大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)536号 判決 1962年2月15日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金一二、六〇七、〇二〇円及びそのうち金一、〇〇〇万円については昭和三一年四月一三日から、金二、六〇七、〇二〇円については昭和三四年二月二一日から、支払が済むまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
一、原告は尼崎市西高洲町三一番地に尼崎工場を有するが、昭和三〇年一二月下旬尼崎工場において金融を求めていたところ、訴外山崎規男の紹介で同月二一日被告南田辺支店長木村仁郎から原告振出の約束手形三、〇〇〇万円を割引利息日歩百円につき四銭で割引に応ずる旨の内諾を得、翌二二日右支店において原告取締役大谷勇が原告の使者として右木村支店長に右手形割引依頼の意思を正式に伝達し、同支店長はこれを承諾し、ここに原告と被告代理人である右木村支店長間に、被告は原告振出の約束手形一五通(金額いずれも二〇〇万円満期昭和三一年四月二日、同月一二日、同月二二日各五通、支払場所いずれも大和銀行尼崎支店)をいずれも割引利息日歩百円につき四銭で割引く旨の契約が成立し、原告は即日右手形一五通を右木村支店長に交付し、同支店長は「株式会社幸福相互銀行南田辺支店、支店長木村仁郎、印」と職印をもつて記名押印した右手形の預り証を交付した。もつとも、右手形は木村支店長から商業手形の形式をとられたい旨の申出があつたので、原告はその子会社である訴外大洋物産株式会社と相談のうえ、右手形の受取人をいずれも右訴外会社とし同訴外会社の第一裏書を得て交付したので、右預り証も形式上宛名を同訴外会社とされたが、右割引契約は原告と木村支店長間においてなされたものである。
二、しかるに、右木村支店長は原告に対して右手形の割引金を交付せず、後日右手形は同支店長が他へ交付したことが判明したので、原、被告協力の下に右手形中一〇通を回収したが、残五通(満期昭和三一年四月二日のもの四通、満期同月一二日のもの一通)は遂に回収することができず、そのため、原告は右五通の手形につき各所持人から支払の請求を受け、後記のとおり損害を蒙つた。
三、しかして、右木村支店長は被告に代つてその営業に関する一切の行為をなす権限を有する支配人であるから、同人の締結した前記手形割引契約は原、被告間にその効力を生ずるものであり、従つて、被告は後記原告の損害について右手形割引契約不履行の責任としてこれを賠償する義務がある。仮りに右支店長に右割引契約をなす権限がなかつたとしても、同支店長は被告南田辺支店の営業主任者たることを示す名称を附しているので、商法第四二条により同支店の支配人と同一の権限を有することとなるから、被告は右手形割引契約上の責任を免れないものである。又仮りに、以上が理由ないとしても、右木村支店長はその地位を利用して原告から本件手形を恰も被告において割引するように装つて騙取し、これを他に交付して流通においたため、原告は後記損害を蒙つたのであるから、右損害は同支店長が被告の事業の執行をするについて加えたものというべく、従つて被告は民法第七一五条第一項により原告の右損害を賠償すべき義務がある。
四、原告の蒙つた損害は次のとおりである。
(一) 原告は前記回収できなかつた約束手形五通をそれぞれ満期に呈示を受けたので、その支払は拒絶したものの不渡処分を回避するため、銀行協会に右手形金額計一、〇〇〇万円を供託したが、右一、〇〇〇万円は訴外尼崎信用金庫から借受けたので、原告はこれに対する昭和三一年四月二日から昭和三三年一二月三一日までの利息金三、〇七五、三六〇円を同金庫に支払つた。
(二) 次に、原告は右手形五通について、それぞれその所持人から手形金請求訴訟を提起された。即ち、
1 満期昭和三一年四月一二日のもの一通につき訴外藤原藤二郎から右手形金二〇〇万円及びこれに対する同月一四日から完済まで年六分の割合による遅延損害金請求の訴訟(大阪地方裁判所昭和三一年(ワ)第一九五八号事件)を提起され、原告はやむなく訴訟外において昭和三三年七月五日同訴外人と示談し、右手形金二〇〇万円を支払つた。
2 満期昭和三一年四月二日のもの二通につき訴外株式会社平和ビルブローカーから右手形金四〇〇万円のうち、金三二五万円及びこれに対する同月三日から完済まで前同様の損害金請求の訴訟(前同昭和三一年(ワ)第二三五九号事件)を提起され、原告は訴訟外において昭和三三年八月一二日同訴外会社と示談し、右手形金四〇〇万円を支払つた。もつとも右訴訟上の請求金額は三二五万円であつたが、これはあくまで内金としての請求であつたので原告は右手形の返戻を受けるためには手形金全額四〇〇万円の支払を余儀なくされたのである。
3 満期昭和三一年四月二日のもの二通につき訴外株式会社日証から右手形金四〇〇万円及びこれに対する同月三日から完済まで前同様の損害金請求の訴訟を提起され、その控訴審(大阪高等裁判所昭和三一年(ネ)第一一二七号事件)において、同訴外会社が右手形を自己への裏書人である訴外山田源治郎に交付したので、原告は訴訟外で昭和三三年一二月三〇日同訴外人と示談し、右手形金四〇〇万円を支払つた。
(三) 更に、原告は右各訴訟について、神戸弁護士会所属下山昊弁護士に対してその応訴を委任し、その報酬並びに費用として合計金五九万円を同弁護士に支払つた。
(四) 以上のとおり、原告は被告の本件手形割引契約の不履行ないしは木村支店長の不法行為によつて、借入金一、〇〇〇万円の利息金三、〇七五、三六〇円、手形金形一、〇〇〇万円、訴訟費用金五九万円合計一三、六六五、三六〇円の支出を余儀なくされ、同額の損害を蒙つたのである。
