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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)1243号 判決 1964年1月30日

原告 中井貞子

右訴訟代理人弁護士 仁藤一

同 菅生浩三

被告 太田計夫

右訴訟代理人弁護士 亀田得治

同 山田一夫

右訴訟復代理人弁護士 増永忍

主文

被告は原告に対し金七万円及びこれに対する昭和三四年四月二八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九は原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

この判決は、原告において金二万円の担保を供するときは、勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告と被告とが昭和三三年三月一三日結婚式を挙げ、爾来被告方において事実上の夫婦として同棲していたこと及びその後同年六月二四日被告が媒酌人である吉田芳男を通じて、右内縁関係を継続する意思のないことを原告に伝え、被告が原告を離別するに至つたことは当事者間に争がない。

ところで、被告は、原告を離別するに至つたのは、原告は結婚当初から被告及びその家族を馬鹿にし、相互に扶け合つて真面目に家庭生活を築こうとせず、注意をすればすぐ昂奮し不貞腐的、または反感的言動に出で、勝手に実家に帰ること再三ならず、遂に被告をして原告の配偶者たることを断念するのやむなきに至らしめたもので、右結婚生活が破綻するに至つたのは全く原告の責任に基くものであるから、被告において前記の如く婚姻予約を破棄したことについては正当の理由があり、従つて、その責を負ういわれはない旨主張するので、まず、この点について考えるのに、≪証拠省略≫並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告と被告とは訴外吉田芳男夫妻の仲介により見合をなし、前記の如く右訴外人両名の媒酌により結婚式を挙げ、爾来、被告方で、祖母、叔母薄静子と同居し、事実上の夫婦生活を営んできたのであるが、これよりさき原告は大阪府立三島野高等学校を卒業し、三和銀行に勤務していたが、同行員中に意中の人があり、同人と交際を続けていたが、父の勧めにより被告と結婚することになつたこと、一方被告は当初原告と見合をしたときには、原告が無愛想であるため一たんは前記吉田芳男等にその仲介を断つたのであるが、右仲介人の勧めにより再び見合をなした結果、好感がもてたので、爾来六ヶ月間に亘り交際し、前記の如く挙式をするに至つたのであるが、その間被告は原告との間の性格の相違、或は原告のヒステリー的性格等については全く感じなかつたこと、新婚旅行の際、被告が結核治療薬「パス」を服用し、或は注射を使用していたので、原告は被告に対し心よく思つていなかつたところ、その後高槻の被告方に落着いてからも、連日の如く、祖母太田フジ、叔母薄静子から原告持参の着物等の不足などを並べたてられ、果ては原告の母親のことまで田舎者である旨非難されるに至つた上、原告は前記の如く結婚前は三和銀行に勤めていた関係から、洗濯、炊事等家事の処理について万事不慣れであつたため、原告の行動は、かつて旧家に稼し、厳格なしつけを受けてきた叔母薄静子或は祖母フジの意に充たず、原告に種々の注意をなしてきたので、勝気な原告は同人等に対しても心よく思つていなかつたのであるが、温厚な被告もその間の事情を理解することなく、徒らにこれに雷同するが如き言動に出でていたところ、昭和三三年三月二八日頃被告が新学期の時間表作成のため登校しなければならなかつたのに、原告が朝寝をしたので、被告において注意をすると、原告は前記の如き不満からこれに対し反抗的な態度を示すに至り、更に同月三〇日被告の結婚祝をしてくれた卒業生を自宅に招待した際にも、原告は祖母、或は叔母静子から些細なことに注意をされたことに憤慨し、同人等に不貞腐的若くは反感的な言動を示し、終には荷物をこしらえ、無断で実家へ帰ろうとするに至つたので、叔母等においてこれを制止し、漸くその場は修つたのであるが、被告は翌三一日媒酌人であつた吉田芳男夫妻の来訪をこい、その事情を話し原告を論してもらうべく、原告の両親に伝えてもらつた結果、同年四月一日叔母静子が原告をその実家に送り届け、両親にその事情を話し注意を依頼したこと、その後、同月五日原告は母親マサエに附添われ、被告方に帰宅したのであるが、その際マサエは「早々地金を出して申訳けない」旨詑びたこと、しかし、その後同月一五日にも、原告は被告と口論の末、よい人を貰えと捨てぜりふを投げて実家に帰つたが媒酌人吉田夫人に連れられて帰宅したこと、また同月二三日にはカキフライのことにつき叔母静子に注意せられたことに端を発し、原告は被告とも口論し、また同月二四日には原告が朝寝をしたことにつき叔母静子及び被告等と口論し、またまた実家に帰つたこと、そこで被告は原告がかくの如く些細なことに昂奮して実家に帰るようでは、これ以上同棲生活を続けてゆくことは困難であると考えるに至つたのであるが、媒酌人或は原告の姉婿からたつての要望があつたので、再び原告を引取ることにしたこと、そして、同年六月一〇日には洗濯物のことにつき叔母静子から注意されたことにつき、原告は大いに憤慨し被告主張の如きやりとりがなされ、更に同月一六日夜原告が寝につくべくシミーズを脱いだ際、その端が寝ていた被告の顔に触れたところから「よく眠つていたのに、きたないものを顔にあてて」と叱りつけられたので、原告が「夫婦なのだから」と云うと「一々口答えをしやがつて」と怒り、原、被告間に口論がなされたこと、その後同月一七日原、被告は高槻市から上新庄に転居したのであるが、原告は祖母、叔母に対し挨拶もせずに出てゆき、翌一八日、一九日に叔母静子が上新庄にきても物も云わずに二階に上つてしまう始末であつたので、同日夜原告にその由を注意し、犬畜生にも劣る奴だと非難したところ、原告は「あんたも黙つてきたでせう」と大声を出して反論し、被告等の引きとめるのも振り切り、夜一一時頃実家に帰つたが、同月二〇日午前二時の深夜に父に連られ、被告方に連れ帰らされたこと、しかし、被告はこれにより原告との同棲関係継続の意思を全く失つたので、同月二二日とりあえず原告を実家に帰らせた上、同月二四日媒酌人を通じ正式に右関係を破棄する旨の意思表示をしたことが認められ、≪証拠判断省略≫他に右認定を覆すに足る確証はない。

