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大阪地方裁判所 昭和33年(わ)60号 判決 1959年4月15日

被告人 少年A(昭一四・一二・七生)

主文

被告人の刑を免除する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三〇年三月本籍地の○○中学校を卒業後、尼崎市に嫁いでいる姉を頼つて来阪し、同女の紹介で鉄工請負業の見習工員をしていたが、昭和三三年五月中頃やめてその後鳶職として大阪市、守口市内の飯場を転々とし、同年一一月五日頃から大阪市○○区××××町△△△番地○○建設××飯場で働いていた。被告人が××飯場へ来て間もなく、被告人が守口市の○○組××飯場で働いていた頃知合つた土工福田保夫(当時四六年)が仕事を求めて来たので被告人は同人を××飯場の親方Bに紹介してやり、同年一一月二五日頃から共に××飯場で働くようになつた。

被告人は、同年一二月一二日午後六時ごろ、その日の仕事を終え前記××飯場で同僚と花札で「六百拳」をやつていたところ、当日仕事を休んだ福田が酒気を帯びて入つて来て「株」をやろうと被告人らに執拗に迫つたところ、被告人がこれを断つたことから二人の間に口論となりその上福田は道具箱から「ヤスリ」を取り出して被告人に立向つたりして殴り合いの喧嘩になつたが、B親方が来てとめたためその場はおさまつた。被告人は附近の○○温泉へ行きその帰路同町×××番地酒小売店△△商店に立寄つて二級酒一合を注文し半分位飲み同店のカウンターで知人に電話をかけている時、先の喧嘩の余憤が納らなかつた福田が突如店内に入つて来て、後から「A」と叫び、被告人がびつくりして振り返つたところ、いきなり持つていた刺身庖丁を以つて被告人の左胸部を突刺し、さらに突きかかつて来たので、被告人はす早く右手でその庖丁を土間に払い落したところ同人は尚も庖丁を拾い上げようとしたので、被告人は庖丁を同人に取られてはまた刺されるので、身の危険を感じ生命身体を防衛するため、とつさに、左手で同人の右肩に当てて押し戻し、右手で庖丁を取上げざま同人の左季肋部を突刺し、因て同日午後七時一五分頃同人をして同区蒲生町三丁目五四番地東大阪病院において右刺創による内部各部特に腹腔動脈胃動脈及び左第一〇肋骨動脈等の切断に基く急性失血のため死に至らしめたものである。

被告人の右行為は福田の急迫不正の侵害に対する防衛行為ではあるが、防衛の程度を超えたものである。

(証拠の標目) (略)

(検察官、弁護人の主張に対する判断)

一、検察官の主張について

検察官の主張は要するに、被告人が庖丁を拾い上げてからは、福田が更に被告人に対し攻撃を加えようとする状況はなかつたし同人からこれ以上危害を受けるおそれはなくなつていたので、急迫不正の侵害行為は終了によつて正当防衛のうち急迫不正の要件を欠くに至つたものと認めるべきであつて、従つて正当防衛や過剰防衛の成立の余地なきものと言うのである。

被告人は福田の第一撃によつて左前胸部に一四日の通院加療を要する刺創(縦に五糎の刺創で上やや内方に三糎の深さあり-前記岡田隆夫の診断書)を受けたものであり、なる程検察官の主張のように被告人が庖丁を拾い上げてからは福田の攻撃は認められないけれども、被告人が福田から突かれ、庖丁を払い落し、拾い上げ福田を突くまでの間はその場のカウンターの内側で見ていた道端作太が庖丁を払い落し、これを拾い上げたことを意識しなかつた位瞬間の出来事であり、福田が被告人に攻撃を加えようとする状況になかつたと言うのは時間的にその余地がなかつたものに過ぎない。被告人の本件行為がなければ或は福田は何らかの攻撃をなお被告人に加えたかも知れず即ち被告人としてはなお攻撃を受ける危険が全くなくなつていたとは言えないのである。従つて相手の侵害行為が終つていたことを理由とする検察官の主張は採らない。

二、弁護人の正当防衛の主張について

被告人は身長体重共に相手の福田より勝りその上相手が相当酔つていたに反し被告人は当時殆んど酔つていなかつたところ、相手から庖丁を取上げてからは格段の優位に立つた被告人が興奮の余りとは言え相手の腹部を突刺すごときは明らかに防衛の程度を超えたものと認めざるを得ないのでいわゆる過剰防衛の認定をしたものである。

(法令の適用)

被告人の行為は刑法第二〇五条第一項、第三六条第二項に該当する。本件は結果は誠に重大であるが、被告人は一九歳の少年であり今まで前科その他の過ちもなく、性質はむしろ温良であつたところ、本件争いの経緯については終始非は福田にあつた上、本件は判示のごとく全く理不尽な不意の攻撃に対して被告人が興奮の余精神の平静を失した結果行つたものであり、その時の被告人の立場に立つて考えると被告人のとつた行動もあながち強く非難することもできない。以上のような理由その他諸般の事情を考慮し被告人に対しては刑の免除するを相当と認め主文のとおり判決する。

(裁判官 今中五逸 児島武雄 吉川寛吾)

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