なお右各損害は、民法第四一六条にいう通常の損害であるが、仮りに同条にいう特別損害であるとしても、およそ手形割引によつて金融を受けるため手形を交付した場合に、割引金の交付が得られず、却つてその手形が横流しされれば、金融を依頼した者は当然右手形の不渡処分回避のための供託金を改めて調達しなければならず、かつこれには利息を必要とすること、又、右手形については当然その請求がなされ、その応訴は困難であつて相当の訴訟費用を必要とすることは自明の理であるから、右事情は被告において少くとも予見し得たものというべきである。
五、ところで、被告は原告に対しその損害につき自己の責任を認め、昭和三二年三月前記借入金一、〇〇〇万円に対する利息及び前期各訴訟に要する費用の半額を負担する旨約し、同月八日金六五三、五四〇円、同年一一月五日金四〇四、八〇〇円計一、〇五八、三四〇円を支払つたが、残余の支払をしなかつたのでその後右約定は合意解除された。
六、よつて、原告は被告に対し、前記損害合計額一三、六六五、三六〇円から前記一部弁済金一、〇五八、三四〇円を控除した金一二、六〇七、〇二〇円及びそのうち一、〇〇〇万円(手形金)に対しては原告が本件手形の不渡処分回避のため手形金を供託した最後の日である昭和三一年四月一二日の翌日たる同月一三日から右完済まで、残余二、六〇七、〇二〇円に対してはこれを請求する旨記載した昭和三四年二月一〇日付請求の趣旨訂正申立書の送達の翌日である同月二一日から右完済まで、いずれも民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及んだ。
と述べた。
立証(省略)
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として
一、請求原因第一項の事実中、原告がその主張の尼崎工場を有し同工場において昭和三〇年一二月に金融を求めていたこと、原告が同月二二日その振出にかかる約束手形一五通(金額いずれも二〇〇万円)を被告南田辺支店に持参し、当時同支店長であつた木村仁郎に交付したこと、右手形は右木村と原告及びその子会社である訴外大洋物産株式会社(以下大洋物産という)とが通謀のうえ、本来融通手形であるものを商業手形に仮装するため、いずれも右訴外会社の裏書がなされていることは認めるが、その余は否認する。
右約束手形は、金融ブローカー訴外大浦こと山崎規男(大洋物産から「大洋物産株式会社大浦規男」なる名刺の使用を許容されていた)及び同坂本一郎が共謀のうえ、自己においてその割引金を領得する意思であるのに、原告のために割引を斡旋する旨原告を欺罔して振出させたものであつて、同訴外人等は多少とも信用ある人物を介在させて原告を安心させるため、更にかねて知り合いの当時被告南田辺支店長であつた木村仁郎をも欺罔してこれを利用することとし、右木村に対して前記約束手形を現金化のうえは、その割引金は必ず同人の手から原告に交付させる旨約し、その旨を同人から原告に伝えさせ、原告をして右手形を一且右木村に預けさせたものである。即ち、右木村は被告南田辺支店長としてではなく個人として右手形を同人の斡旋で他から割引して貰うことを承諾したに過ぎないものであるのみならず、右手形は原告が大洋物産宛に振出し、大洋物産が裏書しているので、右割引依頼は正式には右大洋物産から木村になされたものというべく従つて原告にその代金(割引金)を請求する権利はない。
二、請求原因第二項の事実中、被告が前記手形の割引金を原告に交付しなかつたこと、右手形の回収につき被告も協力したことは認めるが、その余は争う。右手形は前述のとおり被告において割引を承諾したものでないから、被告がその割引金を交付すべきいわれはなく、又右手形回収の協力は全く道義的になしたものに過ぎない。なお、右手形は前記山崎等が前述のとおり前記木村に一旦預からせたうえ、同人から現金化のためにこれを受取り、訴外森本友蔵等に割引かせて、その割引金を自己等において領得し、右木村にも原告にも交付しなかつたものである。
三、請求原因第三項の主張はすべて争う。即ち、木村仁郎の本件行為は前述のとおり被告の代理人としての行為でないのみならず、被告は木村支店長に支配人としての権限を与えたことはなく、又融通手形の割引は銀行業務の範囲外であるから商法第三八条にいう「営業に関する行為」に該当しないし、そうでなくても一般に相互銀行の支店長が支配人となつている例は皆無であるから、原告においても木村支店長が支配人でないことを知つていたものというべく、従つて商法第四二条の表見支配人の規定は適用されないものである。又木村の前記行為はいわゆる浮貸であるから、外形上被告の事業の執行でないこと明らかであり、従つて被告が民法第七一五条の使用者責任を問われる筋合はない。
四、請求原因第四項中、(一)の事実は不知、(二)の事実は、原告主張の手形につき、それぞれその主張のような訴が提起されたことは認めるが、原告がそれぞれその主張のとおり金員を支払つたとの点は争う、(三)の事実は不知、(四)の主張は否認する。
五、請求原因第五項中、被告が原告に対し前記手形金請求訴訟の費用のみ折半して負担する旨約し、原告主張のとおり(但し三月八日支払額は六五三、九〇〇円である)支払つたこと、右約定は後日合意解除されたことは認めるが、その余は争う。即ち、本件事故発生当時被告は事件の真相を知るに由なく、ただ被告の支店長が関係していることだけが判明したので、漠然たる不安を抱き、事件解決のための費用の幾何かを負担しておくのが穏当と考えて、右約定をなしたのであるが、その後次第に真相が判明し、右費用は被告において一部たりとも負担すべきいわれのないことが明らかとなつたので、被告は原告にその旨を告げて爾後の支払を拒否し、右約定をも合意解除するにいたつたものである。
と述べた。
立証(省略)