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大阪地方裁判所 昭和33年(わ)2356号 判決 1965年3月30日

主文

被告人土居下範幸を懲役三月に、

同  大朝道丸を懲役二月に、

同  西口昭二郎を懲役二月に、

同  清涼信泰を懲役二月に、

各処する。

但し、被告人土居下範幸、同大朝道丸、同西口昭二郎、同清涼信泰に対し、本裁判確定の日から各一年間それぞれの刑の執行を猶予する。

被告人笹田慶之助、同浅野任弘はいずれも無罪。

同土居下範幸に対する公訴事実中、都島郵便局及び大阪中央郵便局における各建造物侵入の点及び東口已之助、辰已栄次郎、高田秀雄、鈴木金治、味波武司、一本杉禎一、新谷恭三に対する各公務執行妨害の点はいずれも無罪。

同大朝道丸、同西口昭二郎、同清涼信泰に対する公訴事実中、都島郵便局及び大阪中央郵便局における各建造物侵入の点はいずれも無罪。

理由

(本件争議に至るまでの経過) <省略>

(罪となるべき事実)

被告人土居下は、昭和三三年三月一三日午前七時一〇分頃全逓近畿地方本部副執行委員長繁田桃郎等全逓組合員とともに、大阪市都島区高倉町三丁目所在の都島郵便局に至り、前記辰已同支部長に、都島支部を職場大会実施支部に指定した旨伝え、同局郵便課現業室等で勤務中の同支部組合員に対しても午前八時三〇分から職場大会を実施する旨伝えたが、一方同支部執行委員東谷政男は同支部組合に対し「職場大会に参加しないから出ないで仕事をしてくれ」と呼びかけて職場を離脱しないよう要請した。かくするうち午前七時三〇分頃、被告人人大朝、同西口。同清涼等は動員組合員約八〇名位と共にバス、宣伝カーに分乗して同局通用門前に到着し、被告人土居下は、同大朝に指示し右動員者等に通用門。公衆溜り出入口等でピケツトラインを張らせた。そして被告人土居下、同大朝、同西口、同清涼は浅田一郎等二〇数名の誘導員とともに同局舎内に至り、右誘導員において勤務中の組合員に対し職場大会参加を呼びかけたところ、やがて同人等はこれに応じて職場離脱をしはじめたが、一方前記のとおり東谷が支部の決定どおり仕事を続けてほしい旨呼びかけていたこともあつて、去就に迷う組合員もあり、容易に全員が職場離脱をしそうにない様子が見えた。そこで被告人土居下は誘導員に対し、「出ない場合はほうり出せ」等と云つて前記説得誘導の方法として許される程度を超えた実力を用いて連れ出すことを指示し、被告人土居下、同大朝、同西口、同清涼は右誘導員と意思相通じ、

一、同日午前八時四〇分過頃、被告人清涼ほか五、六名の誘導員は、同局郵便課現業室特殊係の区分棚附近におもむき、部下係員の郵便取扱事務を指導監督するかたわら岡村晄事務員に協力して同人の担当事務の一部である特殊郵便物配達区分の業務として書留郵便物を配達帳に記入していた同局郵便課内務主事郵政事務官植谷享に対し、「職場大会に参加してくれ」と云つて職場を離脱し職場大会に参加するようにすすめ、同人が「仕事が残つているから出られん」と云いこれを拒否するや、いきなり同人の両側から両腕を掴んで持ちあげ、両脇の下に頭をいれて両腕を抱えて引き、又その背中に頭をつけて押し、同人が足を踏んばり抵抗するのを無理に普通郵便物区分棚の方へ約四米引摺る等して同人に対し暴行を加え、

二、その頃、被告人清涼ほか五、六名の誘導員は前記郵便課現業室特殊係において、同所で特殊郵便物の区分、交付の職務に従事していた同局郵便課特殊係事務員岡村晄に対して、「俺が連れ出したようにするから出てくれ。」と云つて職場を離脱し職場大会に参加するようにすすめたところ、同人が「君の名は何と云うんだ。知らんやつに口をきかれるわけはない。出る必要はない。」と云いこれを拒否するやいきなり同人の両側から両腕を抱えて引き、又その後ろから押して普通郵便物区分棚附近まで約四米引摺り、同人がこれを振りきつて右特殊係の席に戻つて右職務を継続しているとなおも「強情をはらずに出ようやないか。」と云つて職場離脱をすすめ、これを拒否する同人との間に口論のような状態になるや更に誘導員四、五名が右岡村の腕を抱え込み、背中を押して道順組立台附近まで引張り出す等して同人に暴行を加え、

三  その頃、誘導員三、四名が、同現業室外務主事席におもむき、同所で郵便課外務員の指導監督の職務に従事していた同課外務主事郵政事務官中谷龍一に対し、職場を離脱し職場大会に参加するようにすすめ、同人がこれを拒否するや、「兎に角全逓としてやつておるんだから職場大会に参加するように」と云つて同人の両腕を抱えて連れ出そうとしたので、同人は連れ出されまいとして両腕を振り切り同課内務室へ行き、同室内のストーブの前にあつた椅子に腰をおろした。又誘導員四、五名ないし一五名は、同課外務主事席附近におもむき、同所で同課外務員の指導監督、小包郵便配達区分の職務に従事していた同課外務主任郵政事務官樫根重次に対し、何回も「職場大会に参加して下さい」と言つて職場を離脱し職場大会に参加するようにすすめ、同人を局舎外へ連れ出す気配を示したので、同人はこれを避けて午前八時五〇分頃、右長椅子に中谷と並んで腰をおろし、又植谷も前記一記載の暴行を受けた後、同じ頃右椅子に腰をおろした。かく右植谷三名が、同長椅子に腰をおろして、誘導員がその場を去り、職場を離脱した勤務員が同現業室に戻つてくるのを待つて前記各職務を再開しようとして待機していたところ、被告人清涼、同西口は一〇名位の誘導員とともに同所に来て、右椅子の前後を取り囲み、右植谷等三名に対し、なおも執拗に外へ出るよう要求した。それでこれを拒否する同人等との間に口論のような状態になつたが、右被告人等は突然右長椅子の片端を持ちあげ前の方へ強く傾けて右植谷等三名を前向きによろめかせて倒れかけさせ、それで中谷が立ち直つたところ、今度は同人の両腕と片足を掴まえてその身体を持ちあげる等の暴行を加え、

もつて、右植谷、岡村、中谷、樫植の前記職務の執行をそれぞれ妨害したものである

(証拠の標目) <省略>

(弁護人等の主張に対する判断)

