大判例

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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)3337号 判決 1962年5月30日

原告 大矢平造

被告 国

訴訟代理人 平田浩 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金五二万円及びこれに対する昭和三二年八月八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告は、肩書住所で大矢鉄工所と称し工場を所有し機械を製作している。右工場は北側に門を設け、門から南方へ構内通路が伸びており、同通路の西側には、北端から南端へ、事務所、自転車置場、第二工場、現場事務所、第三工場、材料置場の順序で数棟の建物が竝び、同通路の東側にも北端から南端へ、居宅、第一工場、便所、火造場、第四工場の順序で数棟の建物が竝んでいる。従つて、門をは入れば(右側)西側に事務所があり、事務所から通路を隔て、左側(東側)南寄りに第一工場があり、更に奥の方(南方のこと)の右側(通路の西側)に第三工場がある。

二、ところで、原告は、昭和三一年度健康保険料一三、一三〇円、同年度厚生年金保険料三五、五八〇円を滞納していたため、城東社会保険出張所地方事務官西野三千三、同山内忠司の両名は、原告不在中の昭和三二年三月一四日原告工場の前記事務所を訪れ、原告所有にかゝる旋盤八尺一台、同六尺二台、セーパー一台をそれぞれ差押える旨記載した差押調書を原告の留守番に交付した。

三、しかし、その頃、原告所有の八尺旋盤は、第一工場にある唐津製の旋盤一台、第三工場にある千田製の旋盤一台及びメーカーの標示のない無名旋盤一台、合計三台であるから、右差押調書にある「旋盤八尺一台の差押」は全く架空の記載にすぎず、強いて差押を認めるとしても第三工場の前記無名旋盤を差押えたものと解するほかはない。もし、これが「唐津製」あるいは「千田製」各旋盤のいずれかを差押えたものとすれば、旧国税徴収法第二二条第一項の「差押を明白にすべし」との明文に反し、全く無効の差押である。

四、ところが、城東社会保険出張所地方事務官高橋正義、同阪口勇は、訴外山本忠男と共に同年四月六日原告工場を訪れ、前記差押調書の八尺旋盤につきその後に公売が行われ、右山本忠男が金八万円で競落した旨を述べ、かつ、同公売物件は第一工場の「唐津製八尺旋盤」であると言い、原告の制止にも拘らず半ば暴力的に右唐津製旋盤を持帰り、こうして、原告の所有権を違法に侵害した。

五、その結果原告は、「唐津製八尺旋盤」を失い、その時価四〇万円から公売代金八万円を控除した残額三二万円の損害を蒙つたばかりでなく、工場の作業に支障を来し予定の生産を挙げることができず、得べかりし利益金二〇万円以上を喪失し、同額の損害をも蒙つたところ、これら損害が公務員の違法な職務執行行為により生じたものであることは言うまでもない。

六、よつて原告は、被告国に対し右損害金合計五二万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三二年八月八日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、なお、被告の答弁、抗弁事実中、原告の主張事実に符合しない部分は争う。原告の前記損害は、係官の故意過失による違法な職務執行により生じたものである。と述べた。<立証省略>

被告指定代理人らは、主文どおりの判決を求め、答弁、抗弁として、

一、原告の主張事実中、

(一)  請求原因一の事実、

(二)  請求原因二の事実、

(三)  請求原因三のうち、原告がその主張どおり八尺旋盤三台を所有していたとの事実、

(四)  請求原因四のうち、半ば暴力的に原告の所有権を違法に侵害したとの点を除いたじ余の原告主張事実、

はいずれも認める。その余の原告主張事実は争う。

二、城東社会保険出張所地方事務官西野三千三、同山内忠司は、ともに差押執行官吏として、昭和三二年三月一四日原告工場の事務所を訪れ、原告の長男大矢政男に対し、滞納保険料の支払を求めたが、拒絶された。それで西野三千三が原告主張の第一工場を検査し機械類を確認した上、右事務所に引返し、右大矢政男立会のもとに、西野、山内の両執行官吏において第一工場内に僅かに一台存在した八尺旋盤、二台存在した六尺旋盤の全部及びミーリング一台を各差押えた。そして直ちに甲第一号証の差押調書を作成したのであるが、右差押官吏両名は、第一工場以外は全部仕上工場であり、機械類があるのは第一工場のみであると信じていたため、差押調書には旋盤につき有名、無名の別を表示せず、大きさと台数のみを記載し、また、ミーリングについては、これをセーパーであると誤解したため同調書にはセーパー一台と表示した。ところが右大矢政男は、何らの異議もなく立会人として、かつ、差押物件の保管人として同調書に捺印した。

