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大阪地方裁判所 昭和33年(レ)331号 判決 1962年1月30日

控訴人 高戸金九一

被控訴人 藤田アサノ

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

本件につき昭和三二年一一月五日岸和田簡易裁判所がした強制執行停止決定はこれを取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

控訴人「主文第一、二項同旨」

被控訴人「本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。」

第二被控訴人の請求原因

一、被控訴人は、かねてから控訴人所有の別紙目録<省略>記載の本件家屋を同人から賃借していたが、同人は岸和田簡易裁判所に本件家屋明渡の調停を申立て、該事件は同庁昭和三〇年(エ)第五四号家屋明渡等調停事件として繋属し、同年一二月一二日当事者間に左記条項の調停が成立した。

(1)  控訴人は被控訴人に対し本件家屋を引続き賃貸すること。

(2)  控訴人は、昭和三一年一月三一日までに本件家屋中、屋根便所を修繕し表土間(約三畳)の部分を居間に改造すること。

(3)  被控訴人は控訴人に対し右修繕及び改造までの間の賃料は従前どおり一ケ月金八三四円として、右改造を条件として改造後は賃料一ケ月につき金二、〇〇〇円と定め、毎月一日に控訴人方に持参支払うこと。

(4)  被控訴人は、控訴人に対し右賃料の支払を引続き二回怠つたときは、催告等何らの手続を要せず直ちに家屋明渡の強制執行を受けるも異議がないこと。

二、そして、右(3) の条項の賃料支払期の定めは毎月一日に前月分の賃料を支払う趣旨であるところ、被控訴人は、控訴人が前記(2) の改造工事を昭和三一年二月中頃完了したので、前記(3) の条項に従い、同年三月一日同年二月分の家賃金二、〇〇〇円を控訴人方に持参して支払つて以来、同年一二月まで毎月一日その前の月の家賃を支払つて来たものである。

然るに、控訴人は、昭和三一年一二月末被控訴人が同月分の家賃を支払いに行つた際、家賃を金四、〇〇〇円に値上げしてくれ、と要求し、翌三二年二月一日同年一月分の家賃として金二、〇〇〇円はしぶしぶ受取つたが、同年三月一日被控訴人が、同年二月分の家賃を持つて行つたところ、値上げに応じなければ家賃は受取れない、といつて受領を拒絶した。

そこで被控訴人は、同年二月分以降同年一〇月分までの各家賃をそれぞれ大阪法務局岸和田支局に弁済供託した。

従つて、被控訴人は、調停条項(4) に違反したことはないのである。

三、然るに、控訴人は、被控訴人が昭和三二年一月分以降同年一〇月までの賃料を全然支払わないとの虚構の事実を理由として、同年一〇月二五日岸和田簡易裁判所に執行文付与の申請をした結果、同庁書記官滝口勝美は、前記調停調書正本に執行文の付与をなし、次いで控訴人は、同年一一月一日本件家屋に対し明渡の強制執行に着手した。

しかしながら、被控訴人は、前記のとおり家賃を支払つておるので、右執行文付与は違法であつて、取消さるべきものであり、これによる強制執行もまた許されないものである。

四、仮りに、調停条項(3) がいわゆる前家賃を定めたものであり、賃料は毎月一日その月の分を支払わなければならぬ旨を定めたものと解しても、前記第二項に記載のとおり昭和三二年一月分の家賃は控訴人において異議なく受取つており、同年二月分以降の家賃は供託しておるのであるから、控訴人が同年一月分以降の家賃を全然支払わないことを理由に本件執行文の付与を求めたのは全く不当である。

五、仮りに百歩を譲つて、被控訴人に賃料不払乃至延滞の事実があつたとしても、これを捉えて本件家屋の明渡を求めるのは正に権利の濫用であつて不当である。

すなわち、被控訴人において仮りに前記調停条項(3) の賃料前払の約定を後払(従前通りの後払)と誤解したことから生じた債務不履行があるとしても、控訴人は、昭和三一年三月一日以降約一〇ケ月引続き異議なく後払の家賃を受領していたものであり、もともと被控訴人が賃料増額の要求に応じてさえおれば、控訴人に家屋明渡の意思は少しもなかつたことは明白である。然るに被控訴人が賃料増額に応じなかつたために、控訴人は態度を一変して、被控訴人の誤解に基く賃料支払の延滞を捉えて不払となし、かつ弁済供託の事実をかくして昭和三二年一〇月まで全然賃料の支払がない旨不実の事実を裁判所に申立て、執行文の付与を受け、家屋明渡の強制執行に及んできたのであつて、これが権利の濫用でなくてなんであろう。

