大阪地方裁判所 昭和30年(行)26号 判決 1974年2月01日
兵庫県加西市笹倉町四〇〇番地
原告
岩井織物株式会社
右代表者代表取締役
岩井恒光
右訴訟代理人弁護士
西田順治
同
松井弘行
大阪市東区大手前之町
被告
大阪国税局長
山内宏
右指定代理人検事
井上郁夫
同
法務事務官 山口一郎
同
大蔵事務官 中西時雄
同
宮崎雄次
同
吉田秀夫
主文
一、被告が、原告に対し昭和二九年一二月九日付でなした、原告の
1. 昭和二二年一二月一日から昭和二三年一一月三〇日までの事業年度の法人税の審査決定中、普通所得金額一二〇万九、一五二円を超える部分、
2. 昭和二三年一二月一日から昭和二四年一一月三〇日までの事業年度の法人税の審査決定中、普通所得金額一四七万二、〇二二円を超える部分はいずれもこれを取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、請求の趣旨
主文同旨
第二、請求の趣旨に対する答弁
一、原告の請求はいずれもこれを棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
第三、原告の請求原因
一、原告は、織物の製造・加工およびこれに付帯する業務を目的とする株式会社である。
二、原告は、神戸税務暑長に対し、
1. 昭和二四年四月九日、昭和二二年一二月一日から昭和二三年一一月三〇日までの事業年度(以下昭和二三年事業年度という)法人税における原告の普通所得金額を一二〇万九、一五二円
2. 昭和二五年七月三一日、昭和二三年一二月一日から昭和二四年一一月三〇日までの事業年度(以下昭和二四事業年度という)法人税における原告の普通所得金額を一四七万二、〇二二円としてそれぞれ確定申告書を提出した。
三、ところが、神戸税務暑長は、昭和二七年一月一〇日到達の書面で、原告に対し、
1. 昭和二三事業年度における原告の普通所得金額を一、〇五八万三、一二八円
2. 昭和二四事業年度における原告の普通所得金額を八四六万三、四三一円とする各更正をなした。
四、そこで、原告は、昭和二七年一月一七日被告に対して審査の請求をなしたところ、被告は、昭和二九年一二月九日付で前記各更正をいずれも一部取消し、
1. 昭和二三事業年度における原告の普通所得金額を八二八万三、二二八円
2. 昭和二四事業年度における原告の普通所得金額を七五一万一、九三一円とする各決定をなし、その通知は昭和二九年一二月一一日原告に到達した。
五、しかしながら、原告の昭和二三、二四各事業年度(以下本件各事業年度という)の普通所得金額は、いずれも前記確定申告のとおりであり、右各決定(以下本件各審査決定という)中それを超える部分はいずれも違法であるから、その取消を求める。
第四、請求原因に対する被告の答弁および主張
一、(答弁)
請求原因一ないし三の事実は認める、同四の事実中、被告が昭和二三年事業年度における原告の普通所得金額を、八二八万三、二二八円とする審査決定をなしたことは否認し、その余の事実は認める。審査決定における昭和二三事業年度の普通所得金額は、八二八万三、一二八円である。同五の事実は否認する。
二、(主張)
1 課税の経過について
原告は、本件各事業年度において、統制令違反の闇物資を大量に製造、加工または直接に転売することによつて膨大な収益を挙げておきながら、多額の利益を隠蔽していることが認められたので、大阪国税局調査査察部査察課の係員は、昭和二五年二月一日原告会社本店事務所等数か所を捜索し、多数の証拠書類を押収すると共に、関係者らを集めて質問調査等を始めた。
しかし、統制法令違反の取引が盛んに行なわれていることはわかつたが、各人の答弁が極めて曖味で、その取引の内容や授受された金銭の記録、それらの膨大な隠蔽利益が蓄積されている銀行預金の所在、およびそれらの資金の使途等については、誰もこれを明らかにする者がなく、取引の全体を知つている唯ひとりの人物である原告会社代表者岩井恒光も、資問に対して言を左右にして詳細を語らず、具体的事項を示して質問しても回答を徒らに遷延してついに答えず、原告会社側からは、原告会社の取引の実態およびその資産の消長ならびに資産の所在については全然示されることがなかつた。
