大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)3853号 判決 1960年5月14日
原告 松野義男
被告 城朝子
主文
被告は原告に対し、金一四〇、〇〇〇円と、金二〇八、五〇〇円に充るまで昭和三五年四月一日以降毎月末日金五、〇〇〇円とを支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、原告において金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨(期間と計算関係において同一)の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として、
昭和三三年六月九日、大阪地方裁判所は、原告の申請に基いて原告のために大阪地方裁判所昭和三二年(ワ)第四八八一号手形金請求事件の原告勝訴の判決の執行力ある正本による強制執行として右事件の敗訴当事者である訴外安部良広が右事件の訴外人である被告に対して有する別紙目録記載の賃料債権(以下単に本件被取立債権という)について債権差押及び取立命令(昭和三三年(ル)第三四一号、同年(ヲ)第三二六号)をなし、右命令は遅くとも昭和三三年六月一五日被告に送達された。
よつて、原告は右取立命令に基き被告に対し右被取立債権の中、既に履行期の到来した部分についてその支払を求めたが、被告はその支払をしないので本訴に及んだ。
と述べた。
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、
原告主張の請求原因事実はすべて認める。
と述べ、抗弁として、
被告は、昭和三二年一月中旬、右訴外安部良広との間に、本件被取立債権である賃料債権の発生原因である家屋賃貸借契約に基く被告の同訴外人に対する敷金返還債権(六五〇、〇〇〇円)と、右賃貸借契約に基く同訴外人の被告に対する右被取立債権を含む昭和三二年一月分以降の賃料債権(一ケ月金五、〇〇〇円)とを、右敷金額に至るまで相殺する旨の契約をした。
よつて、右被取立債権は、昭和三二年一月中旬右相殺契約により消滅したのであるから原告の本訴請求は失当である。
と述べた。
原告訴訟代理人は、被告主張の抗弁事実を否認すると述べた。
証拠として、原告訴訟代理人は、甲第一号証を提出し、証人毛呂平蔵の証言を援用し、被告訴訟代理人は、乙第一号証を提出し、証人安部良広、同尾上重太郎の証言及び被告本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の成立を認めると述べた。
原告訴訟代理人は、乙第一号証の公証人作成部分の成立は認めるが、その余の部分は不知であると述べた。
理由
原告の本訴請求原因事実はすべて当事者間に争がない、(この部分に関する被告本人尋問の結果を引用)。
そこで、被告主張の相殺契約による被取立債権の消滅の抗弁について判断する。公証人作成部分についてはその成立につき当事者間に争なく、その余の部分については証人安部良広の証言及び被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一号証並びに証人安部良広の証言、被告本人尋問の結果を綜合すれば、昭和三四年四月三日、被告と訴外安部良広との間に、被告の同訴外人に対する家屋賃貸借に伴う敷金返還債権(債権額金六五〇、〇〇〇円)と同訴外人の被告に対する昭和三二年六月分以降の右家屋賃貸借契約による賃料債権(一カ月金五、〇〇〇円)とを右賃料債権額の合計が右敷金額と対等額になるまで相殺する旨の契約が成立したこと、そして、本件被取立債権は右相殺契約の用に供された賃料債権の中に含まれていることを認めることができ他に右認定を覆すに足る証拠はない。
ところで、第三債務者が支払の差止を受けた後に取得した債権を自動債権とし、被差押債権を受働債権とする相殺は、これをもつて差押債権者に対抗し得ない旨の民法第五一一条の規定は、差押の効力を維持せんとする趣旨のものであるから、相殺契約による相殺についてもその適用があるものと言うべきであり、また、同条に言う支払の差止を受けた後に取得した債権とは、支払の差止を受けた当時に相殺適状になかつた債権を言うものと解すべきであるから、支払の差止を受ける以前に取得した債権であつてもその履行期が支払の差止を受けた後に到来する債権も右に含まれるものと言うべきである。
そこで、本件相殺契約について考えて見るに、被告が本件相殺契約に於て、本件被取立債権に対する反対債権としてその用に供したのは家屋賃貸借契約に伴う敷金返還債権であることは前認定のとおりであるが、敷金返還債権は特別の事情がない限り当該賃貸借契約の終了によつてその履行期が到来するものであり、本件については、右家屋賃貸借契約が現在に於ても終了していないことは弁論の全趣旨により明らかであつて、本件債権差押及び取立命令が被告に送達された遅くとも昭和三三年六月一五日には右敷金返還債権の履行期は到来していないのであるから、本件相殺契約は支払の差止を受けた後に取得した債権を以て被差押債権と相殺したものと言うべきである。よつて、被告は本件相殺契約を以て原告に対抗することはできない。
そうだとすると、被告は原告に対し、取立命令金である訴外安部良広に対する被告の不払を自認(被告本人尋問の結果)する賃料金一四〇、〇〇〇円と金二〇八、五〇〇円に充るまで昭和三五年四月一日以降毎月末日に金五、〇〇〇円とを支払う義務がある。
よつて、原告の本訴請求は理由があるものと認めてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 今村冨一)
被取立債権目録
金三四八、五〇〇円
但し、訴外安部良広の被告に対する
奈良市芝辻町二〇番地上家屋番号同町第一五一番
木造瓦葺二階建店舗兼居宅
建坪四一坪七勺、外二階坪一五坪一合二勺
外三棟
の昭和三二年六月一日から同年一一月末日まで及び昭和三三年六月一日から同三五年三月末日までの合計金一四〇、〇〇〇円並びに昭和三五年四月一日からその合計額が金二〇八、五〇〇円に充る日までの賃料債権