大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)5576号 判決 1967年5月13日
原告 松田旦龍こと 姜旦龍
右訴訟代理人弁護士 豊蔵利忠
右訴訟復代理人弁護士 平山成信
同 赤松進
被告 興亜火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 山県勝見
右訴訟代理人弁護士 毛利与一
同 島田信治
右訴訟復代理人弁護士 増井俊雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求めた裁判
一 原告
「被告は原告に対し三七〇万円とこれに対する昭和三四年一二月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行宣言。
二 被告
主文同旨の判決。
第二、当事者双方の主張
(原告)
一、原告の請求原因
(一) 原告は肩書地において飯場を経営しているものであるが、昭和三二年一二月飯場として使用する目的で別紙目録記載第一及び第二の各建物(以下それぞれ「第一建物」、「第二建物」といい、両建物を合わせて「本件建物」という。)の建築に着手し、翌三三年二月末にほぼ完成し、その所有権を取得した。
岩中東起及び東谷建一は原告の雇人であり、親友であるが、原告は両名に本件建物における飯場の経営を委任し、同年三月頃第一建物を岩中に、第二建物を東谷にそれぞれ贈与した。
(二) 同年四月一一日岩中は第一建物につき保険金額を一八〇万円、東谷は第二建物につき保険金額を一九〇万円(いずれも三・三平方メートル当りの価額を三万円と評価)として、それぞれ被告会社と火災保険契約を締結し、同月二三日保険料を支払った。
(三) その後、両名は前記委任の趣旨に反し、誠実に飯場の経営に当らなかったので、原告は岩中及び東谷からそれぞれ第一・第二建物の返還をうけ、再びその所有者となった。
(四) そこで、原告は同年五月一六日その旨を被告会社に告げ、前記各保険契約の加入者名義変更の申出をしてその承認を求めたところ、被告会社は同年六月一日これを承認したから、原告は岩中及び東谷の保険契約上の一切の権利義務を承継した。
(五) 第一・第二建物は昭和三四年一月一三日に発生した火災(以下「本件火災」という。)により全焼し、原告は合計三七八万円相当の損害(本件建物の時価は三・三平方メートル当り三万円であるから、第一建物につき一八〇万円、第二建物につき一九八万円の各損害)を蒙った。
(六) よって、原告は被告に対し保険金三七〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三四年一二月二五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告)
二、請求原因に対する被告の認否及び抗弁
(一) 認否
1 (一)の事実のうち、原告が昭和三三年二月末に本件各建物の所有権を取得したことは認めるが、原告が第一建物を岩中に、第二建物を東谷に贈与したことは否認する。
2 (二)の事実は認める。
3 (三)の事実は否認する。
4 (四)の事実のうち、原告主張の日に松田旦龍という者から本件建物の所有権を取得したとして、保険契約の加入者名義変更の申出があり、被告会社においてこれを承認したことはあるが、松田旦龍なる者が原告と同一人物であるかどうかは不知。
5 (五)の事実のうち、原告主張の日に本件各建物が全焼したことは認めるが、損害額は否認する。
(二) 抗弁
1 第一、第二建物は原告の所有であるから、岩中及び東谷が被告会社と締結した火災保険契約は、他人(原告)のためにする保険契約であるが、両名は契約締結の際その旨を被告会社に告げなかった。
ところが、右各保険契約の細目である火災保険普通保険約款第六条には、「保険契約ノ当時左ノ事由アリタルトキハ保険契約ハ無効トス 一 他人ノ為ニ保険契約ヲ締結スル者カ其ノ旨ヲ保険申込書に明記シテ当会社ニ申出テサルトキ 二 (省略)」と定められているから、右保険契約はいずれも無効である。
そうすると、右各保険契約の加入者名義を仮りに原告に変更する手続がなされたとしても、変更すべきもとの保険契約が本来無効なのであるから、原告と被告会社との間に有効な保険契約関係が成立するいわれはない。