一、弁護人等は、被告人土居下等の判示各有形力の行使は公務執行妨害罪を構成しない、と主張し、その理由として、次のとおり述べる。

(1)  全逓は、本件において前示のとおり誘導員が引張る格好をすれば勤務員はこれに応じて職場離脱をするという戦術を採用していた。そして被告人土居下等はもとより誘導員も、また全逓都島支部組合員である前記植谷等四名も右戦術を知悉していた。そして誘導員は、右戦術に従つて、植谷等が直ちに職務の執行をやめて職場を離脱するものと信じて行動したのであつて、同人等がこれに応じないで有形力を行使した結果になつたのは、錯誤によるもので、犯罪を構成しない。

(2)  本件職場大会は全逓が前示七項目の労働条件改善の要求を貫徹するための争議行為として行なつたものである。そして公共企業体等の職員の争議行為を禁止する公労法第一七条は憲法第二八条に違反し、公共企業体等の職員の争議行為についても当然に労働組合法第一条第二項の適用があるから、右争議行為の目的、手段等諸般の事情からその正当性の有無が判断さるべきである。たとえ同条項の適用が無いとしても、公労法第一七条に違反する争議行為に対して、直ちに刑罰を科せられる違法(可罰的違法)性が付与されるものではなく、せいぜい馘首の理由となり得る単なる労働法上の違法であるにとどまる。そして本件職場大会は正当なものであるから、職場大会実施の指令を受けた下級機関及び個々の組合員は当然これに従うべき義務がある。植谷等四名は右指令に従おうとしなかつたので、若干の有形力を用いて連れ出そうとしたものであり、判示の程度の有形力の行使は、全逓の団結の組織統制力の行使として当然許容さるべきものである。

二、そこで右主張の当否について検討する。

(一)錯誤の主張について

被告人土居下等は、都島郵便局舎内の現場において、植谷等四名らが職場離脱を容易に肯ぜず、後記(四)において説示する説得行為の際許される現度をこえて有形力の行使を行なわなければ右難脱を成功させ得ないと考え、判示のように暴行に出たものであることは前示認定のとおりである。そして誘導員に、弁護人主張のような錯誤があつたことを認めるに足を十分な資料は存しない。よし誘導員にかかる錯誤があつたとしても、被告人土居下等の行為にして右のとおりである以上、誘導員のかかる錯誤を理由として自己の刑責を免れることはできない。

(二)憲法違反の主張について

前示職場大会は、全逓が労働条件の改善に関する要求を貫徹するため、就業時間内に使用者たる当局の指揮命令を排除して業務の正常な運営を阻害することを目的としてなしたもので、争議行為であることはあきらかである。そして公労法第一七条は公共企業体等の職員の争議行為を禁止しているので、これが憲法第二八条に違反するか否かについて検討する。憲法第二八条は、勤労者をして実質的に使用者と対等の立場にたつことを得させ、団体交渉を通じて自主的にその労使関係を決定させるため、勤労者の団結権・団体交渉権その他の団体行動権を保障している。公労法の適用を受けるいわゆる三公社五現業の職員は、賃金その他これに準じる収入によつて生活しているもので、右にいう勤労者に該当することはもちろんであり、これ等の者にも憲法第二八条は団結権・団体交渉権とともに争議権をも保障しているものといわなければならない。しかしながら、憲法によつて保障された争議権も、他の基本的人権と同様に、全く無制限のものではないのであつて、公共の福祉の観点から制約を受けることのあるのはもちろんであり、これ等の者が負担している職務の内容その他から、国民全体の利益との調和を図るため自ら制約を加えられることがあるのは当然である。しかし、その制約の範囲と程度は必要最少限にとどむべきものであつて(労働者の争議権は不可侵の永久の権利として国民に信託されたものである)いやしくも公衆の便宜というようなことから安易に、必要以上の制約を加えるようなことがあつてはならない。したがつて、公労法第一七条の違憲性の有無は、公労法の適用を受ける職員の職務の実体の検討を通じて個別的・具体的に検討さるべく、一般的、抽象的に違憲性の存否を決定することは妥当でない。このような見地にたち全逓組合員の争議権につき考えると、全逓組合員は郵政職員として、郵便・郵便貯金・郵便為替・郵便振替貯金・簡易生命保険及び郵便年金の事業等郵政省設置法第三条所定の業務(以下郵政事業と略称する)に従事するものであつて、これ等の郵政事業は、役務等の対価をできるだけ低廉にし、簡易にあまねく一般公衆の利用に供することにより直接公共の福祉を増進することを目的として営まれるものであり、その給付の継続性・価格の適正等を担保するため国の独占事業とされ、一般の私企業とは異り、高度の公益性及び独占性が付与されている。そしてこのことが、一方では当然に事業主体である国家に対して事業の運営を停廃することの無いよう事業の継続を義務ずけるとともに、他面その労働関係にも影響を及ぼし、労働者の権利殊に争議権に対する制約を許容する根拠となろう。もつとも、郵政事業は国家の権力作用を担行するものではなくて、郵便・貯金・保険等の、私企業においても本来これをなしうる、もつぱら経済的行為を内容とするものであり、これに従事する労働者の労働内容は、本来は一般私企業の労働者のそれと何等異るところが無いはずである。ただ高度の公共性、独占性という観点からその労働関係に一般私企業におけるそれに若干特殊なものが付与されざるを得ないところにその特質があるのであるから、郵政事業の職員に対しては右特質に反しない限度で出来るかぎり、私企業における労働者に準じた待遇が与えらるべきであり、争議権に対する制約もこのような限度にとどまらなければならないであろう。そうして郵政事業において特徴的とされる右事業の高度の独占性・公共性は公益事業であるガス・電力事業等についてもまた程度の差こそあれ(一方が国家の独占であり他方が私企業のそれである点で)ほぼ同じように見られるところであり、そこに見られる労働関係は右郵政事業における労働関係と一応質的には異らないものと考えられるから、郵政事業の労働関係は一応公益事業の労働関係として把握し、右程度の差をも考慮しこれにふさわしい規制を加うれば足るものと考えられる。そうだとすると、公労法一七条が一般公益事業の労働者に対する争議権の制限(労働関係調整法)を越えて全面的にその争議行為を禁止しているのは果して許されることであろうか。

