、同寺川、同萩原について右の限度を超える退職慰労金債権及び原告吉田、同前田、同黒田、同越崎、同堀田、同鷲見、同増井の各原告について解雇予告手当債権の生じたことは否認する。
尚、被告は、昭和三一年六月一日午前一〇時の口頭弁論期日において、原告前田、同寺川の各入社日時、原告坂本、同萩原の各退社日時、原告前田、同寺川、同萩原の各勤続年月について各原告の主張を認める旨述べ、また原告前田の退職慰労金債権は一〇万七八五〇円である旨述べたが、右はいずれも被告の錯誤に基く誤まれる主張であつたから、前述のとおり訂正主張する。これら原告等の入退社日時、勤続年月等は退職慰労金債権発生原因の間接事実であるにすぎないから従前の主張をこのように改めることは何等自白の撤回とはならないし、仮りに自白の撤回に当るとしても、本件は多数の当事者に関する案件で、事実関係計算関係ともに複雑なるため、被告は錯誤に基き誤まれる主張をなしたものであるから、これが撤回は許さるべきものである。
三、被告の抗弁
(一) 原告吉田、同前田、同黒田、同越崎、同福田、同坂本、同下瀬に対する抗弁
被告は、原告吉田、同前田、同黒田、同越崎、同福田、同坂本、同下瀬の各自に対し別表(二)各欄記載の日時に各欄記載の金員をそれぞれ貸し付けた結果、これを合計すると原告吉田に対しては一三万八六六三円、同前田に対しては一万七四二〇円、同黒田に対しては一三万二〇一〇円、同越崎に対しては二万一六八〇円、同福田に対しては三万九二四五円、同坂本に対しては五万六二七〇円、同下瀬に対しては一八万六二四四円の各貸金債権を有している。よつて被告は本訴昭和三一年三月三一日午前一〇時の口頭弁論期日において原告等代理人に対し右各貸金債権をもつて各原告の本訴退職慰労金債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をしたから、各原告の右債権は対当額の限度で消滅している。
(二) 原告堀田、同鷲見、同萩原に対する抗弁
被告は、原告堀田、同鷲見、同萩原の三名に対し、退職慰労金として各原告主張額相当の金員をそれぞれ現実に提供したが、いずれも受領を拒絶せられたので、昭和三一年三月九日、右各金員を大阪法務局に弁済の為供託した。よつて被告の右各原告に対する退職慰労金支払義務はすでに消滅している。
(三) 原告増井に対する抗弁
被告は、原告増井の被告退社当時、同原告に対し二六〇〇円の貸金債権を有していたから、昭和三一年二月頃、同原告に対し右債権をもつて同原告の被告に対する退職慰労金債権と対当額において相殺する旨の意思表示をなした。そして原告の右債権中、右対当額を超える二万八二一〇円については、その頃同原告に提供したところ受領を拒絶されたので、昭和三一年三月九日、大阪法務局に弁済の為供託したから、被告の原告増井に対する退職慰労金支払義務はすでに消滅している。
仮りに前記相殺の事実が認められないとしても、被告は本訴(昭和三一年三月三一日午前一〇時の本件口頭弁論期日)において原告等代理人に対し仮定的に相殺の意思表示をなしたから、被告の退職慰労金支払義務は結局すべて消滅に帰しているのである。
(四) 原告寺川に対する抗弁
被告は、昭和二六年頃、原告前田が訴外上田貞子から現に原告寺川居住の大阪市東淀川区国次町三一二番地の居宅を賃借するに際し、原告前田が右上田に対して支払うべき権利金九万五〇〇〇円を、同原告の為に、右上田に対し、昭和二六年六月二三日に二万円及び同年同月二七日に七万五〇〇〇円の二回に分割して立替支払つたが、その後、原告寺川は、原告前田から右の居宅賃借権を引き継ぎ、これと同時に原告前田の被告に対する立替金返還義務をも承継するに至つたのである。
また被告は原告寺川に対し別表(二)各欄記載の日時に各欄記載の金員をそれぞれ貸し付けた結果、同原告に対し合計一万五八六五円の貸金債権を有している。
よつて被告は本訴(昭和三一年三月三一日午前一〇時の本件口頭弁論期日)において原告等代理人に対し被告の右立替金返還請求権及び各貸金債権をもつて原告の本訴退職慰労金債権と対当額において相殺する旨の意思表示をなしたから、原告の右債権はすでに消滅している。
四、被告の抗弁に対する原告等の答弁
(一) 原告吉田、同前田、同黒田、同越崎、同福田、同坂本の答弁
各原告が被告主張の各日時にその主張の如き金員をそれぞれ借受けたことは否認する。被告主張の金員の多くは元来被告会社の負担に帰すべき営業用の旅費、交通費、顧客接待費などであつて、これらはいずれも従業員名義の仮払金として一旦記帳されることがあるために、その経理上の精算未済分が原告等個人名義の仮払金として帳簿上残存しているに過ぎない。これを原告等個人の借受金と主張する被告の抗弁は理由がない。
(二) 原告堀田、同鷲見、同萩原の答弁
被告がその主張の日時に、原告鷲見に対する退職慰労金債務弁済のため、一万六〇〇〇円を大阪法務局に供託したこと、及び、原告萩原に対する退職慰労金債務弁済のため、金員を供託したことはいずれも認める。しかしながら、原告萩原に対する弁済供託は退職慰労金債権一万五七五〇円の一部である一万五一七〇円についてなされたに過ぎないから、同原告については弁済の効果が生じていない。(なお原告堀田はこの点につき答弁していない。)
(三) 原告増井の答弁