三、従つて、第一工場内に僅かに一台あつたにすぎない八尺旋盤、すなわち、唐津製八尺旋盤一台が係官により差押えられた上、保管人大矢政男に寄託されたことは明かであるところ、仮に、この差押が旧国税徴収法第二二条第一項の末尾にある「封印その他の方法をもつて差押を明白にすべし。」との規定に適合しない差押であるとして、これは有効要件を定めたものではなく、従つて、本件唐津製八尺旋盤の差押が無効に帰する道理はない。

四、右差押の結果、その後城東社会保険出張所において、同所地方事務官高橋正義立会のもとに、右唐津製八尺旋盤一台が公売され、訴外山本忠男がこれを競落した。それで、右高橋事務官等は昭和三二年四月六日頃原告の工場において訴外山本に対し、本件唐津製八尺旋盤を引渡したものである。従つてこの引渡は、前記有効な差押と公売より生じた当然の結果であり、係官の正当な職務執行行為である。

五、仮に、前記差押が「これを明白にしなかつた」との理由で、無効とされるにしても、そのような判例学説は殆んどなく、従つて従来の一貫した行政解釈を尊重し、本件差押をもつて有効と信じた係官には何らの過失もない。それで、係官の不法行為を主張する原告の請求はこの点からも理由がない。と述べた。<立証省略>

理由

一、原告の主張事実中、

(一)  原告がその主張の工場を所有しているところ、同工場構内には原告主張どおり数棟の建物があり、事務所、第一工場第三工場等も原告主張どおりの位置にあること。

(二)  原告がその主張どおり保険料を滞納したため、原告主張の係官西野三千三、同山内忠司の両名が、昭和三二年三月一四日前示工場の事務所を訪れ、「旋盤八尺一台、同六尺二台、セーパー一台をそれぞれ差押える。」旨記載した差押調書を原告の留守番に交付したこと。

(三)  その頃原告は、八尺旋盤を三台所有しており、唐津製のもの一台を前示第一工場に、千田製のものと無名のもの各一台を前示第三工場にそれぞれ置いていたこと。

(四)  原告主張の係官高橋正義、同阪口勇は訴外山本忠男と共に、同年四月六日原告の工場を訪れた上、前示差押調書にある八尺旋盤が分売され、訴外山本がこれを代金八万円で競落したところ、同旋盤は第一工場にある唐津製八尺旋盤であると言い、この旋盤を原告工場から搬出したこと。

はいずれも当事者間に争いがない。

二、原告は、右旋盤の搬出をもつて公務員の故意過失による違法な職務執行であると言い、これに対し被告は、右搬出は、これが適法に差押えられ、かつ、公売された結果である旨主張する。それで、右唐津製八尺旋盤に対する差押の適否について先ず検討する。

(一)  前示争いのない事実と成立に争いのない甲第一号証、証人西野三千三の証言(第一、二回)、証人山内忠司の証言、証人高橋正義の証言、並びに弁論の全趣旨を綜合すると、城東社会保険出張所地方事務官差押執行官吏西野三千三、同山内忠司の両名は、昭和三二年三月一四日原告工場の事務所を訪れ、原告の長男である大矢政男に対し、滞納保険料の支払を求めたが、拒絶されたため、「それでは差押をする」と言い、先に同所を訪れその際、第一工場に機械類がある旨聞知していた西野三千三において、単身第一工場へ赴き、同工場内に八尺旋盤一台、六尺旋盤二台、セーパー一台(真実はミーリングなるもセーパーと誤認した)等が据付けられているのを確認した上、すぐに右事務所へ引返し、右大矢政男に対し「いま確認して来た旋盤八尺一台、同六尺二台、セーパー一台をそれぞれ差押える。」と言いながら、その旨の差押調書を作成し、差押官吏として西野、山内の両名が捺印したところ、右大矢政男も差押立会人として、また、差押物件の保管人として異議なく同調書に捺印し、差押物件の保管を引受けたことが認定できる。証人大矢政男の証言(第一、二回)及び原告本人の供述中、右認定に反する各部分は証人西野三千三の証言(第一、二回)に照し措信できない。