右認定事実によると、原告は新婚旅行中、被告が未だ結核治療薬「パス」を使用し、或は注射をしていることを知り、被告に対し心よい感情をいだいていなかつたところ、新婚旅行後も被告の祖母、叔母等から持参品に対する苦情を述べられ、楽しかるべき新婚生活の当初において、すでに重大な精神的衝撃を被つたのであるが、更に同居中の祖母、叔母薄静子、殊に静子はかつて嫁家において厳格なしつけを受けた経験に照し、家事経験にうとい原告に対しややもすれば冷眼的且つ監視的な態度を以て些細なことにも干渉し、急激に自己の流儀に同化せしめようとし、被告も亦これに同調する態度に出でたので、勝気な原告は前記不備も手伝い、事ある毎に被告等と口論をなしていたのであるが、夫、或はその家族がかくの如き態度に出でた場合、修養の足らない若年の婦女がこれに対し不貞腐的、若くは反感的な言動に出でることは世上一般に必ずしも少くなく、原告も亦、この例にもれないものというべきであるが、原告は元来ヒステリー的な性格を有していたため、その度合は通常人に比し遙かにひどく、些細なことにもすぐ実家に帰る状況で、挙式後、前記破棄に至るまでわずか三ヶ月の間に実家に無断で帰ること実に三回に及び、被告等の慰留により漸くこれを思い止つたことも一回あるほどであつて、その軽卒な行為は強く非難されなければならず、被告も原告が第二回目に家出して実家に帰つてからは、原告と同棲関係を継続する将来の希望も漸く失つたのであり、原告が第三回目に家出した昭和三三年六月一九日には原告の父自身も、かくの如く度々家出をして実家に帰るにおいては破局の到来するのは必定であると観念し、深夜であるにも拘らず、急ぎ原告方に連れもどしたほであることが明らかであるが、一方被告としても、新婦が夫の両親と同居する場合には、往々両者の意思の疏通を欠き、不和となり、引いては婚姻破局の運命をたどる事例が少くなく、殊に本件の如く祖母、叔母と同居する場合には、その虞は右の場合よりも多分にあるものと推測されるのに、被告はこれに対し思をいたさなかつたか、或は恩義ある叔母に対し忠告することが困難な立場にあつたためか、徒らに右祖母、叔母等に雷同し、原告に対し何等の思いをいたさず、同人をいたわるようなこともなく、後には自ら率先して原告に対し悪口雑言をあびせ、自らの非を反省することもなく、専ら原告の反省のみを要求していたことが認められる。以上の如く本件婚姻予約が破綻するに至つたのは専ら一方の行為によつてのみなされたものではなく、原被告相互の行為が相まつて、その作用、反作用の無数の連鎖反応の過程において、右予約関係は破綻してゆき、最後には解消するに至つたものというべきで、右婚姻予約の解消には原被告とも互にその責任を分担しなければならないものであるが、右婚姻予約解消の根本的原因、即ち決定的な原因はやはり、原告が内縁関係成立の当初に被つた精神的な衝撃を被告において除去する方途をとらず、却つて、祖母、叔母に雷同し、相共に原告を罵倒冷笑したことに基因するものであつて、これに対応してなされた原告の不貞腐的言動ないし無断家出の事実或は原告のヒステリー的性格ないし被告との性格の相違は本件婚姻予約破綻の一誘因たるにすぎないものと解するのを相当とするから、原告にその破綻の責任をすべて転稼することはできないものというべきである。

そうすると、被告において本件婚姻予約を破棄するにつき正当の事由を有するものということはできないから、原告はこれがため多大の精神的苦痛を蒙つたことを窺うに難くなく、被告は原告に対し前掲婚姻予約不履行に因り原告の蒙つた精神上の苦痛に対し相当額の慰藉料を支払う義務があるものといわねばならない。

よつて、進んでその数額につき按ずるに、原、被告の身分関係が原告主張のとおりであることについては当事者間に争がなく、これと≪証拠省略≫によつて認められる、原、被告の各年令、結婚前歴、財産、学歴、職歴、前記認定の内縁関係破綻に至る経緯その他本件弁論にあらわれた諸般の事情を斟酌するときは(殊に、被告は原告に対し先に結納金一〇万円を贈り、現在これが返還を求める意思を有しないこと等)、被告の原告に支払うべき慰藉料は金七万円を以て相当と認めるべきである。

そして、右婚姻予約破綻の責任が被告にある以上、被告において原告に対し慰藉料請求権を有しないこと多言を要しないところであるから、被告の相殺の抗弁も亦採用することはできない。

そうすると、被告は原告に対し金七万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和三四年四月三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわねばならない。

よつて、原告の本訴請求は右認定の限度において正当であるが、その余は失当であるから棄却すべく、民事訴訟法第九二条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大野千里)

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