被告が、その主張の日時に、原告増井に対する退職慰労金債務弁済のため、二万八二一〇円を大阪法務局へ供託したことは認めるが、被告が原告増井に対しその主張の如き貸金債権を有したこと、また被告が昭和三一年二月頃原告増井に対し右貸金債権をもつて本訴退職慰労金債権と対当額において相殺する旨の意思表示をなしたことはいずれも否認する。また右供託は原告増井の退職慰労金債権三万八〇〇円の一部についてなされたに過ぎないから、右供託によつては弁済の効果が生じていない。
(四) 原告寺川の答弁
現に原告寺川居住の家屋は、被告が被告の社宅として利用する目的で、自ら権利金を支払つて訴外上田貞子より賃借し、原告前田をして居住せしめていたところ、同原告の退去後、被告の指示により原告寺川が社宅としてこれに居住するに至つたものであつて、原告前田が右家屋を賃借したものでもなければ、被告においては原告前田の為に権利金を立替支払つたものでもない。従つて原告寺川が被告の支出した権利金を負担すべき謂われはない。
また原告寺川は被告主張の各日時にその主張の如き各金員を借受けたことはない。
(五) 原告下瀬の答弁
被告主張の貸金債権については、原告下瀬が、別表(二)のうち、(2)(4)(7)(8)(11)ないし(13)(15)(17)(21)(23)ないし(27)(31)(33)(34)(36)(38)ないし(41)(43)(44)の各欄記載の日時にその記載の如き金員をそれぞれ被告から借受け、合計一〇万九四〇〇円の借受金債務を負担したことは認めるが、その余については否認する。別表(二)記載の各欄のうち(3)(18)(32)(35)(37)(42)については、いずれも被告主張の日時にその主張の金員を受領したことは認めるが、(3)は原告下瀬の奈良への出張旅費として(18)(32)(37)(42)はいずれも営業用の交通費として、(35)は営業用の交通費及び顧客接待費用として、それぞれ支給を受けたものであつて、いずれも原告個人の借受金ではない。
五、原告等の再抗弁並びに法律上の主張
(一) 原告吉田、同前田、同黒田、同越崎、同福田、同寺川、同坂本の再抗弁並びに法律上の主張
仮りに被告が原告等に対しその主張の如く金員を貸付けたとしても、各貸金は、貸付日の属する月の末もしくはその翌月末の給料日において、各原告の給料から差引き回収されて精算済である。
又、仮りに然らずとするも、労働基準法第一七条及び第二四条の法意からすれば、使用者は自己の労働者に対して有する反対債権をもつて、労働者の有する賃金債権と相殺することを許されないものというべく、本件退職慰労金債権は賃金債権に外ならないから、被告の相殺の意思表示は何等の効果を生じない。
(二) 原告下瀬の再抗弁並びに法律上の主張
被告主張の貸金債権中、(2)は昭和二七年八月末に、(7)は同年一一月末に、(8)は同年一二月末に、(11)は昭和二八年三月末に、(12)(13)はいずれも同年四月末に、(15)(17)はいずれも同年七月末に、(21)(23)はいずれも同年九月末に、(25)は同年一一月二一日に、(26)は同年一一月末に、(31)(34)はいずれも同年一二月末に、(38)(39)はいずれも昭和二九年一月二〇日に、(40)(41)はいずれも同年二月末に、(24)(27)(33)(36)(43)(44)はいずれも同年七月一五日に、(4)は同年九月末に、各全額を返済したから、被告の右貸金債権はいずれも消滅している。
被告が仮りに右以外の分についてその主張の如き貸金債権を有したとしても、それらはいずれも各貸付日の属する月の末もしくは翌月末の給料日において、原告下瀬の給料から差引き回収されて精算済である。
また仮りに右弁済の抗弁がいずれも認められないとしても、使用者たる被告が労働者たる原告下瀬に対して有する反対債権をもつて本訴退職慰労金債権と相殺することが許されないことは右(一)における原告吉田等の主張と同様であるから、結局被告の抗弁は理由がない。
六、原告等の再抗弁に対する被告の答弁
各原告主張事実はすべて争う。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、自白撤回の問題について
(一) 原告前田は昭和二三年一一月の入社から昭和三〇年二月の退社まで六年四ケ月勤続したから被告会社就業規則中の退職慰労金規程第三条によつて一六万八五八〇円の退職慰労金の支払を受ける権利があり、(二)原告寺川は昭和二四年一一月の入社から昭和三〇年三月の退社まで五年五ケ月間勤続したから前同規程によつて一三万一三〇〇円の退職慰労金の支給を受ける権利があり、(三)原告萩原は昭和二八年二月の入社から昭和三〇年四月の退社まで二年三ケ月勤続したから前同規程によつて一万五七五〇円の退職慰労金の支給を受ける権利があると主張するところ、被告は昭和三一年六月一日午前一〇時の口頭弁論期日(以下前の弁論と称する)においては、右各原告の入社退社日時および勤続年数を認めながら、右原告等に支給すべき退職慰労金額を(一)原告前田につき一〇万七八五〇円(二)原告寺川につき一〇万二五六五円(三)原告萩原につき一万五一七〇円であるとして各原告主張額を争い、その後昭和三二年四月一三日午前一〇時の口頭弁論期日(以下後の弁論と称する)において、従前の主張は錯誤に基くものとして撤回し、新たに(一)原告前田は昭和二五年一二月の入社から昭和三〇年二月初旬の退社まで四年三ケ月勤続したから前記規程によつて同原告に支給すべき退職慰労金は一〇万五七四〇円、(二)原告寺川は昭和二五年一二月の入社から昭和三〇年三月の退社まで四年四ケ月間勤続したからその退職慰労金は従前通り一〇万二五六五円であり、(三)原告萩原は昭和二八年二月の入社から昭和三〇年三月の退社まで二年二ケ月勤続したからその退職慰労金は従前通り一万五一七〇円であると主張するに至り、これに対し各原告は被告の右訂正は自白の撤回に当るとして異議を唱えるので以下この点につき判断する。