そこで、担当の査察官は当初押収した資料を端緒として、関係会社や取引先および各地の銀行等から原告との取引に関する資料を調査収集した。その結果、次々と原告が隠ぺいしていた銀行預金が発見され、その入出金先を調査することによつて、原告会社の帳簿に計上されていない関係会社に対する出資金や貸金等の債権を見出すことができたのである。このように、本件の更正処分の課税標準の計算は、すべて査察官の自ら確認したものによつており、当時のような経済界にあつては、右のように各年度において増加した資産を現実に確認することがもつとも確実で安全な方法である。
2. 昭和二三事業年度における原告の普通所得金額
(一) 被告は、原告から神戸税務暑長に提出された別表第1.の1.の(1)記載の貸借対照表(以下昭和二三事業年度公表貸借対照表という)には計上されていない次の隠匿財産および利益(簿外負債を含む)を発見し(それを整理すると、別表第1.の1.の(2)記載の貸借対照表(以下昭和二三事業年度簿外貸借対照表という)のとおり)、これに基づき昭和二三事業年度における原告の普通所得金額八二八万三、一二八円を算出した。
(二) 簿外資産
<イ> 銀行預金………六二八万三、四四八円一八銭
詳細は、別表第2記載のとおり。
<ロ> 個人貸付金(増資払込のためのもの)………五一七万円
(内訳)
・岩井織物株式会社(以下岩井織物という)第二回増資 一八五万円
・岩井商事株式会社(以下岩井商事という)第一回増資 八二万円
・加西縫工株式会社(以下加西縫工という)第二回増資 二五〇万円
以上の増資の払込は、何れも原告の隠蔽利益による隠匿財産をもつてなされたもので、この払込金を個人貸付金と認定した。
<ハ> 有価証券(昭和二三年一一月三〇日現在における評価額)………二四万九、七五〇円
・帝国銀行新株 二、〇〇〇株 一〇万円
・第一銀行新株 五、〇〇〇株 二五万円
・取得価額と時価との減差額△一〇万〇、二五〇円
以上の新株に対する払込は、何れも原告の隠蔽利益による隠匿財産をもつてなされたものである。但し、期末には、時価が取得価額よりも低くなつたので、被告が時価までの評価減を積極的に認め、原告に有利な計算をした。
<ニ> 未収利息………………二三万四、五八七円八〇銭
増資払込のための個人貸付金(前記<ロ>に対する利息であり、計算式は、別紙第3式の1記載のとおりである。
<ホ> 仮払金…………合計三二六万一、一七三円四八銭
(内訳)
・岩井商事 一七七万六、一七三円四八銭
・加西縫工 一四八万五、〇〇〇円
以上は、岩井商事、加西縫工が原告から融資を受け、それを仮受金と記帳しているにもかかわらず、原告の帳簿には、右債権の記載が全くなされていないものである。
(三) 簿外負債および架空負債
<ヘ> 仮受金および借入金(簿外負債)………合計三九二万三、四九八円
(内訳)
・三及商事株式会社(以下三及商事という)からの仮受金 一一九万三、四九八円
・岩井商事からの仮受金 四三万円
・加西織物協同組合からの借入金 二三〇万円
以上は、三及商事、岩井商事、加西織物協同組合が原告に融資して、それを仮払金・貸付金として記帳しているにもかかわらず、原告の記簿には、右債務の記帳が全くなされていないものである。
<ト> 未払事業税(未計上負債)………七八万七、七九四円
前期所得四〇三万九、九七〇円に対する事業税引当であり、被告が原告に有利な計算をしたものであつて、計算式は次のとおりである。
4,039,970×0.195=787,794
<ヌ> 架空負債………合計四三万六、五五五円三六銭
右は、昭和三三事業年度公表貸借対照表において、利益を負債と仮装していたもので仮受金一九三万一、五七七円一二銭のうち、岩井恒光名義分三八万五、二六九円七一銭と、借入金九万三、二一三円六五銭のうち岩井恒光名義分五万一、二八五円六五銭の合計額である。
(四) 普通所得金額八二八万三、一二八円の算出の根拠
昭和二三事業年度簿外貸借対照表<ル>「本勘定利益金額に加算すべき金額」七七九万〇、〇七六円に、昭和二三事業年度公表貸借対照表の利益金額一二〇万九、一五二円を加え、さらに法人税法等の規定に従つて
・減価償却超過額 二万五、五五九円
(法人税法施行細則昭和二二年大蔵省令第三〇号〔昭和二六年大蔵省令第四九号による改正前の省令〕第二条ないし第一一条により計算)
