大阪地方裁判所 昭和30年(行)10号 判決 1960年2月05日
原告 大阪ゴム工業株式会社破産管財人 高原順吉
被告 大阪市生野区長 外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、「被告大阪市生野区長との間において、同被告が昭和二八年一二月二六日別紙目録記載の物件につきなした公売処分は無効であることを確認する。被告山田長太郎との間において、別紙目録記載の物件は破産者大阪ゴム工業株式会社の所有であることを確認する。同被告は別紙目録記載の物件に対する昭和二八年一二月二六日の公売による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として
「大阪ゴム工業株式会社は昭和二九年八月九日大阪地方裁判所において破産の宣告を受け、原告は同日破産管財人に選任された。原告は同月一二日執行吏とともに破産者の財産封印に赴き、財産調査の結果、破産者の財産はすでに大阪市税滞納のため、公売処分に付されていることを発見し、その後調査したところ、次の事実が判明した。
被告生野区長は破産者大阪ゴム工業株式会社(以下破産者と称する。)が昭和二六・二七・二八年の三年間の大阪市税である事業税、固定資産税、償却資産税、市民税等合計三一〇、〇〇〇円余を滞納したものとして、昭和二八年一二月二六日破産者所有の別紙目録記載の不動産を公売に付し、被告山田が価格一、〇五〇、〇〇〇円で落札し、これを買受けた。
右公売処分には次のような無効のかしがある。市税の滞納処分手続は国税徴収法に規定する滞納処分の例によることゝされているが、(1)本件公売処分は旧国税徴収法(昭和三四年法律第一四七号による改正以前のもの、以下同じ、)第一二条第一項第一号に違反する。
すなわち、市税滞納金は前記のとおり、三一〇、〇〇〇円であつたが、他方訴外株式会社神戸銀行(以下単に神戸銀行と称する)が昭和二五年九月一五日公正証書により破産者の別紙目録記載の不動産に債権額三、〇〇〇、〇〇〇円の抵当権を設定させており、公売当日現在における債権額は一、二八五、三八〇円であつた。したがつて別紙目録記載の不動産を一、〇五〇、〇〇〇円で売却しても、市税に優先する右神戸銀行の債権のため、右売買代金は全額充当され、残余をうる見込みがないことが分つていたのであるから、公売処分を停止しなければならないのに公売処分をしたことは違法であり、右公売処分は無効である。
この点に関し、被告山田は「破産者より神戸銀行に譲渡担保に供されていた動産も本件不動産と同時に公売され、右動産の公売代金と本件不動産の公売代金と合計すれば、一、九〇〇、〇〇〇円となるから、神戸銀行の優先債権一、二八五、三八〇円を差し引いてもなお六一四、六二〇円の余剰があるので市税滞納金に充当できる」と主張し、被告生野区長は「破産者より神戸銀行に譲渡担保に供されていた動産についての滞納税金につき、動産の公売を時間的に先行し、その売却代金より滞納金滞納処分費等一切を控除し、余剰金五二〇、四七〇円を神戸銀行に交付すれば、本件不動産の負担する残債権額は七〇余万円となる。そうすれば本件不動産を一、〇〇〇、〇〇〇円以上で公売すれば右優先債権に充当して余剰のある見込みがあつたので、神戸銀行萩ノ茶屋支店長代理佐藤康夫と協定して動産から先に公売した。神戸銀行より減少した債権額の確認書をとつてある。」と主張するが、右確認書なるものは、公売処分の二日後である昭和二八年一二月二八日に神戸銀行萩ノ茶屋支店長平木徳男が生野区役所宛に「本日現在債権額金七四〇、〇〇〇円と相成りましたのでお届け申し上げます」と届け出ているものである。
公売当日は右佐藤支店長代理との単に口頭の申し合せがあつたにすぎず、果して神戸銀行が破産者に対する債権の一部に充当するかどうか不明である。滞納税金と優先債権との関係は公売処分の時を標準としてきめるべきもので、後日の期待または予定をもつてなすべきではない。国税徴収法第三条によれば優先債権は公正証書をもつて証明すべきこととされていること、口頭による納税督促は法律上の効果を生じないこと、異議の申出は証票を示すことを要する等よりみれば税金納付と同一視すべき優先債権額変更の届は必ず書面をもつてしなければその効力は発生しない。また神戸銀行の所有に属する動産の公売金と破産者の所有に属する本件不動産の公売金とは別途に処理すべきである。したがつて公売処分当日現在では一、二八五、三八〇円の優先債権があつたことは明らかである。