そもそも労働者に退職慰労金債権が発生するがためには、(一)労使の間の労働契約にこれに関する約定が存し(通常労働協約または就業規則にその規定が存しこれが労働契約の内容となつている。)、(二)右約定による退職慰労金額確定のための基礎事実(通常退職時の本俸と勤続期間があげられる。)を必要とするところ、被告会社には就業規則として、退職時の本俸に勤続年数を乗じた額を退職慰労金の額とし、一年未満は月割計算、一ケ月未満は一ケ月に繰上げる、勤続三年以上の場合は右の退職慰労金に三年以上二〇%、四年以上二二%、五年以上二五%、六年以上二八%(以下略)の率を乗じた額を加算する趣旨の退職慰労金規程があることは当事者間に争いがないから、被告会社において右所定の場合所定の退職慰労金を支給すべきことが原告等と被告間の労働契約の内容をなしていることは明かであり、右規程による退職慰労金額算定のためには退職時の原告等の本俸と勤続年数とが要件事実とせられ、原告等にとり確定額の退職慰労金債権を取得するについては右二箇の要件が主要事実をなしているものということができる。従つて被告が原告前田、同寺川、同萩原につき、前の弁論でその各勤続年数がそれぞれ六年四月、五年五月、二年三月であることを認めながら、後の弁論ではこれをそれぞれ四年三月、四年四月、二年二月と訂正することは、一見右前の弁論での陳述が原告主張の退職慰労金債権取得についての主要事実の自白となり無条件にこれを撤回することはできないように思われる。しかしながら、被告は右前の弁論で右の如き陳述をしたとはいえ、同時に退職慰労金は、原告前田分は一〇万七八五〇円、同寺川分は一〇万二五六五円、同萩原分は一万五一七〇円であると主張したものであるところ、当事者間に争いのない右前田の退職時の本俸二万八〇〇〇円を根拠としその勤続年数を被告の訂正後の主張たる四年三ケ月として前記退職慰労金規程に従い計算すれば、同原告の取得すべき退職慰労金の額は一〇万七八四八円となり、当初の主張額と僅か二円の差を生ずるにすぎず、すなわち被告が右前田分一〇万七八五〇円と主張したことは、これを右規程に従つて逆算すれば、合理的には勤続期間として四年三ケ月を主張したものと解するの外ないものであるから、弁論の全趣旨としては、当初から被告は原告主張の勤続期間を争い訂正後の主張である四年三ケ月を主張していたものと解するのが相当であり自白撤回の問題は生じないものといわねばならない。
原告寺川同萩原についても右原告前田と同様、訂正後の期間に従い、且つ当事者間に争いのない各退職時の本俸を基準として、前同規程に則り計算すると同原告等が前の弁論で主張していた額と略一致(共に金四円宛の不一致があるがこのような微少な差異は退職期間を逆算するにつき影響がなく計算上の誤謬として無視するのが相当である)するところから口頭弁論の全趣旨からは、右原告等はそれぞれ後の弁論での期間を主張していたものと解するのが相当であつて自白の撤回の問題を生じないものと解するのが相当である。
被告が後の弁論で訂正した前の弁論でのその余の陳述中、原告等の入社時退社時に関するものは勤続期間なる主要事実についての間接事実にすぎずこのような事実についての自白は裁判上の自白たるの拘束力を持たず、またその他の点すなわち原告吉田、同福田、同坂本についての勤続年数についての主張の訂正は当初認めた同原告等の勤続年数よりも多くすなわち被告に不利に訂正したものであつて、原告主張の勤続年数を自白したことにおいて変りがない。なおまた被告が原告前田分の退職慰労金額を前の弁論で一〇万七八五〇円と主張したのを後の弁論で一〇万五七四〇円と被告に有利に訂正したことにつき、前の弁論での陳述を権利自白と解することができそうであるが、原告前田につき被告が後の弁論で訂正した勤続年数を基準として退職慰労金を計算すれば一〇万七八四八円となること前に説明した通りであつて、被告がこれを一〇万五七四〇円というのは単なる計算の誤であるにすぎずことさら右訂正の主張を権利自白の撤回というに値しない。
以上の理由により被告の前の弁論での原告主張に副う陳述をとりあげてこれを裁判上の自白であるとする原告の援用は何等の効果を生ずることなく、被告の主張は後の弁論におけるそれに訂正(もつとも明かな計算上の誤りのあること前記の通り)せられたものと解するのが相当である。
二、退職慰労金債権の存否
(一) 原告吉田、同黒田、同越崎、同堀田、同鷲見、同増井、同福田、同坂本、同下瀬について。
