大判例

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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)125号 判決 1958年5月30日

原告 滝本行夫

被告 森村忠樹 外一名

主文

被告森村忠樹は原告に対し別紙目録記載(イ)の家屋中北側の一戸を明渡せ。

被告大沢武夫は原告に対し、別紙目録記載(イ)の家屋中南側一戸の二階部分を明渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

第一、当事者の請求趣旨

一、原告は主文同旨の判決及び仮執行の宣言を求めた。

二、被告等は「原告の請求を棄却する、訟訴費用は原告の負担とする」

との判決を求めた。

第二、原告主張の請求原因

一、別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という)は、もと訴外坂本カネの所有であつたところ、同訴外人は株式会社大阪銀行(のちに住友銀行と改称)に対し右家屋につき根抵当権を設定し昭和二六年一一月二九日この登記を了した。

二、訴外銀行は、その後右根抵当権の実行として大阪地方裁判所へ本件家屋の競売を申立て、同庁昭和二八年(ケ)第一八六号不動産競売事件として昭和二八年九月一四日競売開始決定があつたが、昭和三〇年一〇月二二日訴外鹿嶽清司がこれを競落し、同訴外人は昭和三一年五月八日所有権移転登記を了した。

三、原告は昭和三一年五月三一日本件家屋を訴外鹿嶽清司から買受けその所有権を取得し、同年一一月二六日所有権移転登記を了した。

四、しかるに、被告森村は本件家屋中(イ)の家屋の北側一戸を、被告大沢は同南側一戸の二階部分をいずれも何らの権原なく不法に占有使用している。

五、よつて原告は被告等に対し、それぞれその不法に占拠する部分につき明渡を求める。

第三、被告等の答弁及び抗弁

一、被告等の答弁

1  本件家屋がもと訴外坂本の所有であつたことを認める。

2  被告等がそれぞれ原告主張の部分を占有使用していることを認める。

二、被告森村の抗弁

1  短期賃貸借の抗弁

(一) 本件家屋は昭和二八年一月一〇日被告森村において訴外坂本よりこれを賃借して引渡を受け、後日同年三月二八日を始期とし本件家屋を期間の定めなく、賃料月額七千円を以て賃借する旨の公正証書を作成してこの関係を明確にした。

(二) ところで右被告森村と訴外坂本との賃貸借は期間の定めがなく、民法第六〇二条所定の期間を超えないいわゆる短期賃貸借であるから民法第三九五条により右賃貸借に先だつ抵当権者及び競落人に対抗しうるものであり、従つてまた原告にも対抗することができるのである。

(三) そして被告森村は同年一〇月一二日相被告大沢に対し右家屋中四分の三に相当する部分を訴外坂本の承諾を得て適法に転貸したものである。

2  賃貸借関係承継の抗弁

仮りに右抗弁が理由ないとしても、訴外銀行の抵当権実行により本件家屋の競落人となつた訴外鹿嶽清司は、毎月七千円の割合で昭和三一年四月八日以後の賃料を被告森村より受領したのであるから、同訴外人は被告森村と訴外坂本間の前記賃貸借を承継し賃貸人となつたのである。従つて右賃貸借はその後本件家屋の所有者となつた原告に対抗しうるのである。

3  権利濫用の抗弁

仮りに以上の抗弁が理由ないとしても、原告は豊中に立派な居宅を有し、被告森村は本件家屋の他に住居もないのみならず、原告は本件家屋の隣に約六〇坪の家屋をも訴外鹿嶽より買受け使用しているものであつて、本件家屋もまた改築の上他に賃貸しようとするものであるが、かかるためにする本訴は権利の濫用であり、しかも本件家屋は賃借人があることを知つて低廉な価格で訴外鹿嶽が競落し、原告もまたこれを買受けたものであるから、今に及んで被告森村に対し明渡を求めるのは衝平に反する。

三、被告大沢の抗弁

1  転貸借の抗弁

被告大沢は昭和二八年一〇月一二日本件家屋中(イ)の家屋の南側一戸及び(ロ)の倉庫一棟を訴外坂本の承諾を得て適法に相被告森村より転借したものである。

2  信義則違反の抗弁

原告と被告大沢との間には被告大沢において人を介し円満解決をなすべく誠意を以て交渉中であつたにも拘らず原告はこれに応ぜず本訴を提起したもので原告の本訴請求は信義誠実の原則に反する。

