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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)2364号 判決 1960年10月29日

事実

原告は、被告が「新勢海運組合組合長永尾豊」名義で、富士商運株式会社を受取人として振り出した、額面合計一三四、三〇〇円の二通の約束手形(振出日はいずれも昭和三五年二月二五日支払期日は同年五月二五日のものと同月三一日のもの、振出地支払地はいずれも宇部市)を受取人から裏書譲渡を受けたとして右手形の元利金を請求した。

被告は、まず、本件債務履行地は被告の住所地である宇部市であるから、大阪地裁には管轄権がないとして山口地裁宇部支部に移送の決定を求めた。本案については、本件手形は、被告が法人たる新勢海運組合の代表者組合長として振り出したものであるから、被告に振出人としての責任はない。仮定抗弁として、本件手形は手形原因なく融通手形として振り出したもので、原告は悪意の取得者であると主張した。

理由

先づ、被告主張の管轄違の抗弁について判断するに、手形は呈示証券であり受戻証券(引換証券)であるから、手形上の債務は取立債務(商法五一六条二項)に属すると解すべく、然るときは原告主張の本件手形の請求についての裁判籍は被告の住所地たる宇部市を管轄する山口地方裁判所宇部支部にあるというべきである。しかしながら、原告は本訴提起当時被告及裏書人たる富士商運株式会社を共同被告として、被告両名に対し各手形金請求をなし、被告富士商運株式会社に対する原告の請求については同会社の住所たる大阪市大正区三軒家浜通二丁目三四番地を管轄する当裁判所にその管轄権があり、原告は民事訴訟法第二一条により、富士商運株式会社に対する請求につき管轄権を有する当裁判所に対し、右請求に併合して被告に対する本訴請求をなすことが出来る結果、当裁判所は本訴請求についても管轄権を有するに至り、裁判所の管轄は起訴の時を標準としてこれを定む(民事訴訟法第二九条)るのであつて、起訴の当時裁判所が被告に対する本訴請求につき管轄権を有する以上其の後の本訴と富士商運株式会社に対する原告の請求とを分離して審理するも被告に対する請求につき当裁判所の有する管轄権に変動を生じない。よつて、被告主張の右管轄違の抗弁を排斥する。

次に本案につき判断するに、被告が原告主張の名義のもとに原告主張の約束手形二通を受取人富士商運株式会社宛振出交付し、原告が右受取人より右二通の約束手形の裏書譲渡を受けたことは当時者間に争なく原告が右手形の各支払期日に右手形をそれぞれ呈示したところ、その支払を拒絶せられたことは被告において明らかに争わないから自白したものと看做す。

ところで、原告は右各手形の振出人は被告個人であると主張するに対し、被告は右振出人は法人たる新勢海運組合であつて被告は右組合の代表者として署名したものであると抗争するので考えるに、本件各手形の振出人としての表示たる「新勢海運組合長永尾豊」は、一見「新勢海運組合」が法人であり、被告は右組合の代表者として署名したものの如くであるが、公文書なるにより当裁判所において成立を認め得べき甲第三号証によれば、新勢海運組合なるものは昭和三五年一月一日より同年七月三〇日までの間その事務所として表示せる山口県宇部市東区海岸通五丁目を管轄する山口地方法務局宇部支局に登記又は登録されていない事実が認められるから、以上の事実によれば本件手形の振出当時「新勢海運組合」なる法人は法律上存在しないと認むべく本件各手形の振出人は被告本人であり、被告は個人として本件手形の振出人としての責任は免れないと解するのが相当である。

なお被告は仮定的に、原告は悪意の取得者である旨抗弁するけれども被告が原告の本件手形金請求を拒み得る事実について何等の立証がないから右抗弁も採用するに由がない。

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