大判例

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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)4978号 判決 1967年3月31日

原告 川淵信武

右訴訟代理人弁護士 田中福一

同 松浦武二郎

被告 株式会社大阪読売新聞社

右代表者代表取締役 務台光雄

右訴訟代理人弁護士 塩見利夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(申立)

一、原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二〇〇万円およびこれに対する昭和三四年一一月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。被告は原告に対し、別紙謝罪広告文を、読売新聞紙上に三号活字をもって連続して三回掲載せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに金員の支払の部分につき仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求めた。

(主張)

第一、原告の請求原因

一、原告は、昭和一九年三月、当時の満洲国ハルピンにあった陸軍軍医学校を卒業、その後軍医として満洲の各地に勤務し、戦後内地に引揚げ、昭和二二年三月二四日医師の免許をとり、同年一〇月三〇日京都大学医学部皮膚泌尿科教室に入局し、主任山本後平教授の指導のもとに皮膚科部門の研究に従事するかたわら、昭和二六年一一月一〇日肩書住所地において医院を開設し、皮膚科、整形外科を診療科目として営業を始め、昭和二八年八月六日医学博士の学位を授与されたのを機会に、開業医として専念し今日に至っているものであり、被告は大阪市に本店を有し日刊新聞紙「読売新聞」を発行している会社である。

二、被告は、昭和三二年六月二日発行の読売新聞紙上に、「大阪で無謀の整形治療禍」「十数名が不治の傷跡」「未知の臨床成果、骨ガン、白血病の恐れも」の大見出しのもとに、「第二回目のクリスマス島水爆実験が報ぜられたおり、大阪を中心に放射能障害事件が続発していることが本社の調査で判明。この放射能禍は核爆発によって空から降下したものではなく、一町医者が無謀にも、日本医学界に臨床例がないといわれるストロンチウム90を患者のシミやアザに直接あて、悲しむべきケロイド的症状を再現、患者を絶望のフチにおいやっていたのである。」云々の記事、および具体的に原告の治療によって右のような被害をうけた患者数名の事例についての記事を掲載した。

三、しかし、次に述べる如く右記事は事実に反するものであって、原告はその名誉を著しく毀損された。

(一) 原告使用のストロンチウム90は、社団法人日本放射性同位元素協会を経て、英国原子力公社から購入したものであって、これは密閉された放射線源の形で使用され、それから出るベーター線を医療に供するもので、ストロンチウム自体が人体に侵入する心配はない。したがって、骨ガンや白血病などを起こすことは絶対にない。

しかるに、右記事は、核爆発によって発生しいわゆる「死の灰」として恐れられているストロンチウム90と、医療用として完全に被覆されて危険のないストロンチウム90とを混同して論じ、世人をして、原告が無謀にも右死の灰を治療用に使用しているように誤解させている。

(二) ケロイドは原爆によって有名になったが、これは熱中性子による一種の火傷であり、普通火傷その他の外傷によって生じ、その形状は皮膚面から約五ミリ位赤くふくれ上ったものであるが、医療用ストロンチウム90によってはケロイドなど絶対に出来ない。

むしろケロイド治療のためストロンチウム90が使用されているものである。

しかるに、右記事は、世人をして、医療用ストロンチウム90の使用が被爆と同一結果となるが如き危惧不安の念を抱かしめ、原告の医者としての名誉信用を著しく失墜せしめ、ケロイド治療のために原告方に来ていた患者を急減せしめている。

(三) ストロンチウム90の医学的治療報告は、外国はもちろん我が国内でも、すでに昭和二九年一〇月、日本医学放射線学会雑誌に横浜医大の宮川教授等が発表した処であり、前記記事掲載当時には十数ヶ所の病院で使用され、学会で実際に認められていたものである。しかも原告は、昭和三〇年九月原子力局において施行の第六回放射性同位元素講習会に出席受講し、右記事掲載当時すでに多数の患者を治療し相当の好成績をあげており、一般に放射線治療が進歩発展途上にあるにもかかわらず、被告はあたかも原告が全く臨床例のない治療方法を無謀にも採っているかの如く誹謗している。

四、被告は、新聞発行業者として、新聞記事の有する社会的影響力の多大なることに思いを致し、私人の名誉、信用に関する記事の掲載についてはその正確性、真実性につき格段の注意を払い、その表現においてもみだりに他人の名誉を傷つけぬよう十分配慮すべき義務があるにもかかわらず、これを怠って前記のような事実に反する記事を掲載し、原告の名誉を毀損したものであって、これによって原告の蒙った社会上、営業上の打撃は甚大であり、精神上の苦痛は言語に絶するものがある。

五、よって原告は、被告に対し、精神的損害に対する慰謝料として金二〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三四年一一月二二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払と、名誉回復の方法として別紙謝罪広告文を読売新聞紙上に三号活字をもって連続して三回掲載することを求める。

