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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)2744号 判決 1959年9月08日

原告 大阪市

被告 田中稔

主文

一、被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の家屋を明け渡せ。

二、被告は、原告に対し、昭和三二年九月一日から右明渡済に至るまで月金一、七〇〇円の割合の金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は原告において金四〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告は、主文一ないし三項同旨の判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、原告は昭和二九年四月一〇日被告に対し原告所有の公営住宅である別紙物件目録記載の家屋(本件家屋)の使用を承認し、家賃月金一、七〇〇円の割合、月末持参払の約定で賃貸したところ、被告は昭和三二年七月一日以降の家賃を支払わず、また、原告が延滞家賃の分割支払を認めて再三支払請求をしたのに、被告はこれにも応じない。

二、そこで、原告は被告に対し昭和三三年七月三〇日付内容証明郵便により、同年八月三一日までに滞納家賃を支払うよう催告し、右郵便はその頃被告に到達したが、被告はその後同年八月一日に昭和三二年七月分を、昭和三三年九月一日に昭和三二年八月分を支払つたのみで、右期限までに滞納家賃の残額を支払わない。それで、原告は被告に対し昭和三三年九月二七日付内容証明郵便により、公営住宅法第二二条に基づき被告に対する本件家屋の使用承認を取り消し同年九月三〇日限り本件家屋を明け渡すように請求し、右郵便はその頃被告に到達した。

三、原告は被告に対し、本件家屋の明渡と、昭和三二年九月一日から昭和三三年九月末日までの月金一、七〇〇円の割合の賃料および同年一〇月一日から右明渡済に至るまでの原告の所有する本件家屋を被告が不法占拠することによつて被る賃料相当額の月一、七〇〇円の割合の損害金の支払を求める。」と述べた。

被告は本件口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなされた答弁書によれば、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、「請求原因事実はすべて認める。被告は収入乏しく極度の貧困のため滞納家賃を全額支払うことができなかつたのであるが、未払残債務については可能な限度で支払う意思と用意がある。しかしながら、本件家屋の明渡には応ずることができない。」という。

理由

原告主張の事実は当事者間に争いがない。

公営住宅利用関係の法律上の性質については、これを公法関係とみる説と私法関係とする説の両説が対立し、行政解釈も二途に出ている。すなわち、昭和二六年一一月三〇日住発第五九八号建設省住宅局長、厚生省社会局長、地方自治庁次長より都道府県知事宛通諜は前説を採り、公営住宅の滞納家賃については、地方自治法第二二五条によつて租税と同様に強制徴収ができるとなし、一方、同年一〇月二四日法務府法意一発第六七号法務府意見第一局長より札幌市長宛回答は後説の見解から、強制徴収は許されないとしている。おもうに、公営住宅は、住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進のために設けられるものであり(公営住宅法第一条参照)、その賃貸居住の関係は、営造物の利用関係として、制度的、技術的には、公法的側面を帯有することを否定しえないのであるが、公法的といつてもそれは、いわゆる公法上の管理関係であつて、権力の行使を本質とするものではない。公営住宅法には、その利用関係を公法関係として扱う趣旨を定めたと認めなければならない規定はない(第一八条による事業主体の長が行なう入居者の選考決定は相手方の同意を要する行政行為とみることができるが、それは、利用関係の設定以前の段階に属し、利用関係の設定行為そのものではないし、利用関係の性質を決定するものと認められない)。のみならず、公営住宅法第一条の「低廉な家賃で賃貸する」という文言と規定の趣旨に照らせば、公営住宅利用の法律関係は私法上の賃貸借関係にほかならないと解するのが相当である。そうすると、公営住宅の利用関係については、特則として公営住宅法のほかに、一般法として当然民法や借家法等の適用があるものというべきである。又家賃等の支払や公営住宅の明渡請求は民事訴訟事項であつて、民事訴訟としてのみなしうべきものといわなければならない。

ところで、公営住宅法第二二条第一項第二号は、公営住宅の入居者が「家賃を三月以上滞納したとき」は、事業主体の長は、入居者に対して、公営住宅の明渡を請求することができる旨を定めている。右にいわゆる明渡請求は、公営住宅について締結された賃貸人たる地方公共団体と賃借人たる入居者間の賃貸借契約についての賃貸人の解除の意思表示を指称するものと認めてさしつかえないが、それでは右規定と民法第五四一条との関係いかん。いかなる点においてその特則をなすものか、多少問題たらざるをえない。おもうに、「住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸する」という公営住宅の設置目的、したがつてその入居者一般に存する低収入という特殊事情からみて、法は民法第五四一条の定める契約解除の要件を加重したものであつて、反対にこれを軽減する趣旨に出たものではないと解するのが相当である。すなわち、一般の家屋の賃貸借における賃借人と異なり、一回の家賃の遅滞をもつて直ちに解除事由とすることに妥当でないものがあるとし、少なくとも三月分の家賃を滞納するまでは、賃借人としての地位をおびやかされるおそれのないことを明らかにしたものであつて、契約解除の前提要件としての相当期間を定めてする履行の催告手続を排除する趣旨ではないというべきである。したがつて家賃滞納を理由として公営住宅の賃貸借を解除するには家賃の滞納が三月以上に及んでいることのほかに、相当期間を定めてその履行を催告し、期間内に履行がなかつたことを必要とすることに変りはないものといわなければならない。

本件においては、原告の代表者である大阪市長が明渡請求、すなわむ賃貸借解除の意思表示をなす前提として従前より数回督促していた被告の一年にわたる滞納家賃について、あらためて一ケ月の期間(この期間は相当と認められる)を定めて催告をしたにかかわらず、被告はこの催告の趣旨にしたがつて履行をしなかつた(このことは当事者間に争いがない)のであるから、本件契約の解除の意思表示は適法である。なお、被告は右家賃を滞納し催告にしたがつて履行をしえなかつたのは、被告が収入乏しく極度の貧困のためであり、本件明渡請求には応じられないと抗争するが、公営住宅の設置目的が前述のとおり、低額所得者を対象として低家賃で相当な住宅を供給し、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与するにあるにせよ、公営住宅法は、賃借人として定められた義務を履行する誠意と能力を有せず、これを履行しなかつた入居者でも、他の者の犠牲において保護する趣旨と解することはとうていできない。被告の右主張は全然理由がない。

そうすると、被告は原告に対し本件家屋を明け渡す義務があるとともに、昭和三二年九月一日から昭和三三年九月末日までの月金一、七〇〇円の割合の未払賃料と同年一〇月一日から右明渡済に至るまでの本件家屋の不法占拠による賃料相当額の月金一、七〇〇円の割合の損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 中村三郎 山田二郎)

物件目録

大阪市都島区毛馬町五丁目二番地所在

大阪市営毛馬住宅第二五号

木造スレート葺平家建二戸一棟のうち西側の一戸

建坪 一〇坪五合

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