(2) 被告山田は買受資格がない。
国税徴収法第二六条は直接、間接を問わず滞納者が公売物件を買い受けることを禁じている。しかるに、被告山田は、破産者の元代表取締役であり、清算人である五百蔵義賢とかねてより相談の上、本件不動産を公売処分により買い受けて後、右物件を神戸銀行に担保に提供し、五百蔵義賢、新設会社浪速化学工業株式会社と連帯して資金を借り受け、五百蔵義賢が代表取締役である浪速化学工業株式会社が破産者と同一場所、同一物件を使用し、同一事業をしており、右会社は破産者と実質的には同じて、なんら変更はないという事実、本件公売処分に際しての入札にあたつて右五百蔵義賢が個人名で入札の申込みをしているという事実等よりみれば、被告山田は市税滞納者である破産者のために間接的に買い受けたものというべきである。
したがつて被告山田の右買受は違法であつてなんらの効力を生じない。
(3) 本件不動産の公売価格一、〇五〇、〇〇〇円は市価に比し、著しく低廉である。
本件不動産につき、破産者は(イ)昭和二五年九月一六日神戸銀行に債権三、五〇〇、〇〇〇円の抵当権を設定し、(ロ)昭和二七年四月一六日株式会社三和銀行に限度二、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定し、(ハ)同年一〇月二三日神戸銀行に限度一、七〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定し、以上合計七、二〇〇、〇〇〇円の金融を受けていたこと(甲第七号証参照)、本件公売処分後買受人被告山田は直ちに神戸銀行から本件不動産に抵当権を設定して、三、〇〇〇、〇〇〇円の融資を受けていること、その後右物件のうち別紙目録(7)の土地一六三坪と(6)の建物二棟を四三〇、〇〇〇円で訴外長富宏充に、(2)(3)の工場を三〇〇、〇〇〇円で訴外高来厦に売却していることよりみても、本件不動産の価格は最低六、〇〇〇、〇〇〇円を下らないことは明らかである。普通、銀行が融資する場合は担保物件の市価の十分の五以下となつていることは社会通念であり、ことに右神戸銀行は本件公売代金中より破産者に対する貸付金の弁済を受けているいきさつもあるので、一そう低く評価して金融しているはずである。本件不動産の木造の工場、倉庫等一二棟のうち九棟は瓦葺でこれをとりこわして他へ移築するとしてもその取引価格は二、五〇〇、〇〇〇円を下らない。被告生野区長は第三者が使用しているから安くしか売れないと主張するが本件不動産は昭和二六年一二月一七日大阪市が差押をしており、浪速化学工業株式会社が使用し始めたのはその後である昭和二七年五月一日であるから、その賃借権は第三者に対抗できず、被告生野区長の右主張は理由がない。公売代金と滞納税金、延滞金、加算金、督促手数料等との合計額が一致し一銭の過不足もないことは偶然の一致とはいえず、作為的に予め協定して計算のつじつまをあわせたものである。徴税を掌る者は公売に際し、客観的な市価を標準としてその財産の妥当な価格を見積るべき義務があるのに、破告生野区長はその義務を尽さないで前記のとおり本件不動産を市価より著しく低廉な一、〇五〇、〇〇〇円で公売した。かように低廉な価格による公売は権利の濫用であつて無効である。
(4) 本件公売処分は無効な第一回の公売手続を基礎としてなされている。
昭和二八年一二月一八日の第一回公売手続には次のような無効のかしがある。
(イ) 入札書は記名捺印すべきものであるのに、第一回の公売期日の際の入札書(乙第一号証の一、二)は入札者の氏名の下に押されているのは捺印でなくぼ印であるから無効である。
(ロ) 被告生野区長は昭和二八年一二月八日本件不動産の第一回公売期日を昭和二八年一二月一八日午前一〇時と定めたが(甲第一四号証参照)これは国税徴収法施行規則第二二条所定の公告期日一〇日間に一日不足する。したがつて第一回の公売は落札の有無にかゝわらず無効である。
昭和二八年一二月一八日の公売には右のようなかしがあつて無効であり、したがつて第一回の公売を前提とした第二回公売期日における本件公売処分も無効である。」
と述べ、