もつとも、この点につき郵政職員は一般職の国家公務員で、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し且つ職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念しなければならない性質のものであるから、争議行為を禁止しても憲法第二八条に違反しないとする見解がある。しかし、公務員が全体の奉仕者であるというのは、公務員の本質について云われるにとどまり、このことが直ちにその労働関係を規制し、争議行為禁止の根拠になるわけのものではない。右の所論は公務員が全体の奉仕者という本質を持ちながらもなおかつ政府に使用され賃金によつて生活する労働者としての実情を具有することを無視したもので直ちに賛成しがたい。

また、争議行為の禁止がなされていてもその代償として、争議行為に訴えなくても適正な勤労条件を確保する為の有効な制度が法的に具備されていれば右禁止が許されるという見解がある。郵政職員について、かかる代償制度を求めるならばおそらく労働委員会による仲裁制度であろう。しかしこの制度によつて職員の適正な勤労条件が確保されるためには、裁定が誠実かつ完全に行なわれなければならないが、賃金等資金の支出を内容とする裁定については政府に対する拘束力を有しない(公労法第三五条、第一六条)し、又これまで賃金に関する裁定が完全に履行されていないことは殆んど公知の事実であるし、またこのような事態に対して誠実にこれを実現せしめるための有効な手段も法制上講じられていない。とすれば、右仲裁制度は争議行為禁止の代償として十分なものではないから、右所論も直に採用できない。

以上の観点からすると、郵政職員の争議行為を禁止する公労法第一七条は、憲法第二八条に違反する疑が十分に存するものといわなければならない。

(三)本件争護行為の合法性について

それゆえ、たとえ公労法第一七条が憲法第二八条に違反するものでないとしても、公労法第一七条に違反する争議行為の法的評価には、労働法的考慮よりする慎重な態度が必要であり、この違反を過大評価してはならない。ところで本件職場大会は、一時的な職場離脱による労務の不提供すなわち、同盟罷業を意図したものであるから、本件事案に即して、同盟罷業について考えるならば、かかる同盟罷業は、歴史的にみて先ず刑罰から解放せられ、ついで民事責任を免れ、現在では権利として法認されるに至り、我国においても憲法上の権利として保障されている。すなわち、我国の現在の法秩序のもとでは、同盟罷業は、経済的民主々義を支えるものとして積極的に助成さるべきもの、すなわち本質的に合法なものとされているものということができる。このことは、公労法第一七条は同盟罷業を禁止こそすれこの禁止に対しては、何等罰則の定めがなく、又国家公務員法・地方公務員法においてもそれぞれ同盟罷業の共謀等に対する罰則こそおいてはいるが、同盟罷業それ自体を処罰の対象とする規定をおいていないので、今日我国法上同盟罷業自体を直接処罰の対象とする立法が存在しないことからも窺えるところである。しかも公労法において、かかる禁止規定のおかれているゆえんは、職員の同盟罷業等の争議行為による業務の停廃の一般公衆に及ぼす影響の極めて大きいところから、争議行為による事業の停廃を防止するため、ただ争議行為を行なつた当該企業の労働関係から排除することにより、事業の継続を確保する途を開いた趣旨と解せられるから(制裁ではない)、職員の同盟罷業は、かかる意味と限度においてのみ禁止されるにとどまるものと考えられる。そうだとすると、単純な一時の労務不提供による本件同盟罷業(職場離脱)の如きは、よし公労法第一七条に違反するとしても、社会的に相当であり、実質的違法性を欠き、その意味でなお合法たるを失わない。

(四)団結強制について。

憲法第二八条が、労働者に団結権を保障した趣旨にてらし、労働者が団結して労働組合を結成した以上、労働組合の組合員に対する組織統制力は、一般の市民法上の団体のそれよりも若干強力なものであるべく、殊に争議時において、組合の決定及び指令に従わず就労している組合員に対しては、争議というそれ自体緊急な状態を背景とするものであることを考え併せると、組合には一層強い組織統制力を行使することが是認されなければならない。とはいえ、その場合における組合の決定及び指令が合法なものでなければならないことはもちろんである。もつとも、組合員は組合に全人格的に加入しているものではなく、組合の決定に対する批判の自由も、最終的には組合から脱退する自由も保有するものであるから、組合員に対して及ぼしうる統制力にも自から限度のあるのは当然である。これを本件についてみると、本件職場大会は、前に述べた理由で、公労法第一七条に違反するものであるけれども、なお合法なものであり、職場大会実施の指令もまた同様の意味で合法なものであるから、指令を受けた組合員にはこれに服従する義務がある。当時都島支部の組合員は合計一五〇名位で、郵便課において前示植谷・中谷・樫根・岡村を含む約五三名の組合員が午前七時から勤務についていた。職場大会実施時刻になり、誘導員が説得しても、はじめのうちはこれに応じる者も多くはなかつたが、結局は右植谷等四名を除く他の組合員の全員が誘導員の説得誘導により一時職場を離脱し、午前八時三〇分以降の出勤者と合流して職場大会は成功裡に終了した。ところが右植谷等に対しては、右の如くほとんどの組合員が職場離脱してしまつた後午前九時の数分ないし一〇数分前頃に、同人らの頑強な抵抗を排除するため判示各暴行が行なわれたものである。このような事情を綜合して考えると、植谷等四名に対し、組織の統制力の行使としてある程度の有形力の行使は許容されたとしても、判示の程度に至つた有形力の行使は、すでにかかる統制力の限界を超えて行なわれた違法なものを認めざるを得ないから、弁護人等の前記の主張はこの点において採用するとこができない。

(法令の適用)

被告人土居下、同大朝、同西口、同清涼の判示罪となるべき事実一の植谷に対する公務執行妨害の所為、及び同二の岡村に対する公務執行妨害の所為並びに同三の所為中、植谷、中谷、樫根に対する各公務執行妨害の点はそれぞれ刑法第九五条第一項第六〇条に該当する。<省略>

(無罪理由)

一、本件公訴事実の要旨は、

(一)  被告人土居下、同笹田、同大朝同西口、同清涼は、ほか二〇数名の全逓組合員と共謀のうえ、昭和三三年三月一三日午前八時過頃、正当の理由なくして大阪市都島区高倉町三丁目所在都島郵便局通用門より局内に一団となつて駈込み、同局郵便窓口事務室等になだれ込み、もつて故なく都島郵便局長の管理する同局内に侵入し、

(二)(1)  被告人土居下、同笹田、同大朝、同浅野、同西口、同清涼は、ほか約六〇名の全逓組合員と共謀のうえ、同年同月二〇日午前八時過頃、正当の理由なくして、同市北区梅田町所在大阪郵便局玄関より喚声を挙げながら一団となつて駈込み、局内各課室内になだれ込み、もつて故なく大阪中央郵便局長の管理する同局内に侵入し、