右原告九名がいずれももと被告社員であつたところ、いずれも昭和三〇年二月ないし三月頃被告を退社し、これと同時に被告に対し、原告吉田が一一万八五六〇円、同黒田が七万四八八〇円、同越崎が二万円、同堀田が一万六〇〇〇円、同鷲見が一万六〇〇〇円、同増井が三万八〇〇円、同福田が三万七三一〇円、同坂本が七万六二五〇円、同下瀬が八万九一〇〇円の各退職慰労金債権を取得したことは各原告と被告間に争いがない。(右各原告中吉田、増井、福田および坂本については被告は原告主張額以上を認めているが少くとも原告主張額の限度で双方に争いがないことにおいて変りはない。)
(二) 原告前田について。
原告前田は昭和二三年一一月に被告へ入社した旨主張するところ、被告は、被告会社の設立年月日は昭和二五年一二月八日であるから、それ以前に入社している筈がなく、同原告は設立直後の昭和二五年一二月に入社したものであると主張する。
よつてこの点についてみるに、原告主張の事実を認め得べき証拠は全く存しないばかりか、かえつて成立に争いない乙第二一号証(商業登録簿抄本)及び証人小島俊雄(第一回)の証言並びに被告代表者松長繁次尋問の結果を総合すれば、被告会社は昭和二五年一二月八日設立されたところ、右設立後間もなく同月中に原告前田が被告へ入社した事実が認められこれを左右するに足る証拠はない(もつとも証人村山静三郎同高嶋友武の各証言並びに原告寺川良太郎本人尋問の結果を総合すれば、被告会社は事実上もと訴外不二工業株式会社(現在は倒産している)の機械部門であつたもので、昭和二五年末頃、右訴外会社の専務取締役をしていた訴外高嶋友武が中心となつて右機械部門の独立をはかり、前記日時に設立登記を経て設立したのが現在の被告不二機械工業株式会社発足の事情であるが、右発足に際し、被告会社は訴外会社からそれ迄訴外会社の従業員であつた原告前田及び寺川の両名の雇傭関係を承継したので、設立後間もなく、被告の代表取締役であつた訴外高嶋友武は、右原告両名に対し両名の退職慰労金については訴外会社における勤続年数をも加算することを約した事実を認めることができるけれども、原告前田は本訴において単に昭和二三年一一月に被告に入社したと主張するのみで、同原告と被告間に退職慰労金算定に関し右認定の如き特約が存したことについては何等主張しないところであるから同原告の勤続年数を計算するにつき原告主張の入社日時によることをえない)。
そうして同原告が昭和三〇年二月に被告を退社したことは当事者間に争いがない。
ところで同原告の勤続期間を定めるについては、前認定の如く退職慰労金規程第三条によれば一月未満の日数は一月に繰り上げるべきものと定められているけれども、右条項にいう一月未満の日数とは入社の日から退社の日迄の全期間のうち一月未満の日数をいうものか、或いは暦年月に従い入社及び退社の各月について一月に不足する日数をいうものかの点が明らかでないけれども、いずれにしても同原告の勤続期間は四年二ケ月もしくは四年三ケ月のいずれかであつて、四年三ケ月を超えることはないものというべきところ、被告は同原告の勤続期間を原告に有利な四年三ケ月と主張するのであるから、この点については被告主張の限度で当事者間に争いがないものというべきである。
そこで、右争いない勤続期間、同じく当事者間に争いない退社当時の原告前田の本俸が二万八〇〇円であつた事実並びに前認定の退職慰労金算定根拠とを総合すれば、同原告は被告退社により一〇万七八四八円の退職慰労金債権を取得したものということができる(その算定については前記一参照)。
(三) 原告寺川について。
原告寺川は昭和二四年一一月に被告へ入社した旨主張するところ、被告は、原告前田と同様、原告寺川についても被告会社の設立以前に入社できた筈はなく、その入社日時は昭和二五年一二月であると主張する。
而してこの点に関する判断は前記(二)と同様であつて、原告寺川は昭和二五年一二月に被告へ入社したことが認められこれを左右するに足る証拠はない。
また原告寺川が昭和三〇年三月に被告を退社したことは当事者間に争いがない。
そして同原告の勤続期間を定めるについては右(二)と同様の事情が存する結果、同原告の勤続期間については被告の認める四年四ケ月の限度で当事者間に争いがないものというべきである。
右争いない勤続期間、当事者間に争いない原告寺川の退職時の本俸が一万九四〇〇円であつた事実、並びに前認定の退職慰労金算定根拠とを総合すれば、原告寺川は被告退社により被告に対し一〇万二五六一円の退職慰労金債権を取得したものということができるが(その算定については前記一参照)被告は原告主張の金額中右認定額より多額の一〇万二五六五円の限度において同原告の退職慰労金債権の発生を認めて争わないので、同原告は被告に対し一〇万二五六五円の退職慰労金債権を取得したものということができる。
(四) 原告萩原について。
原告萩原が昭和二八年二月被告に入社したことは当事者間に争いがなく、また成立に争いない乙第二三号証、証人小島俊雄(第一回)の証言を総合すれば、被告東京支店に勤務する社員であつた同原告は、昭和三〇年三月三〇日、被告東京事務所長村井且実宛に、家庭の事情により昭和三〇年三月三一日限り退職したい旨の退職願を提出し、同日右退職願は受理された事実を認めることができる。そうすれば同原告は昭和三〇年三月末日限り被告を退社したものというべきである。この認定に反する証人村山静三郎の証言は前掲証拠と対比して措信できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
