大阪地方裁判所 昭和35年(タ)89号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と判断〕判決で認定された当事者夫婦間の事実関係の概要は、次のとおりである。
原告と被告は、昭和一二年八月婚姻の届出を了した夫婦で、被告乙男は、機械の設計技術者で始め会社等に勤務していたが、後、独立して商売を始め、昭和二七年一〇月頃から機械類の売買等を目的とする有限会社を設立し、その代表者となつて現在に至つている。当事者夫婦は、結婚後昭和二六年一二月までの間に四男一女をもうけ、昭和二六、七年頃から経済的基礎も固まり、中流以上の恵まれた暮しをし、昭和三〇年末頃までは、夫婦生活も一応平穏であつた。しかし、被告正男は、仕事一途の努力家であつたが、頑固で利己的であり、家族に対する情愛に欠けるところがあり、かつ吝嗇で妻の原告の家事にも干渉がましい態度をとつていたので、性来派手好きで勝気な性格の原告と時折激しく衝突することがあつた。それが暮しが豊かになり家事使用人をやとい、子供も生長して主婦としての繁忙な生活から解放されるようになつて、原告は、充されない愛情のはけ口を宗教に求め、昭和三〇年末頃創価学会に入会し、同会員の訴外男と知り合い、これとともに熱心に同学会の教宣活動をするようになり、同訴外男との間柄に親密の度が加わり、他方、原告は家事を女中にまかせて外出勝ちであつたため、当事者夫婦間の溝は次第に深まつていつた。昭和三四年七月、原告はかねてから希望していた喫茶店営業を被告から一六〇万円の出資を受け始めたが、当初成績が上らず、営業の存廃等をめぐつて夫婦間の意見が対立したが、原告は同年一〇月頃から店を洋酒喫茶店に変え、収益を上げるようになつた。しかし、営業が深夜に及ぶため帰宅が遅れ、被告から小言を言われるので、店のビルの一室に寝泊りするようになり、同年一一月頃からは殆んど別居同様となつた。この間前記訴外男は、原告の右洋酒喫茶店営業に対し無報酬で種々の手伝いをしていたが、昭和三五年一月初旬頃、被告が原告の寝泊りしているビルの一室を訪ねた際、右訴外男が寝衣のまま押入の奥にひそんでいるのを現認し、相手から納得のゆく弁明が得られなかつたため、原告と右訴外男との仲について突如決定的な疑惑を抱くにいたつた。その後被告は、原告に対し喫茶店を閉めて帰宅するよう説得し、右訴外男との関係を断たせるよう図らつたが、原告が閉店帰宅することに応じなかつたため、同年一月下旬大阪家裁に離婚の調停を申立てた。被告の右申立の意思は家庭復帰を図るところにあつたが、原告は家庭に復帰しても創価学会の信心はやめないと主張し、被告がこれを認めず、また離婚についても被告が財産分与には一切応じない旨主張したので、同調停は、同年三月三〇日不成立となつた。右調停係属中の三月二四日被告は前記原告の寝泊りしているビルの一室から原告の寝具一切を持ち去つたのに対し、同月二五日原告から被告を相手方として前記喫茶店の占有妨害禁止の仮処分がなされた。ここに至つて、被告は同年四月三〇日に、同年の五、六月までに原告から右喫茶店営業に対する被告の出資金を回収することについての了承を得たが、原告が急死した場合財産が訴外男の方に散逸する虞れがあると判断し、離婚して原告を除藉し考えようと、原告が離婚話に応じないので偽造の協議離婚届書を作成し、同年六月二〇日戸藉吏をして戸藉簿に当事者夫婦が協議離婚をした旨の不実の記載をさせ、その後同年七月一〇日前記喫茶店から店の備品多数を持ち帰り、店に「譲店」の貼紙をした。原告は同三六年一月末頃まで右喫茶店で営業を続けたが、その後他の場所に移り、小喫茶店を営業している。
裁判所は、右事実関係に基き、原告甲女の協議離婚無効確認請求を認容した後、民法七七〇条一項五号を離婚原因とする原告の離婚請求につき、次のように判示して、右離婚請求をも認めた。
「およそ民法七七〇条一項五号にいわゆる『その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき』とは、その第一号ないし第四号において、その理由を例示するとおり、社会観念からみて離婚を求めている当事者にその婚姻生活の継続をこれ以上強制することができない程婚姻関係が破壊せられた場合を指すのであつて、必ずしも離婚を求められる配偶者の有責行為によるものであることを要しないと解されるところ(昭和二七年二月一九日、同二九年一二月一四日第三小法廷判決参照)前示認定事実その他前掲各証拠から認められる諸般の事情を総合考慮すると、今や原告と被告との間には、夫婦としての相互の愛情も信頼も失われ、今後両者の間に正常な婚姻関係を継続することは極めて困難な状況にあると認められ、従つて一応いわゆる『婚姻を継続し難い重大な事由』の存在することは、これを否定し難いとこである。