2 仮りに、原告と被告会社との間に有効な保険契約が成立したとしても、同契約は詐欺にもとづくものであるから、被告はこれを取消す。
すなわち、原告は昭和三二年一二月九日大阪市大正区三軒家所在の自己所有建物が罹災し、日動火災海上保険株式会社から保険金約六五万三、〇〇〇円を受領した事実(火災歴)があるのに、松田という偽名を用いて右事実を隠した。
本件建物の価額は三・三平方メートル当り一万五〇〇〇円以下であるにもかかわらず、岩中及び東谷は保険契約締結の際、三万円である旨被告会社に申し向け、被告会社をしてその旨誤信させ、第一建物につき保険金額一八〇万円、第二建物につき一九〇万円とする二倍以上の超過保険契約を締結せしめた。
このように保険加入者が火災歴を有したり、故意に超過保険を申込む場合には、不審火発生の率が高い事実に照らし、被告会社に右のような事実が判明していたならば、被告会社としては保険契約の締結に応じていないから、本件各建物の保険契約は詐欺による意思表示にもとづくものというべきである。
よって、被告は本訴(昭和三五年一二月九日の口頭弁論期日)においてこれを取消す。
3 本件火災は原告又は原告の意を受けた何人かによる放火であるから、被告会社は商法第六四一条により本件火災によって生じた損害を填補する責任を負わない。
4 原告は前記のとおり昭和三三年五月一六日被告会社に対し本件各建物の保険契約の加入者名義変更の申出をすると共に、火災保険普通保険約款にもとづいて第一建物内収容の家財につき保険金額一〇〇万円、営業用什器につき保険金額一五〇万円、第二建物内収容の家財につき保険金額八〇万円、営業用什器につき保険金額一七〇万円とする火災保険契約を締結した。
そして、原告は本件火災により本件各建物及び建物内収容の家財・営業用什器(以下「動産類」という。)につき別紙「損害一覧表」記載のとおりの損害が生じた旨記載した火災損害明細書(損害見積書)を被告会社に提出し、保険金の支払を請求した。
しかし、本件各建物の価額は前記のとおり三・三平方メートル当り一万五、〇〇〇円以下であり、又同明細書に焼失した旨記載されている動産類中には、本件火災当時本件建物内に収容されておらず、したがって焼失もしていない物件が多数含まれている。
ところが、火災保険普通保険約款第一三条には、「当会社ノ負担シタル危険ノ発生ニ因リテ損害ガ生ジタルコトヲ知リタルトキハ……火災ノ状況調書及損害見積書ヲ作成シ……当会社ニ提出スルコトヲ要ス」と、第二二条には「当会社ハ左ノ場合ニ於テハ損害ヲ填補スル責ニ任ゼズ 一(省略)二 被保険者ガ第一三条若ハ第一八条ノ書類ニ故意ニ不実ノ表示ヲ為シ……タルトキ三(省略)」と定められているところ、前記事実に照らすと、原告が被告会社に提出した損害見積書に故意に不実の表示をしたことは明らかであるから、被告は本件火災による損害を填補する責任を負わない。
(原告)
三、抗弁に対する原告の認否
(一) 1の事実のうち、岩中及び東谷が締結した保険契約が他人のためにする保険契約であることは否認する。同人らが被告会社に対し他人のためにする保険契約である旨を告げなかったことは認める。
仮りに、他人のためにする保険契約であるとしても、被告会社は保険契約締結の際、約款(火災保険普通保険約款を指す。以下、同じ。)を岩中及び東谷に提示しなかったから、約款には拘束力がない。したがって、保険契約が約款第六条により無効となることはない。
仮りに無効であるとしても、原告は被告会社の承認を得て加入者名義を変更したから、原告と被告会社との間には有効に保険契約が成立したものというべきである。
(二) 2の事実のうち、原告が被告主張のとおり保険金を受領した事実があることは認めるが、その余の事実は否認する。なお、松田旦龍は原告の通称である。
(三) 3の事実は否認する。
(四) 4の事実のうち、原告が被告主張のとおり動産類について保険契約を締結したこと(但し、火災保険普通保険約款にもとづいて締結したとの点を除く。)、被告主張(別紙損害一覧表)のとおりの火災損害明細書(損害見積書)を提出し、保険金の支払を請求したことは認めるが、原告が明細書に不実の表示をしたこと、被告に損害填補責任がないことは否認する。
被告会社は保険契約締結の際、約款を提示していないから約款には拘束力がない。
