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大阪地方裁判所 昭和33年(タ)32号 判決 1958年12月18日

原告 山田一郎

被告 禁治産者山田花子後見監督人 田中三郎 (いずれも仮名)

主文

原告と山田花子(本籍原告に同じ)とを離婚する。

原告と山田花子との間の長男修(昭和二三年一二月二二日生)の親権者を花子、監護者を被告と定める。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は山田花子と昭和二三年九月六日に婚姻した夫婦であつて、その間に同年一二月二二日長男修をもうけた。ところが花子は昭和二六年一一月頃突然精神に異常を来し、医師の診察の結果、精神分裂病にかかつていることが判明したので、原告は同年一二月二五日花子を兵庫県武庫川病院に入院させ、治療させていたが、家庭の都合により翌二七年五月一五日岡山市の財団法人河田病院に転入院させた。然るに花子の病状は意外に重く、一向に好転の兆がみえないので、昭和二九年四月五日未治の儘一旦同病院を退院させたが、その後病状が変化したため、同年八月二日再度同病院に入院させて、更に治療を試みたけれども、その結果は依然としてはかばかしくないので、昭和三二年一一月一二日治癒をみない儘同病院より退院させ、その後は花子の養父である被告の許で扶養看護を受けている。なお花子は右河田病院に入院中岡山家庭裁判所において、精神分裂病により心神喪失の常況にあるものとして禁治産宣告の審判を受け、該審判は昭和二八年七月三〇日確定し、現に原告がその後見人に、被告がその後見監督人にそれぞれ就職している。

以上のとおり、花子は強度の精神病にかかり回復の見込がないから、民法第七七〇条第一項第四号に該当し、離婚の原因があるので、本訴を以て原告と花子とを離婚する旨の判決を求める。なお長男修は花子の発病以来原告と別居し、引続き被告の許で養育されているので、その親権者を花子、その監護者を被告とするのが適当である。よつて原告は花子の後見監督人である被告に対し本訴請求に及ぶと陳述し、証拠として甲第一乃至第六号証を提出し、証人吉川文明の証言、原告及び被告各本人尋問の結果を援用した。

被告は原告請求通りの判決を求め、原告の請求原因事実はすべてこれを認めると答え、甲号各証の成立を認めた。

当裁判所は職権で証人山田勇、原告及び被告各本人を尋問した。

理由

原告が昭和二一年山田花子と事実上婚姻し、昭和二三年九月六日その届出を了し、その間に同年一二月二二日長男修をもうけたことは真正に成立したものと認める甲第一号証及び原告本人尋問の結果により明らかである。

そこで原告の主張する離婚原因の存否について判断する。真正に成立したものと認める甲第四及び第五号証、証人吉川文雄の証言により成立を認めうる甲第三及び第六号証、右証人の証言、並びに原告及び被告各本人尋問の結果を綜合すれば、花子は父小林重三、母たけの二女として大正一三年八月二一日に出生したが、五歳の頃母たけが死亡したため、子胤に恵まれない被告夫妻の許に引取られ、昭和五年六月二八日被告夫妻との間に養子縁組をなし、爾来被告方の養女として養育されたが、昭和二一年頃原告と婚姻の式を挙げ、前記の届出を了したこと、花子は原告と婚姻当時は尋常の妻であり、身心の故障もなく、原告との間に前記一子をもうけたが、昭和二六年九月頃突然原因不明の発作に襲われて昏迷状態に陥り、意識回復後も正常な精神状態に復せず、屡々亢奮状態を呈し、放歌したり独語したり或いは空笑したりすることが多かつたので、同年一二月二五日兵庫県の武庫川病院に入院し、同病院係医師より精神分裂病と診断され、一五回に亘つて電気衝撃療法を受けたが、病状は一進一退で思わしくないので、昭和二七年五月三日頃未治の儘同病院を退院し、花子の養父である被告の許に引取られたこと、しかるにその後間もなく病状が悪化したので、同月一五日岡山市の財団法人河田病院に入院し、加療の処置をとつたが、一向に好転の兆がみえないので、昭和二九年四月五日治癒をみない儘、同病院を退院したこと、花子は右河田病院に入院中、岡山家庭裁判所において、精神分裂病により心神喪失の常況にあるものとして、禁治産宣告の審判を受け、該審判は昭和二八年七月三〇日確定したこと、右退院後病状の変化により昭和二九年八月二日再度右病院に入院し治療を続けたが、結局同病院において受けた七三回に亘る電気衝撃療法及び一ケ月間に亘る冬眠療法もその効果なく、病状は依然としてはかばかしくないので、昭和三二年一一月一二日右病院を退院し、爾来被告方に引取られ、扶養看護を受けていること、而して花子の退院後の病状は入院当時と殆んど変らず、屡々癲癇性痙攣発作を起し、独語したり空笑したり或いは涕泣したりする従前の症状は一向に鎮らず、通常の社会生活への適応性は全くなく、病状は慢性且つ悪質であり、予後は不良で到底完全な治癒は望み得られない状態にあること、ひるがえつて花子の今後の生活及び療養についてみるに、原告は大阪市所在の株式会社三興社の社員(倉庫係)として勤務し、花子の発病以来僅少の収入の中から同女の医療費等を捻出しつつ漸く生活を続けて来たにも拘らず、本件離婚の訴を提起するに際しては、他より金策のうえ、被告の許にいる花子及び長男修の医療及び養育費として、金二五〇、〇〇〇円を被告に交付し今後も同女等のためにできうる限りの援助をなすことを約していること、また一方岡山市役所に吏員として勤務し、一応生活の安定している被告は花子の居室を被告方の屋敷内に新築するなどして、同女の保護のために手を尽し、また原告の離婚の申入に対しては、寧ろ原告の多年に亘る苦難と忍従の生活に同情し、花子との離婚は最早やむを得ないものとして、これを了承し今後とも被告の許において花子の扶養看護を続ける意向であることを認めることができる。以上の認定した事実によれば、本件は民法第七七〇条第一項第四号にいわゆる配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないときに該当することが明白であり、また花子の今後の生活療養等についても、原被告間において、できる限りの措置が講ぜられ、今後とも一応花子の扶養、看護を継続し得る見込みがついたものと云えるから、この上原告に対しいつまでも空虚な婚姻の継続を強いることは苛酷であり、原被告間の離婚は不幸ながらやむを得ないものと云わねばならない。