なお被告山田の本案前の主張に対し「本件公売処分が無効とされ、その結果、あらためて本件物件が正当な方法で適当な価格で換価されたならば、その換価金は破産者の一般債権者に配当されることとなるから、破産管財人は本訴を提起する法律上の利益を有することは明らかである。」
と述べた。(証拠省略)
被告等は、主文同旨の判決を求め、
被告生野区長は答弁として次のとおり述べた。
「原告の主張事実中、大阪ゴム工業株式会社が昭和二九年八月九日破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任されたこと、破産者が、昭和二六・二七・二八年の三年間大阪市税を滞納したため、被告生野区長は破産者所有の別紙目録記載の物件を差し押え、昭和二八年一二月二六日付で公売処分をなし、被告山田長太郎に一、〇五〇、〇〇〇円で売却したことは認めるが、その余の事実は争う。
(1) 本件公売処分は国税徴収法第一二法第一項第一号に違反するものではない。
本件公売処分と同日の昭和二八年一二月二六日の公売期日にまず破産者より神戸銀行に譲渡担保に供されていた動産に対する滞納税金の滞納処分として右動産の公売が行なわれ入札の結果八五〇、〇〇〇円で売却が決定した。その代金から滞納処分費、税金等を控除した残五二〇、四七〇円を神戸銀行に交付すると、本件不動産の負担する神戸銀行の優先取得額は七〇〇、〇〇〇円余になる。そこでその旨を当日公売に立会していた神戸銀行萩ノ茶屋支店代理佐藤康夫に告げたところこれを認めた。よつて、本件不動産を一、〇〇〇、〇〇〇円以上で売却すれば、滞納処分費、優先債権の弁済に充て、なお残余をうる見込みがあつたのでこれを公売したのである。この点に関する神戸銀行の債権額の文書の届出は、公売処分の二日後の昭和二八年一二月二八日になされているが、これは公売当日右佐藤康夫の口頭の届出を確認したにすぎないのである。原告は優先債権額減少の届出は書面によらねばなないと主張するが、法は質権または抵当権設定が税の納期より一年前にあることを公正証書で証明することを要求しているのみで、これによつて証明された債権額が減少されたことの届出まで書面によることを要すると解することはできない。
(2) 本件公売処分は国税徴収法第二六条に違反するものではない。
仮に原告主張のとおり、被告山田が破産者の元代表取締役であり、清算人である五百蔵義賢と相談の上、落札物件を神戸銀行に担保に供して金融を受け、浪速化学工業株式会社が破産者と同一場所、同一設備を使用して、同一事業をしているとしても、浪速化学工業株式会社は昭和二七年五月に設立されており、破産者とは別個の会社である。したがつて滞納者が間接に売却物件を買い受けたものということはできない。
(3) 公売価格の決定は被告生野区長の裁量に属するものであり、かつ客観的市価を基準として定めたもので、相当である。
本件建物は昭和二七年五月に設立された浪速化学工業株式会社が全部を使用していること、粗悪なゴム工場で外観も極めてよくないものであること等を考慮し、当初一、四七〇、〇〇〇円を見積価格として昭和二八年一二月一八日公売に付したところ、入札価格がいずれも見積価格に達せず、公売できなかつた。そこで再調査の結果、現在の建物の坪数は公薄上の坪数より少ないこと等を考慮して見積価格を、一、〇〇〇、〇〇〇円として再度公売に付して入札の結果、一、〇五〇、〇〇〇円で売却したものである。原告は浪速化学工業株式会社の賃借権は差押後のものであるから、第三者に対抗できないと主張するが、たとえ第三者に対抗できないものであつても、現実にその不動産を使用している者があれば、その不動産の経済的評価に著しい影響があることは取引界一般の実状である。
(4) 原告の主張するように記名拇印の入札書を受理したのは事実であるが、これは本件公売処分より先に行なわれた昭和二八年一二月一八日の公売の時のことであつて、本件公売処分の際の入札書は記名押印したものを受理している。入札価格は各入札者の経済的評価によるものであり、入札書の様式如何により左右されるものではないから、それを再公売の見積価格の参考にしたことになんら違法はない。国税徴収法施行細則第一三条は「入札ノ方法ヲ以ツテ財産ヲ公売スル場合ニハ買受望人ハ其ノ住所氏名買受財産ノ種類員数及入札価格ヲ記シタル入札書ヲ封緘シテ差出スヘシ」と規定しているように氏名はこれを記名すれば足るのであつて、署名または記名捺印を要求していない。