而して前認定の退職慰労金規程第三条第一号によれば同原告の勤続期間は二年二ケ月であるということができる。
右勤続期間と、当事者間に争いない退社時の同原告の本俸が七〇〇〇円であつた事実、並びに前認定の退職慰労金算定根拠を総合すれば同原告は被告退社により被告に対し一万五一六六円の退職慰労金債権を取得したものということができるが(その算定については前記一参照)、被告は原告主張の金額中右認定額より多額の一万五一七〇円の限度において同原告の退職慰労金債権の発生を認めて争わないので、同原告は被告に対し一万五一七〇円の退職慰労金債権を取得したものということができる。
三、解雇予告手当債権の請求について
原告吉田、同前田、同黒田、同越崎、同堀田、同鷲見、同増井、同下瀬は、被告会社より解雇予告なくして、昭和三〇年二月初旬頃解雇せられたとの事実に基き、各原告につき労働基準法第二〇条に定める最低三〇日分以上の平均賃金の支払を求める権利があると主張するから按ずるに、右のような見解は解雇予告手当の支払を伴わない即時解雇の効力につき有効説をとることを前提とするものと考えられるが、使用者が前記労働基準法の前記規定による予告期間をおかずに、予告手当の支払もしないで、労働者に解雇の通知をした場合は、即時解雇としては無効であり、只使用者が即時解雇を固執する趣旨でない場合は、通知後同条所定三〇日の期間を経過するか、または通知の後に同条所定の予告手当の支払をしたときは、そのいずれかのときから解雇の効力を生ずるものと解すべきである(最高裁昭和三五年三月一一日判決、判例時報二一八号所掲参照)。このいわゆる相対的無効説の立場に立てば、労働契約関係は予告手当が支払われない限り、解雇通知後少くとも三〇日間は継続し、労働者はその間の賃金債権を請求することができることになり、使用者が即時解雇を固執しない限り三〇日前に予告期間をおいて解雇した場合と同様なことに帰着し、右を固執する場合は予告手当の支払われるまではなおその期間後も労働契約関係は継続するのであるから、その場合賃金債権の外に予告手当金債権が発生するものと解する余地はない。蓋し労働基準法の前記規定は使用者に三〇日前の解雇予告をして解雇するかまたは所定の平均賃金相当の金員を交付して即時解雇するかの選択権を与えたものにすぎず、後の場合は通告後三〇日間使用者は労働者を就業せしめる代償としてその期間についての予告手当を支払うこととしたものであり、労働者をして三〇日の期間につき二重に利得せしめるような法意を窺うことはできず、(附加金の支払を求めることができるかどうかは別論である。)よつて使用者が予告期間を置くことなく且つ予告手当の支給もせず解雇したときは、解雇の通知があつてから予告手当の支払がない限りなお少くとも三〇日間は労働契約関係が続くとのいわゆる相対的無効説をとる以上この場合労働者の請求しうべきものは賃金であつて予告手当ではない。すなわち予告手当は使用者の予告義務を免除するためのものであるにすぎずこれについては労働者は使用者に対しその支払請求債権を取得する性質のものではない。これを本件についてみれば原告等はその主張のような事実に基き被告会社に対し予告手当債権を取得することのできるものでなく、(被告は原告下瀬に関する限り予告手当請求権そのものを権利自白しているけれども前記原告主張の事実関係の下において右権利は発生しないから、権利自白も無効である。)三〇日分或いは場合によりそれ以上の期間の賃金の支払を請求すべきである。しかも予告手当債権と賃金債権とは全然別個の債権であるから、原告主張の債権を賃金債権として認容することは、処分権主義に反することとなり不当である。結局原告等の予告手当支払を求める請求はその主張自体において理由がない。
四、反対債権による相殺の可否
被告は本訴において原告吉田、同前田、同黒田、同越崎、同福田、同寺川、同坂本、同下瀬に対する貸金債権及び立替金債権をもつて各原告の本訴退職慰労金債権とは対当額における相殺を主張するところ、原告等は被告の右各債権の存在を争い、仮りにその存在が認められるとしてもいずれも弁済により消滅しているし、仮りに弁済の再抗弁が容れられないとしても、そもそも、本訴退職慰労金は労働基準法第一一条に謂わゆる賃金に外ならないから、使用者が有する反対債権をもつて退職慰労金債権と相殺することは許さないと主張する。
よつて、まず使用者がその有する反対債権を自働債権として旧被用者の使用者に対する退職金債権と相殺することが許されるか否かの点につい判断する。
思うに、労働基準法第一一条によれば「労働の対償として使用者が労働者に支払う」ものはその名称の如何を問わず労働基準法上の賃金とされるのであるが、ここに謂う「労働の対償」とは労働契約の有償性をいうものに外ならないから、使用者が労働者の労働力の提供という給付と対価的依存関係においてなす財産的出捐はその名称の如何を問わず労働基準法上の賃金ということができる。しかして、