・損金に算入していた非戦災者特別税 四、三八〇円
(非戦災者特別税法〔昭和二二年法律第一四三号〕第五一条)を加算し、
・前期損金算入否認当期損金算入認容 △七四万六、〇九三円
(原告は、前期末未払経費として損金に計上していたが、当時はその債務が未確定であつたため損金算入を否認して所得金額の計算をし、当期中にその債務が確定したため、原告の計算はないが当期の所得金額の計算において損金に算入した)
を差引くと、右事業年度の普通所得金額八二八万三、一二八円が得られる。
3. 昭和二四事業年度における原告の普通所得金額
(一) 被告は、原告から神戸税務署長に提出された別表第1.の2.の(1)記載の貸借対照表(以下昭和二四事業年度公表貸借対照表という)には計上されていない隠匿財産および利益(簿外負債を含む)を発見し(それを整理すると、別表第1.の2.の(2)記載の貸借対照表(以下昭和二四事業年度簿外貸借対照表という)のとおり)、これに基づき昭和二四事業年度における原告の普通所得金額七五一万一、九三一円を算出した。
(二) 簿外資産
<イ> 銀行預金………四二八万九、七六五円四三銭
詳細は、別表第2.記載のとおり。
<ロ> 個人貸付金(増資払込のためのもの)………一、七一九万円
(内訳)
・岩井織物第二回増資二分の一払込 一八五万円
〃〃 未払込徴収 二二五万円
〃第三回増資 四〇〇万円
・岩井商事第一回増資 八二万円
〃第二回増資 二〇〇万円
〃第三回増資 二〇〇万円
・加西縫工第二回増資 二五〇万円
〃第三回増資 一七七万円
以上の増資の払込は、何れも原告の隠蔽利益による隠匿財産をもつてなされたもので、この払込金を個人貸付金と認定した。
<ハ> 有価証券(昭和二四年一一月三〇日現在における評価額)……………二二万一、八三二円
・帝国銀行新株二、〇〇〇株 一〇万円
・第一銀行新株五、〇〇〇株 二五万円
・取得価額と時価との減差額 △一二万八、一六八円
前記第四、二、2.(二)<ハ>の説明のとおりであり、期末に時価がさらに低くなつたので、被告が時価までさらに評価額を下げた。
<ニ> 未収利息……合計一四一万五、四四〇円三〇銭増資払込のための個人貸付金(右の<ロ>)に対する利息であり、計算式は、別紙第3式の2記載のとおりである。
<ホ> 現金………五、三七九円九二銭
<ヘ> 仮払金(加西縫工に対する分)……三〇万円
説明は、前記第四、二、2(二)、<ホ>のとおりである。
<ト> 貸付金……一二三万八、四四六円三七銭
・岩井商事 九三万八、四四六円三七銭
・加西産業共済組合 三〇万円
右は、岩井商事・加西産業共済組合が原告から借入れたことを記帳しているにも拘わらず、原告の帳簿には、貸付金として計上していないものである。
(三) 簿外負債および架空負債
<チ> 仮受金および借入金(簿外負債)………三一七万九、四九八円
・三及商事からの仮受金 七九万三、四九八円
・兵庫布帛株式会社〃 七三万六、〇〇〇円
・岩井商事からの借入金 二五万円
・有田明仮受金 五〇万円
・浜本義一仮受金 九〇万円
説明は前記第四、二、2.(三)、<ヘ>のとおりである。
<リ> 未払事業税(未計上負債)………二四〇万三、〇〇三円
前々期所得四〇三万九、九七〇円に対する事業税引当七八万七、七九四円と、前期所得八二八万三、一二八円に対する事業税引当一六一万五、二〇九円との合計額であり、被告が原告に有利な計算をしたもので、計算式は次のとおりである。
4,039,970×0.195=787,774
8,283,128×0.195=1,615,209
<オ> 架空負債………一七万七、八九五円六六銭
右は、昭和二四事業年度公表貸借対照表において、利益を負債と仮装していたもので、借入金八〇〇万六、〇一八円四六銭のうち、岩井恒光名義分一七万七、八九五円六六銭である。
(四) 普通所得金額七五一万一、九三一円の算出の根拠
昭和二四事業年度簿外貸借対照表<ワ>「本勘定利益金額に加算すべき金額」六〇三万二、〇三五円に、昭和二四事業年度公表貸借対照表の利益金額一四七万二、〇二二円を加え、さらに法人税法等の規定に従つて、
・減価償却超過額 一万〇、一七九円