第二、被告の認否および主張

一、原告の請求原因第一項中、原告がその主張の各日時、陸軍軍医学校を卒業し、医学博士の学位を授与されたこと、および、被告が大阪市に本店を有し「読売新聞」紙を発行していることは認めるがその余は不知。

同第二項は認める。

同第三項中、本件記事が事実に反しているとの主張は否認する。その余の事実は不知。

同第四項は否認する。

二、(本件記事の真実性について)

被告会社は、社会的報道機関として、社会に生起した諸事実を報道して一般社会に対し警告を与え反省を促がすべき一種の公器たる使命にもとづき、事実そのままを本件記事として報道したもので、したがって何ら違法性はなく、不法行為を構成するものではない。本件記事は以下述べる如く事実にもとづくものである。

(一) 原告は、昭和三一年四月五日頃、社団法人日本放射性同位元素協会を通じて、英国ラジオケミカルセンター製ストロンチウム90の五ミリキューリーベーター線発生源器六個と同一〇ミリキューリーベーター線発生源器二個を購入し、爾後これを使用して患者の母斑、血管腫等のベーター線照射治療を始めたが、原告はそれまでストロンチウム90による治療の経験を有せず、我が国においても当時この治療方法は新らしい分野に属し、なお研究途上にあったもので、これが使用に当っては該ベーター線照射の皮膚におよぼす影響等に十分の研究をなし細心の注意を払う必要があり、ことにこれを美容の目的のため顔面に照射するにあたっては、患部の病状を十分診察し、過照射のためみにくい痕跡を残さないよう該患者に対する治療効果をあげる適切な線量を決定して照射治療を実施し、施療後は、患部の刺戟による悪性の皮膚炎を防ぐためそのような刺戟をさけるよう患者に指示を与えるなどの措置をとるべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、原告はこのような注意義務を怠り、原告方に治療に訪れた患者の中野栄、田中久子、梶川雅一、片山公子、吉本正治、大坪一次等十数名に対して漫然と右源器による照射治療を施し、しかも源器の実際の使用には自ら携わることなく、看護婦の資格をも有しない西山貴美子その他をしてこれにあたらせるような無謀な治療をした結果、過照射によって、右中野栄らの顔面にみにくいケロイド的症状を生ぜしめたのである。そして右ケロイド的症状は全く治療の方法がなく、被害者らは方々の病院を渡り歩いたあげく、結局不治を宣言されて絶望の淵に陥されていたのである。

(二) 次に、ストロンチウム90自体については、「化学的性質がカルシウムと同じだから、骨の組織にくい入り、骨髄など血液の製造元を冒す。もちろん、今すぐどうということはないが、長い間に骨にたまる量が多くなれば、白血病や骨ガンになる心配もある。」ことは科学者の一致した見解であり、治療用のストロンチウム90の源器によっても、照射の量が著しく多過ぎた場合には、白血病や骨ガンの原因となる可能性もあることが論じられているのである。

そして、被告会社は、以上の諸事実を取材したうえ、デスクで検討の結果、ことは人道上のゆゆしい問題であって、逸早く社会に警告を与え、被害者の増大を喰止めることが新聞の使命であるとの結論に達し、右事実をそのまま報道したものに過ぎず、何ら違法性はない。

三、(被告の無過失について)

かりに本件記事中に真実に反する点が含まれているとしても、被告は、以下述べるように本件取材にあたっては慎重に調査を遂げ、信頼すべき処から材料を入手し、その真実性に十分留意して掲載したのであるから、被告には過失はない。

(一) 本件記事は、被告会社の社会部記者和田五郎が主として取材し、デスクにおいて編集したものである。和田記者は、昭和三二年六月号の婦人雑誌上で、大阪において町医師による整形治療禍の問題が起きている旨の記事を見たので、大阪大学附属病院皮膚科の藤浪得二教授をたずねてその真偽を質したところ、同教授は、該記事が事実であると肯定し、右医師が原告であること、原告のストロンチウム90による治療の結果、両頬にケロイド症状を呈し回復見込のない患者が多数阪大病院に入院してきていること等を語った。

(二) そこで、和田記者は、自ら或いは被告会社の他の記者に依頼して、患者二、三名に面会して本件被害の事実を調査し、なお他にも多数の被害者があることを確かめた。特に、被害者の甲野花については、同女が傷痕治療のため広島原爆記念病院に赴いたことを知ったので、被告会社広島支局を通じて同病院から右甲野花の顔写真(検乙三号証)を取寄せ、また六月一日には院大病院において、橋本基医師から、治療に際して撮影した被害者のスライド写真を見せてもらうなど、被害事実の確認には慎重を期したのである。そして、被害者らの傷痕が不治であることについては、前記藤浪教授のほか関係医学者の談話によって取材したものである。

