大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)1828号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と判断〕訴外甲、乙、丙は、昭和二二年ごろ共同出資して本件市場用建物(数個の店舗建物をあわせたもの)を建設したが、建築完成後同建物を甲単独名義で保存登記し、同人に市場の経営管理を委任していた。右建築資金の大半は、甲、乙、丙が共同して訴外丁より借入れた資金を以てあてられていたが、丁より右借入金の返済を迫られた甲は、昭和二六年一〇月三〇日右弁済に代えて本件建物の所有権を丁に移転する旨の代物弁済契約を結んだ。しかるに、甲は丁に対し所有権移転登記をしないので、丁は昭和二六年一二月一七日、甲を債務者として、本件建物つき、譲渡、質権抵当権賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない旨の仮処分決定を得、同月二四日右仮処分の登記がなされた。その後乙、丙が所有権を主張して争いとなつたので、昭和二八年一〇月二二日甲、乙、丙、丁の間において、本件建物につき乙、丙が計一〇分の四、丁が一〇分の六の各持分を有することを確認する旨の和解契約が成立した。その後さらに、本件建物敷地の地代、固定資産税の負担等について乙、丙、丁間に争いが生じ、昭和三一年四月一〇日「甲は前記和解契約によつて本件建物が乙、丙、丁の共有になつたことを確認する。乙、丙はその持分を丁に譲渡する。甲は丁に対し本件建物の所有権移転登記手続をする。」旨の調停が成立した。原告は右調停成立の日、丁から本件建物を買受け、昭和三一年五月一日、丁の同意を得た上、中間省略により甲から直接所有権移転登記を受けた。
ところで、被告らは、甲との間の昭和二三年二月一一日付賃貸借契約を原因として、昭和三一年三月三一日(甲所有名義時代)本件建物中それぞれの店舗につき賃借権設定登記を受けている。
原告は仮処分権利者として右賃借権設定登記の抹消登記手続を求めるため本訴を提起したが、被告らは原告が仮処分権利者たることを争うとともに、被告らは仮処分の登記前より本件建物を賃借中であり、原告の所有権移転登記前にすでに賃借権設定登記を経ていること、その他の事由から原告が甲より被告らに対する賃貸人としての地位を承継していること、を主張し、被告らの賃借権を以て原告に対抗し得るから、原告の本訴請求は失当である、と争つた。
本判決は、結局、原告の前記請求を認容したものである。
(一)前掲の事実によると、原告は丁より前記仮処分債権者たる地位を承継したものというべきである。被告らは「登記簿の記載によつて明らかなとおり、原告は昭和三一年四月一〇日に甲から本件建物を買受け、以てその仮処分債務者たる地位を承継した」と主張し、あるいは、「原告の所有権取得行為は仮処分命令に違反する行為である」と主張するが、原告は仮処分登記後甲から本件建物の所有権を取得したものではないから、右主張は採用できない。なお、被告らは「仮処分当事者間において係争物に関し調停が成立したから、本案訴訟の目的が達成されたというべく、保全処分たる仮処分は当然その効力を失つた」と主張するが、争物に関係する仮処分は特定の給付を目的とする請求権の将来の強制執行を保全することを目的とするから、仮処分当事者間において係争物に関し調停が成立したからといつて、仮処分が当然失効するものではない。
(二)被告らは「原告は丁からは承継につきなんら承継手続をしていないから、原告が丁から仮処分債権者の地位を承継したということはできない」と主張するが、仮処分当事者の地位の承継については、仮処分執行未了の場合に債権者の承継人が債権者に対し執行するにつき承継執行文の付与を受けることを要するけれども、仮処分債権者から被保全権利を譲受けた者は、右譲受によつて当然仮処分債権者たる地位を承継し、右承継者が仮処分の効果を主張するためには承継執行文付の与を要しない。
(三)被告らは「本件賃借権設定登記は仮処分以前になされた登記原因に基くものであるから原告に対抗し得る」と主張するが、たとえ賃借権の設定契約が処分禁止の仮処分登記前になされていても、仮処分登記当時未だその登記を経ていないときはその後になされた登記はその設定が仮処分登記前であることを理由として右登記を以て仮処分債権者に対抗することができない。
もつとも、証拠によれば、前記調停において甲は昭和二八年一〇月二二日以降生じた本件建物の賃料のうち金一五万円のみを賃借人より受領しその余を受取つていないことを保証し、丁はこれを承認して右一五万円の返還請求権を放棄したこと、及び、丁は乙、丙の、本件建物につき昭和二八年一〇月二二日以降調停成立時までに生じた賃貸借契約上の債務を引受けていること、が認められ、また、原告が昭和三一年五月以降被告らから本件建物の賃料を徴収していることは当事者間に争いがない。
しかし、原告が甲及び丁の賃貸人の地位を承継し、被告らが本件建物の賃借権を以て原告に対抗し得ても、賃借権の登記が仮処分登記後になされた以上、被告らは右賃借権設定登記を以て仮処分債権者に対抗し得ず、同登記の抹消登記手続の請求を拒否することができない。