(計算方法は前記第四、二、2.、(四)記載のとおり。)を加算し、
・前期減価償却超過額の当期損金算入 △二、三〇五円
(法人税法施行細則第三条)
を差引くと、右事業年度の普通所得金額七五一万一、九三一円が得られる。
第五、被告の主張に対する原告の認否および反論
一、(認否)
1. 被告主張の第四、二、1の事実中、大阪国税局調査査察部査察課の係員が、昭和二五年二月原告会社本店事務所等数か所を捜索し、多数の証拠書類を押収するとともに、関係者らを集めて質問調査等を始めたことは認めるが、その余の事実は否認する。
2. 同第四、二、2.、3.の事実中、原告が神戸税務署長に被告主張の本件各事業年度公表貸借対照表を提出したこと、本件各事業年度簿外貸借対照表の資産・負債欄に記載されている各科目と金額(但し、昭和二四事業年度簿外貸借対照表の<ホ>「現金」を除く)は認めるが、その余の事実は否認する。
3. 被告が第四、二、2.、(二)、(三)および第四、二、3.、(二)、(三)で簿外資産と主張するもののうち、銀行預金は、岩井恒光個人の預金である。また、被告主張の増資払込のための個人貸付金のうち、昭和二三事業年度の一一七万五、〇〇〇円は各株式名義人が払込み、残り三九九万五、〇〇〇円は、岩井恒光個人が手持金で払込んだのであり、昭和二四事業年度分の四三九万八、八〇〇円は各株式名義人が払込み、残り一、二七九万一、二〇〇円は岩井恒光個人が手持金で払込んだものである。次に、被告主張の有価証券は、岩井恒光個人の有価証券である。即ち、恒光は、昭和一五年頃より第一銀行の株式を所有しており、第一銀行は三井銀行と合併して帝国銀行となり、その後再び帝国銀行と第一銀行に分裂したが、その際の増資で、恒光は個人の手持金から帝国銀行と第一銀行の新株の払込をなしたのである。次に、被告主張の未収利息については、前記個人貸付金が認められない以上、原告に利息債権が発生する余地はなく、被告主張の現金については、原告がこのような簿外現金を有していたかどうか不明であり、被告主張の仮払金は、恒光個人の事業活動の結果生じたもので、被告主張の仮受金、借入金、架空負債も、恒光個人の仮受金、借入金負債で、原告会社の事業とは関係がない。なお未払事業税は、誤つた更正処分によつて前記事業年度の原告の所得を算出し、これに基づいて算出した金額だから、誤りである。
二、(反論)
1. 被告は、本件各事業年度当時における恒光所有の個人資産を、全て原告の簿外資産であると主張しているが、闇物資の売買によつて多額の収益を挙げたのは、同人であり、以下述べるように、恒光は、本件各事業年度当時、相当の個人資産を有し、且つ原告会社の業務執行とは別に、個人として、相当の収入があつた。
2. 恒光は、戦前より田、宅地、建物等多額の個人資産を有しており、原告会社の工場建物、敷地、製織機等も原告会社に貸与し、また、終戦前より岩井商事、三及商事の各社長、加西縫工の取締役を勤め、戦後原告会社の社長に就任した外、昭和二二年二月より昭和二五年五月まで加西織物工業協同組合理事長、昭和二二年一〇月より昭和二五年五月まで兵庫県織物連合会副会長を勤めたうえ、村会議員をはじめ治安協会副会長等多数の公職にも従事するなど、多方面にわたり活躍しており、本件各事業年度当時、恒光の個人収入、銀行預金は相当な額に上つていた。
3. 恒光は、昭和一八年二月、大東亜省より、南方移駐要員としてスマトラのメダン市で織物製造業を営むべき旨の命令を受け(それより以前に、恒光の弟岩井一太が右の命令を受け、事業の経営に必要な製織機二〇〇台以上を集めて準備していたところ、同人が召集を受けて出征したため、同人に代つて恒光が右の命令を受けた)、昭和十九年に至り漸く総ての機械類の集荷梱包を終え、船便を待機していたところ、船腹に余裕がなく、間もなく恒光も召集を受け出征したので、右南方移駐は事実上中止の形となり、右集荷にかかる機械類は、原告会社の工場の敷地内に仮小屋を建てて保管されることになつた。そして恒光は、戦後の昭和二〇年一二月一三日国民更正金庫(神戸支所)より右機械類一切を代金二五万九、八〇七円で払下げを受け、これを昭和二四年頃までの間に代金合計五一三万七、一〇〇円で売却処分し、その差額四八七万七、二九三円の利益を得た。