仮りに拘束力があるとしても、約款第二二条第二号に「……ノ書類ニ故意ニ不実ノ表示ヲ為シ……タルトキ」というのは、保険の目的が一部しか焼失していないのに全部焼失した旨記載する等して保険者を積極的に欺罔した場合を指すものと解すべきである。したがって、原告が火災損害明細書に記載した本件建物の損害額が実損害額を越えるものであるとしても、それは単に保険の目的の価額の評価に関することでしかないから、前同号に該当しない。
又、保険契約締結の際、加入者と保険者との間で保険の目的の価額について争いがなく、これにもとづいて保険金額を約定し、保険事故発生の際、右約定保険金額と同額の保険金の支払を請求した場合には、仮りにそれが真実の保険価額(実損害額)を越えていても、前同号には該当しないと解すべきである。
なお、仮りに原告が動産類に関し火災損害明細書に架空損害を記載したとしても、これは被告会社から損害見積書を早急に提出するように再三にわたり催促されたため、原告がその作成を粗雑にしたに過ぎないから、違法性がないというべきである。
しかも本件建物に関する保険契約と建物内に収容されている動産類に関する保険契約とは別個の契約であるから、仮りに原告が動産類の損害につき火災損害見積書に不実の記載をしたとしても被告会社は本件建物に関する損害填補責任を免れることはできない。
第三、証拠関係≪省略≫
理由
一、請求原因(一)の事実のうち、原告が昭和三三年二月末に本件各建物の所有権を取得したことは当事者間に争いがない。
右争いのない事実に≪証拠省略≫を総合すると、原告は肩書地において飯場を経営しているが、昭和三二年一二月飯場として使用する目的で、本件各建物の建築に着手し、翌三三年二月末にほぼこれを完成したことが認められ、これに反する証拠はない。
原告は第一建物を岩中東起に、第二建物を東谷健一にそれぞれ贈与した旨主張し、≪証拠省略≫中には右主張に副う部分があるけれども、右各供述部分は≪証拠省略≫に照らし、にわかに信用することができない。他に岩中及び東谷が第一・第二建物の所有権を取得したことを認めるに足りる証拠はない。
二、岩中及び東谷がそれぞれ第一・第二建物につき原告主張のとおりの火災保険契約を被告会社と締結し、保険料を支払ったことは当事者間に争いがない。
右争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、岩中及び東谷はそれぞれ第一・第二建物の所有権者として保険契約を締結したことが明らかであるところ、前記のとおり岩中及び東谷が保険の目的とされた第一・第二建物の所有権を取得したことを認めるに足りる証拠はなく、従って同人らは保険契約締結の際、保険の目的について所有者としての利害関係を有せず、被保険利益を欠如していたことに帰するから、前記各火災保険契約は無効であるといわざるを得ない。
しかし、松田旦龍なる者が岩中及び東谷よりそれぞれ第一・第二建物の所有権を譲受けたとして、昭和三三年五月一六日被告会社に対し保険契約の加入者名義変更の申出をし、被告会社が同年六月一日これを承諾したことは当事者間に争いがなく、松田旦龍が原告の通称であり、松田旦龍なる者が原告と同一人物であることは原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により明らかである。
これによれば、岩中及び東谷が当初第一・第二建物について締結した保険契約は、被保険利益を欠いたため、その効力を生じなかったのではあるが、加入者名義を両名から本件各建物の所有権者として被保険利益を有する原告に変更し、保険契約上の権利義務を原告に移転することを被告会社において承諾したのであるから、これにより被保険利益欠缺の瑕疵は治ゆされ、原・被告間に岩中及び東谷と被告会社間に成立した保険契約と同一内容の保険契約が同年六月一日新たに有効に成立するに至ったものと解する(たとえ被告が従前の契約が無効であることを知らなかったとしても。民法一一九条但書参照。)のが相当である。
三、本件各建物が昭和三四年一月一三日全焼したことは当事者間に争いがない。
被告は約款第二二条第二号、第一三条により本件火災による損害を填補する責任を負わないと主張するので検討する。
原告が第一・第二建物内に収容されている家財・営業用什器につき被告主張のとおりの火災保険契約を締結したことは当事者間に争いがなく、約款第二二条第二号、第一三条に被告主張のとおり定められていることは原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