また第一回の公売期日の公告期間に一日の不足があるとしても、右公売期日には、いずれの入札も見積価格に達しなかつたため、昭和二八年一二月二六日に再び公売を実施し、最高入札者に落札させたもので、最初の公告から一七日経過しているので、第一回の公売期日に公告期間の一日不足のかしがあるとしても、このかしは再公売により治ゆしていると解すべきである。」
被告山田長太郎は本案前の主張として、
「破産者の一般債権者は市税より劣後的債権であるから、一般債権者への公平な分配を任務とする原告は公売処分の無効を理由として公売物件の所有権確認と所有権移転登記の抹消を求める法律上の利益がない。」
と述べ、本案の答弁として次のとおり述べた。
「原告主張の事実についての認否は被告生野区長の答弁のとおりである。
神戸銀行は本件公売処分当時、破産者に対し、一、二八五、三八〇円の債権を有し、本件不動産に順位一番の抵当権を設定させていたほか、右不動産に据え付けてある機械器具を譲渡担保に取つており、右物件も同時に大阪市の滞納処分として公売に付され、これも被告山田が八五〇、〇〇〇円で落札した本件不動産と右譲渡担保物件との公売代金の合計は一、九〇〇、〇〇〇円であるから、前記一、二八五、三八〇円の神戸銀行の優先債権に弁済してなお残六一四、六二〇円が余り、これが大阪市税に充当されたのである。
原告は、公売処分後本件不動産に神戸銀行が三、〇〇〇、〇〇〇円の抵当権を設定させていることよりみても公売価格は著しく低廉であるというが、右三、〇〇〇、〇〇〇円の債権は本件不動産のほかに、本件不動産と同時に公売になつた機械器員一切の動産ならびに他の機械器具が共同担保となつているのであるし、金融機関が貸付額を決定するには、担保物件のみならず、債務者の資力、人的保証にも重点をおくのであるから、右の一事で本件公売価格が市価より著しく低廉とはいえない。
仮に市価より幾分低廉であつたとしても、公売処分を無効ならしめる程のかしではない。」
(証拠省略)
理由
一、大阪ゴム工業株式会社が昭和二九年八月九日大阪地方裁判所において破産の宣告を受け、原告は同日破産管財人に選任されたこと、被告生野区長は右破産者の昭和二六、二七、二八年の三年間の大阪市税、計三一〇、〇〇〇円余の滞納処分として、昭和二八年一二月二六日破産者所有の別紙目録記載の物件を公売に付し、被告山田が一、〇五〇、〇〇〇円で落札し買い受けたことは当事者間に争いがない。
二、原告は右公売処分の無効を理由として被告山田に対し本訴を提起する法律上の利益がないとの被告山田の主張について。破産管財人は破産財団に属する財産の管理、換価、破産債権に対する配当の実施等はもとより、その他破産宣告後における破産的清算の遂行に関する広はんな権能と責務を有する。本件公売処分に無効のかしがあつてその無効の主張が理由があるものと認められ、その結果として、本件不動産が破産宣告の時において破産者所有の財産であることが確定し、公売処分による所有権移転登記が抹消されると本件不動産は破産財団に属する財産として、破産管財人である原告の管理支配のもとに置かれることになるわけである。それゆえ、原告は右財団所属性を争う被告山田に対しその所有権確認と登記抹消請求の訴を提起する法律上の利益を有するものといわなければならない。なお破産宣告前の原因に基づく国税徴収法または国税徴収の例により徴収しうべき請求権は、財団債権として破産手続によらないで弁済されるが、私法上の債権であつて財団債権とされるものと一般に同列におかれ平等な取扱いを受けることになる(破産法第四七条、第四九条ないし五一条)。この財団債権の弁済はやはり破産管財人の職務権限に属する。もつとも国税徴収法または国税徴収の例による滞納処分は破産宣告後もそのまゝ続行することを妨げられないから(破産法第七一条)本件公売処分が無効とされても、滞納処分としての差押処分が存続する限り、本件不動産の換価は、破産管財人たる原告に委ねられず、被告生野区長が担当することになるが、この場合においても、本件不動産の管理権はなお原告に属し、原告は、この管理権に基づいて、滞納処分としての公売処分および財団債権たる市税に対する公売代金の充当ないし別除権者に対する代金の交付等が適正に実行されるよう見守つて適当な措置を講じなければならないし残余の公売代金があるときは、その交付を受けて破産的清算に繰り入れなければならないのである。一般債権者への配当のみが破産管財人の任務であるとし、これを前提にした被告山田の右主張は全然採用できない。