4. 恒光は個人で、繊維製品の販売業を営む松寿商事有限会社に対し、約一五万円の債権を有していたが、昭和一九年二月頃同社が倒産したので、同人は、他の債権者の同社に対する債権約三六万円をその約三割にあたる一二万〇、七七四円三五銭で買取り、その代償として、同社の在庫商品(繊維製品で、<公>仕入価額は三二万一、八二五円八六銭)と売掛金債権一切を譲り受けた。そして、昭和二二年八月頃より昭和二四年末頃までの間に、この在庫商品を闇販売し、約二、〇〇〇万円の利益を得た。
5. 恒光は、昭和二二年七月初旬、宮川謙三を通じて、土肥志郎から融資の依頼を受けた。当時、土肥志郎と日本蚕糸統制会社間では、原蚕綿の賃紡、賃織、加工並びに販売を、土肥志郎に委託する旨の商談があつたが、土肥志郎は、この契約を成立させるために必要な保証金が一部不足していた。そこで恒光は、原告会社において製織加工することを条件として、同年七月二五日より一一月一五日までの間に、四回にわたつて合計三五〇万円を自己の手持金より貸付した(右貸金は、その後宮川謙三を通じて恒光に返済された)。かくて土肥志郎は、日本蚕糸統制会社より原蚕綿を受取り、東洋レーヨン松崎工場で賃紡し、絹紡糸を原告工場でサージに製織加工し、加工費として原告会社に約二五〇万円支払つたが、原告には、諸経費を差引いても約一割程度の収益があつた。右事実によつても恒光に個人資産があつたことは明らかであろう。
6. 恒光は、川上布帛株式会社社長川上茂に対し、昭和二二年八月一〇〇万円、同年一一月一五〇万円を、いずれも期間は一年、利息は月一割の高利で、貸付けた。そしてこの貸付元金は、昭和二三年九月に一〇〇万円、同年一一月に一五〇万円が返済されたが、恒光はその利息金三三五万円の利益を得た。
7. 恒光は、昭和二三年一二月、丸菱商事株式会社の代表者野間貞規を介して、中央紡績株式会社とその製品二〇番手綿糸二〇〇梱の売買契約を結び、そのうち一〇〇梱(一梱あたり一〇万円で合計一、〇〇〇万円)の引渡を受けたが、昭和二四年初めから綿糸の時価額が暴謄し一梱当当り二二万円の高値を呼んだので、恒光はこれを闇で転売し、一、二〇〇万円の利益をあげた。
8. 恒光は、昭和二二年七月頃より昭和二四年二月頃までの間に、松岡仙次、同栄次両名より、外国製乗用車八台を買受け、これを他に転売して、合計三九四万円以上の利益を得た。その外に、恒光は、ベニヤ板の売買によつても多額の利益をあげている。
第六、証拠
一、原告
1. 甲第一号証、第二号証の一ないし六、第三号証の一・二、第四号証の一ないし三、第五ないし第九号証、第一〇号証の一ないし七、第一一号証の一ないし一四、第一二号証の一・二、第一三号証、第一四号証の一ないし九、第一五号証の一ないし五、第一六ないし第一八号証、第十九号証の一・二、第二〇号証の一・二、第二一号証、第二二号証の一ないし四、第二三ないし第二五号証、第二六号証の一・二、第二七・第二八号証、第二九、第三〇号証の各一・二、第三一ないし第三五号証、第三六号証の一・二を提出。
2. 証人友井すゑ、同岩井寛太郎の各証言を援用。
3. 乙第九号証の一・二、第一〇号証、第三〇号証の二、第三一ないし第三四号証、第四二号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立(第三五・第三六号証の各一は原本の存在も)は認める。
二、被告
1. 乙第一ないし第八号証、第九号証の一ないし三、第一〇ないし第二〇号証、第二一・第二二号証の各一・二、第二三号証の一ないし三、第二四号証の一・二、第二五ないし第二九号証、第三〇号証の一・二、第三一ないし第三四号証、第三五、第三六号証の各一・二、第三七・第三八号証、第三九ないし第四一号証の各一・二、第四二号証、第四三、第四四号証の各一・二を提出
2. 甲第六ないし第九号証、第一〇号証の一ないし七、第一一号証の一ないし一四、第十四号証の一ないし九、第十五号証の一ないし五、第一六ないし第一八号証、第一九、第二〇号証の各一・二、第二一号証、第二二号証の一ないし四の成立は不知、その余の甲号各証の成立(第三三ないし第三五号証、第三六号証の一・二は原本の存在も)は認める。
理由
