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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)1242号 判決 1957年9月09日

原告 芦原美代子

被告 高山保夫

主文

被告は原告に対し金五万円及びこれに対する昭和三十一年四月九日から右支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告、その一を被告の負担とする。

この判決は金一万五千円の担保を供するときは仮に執行できる。

事  実<省略>

理由

成立の争のない甲第一、二号証、証人芦原みつを、鵜野彌一(一部)、梶川喜次郎(一部)、奥村勝馬(一部)の各証言、原被告各本人の供述(いずれもその一部)及び弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

原告(昭和十一年五月二十七日生)は、昭和二十七年三月京都市立烏丸中学卒業後直ちに京阪バス株式会社に乗合自動車の車掌として昭和三十年十二月まで勤務していたものである。原告は右勤務中、枚方市立市民病院に書記として勤務中の被告(大正十五年七月十三日生)と相知るようになり、交際しているうちに、昭和三十年八月十日頃遂に被告と情交関係を結ぶに至つた。当時原告は満十九才、被告は満二十九才であつた。そこで、被告は、真実結婚する意思がないのにかかわらず、その意思があるように装つて、原告に対し、このような関係になつた以上、原告の両親の承諾を得て引続き交際し、なお近い将来において原告と結婚したい旨申入れたので、原告はこれを快諾した。右情交関係を結ぶに至つた日から一週間後に、被告は、原告方を訪れ、原告の母に対し「自分は二十七才で独身である。枚方市民病院に勤務して月給は三万円で、父は同市の市会議員である。父の家は二百坪余りで土蔵もある。原告の両親の承諾を得て原告と交際した上、近い将来結婚したい。」旨申入れたので、原告の母は、この旨を原告の父及び原告に伝えた。情を知らない原告の両親及び原告は、いずれも被告の右の言葉を真実と信じた。原告の両親は、被告に対し親として原告との交際及び結婚を承諾した。かようになつてからは、原告は近い将来被告と結婚できるものと信じ、従前以上に親密に交際し、時折情交関係を結んでいた。すなわち、原告は被告の宿直日に、同人勤務の前記病院の職員宿直室に宿泊して情交関係を結んだことが数回あつた。また、旅館に宿泊して情交関係を結んだことも数回あつた。ところが、そのうち被告の言動に不審の点があつたので同年十月二十七日原告と原告の母が枚方市役所に行つて、被告の戸籍を調査した結果、意外にも被告には既に妻子があり、年齢も前記被告の言葉とは相違していることが発覚した。すなわち、被告は昭和二十五年一月二十日妻豊子と結婚し、二人の間に昭和二十六年一月二十七日長女をもうけており、原告との交際中、被告の父方において右妻子と同棲していたのである。右発覚の日原告の母と原告は被告に会つて、右虚偽の言葉を難詰したところ、被告は、真実は、真実妻を離別して原告と婚姻する意思がないにもかかわらず、両名に対し妻は必ず離別した上原告を妻として迎入れるといつた。かようなことがあつたけれども、原告は被告の熱情にほだされ、自らも被告との結婚を熱望していた。同年十一月二十五日枚方市の路上で原告が被告に会つたところ、被告は原告に対し「自分は、前記病院の事務長と嘩して負傷させたので枚方市にはおられなくなつた、しばらく遠い所で身を隠したい、そのうち右事件のほとぼりもさめるだろうし、妻とも離別し、原告と正式に結婚するから、同伴して逃げてくれ。」と懇願した。右傷害の事実も虚構である。情を知らない原告は、結婚したい一念から、自己の貯金等約三万円を持出し、原告の母だけに右事情を告げて、同年十二月上旬頃被告と共に大阪市生野区のあるアパートの一室を借受けて数日間同棲した。その間の同棲費用約一万数千円はもつぱら原告が出した。右同棲後ひとまず二人は別れ、被告は右アパートに留まり、原告は、実家に帰つた。別れるとき、被告は、原告に対し、被告から連絡あるまで実家で待機しておれと申し渡した。その後間もなく、被告の親族等が被告の行方を探して被告を被告の父方に連れ帰つた。連れ戻された被告は、同月十二日原告に対し、書信を以て従来の原、被告の関係を解消し、将来は絶縁する旨を告知し、爾来原告を全然顧みなかつた。原告は、被告との関係が前記勤務会社に知れ、且つ屡々無届欠勤したので、会社の要求により同年十二月三十日同会社を退職した。被告は原告に対し昭和三十一年二月の節分の日に結婚式を挙げる旨約束をし原告はこれを信じていたが、右の事情で被告と結婚するに至らず、しばらく、自宅において家事の手伝をしていたが、同年二月頃、訴外芝本正夫と結婚した。被告も、原告との前記関係が原因で、昭和三十一年二月前記病院を退職した。