(2)  同日午前八時過頃から同八時四〇分頃までの間、

(イ) 被告人土居下は、田中孝志ほか一〇数名の全逓組合員と共謀のうえ、同局一階普通郵便課で郵便物の差立・受入等の指導監督を行つていた同課発着係主事郵政事務官東口已之助が腰を掛けていた椅子を押し倒し、その両腕をつかんで引張り、背中に体当りして突き飛ばしながら室外に引摺り出す等して同人に対し暴行を加え、

(ロ) 被告人土居下、同笹田は、ほか数名の全逓組合員と共謀のうえ、同局一階集配課外務員室で、郵便課集配業務の指導監督を行つていた同課内務係主事郵政事務官辰已栄次郎の両腕をつかんで引張り、背中を押しながら押し出す、等して同人に対し暴行を加え、

(ハ) 被告人土居下は、ほか数名の全逓組合員と共謀のうえ、同局一階普通郵便課で、郵便物の区分事務を指導監督していた同課第二差立係主事郵政事務官高田秀雄の両腕をつかんで引張り、背中を押しながら室外に引摺り出す等して同人に対し暴行を加え、

(ニ) 被告人土居下は、ほか一〇数名の全逓組合員と共謀のうえ、同局集配課一階外務室で、郵便物の区分、配達事務を指導監督していた同課配達係主事郵政事務官鈴木金治、郵便物の道順組立配達準備の事務を行つていた同課外務係郵政事務員味波武司及び同課二階外務員室で郵便物の道順組立、配達準備の事務を行つていた同課外務係郵政事務官一本杉禎一、同郵便事務員新谷恭三の両腕をつかんで引張り、背中を押しながら室外に引摺り出す等して同人等に対しそれぞれ暴行を加え、

(ホ) 被告人笹田は、ほか数名の全逓組合員と共謀のうえ、同局窓口事務室で切手類売捌の事務に従事していた同局郵便課内務係郵政事務官藤川芳一の両腕をつかんで引張り、背中を押しながら室外に引摺り出す等して同人に対し暴行を加え、

(ヘ) 被告人浅野は、ほか一〇数名の全逓組合員と共謀のうえ、同局三階特殊郵便課で速達郵便物の差立事務等を指導監督していた同課速達係主事郵政事務官対中弘の両脇から腕を抱え込み、背中を押しながら室外に引摺り出す等して同人に対し暴行を加え、

もつて、それぞれの郵便の業務に従事していた公務員の職務の執行を妨害したものである、

というのである。

二、被告人土居下、同笹田、同大朝、同西口、同清涼の都島郵便局における建造物侵入(前記(一))について。

前掲各証拠によれば、被告人土居下、同笹田、同大朝、同西口、同清涼は、二〇数名の誘導員と意思相通じて、昭和三三年三月一三日午前八時二五分頃、被告人土居下が先頭になり三三、五五、駈足で前記都島郵便局通用門から同局構内に立入つたことが認められる。

そこで右立入つた行為が建造物侵入罪を構成するか否かについて検討する。先ず被告人等の右立入の目的についてみると、全逓大阪地区本部の役員である被告人等及び誘導員は、前示のとおり全逓都島支部組合員に一時の職場離脱を説得誘導するため都島郵便局に立入つたものであるが、右職場離脱は、同盟罷業として前記弁護人の主張に対する判断二、(三)説示のとおり、なお合法であり、またそれは労働法的観点からして未だ建造物の平穏を害する行為でもない。したがつてこれを説得誘導する行為もまた合法な、建造物の平穏を害しない組合活動であり、被告人等は、かかる合法な、平穏を害しない組合活動を目的として同局に立入つたものと云うことができる。検察官は、被告人等は暴行・脅迫によつて公務の執行を妨害するに至ることを予見して同局に立入つたと主張し、被告人西口の検察官及び司法巡査(昭和三三年五月二九日付)に対する各供述調書には、三月一二日の前記執行委員会の席上、「時間になつたら本部役員が説得に入るが、それでも支部組合員が職場大会に参加しない時には、誘導員の実力行使によつて引張り出そうということになつた」旨の記載もある。しかし同被告人の右各供述調書には、事実を若干誇張して表現していると思われるふしがあり、右実力行使によつて引張り出すという記載も果して意思に反してでも無理に引張り出すことを意味するものであるかどうかの点が疑わしい。第九回公判調書中証人吉岡藤暁の供述記載によると、被告人土居下もしくは同大朝は、右立入直前に、誘導員等に対し、「あるところではトラブルが起つて混乱になつた実例もあるから静粛に」という趣旨の放送をして注意を与えていたことが認められ(もつとも、右供述記載によると、被告人土居下もしくは同大朝が、同じく右立入前に、「実力をもつて連れ出せ」と云つたことが認められるけれども、右注意を与えていた事実と対比すると、右の言葉が無理に引張り出すことを意味するものと速断することはできない)、又その他の前掲各証拠によるとむしろ、都島支部を職場大会実施支部と決定したのは同支部においても職場大会は結局実施できるという判断にたつていたから多くの組合員は説得誘導によつて職場を離脱するものと考えられ、ただ同支部の情勢から見て若干の組合員が説得誘導に応じないことも予測されたので、かかる者に対しては、組織の統制力として許容される程度の軽度の有形力を行使して連れ出そうという程の意図を有していたにすぎないと考えるのが相当である。<中略>

次に立入の態様についてみると同局管理者側が被告人等の入局を阻止するため右通用門に入局禁止の立看板を設けるなどしていたことは前示のとおりであり、又前掲各証拠によると、被告人等の入局の際、同局郵便課長高見謙一及び庶務会計課長吉岡藤暁が通用門の内側附近にいて、被告人等が立入をはじめるや、吉岡は阻止のため一応手を広げたがこれより早く被告人土居下は通用門を通り抜け、又高見も手を広げて「入つて貰つては困る」と云つて一応制止の態度こそとつたがそれ以上の強い態度は示さなかつた。しかも、右通用門は当時すくなくとも九米以上の広さで、その扉も開けられたままであつたので、被告人等及び誘導員は、三三、五五平穏にその通用門を通りその企業施設たる同局構内に立入つたことが認められる。

すると被告人等及び誘導員の右立入行為は、その目的及び態様において、なお社会的に相当なものと認められるから、管理者側に特別の事情のない限り(本件ではかかる事情はない)いまだ建造物侵入罪を構成しない。結局本件は犯罪の証明が無いことに帰するから、被告人土居下、同笹田、同大朝、同西口、同清涼に対しては刑事訴訟法第三三六条によりこの点につきそれぞれ無罪を言渡すべきものである。