一、請求原因一ないし四の事実中、審査決定における昭和二三事業年度の原告の普通所得金額を除き、その余の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二号証によれば、被告は昭和二三事業年度(法人税)における原告の普通所得金額を、八二八万三、一二八円とする旨の審査決定をなした事実が認められる。
二、被告は、本件各係争事業年度における原告の普通所得金額を算定するにあたり、各年度において増加した資産を現実に把握し確定するという方法をとつている。これに対し、原告は右各事業年度において、概ね被告主張のように資産の増加があつたことは認めながら、その帰属を争い、被告主張の簿外資産、負債は、原告会社以外の、大部分は原告会社代表者である訴外岩井恒光個人の経済活動によつて生じた同人の資産、負債であると主張し、これを否定する被告と対立している。
ところで、
1. 成立に争いのない甲第一三号証、同第二五号証、同第二六号証の二、同第三〇号証の二、乙第三九号証の二、原本の存在とその成立に争いのない甲第三六号証の一・二、右甲第三六号証の一によつて真正に成立したと認められる甲第一四号証の一ないし九、同第一五号証の一ないし五、前記甲第二五号証によつて真正に成立したと認められる甲第一六号証、および証人友井すゑの証言によれば、恒光は、衣料品の販売業を営む松寿商事有限会社(以下松寿商事と略称する)に対し、個人で約一五万円の債権を有していたが、同会社には他に約三五万六、〇〇〇円余りの負債があつて昭和一九年二月頃倒産し、債権者間でその対策を協議した結果、恒光は、右松寿商事から、同商事所有の在庫商品(衣料品で、当時の<公>価額に換算して約三二、三万円)の譲渡を受け、その代償として、松寿商事が負担する債務総額の約三割にあたる一二万円あまりを引受け、恒光個人振出の約束手形で支払うことにした。そして、右衣料品は昭和一九年中頃恒光に引渡され、そのごく一部は、昭和二〇年三月頃までの間に、正規の統制ルートを通じて売られたが、大部分は、昭和二〇年三月頃、父寛太郎の手で同人の郷里の倉庫に移され、戦後昭和二二年から昭和二四年にかけて恒光は、これを総額二、〇〇〇万円もの高値で順次闇販売し、莫大な利益を得たことが認められる。
なお、前顕甲第三六号証の二によれば、恒光は昭和一九年二月頃、原告会社の専務取締役として営業面を担当していたことが認められるので、右衣料品の譲渡を受けたのは、原告会社代表者、あるいは代理人としての恒光ではないかとの疑問もあるが、成立に争いのない甲第三号証の一・二、同第四号証の一ないし三、同第二六号証の一、乙第一二ないし第一五号証、並びに証人友井すゑ、同岩井寛太郎の各証言、および弁論の全趣旨によれば、原告会社は、太平洋戦争の激化に伴い発せられた金属回収令によつて、昭和一八年末頃には、工場で使用していた製織機械類の大部分を兵庫県金属回収課に引渡し、そのため原告会社の織物製造・加工業は昭和一八年末以来、ほとんど休業状態で、その後は海軍省の命令により、原告会社の工場は軍服の縫製工場として使用されていたことが認められ、このような当時の原告会社の状況を考慮すれば、恒光は原告会社の代表者等としてでなく、個人としての資格で前記衣料品を譲り受けたものと認めるのが相当である。
2. 前顕甲第三号証の二、同第二六号証の一、同第三六号証の一、成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の二、同第二号証の四ないし六、同第一二号証の一・二、乙第七号証および弁論の全趣旨によれば、恒光は戦前から、原告会社の専務取締役のほか、岩井商事、三及商事の各社長、加西縫工の取締役を勤め、昭和一九年八月召集を受けて出征したが、昭和二〇年一一月には復員して再び右各会社の役員に復職し、さらに昭和二四年三月には原告会社の代表取締役社長に就任したので、本件各事業年度当時相当の役員収入があつたこと、恒光は、戦前から多くの個人財産を所有していたが、昭和一九年七月現在少なくとも別紙第4.目録(一)記載の各不動産は所有し、また戦時中には、同目録(二)記載の各銀行預金を所有していたこと、それで恒光は、昭和二二年度には増加所得税二四万三、〇〇〇円を納付したことが認められる。