(一) 労使間で慣行として支給される退職金の一般的傾向としては、労働者が一定年数以上勤続した場合に一定の計算根拠に基いて算出した金額を支給する方式をとり、その計算根拠としては、勤続年数の多少に応じて増減し、年数が増加するにつれて支給額も累増する何等かの方式をとるものが多いこと
(二) その結果、或程度長期間勤続した場合には支給総額も莫大な数額にのぼるものがあること
(三) また労働者が使用者との間に労働契約を締結する際には退職金支給の有無及びその支給額が毎月もしくは毎日の給与額と並んで労働者の最も重大な関心事となるのが普通であり、労働基準法第八九条第一項第四号によれば、退職手当の定めをし、もしくはこれを変更する場合には常時一〇人以上の労働者を使用する使用者はこれに関する事項を就業規則中に記載し、行政官庁に届け出なければならない義務を負つているので、多くの事業会社では退職金支給について一定の明確な基準を定め、且つこれを就業規則に記載し、もしくは労働協約中に掲げて、労働者がこれを容易に知り得るようにしていること
はいずれも経験上明らかであるから、右の如き一般の退職金とは異なり「労働の対償」としての性質を有しない特別な事情についての反証がみられない限り、所謂退職金は、明らかに「労働の対償」として支払われるものであつて、労働基準法第一一条にいう賃金たるの性質を帯有するものといわなければならない。
これを本件についてみるに、右の如き「労働の対償」としての性質を有しない特段の事情は何等窺うことができないばかりか、成立に争いない甲第一号証(就業規則)によれば、本件原告等がいずれも被告社員たる身分を喪失した当時効力を有した昭和二八年六月一日制定届出にかかる被告会社の就業規則中には前記一、の如く勤続年数が増加するにつれて支給額が累増する計算方式により退職慰労金支給規定が明示されている事実が認められるから、本件退職慰労金は一般の退職金と何等異らず、労働基準法第一一条にいう「賃金」に外ならないものといわなければならない。
そして、労働基準法第二四条第一項本文は、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と規定しているが、この規定は、労働者にとつて賃金が日常の生活を維持する為の重要な財源である点に鑑み、労働者の日常の生活を窮迫させ、また労働者の人身拘束の結果をもたらすことのないよう、使用者が労働者に対して有する債権を自働債権として労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨を含むものと解される。
そこで、本件退職慰労金債権が右条項の適用をうけるか否かの点について考えるに、所謂退職金はもともと退職の時を不確定期限とする一個の期限付債権であつて(もつとも労働基準法第二三条第一項によつて使用者は労働者の退職後も、その支払請求後七日以内に支払えば足りる)、労働者が定期に回帰的に支払をうける通常の賃金債権(基本権たる賃金債権と支分権たる賃金債権)とは異る面があるから、これが労働基準法第一一条にいう賃金たるの性質を帯有するとしても、労働基準法の適用に関しては、各規定について個別的に適用の有無を検討しなければならないが、所謂退職金は、労働者が雇傭関係を離脱した後において支払われるものではあるけれども、労働者が新しい雇傭関係に入らない場合には離脱後の日常の生活を維持する為の重要な財源となるものであり、また事前に退職金の現実の支給が危ぶまれる場合には労働者の人身拘束の結果を生ぜしめ得る危惧がある点で通常の賃金債権と何等異るところがないのである。
そうすれば、所謂退職金についても労働基準法第二四条第一項の適用をみるべきものといわなければならないから、たとい被告会社が原告等に対しその主張通りの反対債権を有するものと仮定しても、これを原告等に対する退職慰労金債務との相殺のための自働債権とすることをえない(もつとも労働基準法第二四条第一項但書後段所定の一部控除協定がなされている場合はこの限りでないがこのような主張は本件ではなされていない。)ものというの外なく、従つて右反対債権の存否数額の判断をなすまでもなく被告の右抗弁は主張自体失当である。
五、原告堀田、同鷲見、同萩原の退職慰労金の弁済供託について。
被告は右原告三名に対し、各原告主張額相当の退職慰労金を弁済の為現実に提供したところ、各原告により受領を拒絶せられたので、昭和三一年三月九日右各金員を大阪法務局に供託したから、被告の各原告に対する退職慰労金支払義務は消滅したと主張する。
(一) 而して原告堀田は被告の主張を明らかに争わないからこれをすべて自白したものと看做すべく、右事実によれば同原告の被告に対する一万六〇〇〇円の退職慰労金債権は消滅に帰したものということができる。
(二) 原告鷲見は、被告が同原告に対し同原告主張の退職慰労金一万六〇〇〇円を弁済の為現実に提供したところその受領を拒絶せられたとの被告の主張を明らかに争わないからこれを自白したものと看做すべく、また被告が昭和三一年三月九日一万六〇〇〇円を大阪法務局に弁済の為供託したことは当事者間に争いがない。さすれば同原告の被告に対する退職慰労金債権は消滅に帰したものということができる。