六、仮りに、以上の主張がことごとく理由なしとするも、本件執行文付与は次の理由により失当である。

控訴人は、昭和三三年一〇月末頃、被控訴人が昭和三二年二月分から翌三三年六月分までの賃料として供託していた金額を全部受領し、さらに同三三年七月分以降現在に至るまでの毎月金二、〇〇〇円の賃料を受領しておるのであつて、もはや被控訴人に対し本件家屋の賃貸借契約の終了を主張し得ないことは勿論である。

この点よりするも本件執行文付与が不当であることは明白である。

第三控訴人の答弁

一、請求原因第一項記載の事実及び第三項記載事実のうち控訴人が執行文の付与を受け、強制執行に着手したことは、これを認める。

二、同第二項記載事実を否認する。

三、被控訴人主張の調停条項(3) は、賃料は、毎月一日にその月の分を支払う、いはゆる前家賃の趣旨であるところ、被控訴人は、昭和三二年一月分を支払わず、同年二月分は同年三月三〇日供託したのであるから、既に一、二月分の家賃の支払を引続き二回怠つたものであつて、調停条項(4) に定められた執行の条件が成就しておるから、本件執行文付与は正当である。

なお、仮りに被控訴人が、請求原因第四項記載のとおり、賃料を供託しておるとしても、昭和三二年五月分及び六月分は遅くも同年六月一日にすべきものを六月四日に供託し、同年七月分及び八月分は八月一日にすべきものを同月三日に供託し、同年九月分及び一〇月分は、一〇月一日にすべきものを同月八日に供託しているのであるから、引続き二回以上家賃を延滞しておることは明らかである。

よつて、いずれにしても被控訴人は、家賃の支払いを引続き二回怠つたのであつて、調停条項(4) の定めるところによつて、強制執行を受けるべきことは当然である。

第四証拠<省略>

理由

一、昭和三〇年一二月一二日岸和田簡易裁判所において、控訴人と被控訴人との間に、次のとおりの調停が成立したことは、当事者間に争がない。

調停条項

(1)  控訴人は被控訴人に対し本件家屋を引続き賃貸すること。

(2)  控訴人は、昭和三一年一月三一日までに本件家屋中、屋根便所を修繕し表土間(約三畳)の部分を居間に改造すること。

(3)  被控訴人は控訴人に対し右修繕及び改造までの間の賃料は従前どおり一ケ月金八三四円として、右改造を条件として改造後は賃料一ケ月につき金二、〇〇〇円と定め、毎月一日に控訴人方に持参支払うこと。

(4)  被控訴人は、控訴人に対し右賃料の支払を引続き二回怠つたときは、催告等何らの手続を要せず直ちに家屋明渡の強制執行を受けるも異議がないこと。

また、控訴人が、昭和三二年一〇月二五日岸和田簡易裁判所に執行文付与の申請をし、同庁書記官滝口勝美が、前記調停調書正本に執行文を付与し、これに基いて控訴人が同年一一月一日本件家屋に対し明渡の強制執行に着手したことは、当事者間に争がない。

二、そこで、まず前記調停条項(4) に定められた強制執行の条件である家賃の不払いがあつたかどうかにつき判断する。

前記調停条項(3) には、家賃は「毎月一日に控訴人方に持参支払うこと」と記載されており、右の文意は、特段の事情のない限り、毎月一日にその月の分を支払うもの、すなわちいわゆる前家賃を定めたものと解するのが相当である。しかして、本件全証拠をもつてするも、右条項を右解釈と別異に解すべき特段の事情は認められない。してみれば、右条項は、前記のとおり前家賃の定めであると解するのが相当である。

しかしながら、原審証人高戸トモヱ、原審及び当審証人藤田森三郎、高戸金吉の各証言、原審及び当審の被控訴本人尋問の各結果(但し、これらのうち後記措信しない部分を除く)を合せ考えれば、被控訴人は、控訴人が前記調停条項(2) により昭和三一年二月中頃家屋の改造をしたので、同調停条項(3) により、同年三月一日同年二月分家賃金二、〇〇〇円を支払い、引続き翌昭和三二年二月一日まで大体毎月一日その前月分の家賃を支払つたのに対し、控訴人は、これを異議なく受取つていることが認められるので、右前家賃の定めは、その後当事者間において默示のうちに後家賃の定めに変更されたものと解するのが相当である。前掲各証拠のうち右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右する証拠はない。

