大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)2540号 判決 1957年9月09日
原告 小間正五郎
被告 株式会社孤池製作所
主文
被告は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和三二年四月一一日より右支払済に至るまで、年六分の金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告において、金六万円の担保を供するときは仮に執行できる。
事実
原告は、主文同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
被告は、
(1) 金額一〇万円、満期昭和二九年四月三〇日、支払地、及び振出地大阪市、支払場所株式会社住友銀行生野支店、振出人被告
(2) 満期昭和二九年五月三〇日、その他(1) と同じ
の約束手形各一通を振出日及び名宛人を白地で振り出し、被告代理人西井兵次郎は右各手形を原告に対し右白地部分の補充権を与え交付して譲渡した。原告は右各手形の名宛人として原告の氏名を、振出日として(1) の手形については昭和二九年二月三〇日、(2) の手形については同年三月三〇日とそれぞれ記入補充し、右各手形を所持人として、満期に支払場所に呈示したが、支払を拒絶せられた。しかるに(1) の手形の振出日の補充は錯誤に基くものであつたから、昭和三二年四月一一日の本件口頭弁論期日において右振出日を昭和二九年三月三〇日と訂正補充した。
よつて、被告に対し、右手形金合計二〇万円及び、右に対し、満期の後であり右訂正補充の日である昭和三二年四月一一日より支払済迄、手形法所定の年六分の利急の支払を求める。」と述べ、
被告の抗弁事実を否認し、原告は被告代理人西井兵次郎より被告において保証をするから、訴外城本義雄に本件各手形金額相当の金を貸与されたい旨の申出に応じ訴外人に右金員を貸与したが、本件各手形は右債務の支払方法として振り出されたものである。
と述べ、立証として、
甲第一号証の一、二を提出し、証人城本伍禧、西井兵次郎の各証言及び原告本人尋問の結果を援用した。
被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として
被告が原告主張の各白地手形を振り出したこと及び原告が右各手形の白地部分をその主張の如く補充し、その主張の如く(1) の手形の補充せられた振出日を訂正したこと、並に、原告が右各手形をその主張の如く呈示したが支払を拒絶せられたことは認める。しかしながら被告が右各手形を原告に交付し白地の補充権を与えたとの主張事実は否認する。
と述べ、抗弁として、
(一) 被告は、訴外関西鍍金工業所城本義雄から、「同訴外人が自己の債権者に対する借金の言訳に使うから、被告の手形を貸して貰い度い」と懇請され、本件手形を振出したのであるが、原告は、本件手形が見せ手形であること及び補充権のないことを知りながら、白地部分を補充して請求しているものであるから悪意の所持人である。
(二) 又、原告主張の(1) の手形は振出日として実在しない日である昭和二九年二月三〇日の記載がなされているものであつて、必要的記載事項を欠き無効である。
と陳述し、立証として、
証人城本伍禧、西井兵次郎の各証言を援用し、甲第一号証の一、二の名宛人欄の成立を否認し、裏書は不知、その余の部分の成立を認めた。
理由
被告が原告主張の各白地手形を振り出し、原告が右各手形の所持人となつて、名宛人欄には原告氏名を、振出日欄には(1) の手形は昭和二九年二月三〇日、(2) の手形は同年三月三〇日の記入をして、白地をそれぞれ補充し、これを満期に支払場所に呈示して支払を求めたが、拒絶せられ、現在これが所持人である事実は当事者間に争いがない。