3. 前顕甲第三六号証の一、成立に争いのない甲第二九号証の二、同号証により真正に成立したと認められる甲第一九号証の一・二、および弁論の全趣旨によれば、恒光は、昭和二一年頃から約四年間にわたり、訴外松岡仙次・栄次兄弟に資金を融資し、同人らはその資金で外国製乗用車の闇取引をし、その取引によつて得た多額の収益金の一部を恒光に支払つたことが認められるが、前記二の1.・2.の事実より、恒光が融資した右資金のなかには、恒光個人の手持資金が相当含まれていたであろうことが推認され、さらに右融資は原告会社の営業目的とは何ら関係のないものであることを考えれば、恒光が右松岡兄弟に融資してあげた収益金は、恒光個人の所得に属するものとすることができる。
4. また前顕甲第三六号証の一、および同号証によつて真正に成立したと認められる甲第一一号証の一一ないし一三によれば、恒光は、個人で、昭和二二年頃少なくとも六回にわたり総額八五万円のベニヤ板の闇取引を行ない、相当の収益を挙げたことが認められる。
以上の認定事実によつても、本件各係争事業年度において、訴外岩井恒光にも、個人の経済活動によつて生じた相当多額の所得があつたことは明らかで、被告のようにこれを否定し、被告主張の簿外資産、負債について、それが直ちに全部原告会社のものであるとすることのできないことは明瞭であるが、さらに以下被告が主張する簿外貸借対照表の資産欄の各資産について、それが恒光個人の資産ではなく、原告会社の事業活動の結果生じた資産であることの立証がなされているかどうかについて考察する。
1. 銀行預金について
成立に争いのない乙第一九・第二〇号証、同第二一・第二二号証の各一・二、同第二三号証の二・三、同第二四号証の一・二、同第二五ないし第二九号証によれば、本件各事業年度末現在で、それぞれ別表第2の<イ>ないし<ヘ>・<ヌ>ないし<ワ>記載の恒光・友井すゑ名義の銀行普通預金、および同<カ>記載の無記名定期預金があつたこと、そのうち銀行普通預金については、その入出金の回数・金額・入出金先等から、右預金口座が主として事業活動の結果生じた金銭の出入のために利用されていたことが認められ、その他の銀行預金についても預金が存在すること自体は当事間に争いがない。
しかし、積極的に、右銀行預金が原告会社の事業活動の結果生じたもので、原告に帰属するものであることを認めるに足りる証拠はなく、そうかといつて、前記二の1.ないし4.の事実によれば、恒光個人も係争事業年度中に、松寿商事の衣料品の闇販売等によつて相当の収益を挙げ、また戦前より相当の個人資産を有し、本件各事業年度当時多額の役員収入があつたのであるから、この中には、恒光個人の相当額の預金が含まれている可能性があるところ、そのような恒光個人の預金は存在しないことについても何ら立証がなされていない。
2. 個人貸付金について
被告は、岩井織物・岩井商事・加西縫工の増資の払込金(昭和二三事業年度五一七万円、昭和二四事業年度一、七一九万円)は、いずれも原告会社の隠蔽利益による隠匿財産をもつてなされたものであると主張し、原告も被告主張のとおりの増資払込がなされていることは認めている。しかし、原告が、昭和二三事業年度分の一一七万五、〇〇〇円は各株式の名義人が払込み、残り三九九万五、〇〇〇円は恒光個人が手持金で払込んだのであり、昭和二四事業年度分の四三九万八、八〇〇円は各株式の名義人が払込み、残り、一、二七九万一、二〇〇円は恒光個人が手持金で払込んだのであると主張するのに対し、被告は、貸付先である各株式名義人の氏名、個別の貸付金額(増資払込額)さえも明らかにせず、それが原告会社の隠蔽利益による隠匿財産をもつて払込まれたものであることを認めさせるに足りる証拠は全くない。かえつて、原本の存在とその成立に争いのない甲第三四号証、および同号証によつて真正に成立したと認められる乙第九号証の二によれば、原告会社の工場長であつた黒田己代治は本件各事業年度において、岩井織物・岩井商事・加西縫工の各株式を所有していたが、その株式の払込金は、同人の個人資金すなわち一部は同人の個人手持金から、残金は岩井寛太郎や加西産業共済会から借入れて支払つたものであることが認められる。
3. 有価証券について
