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大阪地方裁判所 昭和33年(わ)1691号 判決 1958年11月25日

被告人 前田辰之助

主文

被告人は無罪

理由

一、本件公訴事実は

被告人は、昭和三十三年三月二十六日頃大阪市東区上町二十七番地大阪上本町郵便局事務室において同市東区大川町六十六番地ラジオ九州大阪支社増田良門差出しの三和銀行発行の額面五千円のギフトチェック一枚入りの桐箱在中の書留小包郵便物一個を窃取した

と言うのである。

一、本件につき取り調べた総べての証拠を検討するに、証拠によつて

昭和三十三年三月二十五日午後二時頃大阪市東区大川町六十六番地ラジオ九州大阪支社増田良門差出名義の大阪府豊中市上野四丁目八十二番地磯部秀見宛の書留小包郵便物一個(桐箱入りの三和銀行発行の金額五千円個有番号三二一七号、発行番号六六七号のギフトチェック一枚在中)が大阪市東区北浜四丁目の大阪淀屋橋郵便局に差出され(引受番号第六八九号)同郵便物は大阪中央郵便局に送られるべきものであるが、同日午後六時頃同中央郵便局において紛失していることが発見せられたこと。同三月二十七日大阪市此花区伝法町北五丁目四十五番地銀行員佐藤亀男が被告人から依頼を受けて前示ギフトチェックを被告人から受取り、これを同日三和銀行上町支店で換金して、その五千円を被告人に手渡していること。同三月下旬大阪市東区上町二十七番地の大阪上本町郵便局事務室で当時その事務員(昭和二十六年八月から同郵便局に勤めている)であつた被告人が同僚の女事務員末沢日美子に前示桐箱一個をギフトチェックが入つていたものであるが、不用であるからと言つて与えたこと。を認めることができる。

一、検察官は、本件郵便物は郵袋内に残留したまま同郵袋と共に大阪中央郵便局から被告人の勤務していた大阪上本町郵便局に誤つて到達したものであつて、これを同郵便局事務員として勤務中の被告人が同郵便局内で窃取したものであると主張し、被告人は本件五千円のギフトチェックは窃取したものではなく、昭和三十三年三月下旬同郵便局前本通りで氏名不詳男より印判がなくても金が出せるか尋ねて貰いたいと依頼せられて受け取り、これを前示佐藤亀男に頼んだところ換金できたので、その五千円を前示本通りで同氏名不詳者に渡したものであるとして窃盗の事実を強く否認しているのである。

一、諸般の証拠を綜合して判断すれば、被告人がその主張する通りの事情の下に本件ギフトチェックを入手したものとは認められないのであつて、被告人がその間の真相を隠していることは明らかである。然らばその入手径路及びその事情は如何。それらを明確にするに足る証拠はないのである。

一、本件の大阪淀屋橋郵便局に差出された郵便物は前示の通り豊中市内で配達せられるべきものであつて、大阪上本町郵便局に廻つて来るべき筋合の郵便物ではない。

大阪中央郵便局の郵便課副課長松岡正男の郵政監察官に対する昭和三十三年六月二十一日の供述調書によれば、同中央郵便局の昭和三十二年六月から昭和三十三年五月までの一年間における小包郵便物が郵袋に残留していた事故は、明確になつた分だけで二十個であり、同郵便局における一日の取扱い、郵袋数は平均六千五百個から七千個であるから、小包郵便物が郵袋内に誤つて残留したままで同郵袋と共に同中央郵便局から本件の大阪上本町郵便局に送られる可能性は極めて低いと認められるのである。この点のみから見ても何等の証拠もなく、本件小包郵便物が同中央郵便局から誤つて郵袋内に残留したまま同郵袋と共に大阪上本町郵便局に送られて来たものであつて、これを被告人が窃取したと推測することは、全く推理の法則を無視するものである。

一、仮に被告人が賍物性のある本件桐箱入りの金額五千円のギフトチェック一枚を何者かから入手したものであるとしても、果してその賍物性を被告人が認識したか否かは不明であり、被告人に対しては賍物罪の責任を問うこともできないのである。

一、以上の理由により被告人が、郵送中に紛失した桐箱入り三和銀行発行の金額五千円のギフトチェック一枚を所持していた事実は明らかであるにしても、被告人はこれを何処で如何な事情の下に入手したのか被告人が窃取したのか、第三者からその賍物たるの情を知りながらこれを入手したのか、等々は全く不明であるから、刑事訴訟法第三百三十六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 塩田宇三郎)

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