ところで、保険加入者は通常約款の内容を契約内容とする意思をもって契約を締結するのが常態であるから、とくに約款によらない意思を有したことが立証されない限り、原則として加入者は約款の内容を内容として契約を締結する意思を有したものと推定すべきところ、岩中及び東谷(第一・第二建物の保険契約締結につき)、原告(動産類の保険契約締結につき)において約款によらない意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
原告は契約締結の際、被告会社が約款を提示しなかったから約款に拘束力がないと主張するけれども、約款の提示がなかったからといってただちに約款によらない意思を有していたものと解することはできないばかりでなく、≪証拠省略≫によると、岩中、東谷及び原告はいずれも原告方飯場の帖付けをしていた朝倉こと笠松良一を代理人として被告会社と保険契約を締結したこと、笠松は以前共栄火災海上保険株式会社に勤務していたことがあり、火災保険に関する実務経験を有していたことが認められるのであって、これによれば笠松は約款の内容(各火災保険会社に共通のものである。)を知り、これを契約内容とする意思をもって保険契約を締結したものと認められる。
したがって、約款は岩中及び東谷の第一・第二建物に関する保険契約並びに原告の動産類に関する保険契約においていずれもその契約内容とされたものと解すべきである。そして、本件各建物につき原告と被告会社との間に、岩中及び東谷と被告会社間に成立した保険契約と同一内容の保険契約が成立したことは前記のとおりであるから、約款は本件各建物及び動産類の各保険契約に関し原告を拘束する効力を有するものというべきである。
原告が被告会社に対し被告主張のとおり記載した火災損害明細書を提出したことは当事者間に争いがない。
そこで、原告が同明細書に故意に不実の表示をしたかどうかについて検討するに、原告が本訴(昭和三五年七月一一日の口頭弁論期日において陳述した同年五月一三日付準備書面)において本件火災により焼失したと主張する動産類の品目及び数量と原告が前記明細書に焼失したとして記載している動産類のそれとを比較し、これに≪証拠省略≫を考えあわせると、前記明細書に記載された罹災物件のうち別紙「虚偽記載一覧表」記載の家財・営業用什器は本件火災当時第一・第二建物内に収容されておらず、従って本件火災により焼失したものではないこと、原告は右事実を知りながら架空損害を計上して保険金を騙取する意図の下に、右物件が焼失した旨の虚偽の火災損害明細書を作成し、被告会社に提出したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、原告は動産類の損害に関する限り約款第一三条にいう火災損害見積書に故意に不実の表示をなしたことは明らかであるから、被告会社は約款第二二条第二号により動産類に関する損害を填補する責任を免れたものというべきである。
しかしながら、本件各建物の保険契約と建物内に収容されている動産類の保険契約とは別個の契約であって、後者に関して生じた事由は法律上当然には前者の契約関係に影響を及ぼすことはないから、原告が後者に関し損害見積書に不実の表示をしたからといって被告会社が前者に関する損害填補責任を免れることはない。
そこで、まず原告が本件各建物の損害自体に関し損害見積書に不実の表示をしたかどうかを検討する。
前記のとおり本件各建物は原告が飯場として使用する目的で昭和三二年一二月に建築に着手し、翌三三年二月末にほぼ完成したものであり、≪証拠省略≫によると、本件各建物は木造バラック建の飯場であり、土台は地面を掘ってコンクリートを流し込んで作った本格的な土台ではなく、地中に杭を打っただけの簡単なものであったこと、壁芯はぬき板で、これに杉板を打ちつけて外壁とし、内壁はベニヤ板張りであったこと、屋根はセメント瓦葺(炊事場の一部はルーフィング葺)であったことが認められる。本件建物が本建築であった旨の≪証拠省略≫は信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