(二)  右認定事実から見れば、差押係官西野は、すくなくとも第一工場内の八尺旋盤一台、六尺旋盤二台を滞納者たる原告から取上げて、これらを右大矢政男に保管させたものと認むべく、従つて、右八尺旋盤(唐津製)一台に対する被告主張の差押はこれを認めるに充分である。

(三)  しかし原告は、封印その他の方法をもつて差押を明白にしていないから、右差押は無効である旨主張する。なるほど新国税徴収法(昭和三五年一月施行)第五六条、第六〇条によれば、差押の効力は原則として直ちに発生するけれども、もし、差押物件を滞納者あるいは第三者に保管させるときは、封印、公示書等により差押を明白にする方法により差押えた旨を表示し、これによつて始めて効力が発生する旨の規定がある。そして旧国税徴収法第二二条第二項も、滞納者あるいは第三者等に保管させる場合は「封印等により差押を明白にすべし」との旨を規定しているのであるがしかし、新法第六〇条第二項あるいは民事訴訟法第五六六条第二項の場合と異り旧法には「封印等の表示によつて差押の効力が生ずる。」旨の規定がない。それで、旧法第二二条の「差押を明白にすべし」との規定は、それが差押物件である旨何人にも容易に認識できるような表示方法を執らねばならぬとの趣旨に解釈すべきではなく、この規定は、差押物件の保管人が、その保管義務を尽すにつき支障がないよう、差押官吏において何が差押物件であるかを保管者自身常に識別できるような表示方法を執らねばならぬとの趣旨に理解すべきものである。従つて、差押物件が特殊なものであり、しかも移動困難なものである場合には、保管者は封印等による差押の表示がなくても同物件を常に他の物件から識別することができ、その保管義務を尽す上に何らの支障もないのであるから、このような物件を差押えた場合には特段の事情がない限り、封印その他の表示方法を欠くとしても、保管者のためなお「差押は明白である。」としてこの差押を有効と解するのが相当である。これを本件について見れば、前示認定のとおり保管人大矢政男が保管を命ぜられた八尺旋盤一台は第一工場内に据付けられた唯一のものであり、しかも相当重量のある機械であつて移動困難なこと公知であるから、同保管人としては、封印等の表示がなくともこの差押物件と他の八尺旋盤を識別することは誠に容易であり、その保管義務を尽す上に何らの支障もないこと明かであるから、右第一工場内の八尺旋盤(唐津製)一台に関する限りこれに対する本件差押は保管人のため明白になされているものと言うべくもとより有効である。これを無効とする原告の主張は採用できない。

三、そして、前示認定のとおり有効に差押えられた第一工場内の本件八尺旋盤(唐津製)一台が、その後、城東社会保険出張所において同所地方事務官高橋正義立会のもとに適法に公売され、代金八万円をもつて訴外山本忠男に競落されたことは、証人高橋正義、証人山本忠男の各証言並びに弁論の全趣旨により容易に認定できる

四、よつて右八尺旋盤(唐津製)一台は、適法な差押と公売処分によつて訴外山本忠男の所有に帰したこと明かであるから、原告主張の係官高橋正義らが訴外山本と共に右旋盤を原告工場から搬出し持帰つたとしても、公務員として適法な職務執行と言うべく、これを公務員の不法行為と見る原告の主張はとうてい採用の限りでない。それで、じ余の判断をするまでもなく、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用は敗訴の原告に負担させ、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義康)

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