被告は、右各手形はいわゆる見せ手形であつて白地の補充権が与えられていなく、原告はこのことを知つて取得した悪意の所持人であると主張する。そこで成立に争いのない甲第一号証の一、二の宛名及び裏書を除く部分、証人城本伍禧、西井兵次郎の各証言及び原告本人尋問の結果を合わせて考えると、被告は訴外城本伍禧に対しメツキの加工賃債務を有していたがこれが支払のため右各白地手形を振り出して交付していたこと、及び、同人は昭和二九年三月頃訴外西井兵次郎を通じて原告に依頼して右各手形の割引を受け、これを白地を補充しないで原告に交付して譲渡したが、その後原告が右白地を前記のように補充したことが認められ、他に右認定を覆し被告が抗弁として主張するような事実を認めるに足る証拠がない。およそ補充権の内容につき特別の約定をすることなく、白地手形が振り出された場合に於ては、特段の事情のない限り、振出人はその内容の決定を所持人に一任したものと解すべきところ、被告が右振出に当り補充権の内容につき特別の約定をしたこと又はこれが内容の決定につき他の解釈をするべき特段の事情の存在することについては何等の主張立証のない本件に於ては、所持人たる原告は内容の決定を一任せられた補充権を有していたものと推認しなければならない。従つて原告による前記補充はその権限に基くものであつて、これにより右各手形は完成せられたものといわなければならなく、被告の右抗弁は採用できない。
次に、昭和三二年四月一一日の本件口頭弁論期日に於て、被告が(1) の手形の振出日たる昭和二九年二月三〇日は実在しない日であつて右手形は必要的記載事項を欠き無効であると主張したところ、原告は右補充は錯誤に基くものであつたとして、右日附の記載中二月の「弐」の文字を「参」と訂正し、右手形の振出日は原告により同年三月三〇日と訂正補充せられた旨を主張するに至つたことは当裁判所に顕著なるところである。
およそ、白地手形の補充権者はその白地に補充するべき事項を決定してこれが記載を完了したときでも、右手形を流通におくか又はこれが権利行使をする以前であれば、補充権の範囲内において自由に右記載事項を変更することができるが右手形を流通におき、又はこれが権利行使をしたときは補充権の行使はこれにより完了し、白地が消滅するから、補充権者といえどもその後は右記載を訂正して補充の内容を変更することは許されないものと解すべきである。従つて権利行使をした後に補充権者たりし所持人がさきの補充内容を訂正により変更したときは権限なきものによる手形の記載事項の変更即ち手形の変造となるものであるから、右変更前の手形の署名者は変更前の記載内容により手形上の債務を負担することとなるわけである。本件では原告が(1) の手形の振出日の白地に昭和二九年二月三〇日の記載をして、これを呈示し、且これが請求の訴訟の繋属中に右二月を三月と変更したものであるから、被告は右変更前の署名者である振出人として、振出日を昭和二九年二月三〇日とする手形につき責に任ずべく、右が必要的記載事項を欠く手形ということになればこれが支払義務を負担しないものといわなければならない。原告はさきの補充は錯誤に基くと主張するが、昭和二九年三月三〇日と記載すべきところを錯誤により同年二月三〇日と記載したものであることを認めるに足る証拠がなく、却つて右手形の記載自体より同年二月末日の日を記載せんとして誤つて二月三〇日と記載したものであることが推認できるのであるから、右事由によつては前記変更を正当化することができない。
そうすると、振出日として昭和二九年二月三〇日という記載のある(1) の手形の効力如何ということが問題となるわけであり、この点については被告主張と同旨の判例が存在し、又学説上も争いのあるところである。ところで、本件では、右振出日の補充をしたのは所持人たる原告であつて、手形所持人が意識してわざわざ実在しない日を白地に補充するというようなことは普通には考えられないところであるから、右は前記のとおり二月の末日の日を記載する積で二月三〇日と誤つて記載したものと考えられるし、二月の末日の日を表示するため二月三〇日ということは世上しばしば犯されるあやまちであり、右手形面の昭和二九年二月三〇日の記載は、それ自体により社会通念上同月の末日の日を表示したものと解釈せられるから、当裁判所は右は振出日として昭和二九年二月の末日の日を表示した記載のある有効なる手形であると解するものである。従つて被告のこの点の抗弁も採用できない。
しからば、被告は原告に対し前記(1) (2) の手形金合計二〇万円、及びこれに対する満期の日から右支払済に至るまで手形法所定の年六分の利息の支払義務があるものというべくこの範囲内において右二〇万円及びこれに対する昭和三二年四月一一日から右支払済に至るまで年六分の金員の支払を求める原告の請求は正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 前田覚郎)