証人三和武雄の証言によると、三和武雄は本件火災後被告会社の委嘱により本件建物の本件火災による損害額について鑑定をしたこと、前掲≪証拠省略≫は右鑑定の経過と結果とを記載したものであることが認められるが、これと右三和証言とを考えあわせると、本件各建物の建築費は三・三平方メートル当り一万七〇〇〇円弱であること、本件火災当時の価額は償却を一割とみて三・三平方メートル当り一万五〇〇〇円弱であることが認められる。≪証拠判断省略≫。
たしかに、罹災建物の価額の鑑定は焼け残り物件等から罹災前の建物を想定し、これから価額を推定しなければならないという性質上、現存建物の価額の鑑定に比べ、多くの困難を伴うことは否定しえないけれども、右三和証言によると、三和は日本損害保険料率算定会に所属し、昭和二年以来罹災物件の価額等の鑑定を専門に行っていること、同人は本件建物の損害額の鑑定の際、五回にわたって綿密な焼跡の調査をしたほか、原告、近隣の者及び所轄警察署から事情聴取をして、罹災前の本件各建物の構造・用材(その大要は前記のとおりである。)、建具等を推定し、これにもとずいて前記建築費を割出したことが認められるのであって、同鑑定は十分な合理的な根拠を有し、かつ相当詳細、具体的な内容を有するものということができる。
また同証言によると、本件建物が建築された昭和三三年当時には前記認定の程度の飯場であれば三・三平方メートル当り一万五〇〇〇円で優に建築することができたこと、右の程度の飯場の建築費としては右金額は最高の部類に属することが認められる。このような事実に照らすと、本件建物の建築費に関する前記三和証言及び乙第二七号証の記載は十分信用に値いするものというべきである。
証人文東起は「大工から建築費は三・三平方メートル当り三万二〇〇〇円であると聞いた」旨、証人東谷健一は「原告が大工に三・三平方メートル当り三万二―三〇〇〇円で請負わせた」旨証言しているけれども、原告はこの点につき、原告本人尋問において、「原告は建築業を兼営しているので、本件建物も原告自身が大工を使って建築したもので、建築費は三・三平方メートル当り三万円近くかかった。他人に請負わせておれば三・三平方メートル当り三万七―八〇〇〇円はかかったはずである」旨供述しているのであって、前記各証言は原告の右供述と喰違っており、直ちに信用することができない。
次に、≪証拠省略≫によると、原告は実在していない動産類が本件火災により焼失したように火災損害明細書に記載して被告会社に提出し、保険金を騙取しようとして遂げなかったとの詐欺未遂被疑事件により逮捕され、その取調に当った警察官に対し「本件建物の建築費は三・三平方メートル当り二万円位と水道工事費・諸雑費一八万円位で、合計二七〇万円位である」と、検察官に対し「建築費は三〇〇万円近くかかった」とそれぞれ供述したことが認められる(右供述が捜査官の強制等により、原告の意に反してなされたものでないことは原告本人尋問の結果により明らかである)。本件建物の建築費が三万円近くかかったとか三万七―八〇〇〇円である旨の原告の前記供述は右事実とも照しあわせ、直ちに信用するわけにはいかない。
原告が被告会社に対し本件火災による第一建物の損害は一八〇万円、第二建物の損害は一九八万円(いずれも三・三平方メートル当り三万円)である旨記載した火災損害明細書を提出したことは前記のとおりであるが、本件建物の建築費は前記認定のとおり三・三平方メートル当り一万七〇〇〇円弱(本件火災当時の価額((実損害額))は建築費より消耗による減価額を控除した額であって、右建築費よりさらに低額であることが明らかである。)であるから、本件建物の損害額に関する前記明細書の記載は虚偽(不実の表示)であるといわざるを得ない。
そこで、進んで右不実の表示は原告が故意になしたものかどうかについて判断する。
(一) ≪証拠省略≫によると、原告は前記詐欺未遂被疑事件により取調べを受けた際、捜査官に対し「本件建物の損害額を一〇〇万円位水増して請求した」旨供述していることが認められるのであって、これによれば原告自身本件建物につき実損害額以上の損害額を火災損害明細書に記載したことを認めている。
(二) 原告本人尋問の結果によると、原告は建築業を兼営しており、本件建物も原告が自分で建築したことが認められるところ、原告が火災損害明細書に記載した本件建物の損害額は実損害額をはるかに越えるものであって、原告が本件建物の評価を誤って記載したなどとは容易に認め難い。
