大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)4397号 判決 1960年12月23日
幸福相互銀行
事実
原告は昭和三十年八月十日より九月二十日までの間に大阪市阿倍野区に建設の建物二戸の建築用木材として、訴外三和建設こと吉田幸一に金五十万五千五百五十円相当の木材を売渡し、その代金として、被告振出の金十五万円の約手ほか三通の約手、小切手(後記認定のもの)を受取つたが、各支払期日に支払場所に呈示して支払を求めたところ何れも之を拒絶された。右のように主張して被告に対して金十五万円の手形金及び之に対する支払期日より完済までの年六分の利息の支払を求めた。
被告は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告が訴外吉田幸一に対してその主張の如く木材を売渡したことは争わないが、その他の主張事実は之を否認すると陳述し、抗弁として、次のように述べた。
一、(省略)
二、仮に前項の主張が理由がないとしても、
本件手形金債務は代物弁済によつて消滅している。即ち訴外吉田幸一は原告主張の家屋を処分して原告に対する材木代金の支払に充てようとして原告に計つたところ、原告は自ら買主となることを申出たので、当時訴外浅井多喜雄の所有名義となつていた前記家屋を金七十万円と評価して内金五十万円を原告に対する材木代金に充当し、残余の金二十万円については原告は同額の約束手形を振出して訴外吉田に交付したが、該手形は後日不渡となつた。而して訴外浅井は昭和三十一年一月十六日前記建物につき所有権移転登記をなし、原告は即日右物件を担保として訴外株式会社幸福相互銀行に対して金八十万円の根抵当権設定登記及び代物弁済予約による仮登記をなした。
原告は右物件を金二十万円で売却したと主張しているが、一度弁済に充当した物件を何程にて売却するかは、原告の任意によるもので、訴外吉田の関知するところではない。仮に金二十万円にて弁済に充当されたとすると、その法定弁済充当の順位は民法第四百八十九条により弁済期の前後によるから、第一順位は金十万円の小切手、第二順位は金一万二千七百四十円の小切手で合計金十一万二千七百四十円が先に充当され、残金八万七千二百六十円が本件手形金に充当される。然るときは被告は残余の金六万二千七百四十円の支払義務あるのみである。原告は被告の右抗弁事実を否認した。
理由
証拠を総合すると原告は三和建設に売渡した木材代金の支払のために訴外谷本より、(一)金額十五万円、支払期日昭和三十年九月二十五日、支払地振出地共大阪市、支払場所株式会社浪速信用金庫梅田支店、振出日昭和三十年八月二十四日、振出人被告、受取人兼第一裏書人高橋かい子、第二裏書人三和建築部谷本憲三郎と定めた約束手形一通(本件手形)及び(二)金額二十一万五千円の約束手形一通の各裏書譲渡を受け、且つ(三)金額十万円の小切手ノ(四)金額一万二千七百四十円の小切手各一通の交付を受けたが、右四通は何れも原告が支払期日に支払場所に呈示したけれ共之を拒絶されたこと及び原告が現に本件手形を所持していることが夫々認められる。最も、前顕甲第六号証によると、原告が本件手形をその支払期日及び之に次ぐ二取引日内に支払のために呈示したことについて書証による証明はないが、約束手形振出人に対する関係に於ては呈示をなしたことの証明方法について別に制限がないものであり、本件に於いては原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により右支払呈示の点を充分に肯認することができるので付遅滞の点は問題がないものというべきである。
次に、被告は本件手形金債務は三和建設こと訴外吉田幸一のなした代物弁済により既に消滅していると主張するので考えるに、手形債務者が手形所持人に対し手形の交付を受けず又手形上に支払が有つた旨の記載をなさずして手形金の支払をなした場合でも直接の当事者間に於ては支払の効力を生じ当然債務は消滅するものというべきである。本件に於ては手形上に訴外吉田の署名がないので訴外谷本のために訴外吉田が代位弁済したとの主張になるのであろうが、然しかかる場合の支払の抗弁は特定の当事者間の特殊関係に基く所謂人的抗弁に属し、他の手形債務者である被告が之を以て手形所持人である原告に対抗することが出来ないと解すべきであるから、被告の主張は先ずこの点に於て失当である。被告の一部支払の抗弁も右と同じ理由により採用出来ない。仮に然らずとしても、本件に現われた全証拠を仔細に検討しても被告主張の如き代物弁済の事実を認定することができない。よつて原告の請求は正当。