三、大阪中央郵便局における建造物侵入及び東口巳之助他八名に対する公務執行妨害(前記(二)の(1)・(2))について。

(1)  <省略>

(2)  <前略>前記のとおり、大阪中央郵便局へ誘導員とともに立入ることを決定した被告人等は、昭和三三年三月二〇日午前八時三〇分頃、被告人土居下、同清涼が前記約六〇名の誘導員を率い、被告人笹田、同浅野及び田中孝志もこれらの者と共に、折から同郵便局南側玄関で同郵便局管理者側約一〇名位の者が被告人等の立入を阻止しようとして立並び、同局厚生課長友田豊が「入つたらいかん」と云つて口頭で制止し、又同局郵便課副課長三千善治が手を広げて立ち塞つて制止するのをききいれず、同玄関から、「わつしよい、わつしよい」と掛声をかけながら駈足で同局舎内に立入り、暫時後に被告人西口、同大朝もまた同局舎内に立入つた<中略>。

ところで、被告人等及び誘導員の同局舎への立入の目的は、前示のとおり、全逓大阪地区本部の役員である被告人等及び誘導員が、同局勤務の組合員に、合法で、また労働法的には未だ建造物の平穏を害するものとはいえない一時の職場離脱をなさしめるため、説得誘導もしくはこれに附随するものとして許容される程度の実力を用いることにあつたのであつて、それ以上の、暴行にわたるような所為に出ることを目的としたものではなかつた。そして、その立入の態様は、なるほど、同局管理者側は玄関附近に入局禁止札を掲示し、又管理者側多数の者が入局阻止の態度こそとつたけれども、それもさして強いものではなく、被告人等もこれと悶着をおこすことなく、又玄関扉も開かれたままで、そこから隊伍を組んで整然とその企業施設たる同局舎内に立入つた。もつとも前示のように、「わつしよい、わつしよい」等の掛声をかけてはいたが、この程度のことは、団結の誇示の方法として団体行動に普通伴うものであるから、看過されるものであろう。以上みたところによれば、被告人等の右立入行為は、その目的及び態様のいずれの点からみてもなお社会的に相当なものと認められるから、管理者側に特別の事情のない限り(本件ではかかる事情は認められない)いまだ建造物侵入罪を構成しない。結局本件は犯罪の証明がないことに帰するから被告等に対しては刑事訴訟法第三三六条によりこの点につき無罪を言渡すべきものである。

(3)  被告人土居下の東口巳之助に対する公務執行妨害(前記(二)の(2)の(イ))について。<中略>

東口巳之助は昭和三三年三月大阪中央郵便局普通郵便課発着係主事の職にあつたが地方全逓大阪中央郵便局支部に属する組合員であつた。同月一九日夕刻から翌二〇日午前九時まで宿直勤務についていたが、同日同支部で職場大会が実施されることを予想し、早く仕事を片付けておこうと思い、早朝から同局一階普通郵便課到着係現業室で発着係員一三、四名を指導監督して平素よりいそいで所定の担当事務である郵便物の差立、発送、受入等の職務に従事していた。被告人土居下は、前記田中孝志等とともに多数の誘導員を率いて同局内に立入るや、午前八時三〇分頃、一〇ないし二〇名の誘導員等と右普通郵便課到着係現業室におもむき、同所で勤務中の右東口等組合員に対し、職場大会に参加するようにすすめた。やがて組合員は次々と職場離脱して同室外に全部出てしまつたので誘導員は今度は東口のまわりを取り囲み、「職場大会に参加してくれ」「出てくれ」等と云つて職場離脱をすすめた。同人は、はじめのうちは「お前等の指図を受けない」と答えて室外に出ることを拒否し、連れ出されるのを避けるためその附近の柱の陰に隠れたりしたが、なおも誘導員から「お前も組合員だろう、出んか」等と執拗に職場離脱をすすめられた。当時すでに東口の監督指導すべき部下係員は室外に出てしまつてその附近には居らず、宿明の勤務時間も余すところ僅かで郵便物の差立発送等の仕事も概ね片付いていて、同人が同所を離れても右職務の遂行上殆んど影響の無い状態になつていた。これに加え、同人はもともと組合員としての立場と主事の職責との板挟みに陥つていて、最後には組合の統一行動に従う気持を抱いていたため、右のように大勢の誘導員から度重なる説得を受けるや、右職務を放棄し職場を離脱する気になつた。そして同所にあつた椅子に坐つていると、被告人土居下は田中孝志及び右誘導員と意思相通じ、誘導員は東口を取り囲み、その両脇から両腕を抱えて同人を立たせ、背中を押し、田中孝志は手を握り、その他の誘導員は職場大会参加だと叫んで拍手した。東口はこれに対して何等抵抗もしないで誘導員につきそわれ、これに従つて任意に一階西側出入口から同室外に出て、午前一〇時過頃になつて再び同室に戻つた。

右に認定したところによれば、被告人土居下等の東口に対する右有形力の行使は同人に対する誘導員の説得が奏功し、東口が職務執行の意思を捨てて職場離脱を決意した後に行われたものであるから、同人の職務を執行するに当り暴行を加えたものと云うことができない。もつとも、前記東口の供述記載によると、同人は室外に出る際、後ろから職場大会参加だと云つて拍手した大勢の組合員に取り囲まれて勢よく出たが、その勢のために履いていた草履の鼻緒がきれたことが認められ、東口に対する有形力の行使の程度が必ずしも低くなく、同人が説得に応じなかつたればこそやむなく右所為に出たのではないかとの疑念が生じる余地も無くはない。しかしもともと本件職場大会では、身体に手をかけて連れ出しの格好をとるという戦術を採用していたし、又これに応じない者に対しては、許容される程度の有形力を用いて連れ出すことが予定されており、誘導員は、程度の差こそあれ、勤務員の身体に手を触れて連れ出していたもので、東口は右のように当初職場離脱の意思がなく、容易に説得に応じる気配を示さなかつたところから、同人が内心既に職場離説を決意しているもかかわらず、これを知らない誘導員が、勢余つて右のような所為に及んだものと考えられるから、右の事実は前記認定の妨げとなるものではない。そうだとすると被告人土居下の東口に対する右有形力の行使は公務執行妨害罪を構成せず、犯罪の証明がないことに帰するから、同被告人に対しては刑事訴訟法第三三六条によりこの点につき無罪を言渡すべきものである。