第四、被告等の抗弁に対する原告の答弁

一、被告森村の短期賃貸借の抗弁に対して、

1  その抗弁事実を争う。

2  仮りに被告森村と訴外坂本間に賃貸借がなされたとしてもそれは本件家屋に対する競売開始決定のあつた昭和二八年九月一四日以後になされたものであるから、抵当権者、競落人に対抗できず、従つて原告にも対抗できない。

3  仮りに右賃貸借のなされたのが競売開始前であつたとしても、期間の定めのない賃貸借は昭和一六年の借家法改正前はともかく改正後はもはや民法第六〇二条所定期間内のいわゆる短期賃貸借ということができないから、賃貸借前の抵当権者、競落人に対抗できず、従つて原告にも対抗しえない。

二、被告森村の賃貸借承継の抗弁事実を否認する。

第五、証拠

一、原告は甲第一、二号証を提出し、証大鹿嶽清司、同坂本カネの尋問を求め、乙第二号証、第四号証の一乃至三の各成立を認め、その余の乙号各証の成立はいずれも不知と述べ乙第二号証を援用した。

二、被告等は乙第一乃至第六号証(但し乙第四号証は一から三まで)を提出し、証人鹿嶽清司の尋問を求め、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、本件家屋がもと訴外坂本カネの所有であつたこと、被告等が現に本件家屋中原告主張にかかる部分をそれぞれ使用しているものであることは当事者間に争いがなく、原告の主張する原告が右家屋を取得するに至つた経緯の事実は被告等の明らかに争わないところである。

二、よつて被告森村の短期賃貸借の抗弁について判断する。

1  成立に争いのない乙第二号証、第四号証の一乃至三及び甲第一、二号証と証人坂本カネの証言によつて成立を認められる乙第五号証に証人坂本カネの証言を綜合すると、被告森村と訴外坂本カネとの間には訴外坂本義男を代理人として昭和二八年三月二八日頃期間の定めなく、賃料を月額七千円とする本件家屋の賃貸借契約が成立し、同日頃本件家屋は訴外坂本カネから被告森村に引渡されたことを認めることができ他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて右賃貸借が本件家屋につき競売開始決定後になされたとの原告の主張は採用できない。

2  そこで抵当権設定登記後に成立し、目的たる本件家屋の引渡がなされた右賃貸借が賃貸期間の定めがないところから、これを民法第六〇二条のいわゆる短期賃貸借として賃借人は、その賃借権を以て後の家屋競落人に対抗できるかどうかについて考察する。

従来、判例(大審院昭和一二年七月一〇日判決民集一六巻一、二〇九頁)は賃貸期間の定のない賃貸借は民法第六〇二条所定の期間を超えない賃貸借(いわゆる短期賃貸借)に該当すると判示したが、これは昭和一六年法律第五六号による借家法改正前にかかる判例であつて、この判例は、期間の定めのない賃貸借は民法第六一七条により何時でも解約を申入れることによつて終了させることができるのであるから、これを民法第六〇二条にいわゆる短期賃貸借と同視して、これと同様の保護を民法第三九五条によつて賃借人に与えても抵当権者乃至は競落人の利益を不当に奪うものではなく、むしろ、抵当権者、所有者賃借人三者の利益保護について公平を期しうるものと考えたと推察される。しかしながら右の借家法の改正は同法第一条の二を創設することによつて民法第六一七条の賃貸人の解約申入を正当事由の存在する場合に限りゆるすこととしたのであるから期間の定めがない賃貸借をもつて右法案の存しない当時と同じようにみることができるかどうかは議論の存するところである。民法第三九五条は現在なお短期賃貸借における賃借権は抵当権者、競落人に対抗しうることとしているが、このような短期賃貸借についても借家法第二条、同法第一条の二が適用をみるから、結局賃貸人は更新を拒否しえないし、借家法第三条の二は一年未満の期間の定ある賃貸借をもつて期間の定めないものとみなすのであるから、借家法第一条の二は期間の定めない賃貸借を短期賃貸借とみることのさまたげとはならないといえるかも知れないし、また借家法第一条の二は賃貸人の解約申入を、正当事由を要するという点において制限するのみで、解約申入の時期を制限するものではないから借家法同条の規定は、期間の定めのない賃貸借を短期賃貸借とみることをさまたげないとも考えられよう。しかし、由来民法第三九五条は抵当権の設定あるが故に目的物件それ自体の使用収益が不当に制約されることをさけ、以て物の有する交換価値と使用価値の利用を円満に実現しようとの法意に基くのである。従つて同法条及び民法第六〇二条はこの見地からこれを合理的に解釈しなければならない。ところで期間の定めない賃貸借は、その期間の定めがないことによつてこれを短期賃貸借とも、無期限永久の賃貸借ともみることができるが、いずれにせよ期間の満了がないのであるから期間満了が抵当権実行のための競売開始決定後に到来することもなく、かような期間満了が競売開始決定後に到来するときは更新後の賃貸借が競落人に対抗できないとの考えをいれる余地もなく、抵当権者の抵当権実行を妨害するため、目的物件の所有者が賃借人と通謀して賃借権を設定する事例の少くないこと、抵当権者は民法第三九五条但書の手続により保護を求め、競落人は解約申入に正当事由のない限り事実上長期にわたる拘束を受けるほかないこと、他方賃借人の解約申入には制限のないこと、競落人は目的物を抵当権設定当時の状態で取得するのが本則であることを考慮すると、結局、借家法第一条の二は期間の定めがない賃貸借を無期限永久の賃貸借へと方向付けたものであり、それにもかかわらず、期間の定めがない賃貸借に短期賃貸借の保護を与えるときは前述三者間の利益は著しく不均衡とならざるをえない。その上賃借人は登記によつて公示せられ抵当権の設定せられていることの明らかな目的物件について賃借権を取得するものであるのであるから、もはや期間の定めのない賃貸借を短期賃貸借と考えるのは借家法第一条の二の存する今日相当でなく、民法第三九五条の保護を受けて抵当権者あるいは競落人に対抗しえないものと解しなければならない。なお期間の定めがない賃貸借がある場合、当該賃貸借契約の内容を綜合的に判断してこれを短期賃貸借あるいはそうでない賃貸借と区別するのは、その明らかでない場合を説明しえないし、契約内容の変更は当事者間で自由になしうるものであるから区別の基準とするに足りない。