(三) 原告萩原は、被告が原告萩原に対し同原告の退職慰労金として同原告主張額の一万五七五〇円を現実に提供したところ、同原告に受領を拒絶されたとの被告の主張を明らかに争わないからこれを自白したものと看做す(前説示のとおり同原告の取得した退職慰労金債権は一万五一七〇円(正確には一万五一六六円、この点につき前出二、(四)参照)であるけれども、債権額を超過した金員を提供することは提供の効果に何等影響を及ぼさないというべきである。)
しかして、被告は同原告の退職慰労金として一万五七五〇円を大阪法務局に弁済供託した旨主張するところ、原告はその供託金額は一万五一七〇円であつたと主張し、右は債権の一部についての弁済供託であるから債務の本旨に従つた履行としての効果を生じないとして争うのであるが、被告が昭和三一年三月九日大阪法務局に同原告の退職慰労金として一万五一七〇円を弁済供託したことは、この限度においては当事者間に争いがないものというべく、同原告の退職慰労金債権が一万五一七〇円であることは前記二、(四)のとおりであるから、結局同原告の被告に対する退職慰労金債権は消滅に帰したものということができる。
六、原告増井の退職慰労金の相殺と弁済供託について。
被告は、原告増井の退社当時、同原告に対し二六〇〇円の貸金債権を有していたから、昭和三一年二月頃、同原告に対し右債権をもつて同原告の被告に対する退職慰労金債権と対当額において相殺する旨の意思表示をなした上、残額二万八二一〇円を同原告に現実に提供したところ、これが受領を拒絶されたので、昭和三一年三月九日、右残金を大阪法務局に供託したから、被告の債務は消滅に帰したと主張するところ、原告増井は、右貸金債権の存在を争い、右供託は債務の一部についてなされたにすぎないから弁済の効果を生じないと主張する。
よつてこの点について按ずるに、被告が昭和三一年二月頃、原告増井に対し二万八二一〇円を弁済の為現実に提供したが同原告により受領を拒絶されたことは原告増井の明らかに争わないところであるから同原告においてこれを自白したものと看做すべく、また被告が昭和三一年三月九日右金額を原告増井に対する退職慰労金債務弁済の為大阪法務局に供託したことは当事者間に争いがないところ、使用者がその有する反対債権をもつて旧被用者の使用者に対する退職金債権と相殺することが許されないことは前記四、に説示したとおりであるから、仮りに被告が原告増井に対して二六〇〇円の貸金債権を有し、かつ被告主張の日時に相殺の意思表示をなしたものとしても、これによつて相殺の効果を生ずるに由なく、被告はその弁済供託時において三万八〇〇円全額の退職慰労金債務を負つていたものというべく、被告の右提供及び供託額はいずれも債権額に二五九〇円不足することが明らかである。そして、弁済の提供は債務の本旨に従つて為すことを要することは民法第四九三条の示すところであるから、原則として債務者は債務全額の弁済提供をし且つ供託をするのでなければ債務の本旨に従つた履行とならず、従つて債務全額について弁済の効果を生ぜしめることができないことは云う迄もない。
しかしながら、何が債務の本旨に従つた履行であるかは窮極において債権関係を支配する信義誠実の原則によつて決定されるのであるから、債務者の提供したる給付に僅少の不足ある場合にも、当該場合の具体的事情如何によつては債務の本旨に従つた履行としての効果を認むべき場合も生じ得るものといわなければならない。
これを本件についてみると、本訴においてはそもそも退職金債権を受働債権とする相殺が許されないものと解される結果被告主張の反対債権の存否の点について判断する迄もなく原告増井の退職慰労金債権は全額の三万八〇〇円が現に存続するものとされ、従つて被告のなした前記弁済の提供及び供託は債務の一部についてなされたにすぎないものとなつたのであるが、弁論の全趣旨によれば、被告がかかる不足ある弁済の提供及び供託をなしたのは被告が原告増井に対し二六〇〇円の反対債権を有することを前提とし、本訴退職慰労金債権と対当額において相殺済となつたものとしたことによることが明らかであり、右不足額は債務全額に対して比較的僅少な一部分である上、特段の事情がない限り金銭債権においては一般に一部の履行によつてこれに比例した全給付中の一部の目的を達し得、しかも一部についての給付を受領することにより債権者としては何等不利益を蒙ることはないこと、などを総合勘案すれば、本件における前記弁済の提供及び供託は必ずしも信義誠実の原則に背馳せず、被告の弁済の提供及び供託の限度において原告の退職慰労金債権は消滅に帰しているものと解すべきである。
よつて被告の債務中二万八二一〇円は被告の前記弁済供託により消滅に帰したものであるから、原告は残額二五九〇円について被告に給付を求め得るものというべきところ、被告は、前記供託前の相殺の効果が認められないとしても、本訴において相殺の意思表示をしたから被告の債務は全部消滅した旨主張するけれども、かかる相殺が許されないことはすでに説示したとおりであるから、この点の抗弁は失当と謂うの外はない。