(4)  被告人土居下同笹田の辰巳栄次郎に対する公務執行妨害(前記(二)の(2)の(ロ))について。<中略>

辰己栄次郎は昭和三三年三月大阪中央郵便局集配課外務係主事(郵政事務官)として同課外務係員の指導監督の職務を担当していたが、他方全逓大阪中央郵便局支部に属する組合員でもあつて、本件職場大会については主事としての立場では不賛成であるが、組合員の立場からはやむを得ないものと考え、部下の係員に対しても説得があれば出るのはやむを得ないが、それまでは勝手に職場を離れないよう注意を与えるとともに、自分も最終的には説得に応じて職場を離脱して職場大会に参加する積りであつた。そして同月二〇日早朝から同局中二階集配課道順組立室で四〇名位の外務係員が郵便物の道順組立事務に従事し、辰巳も同所で右外務員の指導監督等の職務に従事していた。被告人土居下は午前八時四五分過頃、誘導員約二〇名位を率いて同所に至り、同室の入口附近にいた辰巳に対し、誘導員が「出てくれ」といつたので、辰巳は一階集配課外務係現業室におりた。するとやがて同所におりてきた被告人土居下及び折から同所に来た同笹田は誘導員七、八名と意思相通じ、辰巳に対して職場大会に参加するようにすすめたが、同人が「僕はもう話ついている。俺はいいのだ。」といつて拒否したので、被告人笹田は「話なんか聞いていない。一緒に参加して貰うんだ」等といつて右誘導員に辰巳の連れ出しを命じ、これに呼応した右誘導員は辰巳の身体に自己の身体を摺り寄せ押すようにしはじめた。辰巳は、当時その指導監督に服する集配課外務員の殆んどが誘導員の誘導により連れ出されてその附近に居なくなつてしまつたので、もはや自分だけがその場に残留する必要もなくなつたと考え、当初の方針どおり誘導員のすすめに応じて職場離脱をする気になり、何等抵抗することもなく、そのまま任意に誘導員に連れられ一階西出口から局舎外に出た。そして辰巳は後日当局から任意に職場を離脱した責任を問われ、訓告処分を受け、且つ賃金カツトを受けた。

右に認定したところによると、被告人土居下、同笹田の右所為は、辰巳に身体を摺り寄せ押すようにしはじめたが、まだ強力に押すという段階に至らないうちに同人においてこれに従つて連れ出される気になつたもので、有形力を行使したとはいうものの、それは数秒を出ない、ほとんど同人が意にも留めない程度の極めて軽いものであつたと認められ、これをもつて公務執行妨害罪にいう暴行を加えたものということはできない。したがつて本件は犯罪の証明が無いことに帰し、被告人土居下、同笹田に対しては、刑事訴訟法第三三六条により、この点につき無罪を言渡すべきものである。

(5)  被告人土居下の高田秀雄に対する公務執行妨害(前記(二)の(2)の(ハ))について。<中略>

高田秀雄は、昭和三三年三月大阪中央郵便局普通郵便課第二差立係主事代務(郵政事務官)の職にあつたが、他方全逓大阪中央郵便局支部所属の組合員であつた。三月一九日夕刻から翌二〇日午前九時まで宿直勤務に就いていたが、三月二〇日は、職場大会実施に備えて、平素より早くから同局一階普通郵便課到着係現業室において長尾茂ほか一名の係員を指揮して郵便物の区分の業務についていた。被告人土居下は午前八時三〇分過頃、誘導員一二、三名を率いて同所に至り、長尾茂等右係員に職場大会に参加するようすすめはじめると、同人等はこれに応じ、誘導員に付きそわれて同局舎外に出て行つたので、次に右高田を取り囲み、職場大会に参加するようにすすめた。しかし同人は職責上勤務時間中はその場にいなければならないという気持から、逡巡しながらもこれに応じなかつたが、やがて誘導員によつて両側から両腕を軽く持たれ、後から徐々に押されはじめたので、当時すでに右郵便物区分の業務も殆んど片付いていたし、又勤務時間も余すところ僅かであつたから、これ以上その場に残つていても無益であると考え、説得に応じて職場離脱をする気になり、何等抵抗することなく、任意にそのまま歩いて一階発着口から同局舎外に連れ出された。もつとも前記西辻惣一の検察官に対する供述調書には、あたかも二、三名の誘導員が高田の後ろから押して無理やりに連れ出したかの如き記載があるけれども、この記載は具体性を欠くので、右認定を左右する資料とはなし難い。

右に認定したところによると、誘導員が高田の後ろから徐々に押しはじめるや同人は直ちにこれに従つて局舎外に出る気になり、何等の抵抗もなく押されるままに任意に局舎外に出たもので、同人に対する有形力の行使は数秒を出ない、ほとんどその意にも介しない程度の極めて軽微なものであつたと認められるから、これをもつて公務執行妨害罪にいう暴行を加えたものと云うことはできない。したがつて本件は犯罪の証明が無いことに帰し、被告人土居下に対しては刑事訴訟法第三三六条により、この点につき無罪を言渡すべきものである。

(6)  被告人土居下の鈴木金治に対する公務執行妨害(前記(二)の(2)の(二))について。<中略>

鈴木金治は、昭和三三年三月大阪中央郵便局集配課内務係主事(郵政事務官)の職にあつたが他方全逓大阪中央郵便局支部に属する組合員で同支部監事をしていた。そして三月一九日夕刻から翌二〇日午前九時まで宿直勤務に就き、二〇日は早朝から同局一階集配課配達係現業室で四名位の宿直勤務員を指揮して郵便物の配達区分の業務を行つていた。被告人土居下は、午前八時三〇分頃、後記の如く誘導員を率いて同局一階に至り、誘導員に勤務組合員の連れ出しを指揮したので、指揮を受けた誘導員は右集配課配達係現業室におもむき、右勤務員等に対し職場大会に参加するようすすめ、同人等はほどなくこれに応じて誘導員に付きそわれて次々と同室外へ出て行つた。誘導員は右鈴木に対しても「職場大会に参加せえ」と云つて職場を離脱するようにすすめ、椅子に腰をおろしていた同人の両腕を抱えて持ちあげるようにして立上らせた。同人は、当時普通郵便物の配達区分の業務は全部終了し、小包郵便物の区分など若干の残務があつただけで、部下の係員はすでにその附近に居らず、勤務も午前九時まで余すところ僅かであつたので、誘導員と抗争して無用の混乱を起すよりはむしろ組合の統一行動に参加した方がよいと考え、右すすめに応じて職場離脱を決意し、腕を抱えられたまま任意に歩きかけたが、私用の為め手を振りほどいて自席に戻り、再び誘導員に軽く腕を持たれて、後ろから押され、何等の抵抗もなく、任意にそのまま同室を出て一階自動車発着口から局舎外に出た。