被告は、帝国銀行新株二、〇〇〇株(一〇万円)、第一銀行新株五、〇〇〇株(二五万円)に対する増資の払込は、いずれも原告会社の隠蔽利益による隠匿財産をもつてなされたものであると主張し、原告も右増資払込がなされたこと自体は認めている。しかし、原告が、具体的にその増資払込をなしたのは恒光であると主張するのに対し、被告は右新株の払込がなされた日時さえも明らかにせず、その払込が、被告の主張するように、原告会社の隠匿財産をもつてなされたとする証拠は全くない。
4. 未収利息について
前記2.の個人貸付金が原告会社の簿外資産と認められない以上、原告に利息債権が発生する余地はない。
5. 現金について
昭和二四事業年度簿外貸借対照表記載の現金五、三七九円九二銭については、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。
6. 仮払金について
被告は、岩井商事・加西縫工は、原告会社から融資を受け、それを仮受金と記帳しているにも拘わらず、原告の帳簿には右債権の記載が全くなされていないと主張する。けれども被告は、岩井商事・加西縫工の会計帳簿さえも証拠として提出しておらず、成立に争いのない甲第三二号証、および同号証、および同号証によつて真正に成立したと認められる乙第四二号証のみでは、被告主張の原告会社と岩井商事、加西縫工間の金銭貸借の事実は認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
7. 貸付金について
昭和二四事業年度簿外貸借対照表の貸付金について、
被告は、岩井商事・加西産業共済組合は原告会社から金銭を借入れそれを記帳しているにも拘わらず、原告の帳簿には貸付金として計上されていないと主張する。しかし被告は、岩井商事・加西産業共済組合の会計帳簿さえも証拠として提出しておらず、前顕甲第三二号証、乙第四二号証のみでは、被告主張の原告会社と岩井商事、加西産業共済組合間の金銭貸借の事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
三、以上によれば、本件各事業年度簿外貸借対照表の資産欄に記載されている各資産については、どれ一つとして、それが原告会社に帰属するものであるとは認められないわけである。
されば、各公表貸借対照表に当期利益金として掲記され、各事業年度の所得であることに争いのないものは別として、その余の所得は認められないから、原告の被告に対する本訴請求は、いずれも理由があることになり、よつてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 鴨井孝之 裁判官紙浦健二は差支えにつき署名押印できない。裁判長裁判官 石川恭)
別表第1
1. 昭和23事業年度
(1) 公表貸借対照表
(昭和23年11月30日現在)
<省略>
(2) 簿外貸借対照表
(昭和23年11月30日現在)
<省略>
2. 昭和24事業年度
(1) 公表貸借対照表
(昭和24年11月30日現在)
<省略>
(2) 簿外貸借対照表
(昭和24年11月30日現在)
<省略>
別表第2
<省略>
別紙第3式
<省略>
(以上)
別紙第4目録
(一) 不動産
(1) 兵庫県加西郡北条町大字北条に存する不動産
・田地 10筆 合計 5反11歩
・宅地 14筆 〃 1,269.26坪
(2) 兵庫県伊丹市鈴原町4丁目3番地所在
・宅地 75.64坪
・同上地上住家 27.00坪
(3) 兵庫県加西郡泉町に存する不動産
・田地 7反4畝5歩
・山林 2畝11歩
・宅地 316坪
・建物 77坪1合
(4) 神戸市に存する不動産
・神戸市岡本篠久保13
宅地 117.00坪
同地上住家 建坪 36.33坪
・神戸市田中元清水92
宅地 74.00坪
同地上住家(木造2階建) 建坪 91.17坪
(二) 銀行預金
(1) 株式会社播州銀行北条支店特殊預金
金額 63,170円
預入年月日 昭19.2.29
証書番号 221
昭19.7.13に期限前払戻し
(2) 株式会社神戸銀行北条支店定期預金
金額 50,000円
番号 6,340号
満期日 昭20.2.6
昭20.6.30に支払済み
(3) 株式会社三和銀行三宮支店定期預金
金額 50,000円
番号 1,306号
発行日 昭19.5.25
満期日 昭19.11.25
(以上)