七、以上を要するに、被告は、原告吉田に対して一一万八五六〇円、同前田に対して一〇万七八四八円、同黒田に対して七万四八八〇円、同越崎に対して二万円、同増井に対して二五九〇円、同福田に対して三万七三一〇円、同寺川に対して一〇万二五六五円、同坂本に対して七万六二五〇円、同下瀬に対して八万九一〇〇円の各退職慰労金支払義務を負うものというべく、各原告の請求中、原告吉田、同黒田、同越崎、同福田、同坂本、同下瀬の各退職慰労金に関する請求は全部、原告前田、同増井、同寺川の各退職慰労金に関する請求は右認定の限度で、いずれも正当として認容すべきものであるが、原告堀田、同鷲見、同萩原の請求は全部原告吉田、同前田、同黒田、同越崎、同増井、同下瀬の各解雇予告手当に関する請求は全部、原告前田、同増井、同寺川の各退職慰労金に関する請求中右認定の限度を超える部分はいずれも失当として棄却すべきものである。
そして遅延損害金についてみると、被告が株式会社であることは当事者間に争いがなく、また成立に争いない甲第二号証、原告下瀬勇本人尋問の結果(第一回)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告前田哲之は、昭和三〇年九月の某日、予め同原告を除く爾余の原告一一名の委任をうけた上、本件原告等全員の代表として被告に対し、原告福田繁雄について本訴請求金額に一〇円不足する三万七三〇〇円を記載してあるほかは爾余の各原告が本訴でそれぞれ支払を求めている退職慰労金額をそれぞれ記載した請求者別請求金額一覧表(甲第二号証)を交付して各原告についてその退職慰労金の支払を求めた事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はないから、被告は、右原告前田による支払請求のあつた日において存在した各原告の各退職慰労金について(但し原告福田については当時の請求額である三万七三〇〇円の限度において)、右支払請求の日から七日を経過した日以後、それら各原告の退職慰労金支払遅滞の責を負うに至つたものというべきである。
しかして右支払請求がなされた日を正確に特定するに足る証拠は存しないけれども、右請求が昭和三〇年九月中になされたことは右認定の如くであり、これを各原告に最も不利益に解しても昭和三〇年九月三〇日には右請求がなされていたものと認めることができるから、本訴において前叙各数額につき退職慰労金債権の存在を認め得る各原告(但し原告福田については後述のとおり)はその各数額について昭和三〇年一〇月八日以降各完済に至る迄商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を、原告福田は当時の請求額である三万七三〇〇円については右と同じ昭和三〇年一〇月八日以降、本件訴状送達をもつてはじめて支払を請求したその余の一〇円については本件訴状送達の日であること記録上明らかな昭和三〇年一二月一五日より七日を経過した昭和三〇年一二月二三日以降、各完済に至る迄各金員につき前同様年六分の割合の遅延損害金の支払を、それぞれ求め得べきところ、右原告等はいずれも右のうち本件訴状送達の翌日以降各完済に至る迄の遅延損害金の支払を求めるのであるから、被告は、前記の如くその請求を全部もしくは一部認容される原告等のうち原告福田を除く爾余の各原告に対しては各認容額に対する本件訴状送達の翌日である昭和三〇年一二月一六日以降各金員完済に至る迄、また原告福田に対してはその認容額のうち金三万七三〇〇円に対する右昭和三〇年一二月一六日以降、うち金一〇円に対する前記昭和三〇年一二月二三日以降、各金員完済に至る迄それぞれ年六分の割合による遅延損害金支払の責を負うことが明らかであるが、失当として棄却すべき本件原告等の各退職慰労金及び各解雇予告手当金に関する遅延損害金並びに原告福田の遅延損害金の請求中右認容すべき部分を超える部分についてはいずれも支払の責を負わないものである。
よつて、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用の上、主文のとおり判決する。
(裁判官 宅間達彦 平野清 稲守孝夫)
別表(一)
原告氏名
入社日時
退社日時
勤続期間
本俸
平均賃金
退職慰労金
解雇予告手当
昭 年 月
昭 年 月
年 月
円
円
円
円
吉田喜美雄
二七、 一
三〇、二
三、二
三一、二〇〇
三五、〇〇〇
一一八、五六〇
三五、〇〇〇
前田哲之
二三、一一
三〇、二
六、四
二〇、八〇〇
二四、〇〇〇
一六八、五八〇
二四、〇〇〇
黒田守三
二六、一二
三〇、二
三、三
一九、二〇〇
二二、〇〇〇
七四、八八〇
二二、〇〇〇
越崎英雄
二八、 三
三〇、二
二、〇
一〇、〇〇〇
一〇、〇〇〇
二〇、〇〇〇
一〇、〇〇〇
堀田康男
二八、 三
三〇、二
二、〇
八、〇〇〇
八、〇〇〇
一六、〇〇〇
八、〇〇〇
鷲見弘行
二八、 三
三〇、二
二、〇
八、〇〇〇
八、〇〇〇
一六、〇〇〇
八、〇〇〇
増井艶子
二六、一二
三〇、二
三、三
七、九〇〇
七、九〇〇
三〇、八〇〇
七、九〇〇
福田繁雄
二七、 七
三〇、三
二、八
一四、〇〇〇
一四、〇〇〇
三七、三一〇
―
寺川良太郎
二四、一一
三〇、三
五、五
一九、四〇〇
二〇、〇〇〇
一三一、三〇〇
―
坂本平治
二五、一二
三〇、三
四、二
一五、〇〇〇
一六、八〇〇
七六、二五〇
―
萩原光子
二八、 二
三〇、四
二、三
七、〇〇〇
七、〇〇〇
一五、七五〇
―
下瀬勇
二六、 八
三〇、二
三、七
一九、八〇〇
二〇、四〇〇
八九、一〇〇
二〇、四〇〇
別表(二)<省略>