右に認定したところによると、誘導員は椅子に腰をおろしていた鈴木の両腕を抱えて持ちあげるようにして立上らせたのであるが、殊更に同人の意思に反して強い力を加え、無理に立上らせた形跡はない。またその後直ちに同人において職場離脱を決意していることを併せ考えると、鈴木に対し職場大会に参加するようすすめながら、その決意を促すため若干有形力を加えたものに過ぎず、その程度はほとんど同人の意にも留めない程の極めて軽微のものであつたと考えられるから、これをもつて公務執行妨害罪にいう暴行を加えたものということはできない。したがつて本件は犯罪の証明が無いことに帰し、被告人土居下に対しては刑事訴訟法第三三六条により、この点につき無罪を言渡すべきものである。

(7)  被告人土居下の味波武司に対する公務執行妨害(前記(二)の(2)の(二))について。<中略>

被告人土居下は、昭和三三年三月二〇日午前八時三〇分頃、誘導員二〇名位とともに大阪中央郵便局一階集配課外務係現業室におもむき、同所の道順組立台の上に立つて折から同所で勤務していた集配課外務係郵政事務員味波武司ほか三〇名位の組立員に対し、「これから職場大会を開催するので参加してほしい」旨挨拶して職場を離脱するようにすすめるとともに、誘導員に勤務員を連れ出すよう指揮した。そこで誘導員は、右勤務員に対し職場大会参加を説得しはじめ、やがて勤務員は次々と職場を離脱し、誘導員とともに同室外に立去りはじめた。そして、同所で郵便物の道順組立作業を終えて郵便物の転送事務に従事していた右味波に対しても五、六名の誘導員が「是非出てくれ」といつて職場離脱をすすめた。味波は全逓大阪中央郵便局支部に属する組合員であつて、同日同所で職場大会が行われることを予知していたが、一方当局の職場大会参加者を処分する旨の宣伝に影響されてこれに積極的に参加する気持がなく、誘導員の右説得に対しても逡巡していたところ、誘導員が味波の両腕を抱え後ろから肩を押して「わつしよい。わつしよい。」と掛声をかけはじめたので、組合の統一行動に従つて職場を離脱する気になり、何等の抵抗もなく、腕を持たれたまま任意に一階西出口から西門附近まで連れ出され、すでにその附近に出ていた多数の勤務員に合流した。もつとも、味波の検察官に対する供述調書には、同人は腕を抱えられ、押されるなどして無理やりに押し出された旨の記載があるけれども、同人がこれに対して何等抵抗していないことも同調書によつて明らかに認められるし、また同調書は同人が郵便法違反被疑事実について取調べを受けた際の供述調書であるから、意に反して連れ出された旨若干誇張して述べられたのではないかとの疑いもある。したがつて、必ずしも全面的に信をおくことができず、右記載をもつても前示認定を左右することができない。

右に認定したところによると、誘導員が当局の宣伝の影響で職場離脱を逡巡していた味波の両腕を抱え、後ろから肩を押して掛声をかけはじめたところ、同人は何等抵抗することなく直ちに職場離脱を決意したものであつて、誘導員のこれらの所為は味波の決断を促す為め若干の有形力を用いたにすぎず、ほとんど同人が意にも留めない程度の極めて軽微なものであつたと認められるから、これをもつて公務執行妨害罪にいう暴行を加えたものということはできない。したがつて本件は犯罪の証明がないことに帰し、被告人土居下に対しては、刑事訴訟法第三三六条により、此の点につき無罪を言渡すべきものである。

(8)  被告人土居下の一本杉禎一及び新谷恭三に対する各公務執行妨害(前記(二)の(2)の(二))について。<中略>

被告人土居下は、昭和三三年三月二〇日午前八時三〇分頃、前示のとおり、大阪中央郵便局一階集配課外務係現業室で誘導員に勤務員の連れ出しを指揮した後、同局中二階集配課道巡組立室に誘導員二〇名位とともにおもむき、折から同所で道順組立の業務を行つていた同局集配課外務係主任郵政事務官一本杉禎一及び同課外務係郵政事務員新谷恭三ほか四〇名位の勤務員に対し、「職場大会に参加してくれ」等と何度も云つて職場離脱をすすめたが、勤務員がこれに応じないで右業務を続けたので、被告人土居下は「出なけりや皆連れ出せ」といつて誘導員に勤務員の連れ出しを指図し、これに応じて誘導員は勤務員の身体を抱え、左右、後ろに寄りそうなどして若干の力を加えて誘い、勤務員もこれに応じて同室から出はじめた。そして右新谷に対しても誘導員四、五名が職場大会に参加するようにすすめ、その両脇から両腕を支え、後ろから軽く押しはじめた。新谷は全逓大阪中央郵便局支部所属の組合員で、当日は職場大会実施に備えて平素より早く勤務に就いて右道順組立配達準備の作業をしていたが、この時すでに右作業もほとんど片付き、郵便物を把束して何時でも配達に出発できる状態にまでなつていたし、又同室の勤務員の六割位が職場離脱していたので、これに同調して職場を離脱する気になり、何等抵抗することもなく、誘導員に両腕を支えられたまま、任意に同室を出て階段下まで連れられておりた。