(三) 次にストロンチウム90による治療方法が当時まで一般化されていなかったことについては、前記藤浪教授および大阪市立大学教授桜根好之助から、またストロンチウム90による治療の方法を誤った場合に骨ガンや白血病の原因となる可能性があることについては、同大学講師の河合広から、それぞれ和田記者が専門的意見を徴して取材した内容を記事として掲載したものである。

よって被告に過失はない。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、被告が大阪市に本店を有し日刊新聞紙「読売新聞」を発行している会社であること、および被告が昭和三二年六月二日発行の読売新聞紙上に、原告主張のような内容の記事を掲載したことは、当事者間に争いがない。

被告は、本件記事は真実を報道したものに過ぎないから違法性がないと主張するが、一般に被告会社のような報道機関が公共の利害に関するものとして事実を報道した場合、その事実が真実であるかぎり、違法性がなく不法行為を構成しないものと解すべきであるから、以下まず本件記事の真実性について検討することにする。

二、≪証拠省略≫によれば、

「(一)原告は、昭和二六年一一月から大阪市北区池田町二一番地において、皮膚科、整形外科等を診療科目とする診療所を開設し、医療に従事していた医師であるが、同三一年四月五日頃、社団法人日本放射性同位元素協会を通じて、英国ラジオケミカルセンター製ストロンチウム90の五ミリキューリーベーター線発生源器六個、同一〇ミリキューリーベーター線発生源器二個を購入し、爾後これを使用して患者の母斑、血管腫等のベーター線照射治療を始めたが、原告はそれまでストロンチウム90によるベーター線照射治療の経験がなく、我が国においても当時この治療方法は極めて新しい分野に属しており、照射時間の基準、治療効果についての研究発表等も未だなされていないような段階にあった。そして、右源器は、ストロンチウム90を金属容器に密封したものであって、これから放射されるベーター線を患部に照射して治療するのであるが、照射が過度になされた場合は皮膚に潰瘍を生じ、火傷痕類似の瘢痕を残す危険を伴うものであり、また照射が特に過度に亘った場合には、骨ガン、白血病等の原因となる可能性も絶無ではないとされており、しかも照射の皮膚に及ぼす影響には個人差が著しく、したがって、これを使用するにあたっては、該ベーター線照射の皮膚に及ぼす影響等に十分の研究をなし、殊にこれを美容目的のため顔面などに照射治療するにあたっては、患部の病状を十分診察し、過照射のためみにくい痕跡を残さないよう、該患者に対する治療効果をあげるのに適切な照射線量を決定して治療を実施し、施療後は患部の刺戟による悪性の皮膚炎を防ぐため、患者に対し、その旨の指示をするなどの細心の注意を払う必要があるにもかかわらず、原告は、これらの注意義務を怠り、同三一年四月初旬頃から同年九月頃にかけて、治療のため原告方を訪れた甲野花ら数名の患者に対し、その顔面に該源器による照射治療を行うに際し、皮膚に対する影響に留意しながら照射時間を徐々に延長する等の配慮も行なわず、漫然と長時間に亘って過度の照射をなし、かつ施療後患部保護の注意指示もせず放置したため、同人らを放射線皮膚炎に罹患させ、その治癒後、顔面に、照射治療前の状態よりも著しくみにくい瘢痕、皮膚萎縮、白斑等を残さしめた。しかして、同人らは、右瘢痕等をなくすべく、処々の病院で診療を受けたものの、適当な治療方法がないため、殆んど不治である旨を告げられて、非常な精神的打撃を受けていた。」

≪証拠判断省略≫

三、そこで、右認定事実と本件記事とを彼此対照してみるに、当時ストロンチウム90の源器による治療が我が国において極く初期の段階にあり、公表された臨床例等もなかったこと、右源器による過照射が危険を伴うものであること、しかるに原告が無謀ともいうべき過照射を行って患者の顔面に殆んど治癒の見込のないみにくい瘢痕を生じさせたこと、等の大綱において本件記事は右認定事実に合致しているものと認められ、全体としても、表現上の潤色以上に出でて、事実を歪曲して記載した部分は認められない。そうすると、本件記事の掲載は真実を報道したに過ぎないものというべきである。

次に、右掲載が、公共の利害に関する事実に係り、専ら一般公衆のためにする目的でなされたものであることは、本件記事の内容に照し、また弁論の全趣旨に徴して明らかである。

しかるときは、結局本件記事掲載の行為は、違法性がなく、不法行為を構成しないものであるから、原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく失当であってこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木下忠良 裁判官 柴田和夫 裁判官大須賀欣一は、転勤につき署名押印ができない。裁判長裁判官 木下忠良)

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