次に原告と花子との間に出生した長男修の親権者の指定について考察する。

先ず裁判上の離婚に際し、禁治産者である父母の一方を親権者に指定することが理論上可能であるか否かについて検討するに、父母の一方が禁治産の宣告を受けたときは親権喪失の宣告を受けた場合等とは異なり、親権の消滅を来すものではなく、(このことは禁治産者と雖も本心に復しているときは、協議離婚に際し、協議のうえ自ら親権者に指定され得ることに照しても明らかである)また民法第八一九条第二項は裁判所は父母の一方を親権者に定むべき旨規定するのみで、親権者の指定を受くべき者の範囲を現に親権を行使している父母に限定してはいないから、父母の他方に親権喪失乃至は辞任の事由が存する場合とか、その他禁治産者を親権者に指定することが却つて子の利益のために必要であると認められる場合においては、裁判上禁治産者たる父母の一方を親権者に指定することも亦差支えないものと考える。そこで本件についてみるに、前述の如く花子が回復の見込のない精神病者であるものと認定して、原被告間の離婚を認容するのであるから、一見長男修の親権者を父である原告と定めるのが順当であるように思われるけれども、証人山田勇の証言、原告及び被告各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すれば、修(当時四歳)は花子の発病と同時に被告方に預けられ、爾来七年有余の間、専ら被告夫妻の庇護のもとに養育されて来たため、被告夫妻を親と慕い、今更原告の許に復帰することを好まず、また被告には修を養育するに足るだけの資力もあり、被告夫妻には養女である前記花子を措いて他に子がないところから、孫修に未来への希望を託し、一時をも右修を手離すことを肯んぜず、今後とも引続き被告の許で監護養育してゆくことを切望し、しかも本訴において花子が修の親権者に指定されれば、自ら修の後見人となることを願つていること、一方原告は耳病を患つてからは著しく難聴で日常の対話にも事欠く有様であり、また他に居住する家屋もなく、現在自己の勤務する前記会社の倉庫二階に止宿し、自炊しながら細々とやもめ暮しの生活を送つている実情にあるため、その様な生活を続ける限り修を原告の許に引取り養育することは殆んど不可能に近く、更に原告は修に対して愛着を示すことなく、将来の再婚のことなど考えて自ら親権者となることを好まず、その親権者を花子、監督者を被告と指定されることを切望していることが認められ、またたとえ原告を修の親権者に指定したとしても将来原告が再婚した場合等においては、真に事情止むを得ないものとして、原告において親権辞任の挙に出ることも充分予測しうるところであるから、これ等叙上の事実を考慮するときは、修の親権者を父である原告に指定するよりも、寧ろ母である花子と定めて、本裁判確定後は被告において速かに修の後見人に就職しうるようその方途を講ずることこそ真に修の利益のために必要な措置と考える。よつて修の親権者を花子に指定し、修の後見人が就職するまでの間、花子が親権を行使できないことによつて生ずる障害を除去するために、その監護者を被告と定めることとする。

以上の理由により、原告の請求は正当であるから、これを認容し訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鍬守正一)

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