三、原告主張(1)について
国税徴収法第一二条第一項第一号は、差し押えうる財産の価額が滞納処分費および国税に先立つて徴収する債権額に充当して残余を生ずる見込みのない場合は、滞納処分の執行を停止すべきものと定めている。この規定は、かような場合であるにかゝわらず滞納処分を行なうことは、いたずらに滞納者を苦しめるだけであつて、滞納処分を行なう実益のないものであるから、その執行を停止すべきものとしたのであつて、強制執行における無益な差押を禁じた民事訴訟法第五六四条とその趣旨を同じくするものである。この無益な滞納処分を許さない規定に反してなされた滞納処分は、違法であつて取り消しうべきものと解するが、具体の場合に滞納租税に充当しうる余剰を生ずる見込みがなかつたとしても、それは事柄の性質上、滞納処分の無効を惹起するほどの重大なかしではなく、したがつてこの規定に反してなされた滞納処分であつても、当然無効ではないと解するのが相当である。これと異なる原告の主張は主張自体理由がない。
四、原告主張(2)について、
国税徴収法第二六条は、滞納者が直接と間接とを問わず、その売却物件を買い受けることを禁じている。この法意は、滞納者が一方で税金を滞納しながら、他方で公売物件の買受人となつてその所有権を自己に保留することを許すときは、その間に公売価格の低減または公売手続の遅延を策し自己の利益を図つて徴税主体に損害をこうむらせるおそれがあるので、かような幣害の生ずる余地をなくするためにその買受資格を否定したものである。そして右法条にいわゆる、間接に買い受けるとは、滞納者が自ら公売手続に参加し自己の名義で買い受けるのではなく、他人の名義を用いて買い受ける方法によつて自己の所有となし、または他人の代理人として買い受け、もしくは第三者と契約の上自己の計算において、第三者に買い受けさせ、その他人もしくはその第三者を経てその所有権を取得する場合を指称するものと解する(昭和一八年二月一二日大審院判決、民集二二巻一号二三頁参照)。原告主張の事実が仮に右にいう滞納者が間接に公売物件を買い受けた場合にあたるとしても、その事柄の性質上そのかしは明白性を有するとはいえない。それゆえ、右主張は無効事由の主張としてはそれ自体失当として排斥する。
五、原告主張(3)について、
滞納処分としての公売においては、公売物件の評価および公売価格は、市価に比し、ある程度低廉になることはやむをえないものとして容認しなければならないが、やむをえないと考えられる、この限度を超えて著しく低廉である場合には、特別の事情の存しない限り、その公売処分は滞納者の財産権に対する侵害として違法であると解するのが相当である(公売価格の決定は自由裁量行為であつて違法の問題を生じないとする被告生野区長の主張にはしがいえない)。さらに進んで、それが、一般の常識的な判断をもつてしては、とうてい考えられないような、たとえば、その価格が極端な廉価であつて、一見してその不合理が明瞭であるような場合は、右価格をもつてする公売処分は無効というべきである。しかしながら、著しく低廉ではあつてもかような極端に不合理な価格とはいえない価格による公売処分は違法たるにとゞまり、当然無効の処分ということはできない。原告主張によれば、本件不動産の価格は六七百万円、公売価格は百五万円であつたというのであるら、前説明に照し、これを本件公定処分の無効のかしとする原告の主張は、主張自体理由がない。
六、原告主張(4)について、
本件不動産についてなされた第一回の公売期日における公売手続に仮に無効のかしがあつたとしても、あらためてなされた第二回の公売期日における本件公売処分にそのかしが承継される理はないし、先行の公売手続の無効は後行の公売手続を無効ならしめる理もないから、原告の主張は主張自体理由がない。
七、以上のとおり、本件公売処分に無効のかしがあるという原告の主張は理由がないから、原告の被告生野区長に対する公売処分無効確認の請求は失当であり、右公売処分の無効であることを前提とする被告山田に対する請求もまた失当であるので、いずれも棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 平峯隆 中村三郎 山田二郎)
(目録省略)