成立に争のない甲第一号証ないし第四号証の各一、二に前掲の各証拠(但し後記措信しない証人高戸金吉の証言を除く)を合せ考えれば、被控訴人は、昭和三二年三月一日頃同年二月分の家賃の支払いに控訴人方に行つたのであるが、控訴人から、家賃を金四、〇〇〇円に値上げしなければ受取れない、と受領を拒絶されたので、同年三月三〇日同年二月分及び三月分の家賃金四、〇〇〇円を大阪法務局岸和田支局に弁済供託し、さらに同年六月四日同年五月分及び六月分を、同年八月三日同年七月分及び八月分を同年一〇月八日同年九月分及び一〇月分を、翌昭和三三年四月一〇日前年昭和三二年四月分を、同様前記法務局同支局に弁済供託しておることが認められ、右認定に反する原審及び当審証人高戸金吉の各証言を措信せず、他に右認定を左右する証拠はない。

してみれば、被控訴人は、昭和三二年一〇月本件執行文が付与されるまでに、同年四月分及び五月分の家賃を、後家賃の定めの支払期日であるそれぞれの翌月一日までに支払つていないから、引続き二回家賃の支払いを怠つたことは明らかである。

三、次に、被控訴人は、控訴人の家屋明渡の強制執行が権利の濫用である旨主張するので判断する。

被控訴人の本主張は、家賃の定めを前払いとする前提に立つものであるところ、家賃の定めは後払いに変更されたものであり、昭和三二年四月分及び五月分の家賃の支払を引続き二回怠つたことは前記認定のとおりであるから、本件強制執行の要件を充たしたものというべく、たとえ被控訴人が賃料増額の要求に応じてさえおれば、控訴人に家屋明渡の意思がなかつたとしても、この一事をもつて本件強制執行が権利の濫用であると目することはできない。よつて被控訴人の右主張は理由がない。

四、さらに、被控訴人は、控訴人が昭和三二年二月分から現在に至るまで供託金又は現金で家賃を受領しておるから、もはや被控訴人に対し賃貸借契約の終了を主張しえない旨主張するので判断する。

成立に争のない甲第七号証、第八号証、当審証人藤田森三郎の証言により成立を認める甲第九、一〇号証に、当審証人藤田森三郎、高戸金吉の各証言、当審における被控訴本人尋問の結果を合せ考えれば、被控訴人は、前記認定の家賃供託のほかにさらに引続き昭和三三年六月分まで家賃を供託していたところ、控訴人は、同年一〇月末頃被控訴代理人山本弁護士から供託金を受取るように言われ、拒絶したところ、供託している以上受取つても受取らなくても同じだと言われ、右相手方弁護士の言葉を信じて損害金のつもりでこれを法務局から受領し、また同年七月以降の毎月金二、〇〇〇円の割合による金員をその後においてこれも損害金として受取つておることが認められる。右認定を左右する証拠はない。

一般に、債権者が弁済供託金を受領した場合は、債権者において供託所に対し債務者のなした供託を受諾する意思を表示したもので、爾後債権者自らも供託原因と異なる趣旨で受領したなどこれに反する主張はなしえない、と解するのが相当であるが、本件前記認定の如き事情、殊に債権者(控訴人)が、債務者(被控訴人)訴訟代理人の弁護士から、供託してある以上受領しようとしまいと同じだと言われて、法律知識の乏しい素人のゆえにこれを軽信し、供託原因である家賃としてではなく、損害金のつもりで供託金を受領しておる場合には、必ずしも右の如く解するのが相当ではなく、供託原因と異なる趣旨で受領したものである旨の主張を許すのが相当である。してみれば、控訴人は右認定の受領した供託金等は、賃料ではなく損害金として受領したものであるから、この受領の一事をもつて賃貸借契約の終了を主張できないものではなく、被控訴人の本主張は採用することができない。

五、以上認定のとおり、結局本件執行文は、その付与さるべき条件が成就しており、被控訴人の主張はいずれも理由がないから、その付与は適法といわなければならない。よつて被控訴人の本件執行文による強制執行を許さない旨の請求は理由がない。

しかるに原判決は、被控訴人の請求を認容しておるので、本件控訴は理由があり、原判決は取消さるべきものである。

よつて、原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却し、民訴法八九条、九六条、五四八条一、二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 入江菊之助 中平健吉 中川敏男)

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