ところで、被告は、本件婚姻が右のごとく破綻したのは、原告自身の不貞行為によるもので、被告には全くその責任はない旨主張するところ、いわゆる『婚姻を継続し難い重大な事由』の意義を、冒頭説示のごとく解すべきものであるとしても、婚姻における倫理的な責任に基く信義誠実の原則に照らし、婚姻関係の破綻が、主として離婚を求める側の配偶者の一方の責に帰すべき事由に基く場合、その有責者が、自らその破綻を理由として離婚の請求をなすことは許されないと解するのが相当であるから(昭和二七年二月一九日第三小法廷判決、同二九年一一月五日第二小法廷判決、同年一二月一四日第三小法廷判決参照)、以下右被告の主張について審究する。
先ずいわゆる『不貞行為』とは夫婦間の性的信義誠実義務の違反即ち貞操義務違反の行為をいい、それは姦通を含んでより広い概念と解すべきところ、(中略)原告と訴外男との間にいわゆる姦通まであつたかどうかは暫く措くとしても、原告は訴外男との交際において、人妻として当然守るべき節度を著るしく越え、重大な不貞行為をなしたというべきである。そして前示本件婚姻が破綻するに至つた経緯にこれを認めた前掲各証拠を総合すると、本件婚姻が破綻するに至つたのは、被告自身の平素の生活態度や原告に対する言動、調停における発言内容、原告の営業に対する妨害行為、協議離婚届を無断で届出したこと等にも原因があることは否定し難いけれども、破綻の最大の原因は、何といつても、原告の右不貞行為であることは、これを争う余地がなく、原告と被告との不和に伴い、被告が原告に加えた常軌を逸すると見られる行動も、主として、ここに基因するものと認められる。即ち、被告自身の平素の生活態度や原告に対する処遇に夫として反省すべき点があり、且つ原告に不貞行為があることを確信した後の被告の行動は、穏当を欠き、軽視できないけれども、それらの右行為だけを切離して独立の離婚原因として論ずることは相当でなく、原告自身の平素の生活態度や原告の重大な不貞行為に誘発されたものと認めるのを相当とする。従つて前記説示の主たる有責配偶者の離婚請求は許容されないという法理に照らし、原告から被告に対し、民法七七〇条一項五号により、離婚を訴求することは、許されないものという結論に到達すべきもののごとく考えられる。しかしながら主として自ら招いた離婚関係の破綻を理由とする有責配偶者からの離婚請求といえども、もし、相手配偶者においても、全く夫婦関係の継続を望んでいない場合には、諸般の事情を総合考慮してこれを認めることが許される場合もあると解しうる。(前掲昭和二九年一二月一四日第三小法廷判決参照)。かかる場合、離婚は、もはや主として責任を負うべき配偶者の一方的利益となるにすぎないのではなく、両配偶者の願望となるからである。前記認定の如く被告は離婚調停を申立て、原告を家庭に復帰させるための努力をおこたり、無断で協議離婚の届出をし一方的に原告を除藉し、更に妨害禁止の仮処分がなされている原告の店舗から什器等を持ち去つた等の行動から推しても、原告に反省を促し、原告との正常な結婚生活を持続したいという希望は認められず、むしろ裏切つた原告に対する報復感情が強く感ぜられるのである。このように、右配偶者が夫に婚姻継続の熱意を喪失し、もはや夫婦関係の継続を望んでおらず、客観的にも既に婚姻関係が絶望的に破綻している以上、有責配偶者からの離婚請求は許されないとの観念に立つて、原告の本件離婚請求を棄却しても、残るものは形骸化した空疎な法的婚姻関係のみである。そこでこの際むしろ婚姻の本質が、両性の愛情の結合にあることに想到し、同時に前記のごとく本件婚姻の復元不可能な破綻について原告側にも責任がないとはいいがたい点を考慮し、更に離婚後における被告の生活保障については、懸念すべき事情が存しないことを脊景として、いわゆる「婚姻を継続しがたい重大な理由」が存することを肯認して、原告の離婚請求を認めるのが相当である。」