(三) ≪証拠省略≫によると、昭和三三年一一月一八日に本件建物の近所で火災が発生したので、被告会社の村田真章、若園義之の両社員は水損等の調査のため本件建物に赴いたが、その際、損害の査定を専門にしている若園は本件建物の外観・構造等を一見して、本件建物の保険契約は超過保険であると判断し、その旨上司に報告したこと、村田は原告との保険契約は超過保険契約であるから解約するか、保険金額を減額するようにとの上司の指示により、本件建物に赴いたり、電話をして、本件建物の保険契約の加入者名義の変更や動産類の保険契約の締結について原告の代理人としてその衝に当った前記笠松に対し、超過保険であるから解約または減額してほしい旨申入れたところ、同人は一応これを納得したが、原告が不在なので同人の一存できめるわけにはいかないとのことで、話がまとまらなかったこと、村田は原告の肩書住所にも再三電話をしたが、原告はその都度不在だということで、原告と直接解約や減額について交渉することができないでいるうちに本件火災が発生するに至ったこと、原告は笠松及び家人からの報告により、被告会社から超過保険であることを理由に解約又は減額の申入れが再三あったことを知っていたが、同人らに原告の不在を理由にその交渉を断るように指示し、ことさら被告会社との交渉を避けていたことが認められる。右認定に反する証拠はない。
(四) 原告は前認定のように、動産類の保険金請求に関し架空損害を計上して被告会社から保険金を騙取しようと企て、火災損害明細書に実在していない二〇六八点(価格二六三万六四〇〇円)にも及ぶ動産類が罹災したごとく記載した。
以上のような事実を考えあわせると、原告は動産類について火災損害明細書に架空損害を記載し、保険金を騙取しようとしたのと同様に、本件建物についても、本件火災によるその損害額が三・三平方メートル当り三万円以下であることを熟知しておりながら、実損害額以上の損害額を計上して保険金を騙取しようとの意図の下に、火災損害明細書に本件建物の損害額を三・三平方メートル当り三万円と記載したものと認めるのが相当である。右認定に反する原告本人尋問の結果は信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
以上によれば、原告は約款第一三条にいう損害見積書に本件建物の損害額に関し故意に不実の表示をなしたものといわざるを得ず、従って被告会社は約款第二二条第二号により本件建物に関する損害を填補する責任を免れたものというべきである。
原告は本件建物の損害額につき火災損害明細書に実損害額以上の損害額を記載したとしても、それは単に本件建物の価額の評価に関することでしかないから、約款第二二条二号には該当しないと主張するけれども、原告は前認定のとおり不法に財産上の利益を得る目的で故意に実損害額以上の損害額を記載したのであって、単に原告が損害額の評価を誤ったとか、原告と被告との間で損害額の評価に関し見解の相違があるというだけに止まらないのであるから、原告の右主張は採用しない。
次に原告は原、被告間で約定した保険金額を損害額として記載したに過ぎないから、このような場合は約款第二二条第二号に該当しないと主張する。たしかに、火災保険加入者が全焼による損害額として当事者の約定した保険金額全額を損害見積書に記載した場合、仮りにそれが実損害額を越えていても、そのことから直ちに故意に不実の表示をなしたものとはいえない場合が多いであろう。けだし、加入者としては保険者と相談のうえ全部保険のつもりで保険金額を定め、保険金額即ち保険の目的の価額と考えているのが通常だからである。しかしながら、本件のように不法に財産上の利益を得る目的で、損害見積書に実損害額をこえる損害額を記載し、不正の通知をしたような場合は、たとえ約定保険金額を記載したにしても、約款第二二条第二号に該当すると解するのが相当である。
そうすると、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、すでに失当であるから棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山内敏彦 裁判官 高升五十雄 裁判官平田孝は転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 山内敏彦)
<以下省略>