以上の事実が認められ、証人鵜野彌一、同梶川嘉次郎、同奥村勝馬の各証言、原被告各本人の供述中、右認定に反する部分はいずれも前示各証拠に照してにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実関係によると、被告は、当時満十九才の未成年者である原告とひとたび情交関係を結ぶや、引続き原告を誘惑して愛欲関係を継続しようと企図し、真実原告と結婚する意思がないのにかかわらず、あたかもその意思があるように装つて、近い将来結婚したい旨申入れ、当時既に自己は妻子があり、年齢は二十九才で月収は約一万五千円である(右月収の点は後示認定のとおり)にかかわらず、原告の母を通じて原告の両親及び原告に対し前認定のように独身であるなど虚偽の事実を申述べて、結婚の申込をし、同人等を錯誤におちいらせて、原告と情交関係を継続し妻子のあること及び年齢の点につき虚偽の事実が発覚するや、更に原告及びその母に対し、妻を離別して原告と婚姻するとうそをいつた。そして、昭和三十一年十一月二十五日自己勤務病院の事務長を負傷させたから駈落ちしてくれ、そのうちに妻とも離別し、原告と結婚するからと原告を欺罔して、その旨信じている原告から駈落の費用を出させて、数日間大阪市で原告と同棲した。そして同棲直後原告に対し一片の書信を以て絶縁を申し渡した。被告の右所為は、原告と結婚するが如く装つて、その旨原告を誤信させ、その結果原告をして被告と情交関係を継続し、同棲するに至らしめたものであつて、その間原告の貞操をじうりんしたものであるというべきである。そして、右貞操じうりんにより原告が少からぬ精神的苦痛をこうむつたことはいうをまたないから、被告は、原告に対し右苦痛を慰藉するに足る金員を賠償すべき義務がある筋合である。

そこで、その慰藉料の金額について判断する。

前認定の事実関係によると、原告は、被告と情交関係を結ぶに至つた当時未成年者であつたとはいえ、満十九才で、成年に近かつたので相当の思慮分別があつたはずである。被告が最初に原告やその母に対し甘言を以て結婚を申込んだ際、原告は早急に被告の身元を調査した上、前認定のような虚偽の事実が発覚すれば、妻子ある以上は一応結婚をあきらめて、被告との関係を清算すべきであつた。特に原告の両親は、娘の親として右調査を早急になして原告をして深入りせぬよう原告に警告すべきであつたにかかわらず、原告の母は被告から結婚の申込を受けてから、二ヵ月余を経過してから右調査をしている。その間原被告間の関係は益々深くなつている。しかも、おそまきながら、調査の結果、被告に妻子のあることその他虚偽の事実が発覚したにかかわらず、原告の両親は原告に対し別に破告との関係つき警告を与えず、妻を離別して原告を妻に迎えるという、常識上一応不可能な被告の申出を軽々しく信じたのか、原告と被告との関係を放任している。そして、原告は、飽くまでも被告と結婚できるものと盲信して、被告と駈落ちし同棲までしている。しかも原告の母は原告の右行動をも承認している。本件においては、原告及びその監督の立場にあるその両親の各行動は必ずしも妥当といえず、遣憾の点がある。右の事情に、前示証人梶川嘉次郎、同芦原みつを、同鵜野彌一の各証言の一部、被告本人の供述の一部を総合して認められる原告は京阪バス株式会社勤務中、被告と始めて情交関係を結んだ以前において、同会社勤務の運転手数名と情交関係を結んだことがあり、操行は善良でなかつた事実及び前認定のように、原告が、被告勤務の前記病院の職員宿直室や旅館において宿泊して被告と情交関係を結ぶについては、原告の方から積極的行動に出てその機会をつくつたことも再三あつた事実(原告本人の供述中右認定に反する部分は前示各証拠に比照して措信しない。)、前示証人芦原みつをの証言により認められる原告の父は郵便局に三十余年勤続し現在京都西陣郵便局保険係主任であるが、資産はない事実、証人奥村勝馬の証言及び被告本人の供述により認められる被告は、大阪府立淀工業学校卒業後昭和二十三年二月から同二十九年二月まで枚方市役所に勤務し、同月から昭和三十一年二月まで同市立市民病院に勤務し、同病院勤務中の月収は約一万五千円であつたところ、同月退職し、爾来無職である事実、被告には資産はなく、被告の父は農業で、家屋敷、田及び畑各五反を所有し、現に枚方市の市会議員である事実及び前段認定の事実関係より認められる諸般の事情を総合して考えると、本件慰藉料の金額は金五万円をもつて相当と認める。

よつて、原告の本訴請求は、被告に対し右慰藉料金五万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日であることが記録上明かな昭和三十一年四月九日から支払ずみに至るまで民法の定める年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容すべきであるが、その余の請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安部覚)

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