以上説明のとおり被告森村と訴外坂本との本件賃貸借は、競落人たる訴外鹿嶽に対抗しえず、従つて原告にも対抗しえないものである。

三、続いて被告森村の賃貸借関係承継の抗弁について判断する。

全証拠によるも右の抗弁事実を認めることができず、かえつて証人鹿嶽清司の証言によつて成立を認められる乙第一号証と証人鹿嶽清司の証言を綜合すると訴外鹿嶽清司は被告森村が本件家屋の賃料として供託していた昭和三一年四月八日以降、同年一一月まで一ケ月当り金七千円の割合による金員を昭和三二年二月八日一括受領していること、同訴外人は被告森村と、同被告訴外坂本間の本件家屋についての賃貸借を存続させる旨の約束をしたことがないことを認めることができる。そして右認定の事実と被告等の明らかに争わない本件家屋が訴外鹿嶽から原告に売渡され、その所有権移転登記のなされたのが昭和三一年一一月二六日である事実、本件記録によつて明らかな本件訴状が被告森村に送達されたのが昭和三二年一月二九日である事実を綜合すると、訴外鹿嶽は右金員を損害金として受領したものと認めることができる。被告森村の抗弁は理由がない。

四、そこで被告森村の権利濫用の抗弁について判断する。

被告森村の右抗弁事実はこれを認めるに足る何らの証拠はなく、他に原告の本訴請求を権利の濫用と認めるべき何らの証拠も理由もない。被告森村の右抗弁は失当である。

五、以上認定のとおりであるから、被告森村と訴外坂本との賃貸借が原告に対抗しうることを前提とする被告大沢の転貸借の抗弁も理由がなく被告大沢の信義則違反の抗弁は、その抗弁事実を認めるに足る何らの証拠がなく、他に原告の本訴請求を信義則に反するものと認めるべき何らの証拠も理由もなく、被告大沢の右抗弁も採用しえない。

六、そうすると、他に被告等が本件家屋の原告主張部分を占有使用するについて正権原を有する旨の主張立証がない上、被告森村に対し本件家屋中別紙目録記載(イ)の家屋北側一戸の明渡を求め被告大沢に対し本件家屋中別紙目録記載(イ)の家屋南側一戸二階部分の明渡を求める原告の本訴請求はいずれも正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言についてはこれを附するのは相当でないと認めるからその申立を却下することとし、主文のように判決する。

(裁判官 北浦憲二)

物件目録

大阪市福島区鷺洲南二丁目三三番地の一地上

家屋番号同町第六三番の二

(イ) 木造瓦葺二階建二戸建住宅 一棟

建坪 一八坪四合九勺

二階坪 一九坪六勺

(ロ) 木造瓦葺平家建物置(倉庫) 一棟

建坪 一七坪四勺

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