一方被告人土居下の右指図を受けた誘導員五、六名が、同所で担当事務である郵便物道順組立作業を行つていた右一本杉に対し、「さあ早く出てくれ。仕事は後で出来るやないか。ほつといて早く出てくれ」等と何回も繰り返して職場離脱をすすめたが、同人が「邪魔になるのでどいてくれ」と云つてこれを拒否して右作業を続けるので、なおも同様のことを云つて説得を続けながら同人の右作業が終るのを待つていた。約一五分経つた頃、同人が右作業を終えて郵便物を把束して鞄に納め何時でも配達に出発できる状態になつたので、二、三名の誘導員は右一本杉の両腕を掴まえ、一名の誘導員が後ろから腰の辺りを押して同人を同室外へ連れ出そうとした。そこで一本杉は、もともと職場大会は公衆に迷惑をかけるのでこれに参加する気持はなかつたが、全逓大阪中央郵便局支部所属の組合員であるので、ようやく組合の統一行動に従つて職場を離脱しようと考えるに至り、何等抵抗することなくそのまま誘導員に押されながら任意に同室外に出て、自動車発着口から西門附近まで連れ出された。もつとも、右一本杉の検察官に対する供述調書には、同人は誘導員に両腕を掴まれてからは抵抗することができず、又何とか口実をもうけて逃れようと思い便所に行かしてくれと頼んだけれども許してくれず、そのまま西門附近まで連れ出された旨の記載があつて、誘導員は一本杉の意思に反してかなり強度の有形力をその身体に行使したのではないかとの疑もあるが、他方誘導員の説得行為が荒々しい威嚇的なものでなかつたことは同調書によつても明らかであり、前示のとおり誘導員は右一本杉の作業の終了するまで連れ出すのを待つていたことが窺えるうえ、同人は任意に職場離脱した故をもつて当局から訓告処分を受け、賃金カツトされた事実さえ認められる。これらの事情を併せ考えると、誘導員の一本杉に対する連れ出しの為め両腕を掴まえ、腰を押した行為は、それほど強度のものではなく、職場離脱を逡巡していた同人に対し、ただその決断を促す為めなされた程度のものであつた。

すると、右新谷及び一本杉に対する右認定の各所為は有形力の行使として同人等が意にも留めない程度の極めて軽微なものであつたと、考えられるから、これをもつて公務執行妨害罪にいう暴行を加えたものということはできない。したがつて、右の事実については犯罪の証明がないことに帰するから被告人土居下に対し、刑事訴訟法第三三六条により無罪を言渡すべきものである。

(9)  被告人笹田の藤川芳一に対する公務執行妨害(前記(二)の(2)の(ホ))について。<中略>

被告人笹田は誘導員四、五名とともに、昭和三三年三月二〇日午前八時三〇分頃、大阪中央郵便局一階集配課窓口事務室におもむき、折から同所で担当職務である切手売捌事務に従事していた同局集配課窓口係郵政事務官藤川芳一に対し、誘導員二名位が「出てくれ」と云つて職場を離脱して職場大会に参加するようにすすめたが、同人が依然として右業務を続けていると、被告人笹田と意思相通じた右誘導員一、二名が「出てくれ」と云つて藤川の腕を引張つて一米位移動させ、同人が元の席に戻つて右業務をはじめたところ、暫くすると又二名位の誘導員が藤川の両腕を引張つて一米位移動させた。今度も同人は元の席へ戻つたものの、同人も全逓大阪中央郵便局支部に属する組合員であるから、組合の統一行動に従い、誘導に応じて職場を離脱する気になり、折から同所に切手売捌事務の代行のため来ていた同局特殊郵便課副課長三千善治に右売捌事務を引き継ぎ、被告人笹田ほか一名の誘導員に両脇から両腕をとつて引張られ、誘導員一名に背中を押されるまま、任意に同窓口事務室北側出入口より同室外に出たものである。

右に認定したところによると、被告人笹田ほか四、五名の誘導員は、切手売捌の職務に従事していた藤川の腕をとつて二回にわたり引張つたものであるが、同人がこれに引張られまいとして抵抗した形跡もなく、引張つた距離も僅々一米位であり、而も一米位移動させるとすぐに手を放しているのであるから、無理に引摺つてでも出そうという程の強い力の行使がなされたものとは認め難い。むしろ同人のすぐ傍には三千副課長が居たから、容易に職場離脱を行い難い藤川がその旨決断するのを誘い助長するために行つた、ほとんど同人が意にも留めない程度の極めて軽微なものであつたと考えられるからこれをもつて公務執行妨害罪にいう暴行を加えたものということはできない。なお、被告人笹田がほか一名の誘導員とともに藤川の両腕をとつて引張り、背中を押した所為は同人がすでに職場離脱を決意し、誘導員等に連れ出される気になつた後に行われたものであるから、違法のものでないこともちろんである。

したがつて、この点も犯罪の証明がないことに帰するから、被告人笹田に対しては刑事訴訟法第三三六条によりこの点につき無罪を言渡すべきものである。

(10)  被告人浅野の対中弘に対する公務執行妨害(前記(二)の(2)の(ヘ))について<中略>

対中弘は昭和三三年三月大阪中央郵便局特殊郵便課速達係主事として同係員の速達郵便物の差立事務等の指導監督を職務としていたが、一方全逓大阪中央郵便局支部所属の組合員でもあつた。

被告人浅野は、三月二〇日午前八時三〇分過頃、一五、六名の誘導員を率いて大阪中央郵便局三階特殊郵便課現業室におもむき、同所で右速達郵便物の差立事務等をしていた勤務員に対し、「職場大会に参加して下さい」と云つて職場離脱を促し、又右誘導員に「連れ出せ」と云つて勤務員の連れ出しを命じ、これに呼応して誘導員が連れ出しをはじめると勤務員もこれに応じて次々同室外に連れ出されて行つた。

そして誘導員が右対中にも職場大会に参加するようすすめたところ、はじめのうちは同人は「仕事があるから出られない」旨答えて応じなかつたが、なおも同様にすすめられるや、その頃はすでに右速達係員のほとんど全部が職場を離脱してしまいその場に居ない有様であつたので、これ以上誘導員のすすめを拒否してその場に残つていても無益であると考え、組合統一行動にしたがつて職場を離脱する気になり、誘導員に両側から両腕を抱えられ、後ろから一名の誘導員に付きそわれ、何等抵抗することもなく任意にそのまま同室外へ出て、一階におりて同局舎外に出た。そして後に同人は任意に職場を離脱したものとして当局から賃金カツトをを受けた。もつとも対中の検察官に対する供述調書には、誘導員が対中の両腕を抱え後ろから体を押して連れ出した旨の記載があるけれども、当裁判所の対中に対する証人尋問調書と比照すると、右供述調書記載の右所為は対中が職場離脱を決意した後に行われたことが認められるから、右供述調書の記載は前示認定と必ずしも牴触するものではない。

右に認定したところによると、対中は被告人浅野に指揮された誘導員から職場離脱をすすめられ、これに応じて職務を放棄して職場離脱を決意し誘導員と共に任意に右特殊郵便課現業室から外へ出たもので、同人に対して無理やり引張る等の暴行を加えた事実は認められない。

そうすると、対中弘に対する公務執行妨害の点も犯罪の証明が無いことに帰するから、被告人浅野に対しては刑事訴訟法三三六条によつて無罪を言渡すべきものである。

よつて、主文のとおり判決する。(西尾貢一 武智保之助 小河巌)

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