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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)3008号 判決 1962年11月30日

原告 加藤寿子 外三名

被告 佐々木蝶子

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

第一双方の申立

一  原告等

(一)  被告は、原告等に対し、別紙目録記載の家屋を明渡せ。

(二)  訴訟費用は、被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告

主文同旨

第二原告等の請求原因

別紙目録<省略>記載の家屋(以下、「本件家屋」という)は、原告等の共有であるが、被告は、現にこれに居住してこれを占有している。そこで、所有権にもとづいて、その明渡を求める。

第三被告の答弁及び抗弁

一  原告等の請求原因事実は、すべて認める。

二  しかし、

(一)  被告は、昭和三二年七月一五日、訴外山口トミ等の媒酌により、結婚披露の式をあげて、原告等の亡父川口福蔵(以下、「福蔵」という)と事実上の結婚をし、それ以来、同人のいわゆる内縁の妻として、大阪市天王寺区松ケ鼻町にあつた同人の住居で、同人と同居していたが、やがて、福蔵は、同人および被告の終生の住居とするため、あらたに、本件家屋を買いもとめ、昭和三四年三月一二日、あいともにこれに移り住んだところ、同月二四日、福蔵は、突然、病気のため急逝した。

(二)  福蔵の生存中、同人と被告とのあいだでは、正式に婚姻の届出をする話しあいができていたが、その手続がおくれているうち、福蔵の急死にあつたもので、被告は、福蔵のいわゆる内縁の妻として、本件家屋に居住してきたものである。

(三)  したがつて、被告は、福蔵の内縁の妻たる地位にもとづき、本件家屋に居住してこれを占有する権限を有するものというべく、原告等は、福蔵が死亡した結果、相続により本件家屋の所有権を取得したものであつて、福蔵の地位を承継したものであるから、被告の右占有権限(居住権)を奪うことはできない。

第四被告の抗弁に対する原告等の答弁

一  被告がその主張のとおり原告等の亡父福蔵と事実上の婚姻をし、それ以来、同人の内縁の妻として、同人と同棲していたこと、昭和三四年三月一二日以降は、本件家屋で同居していたこと、同月二四日福蔵が病気のため急逝したこと、原告等が福蔵の相続人として相続により本件家屋の所有権を取得したことは、いずれも認める。

二  しかし、右のように、内縁の夫が死亡したばあい、その所有家屋に内縁の妻がひきつづき居住しこれを占有する権限を有するものと解すべき法律上の根拠は、ない。

第五証拠<省略>

理由

一  原告等の請求原因事実は、被告の認めるところであるから、被告の抗弁について判断するに、「被告は昭和三二年七月一五日原告等の亡父福蔵と事実上の婚姻をし、それ以来、同人の内縁の妻として同人と同棲をつづけ、昭和三四年三月一二日同人とともに本件家屋に移り住んだところ、同月二四日福蔵は病気のため急逝し、原告等か福蔵の相続人として相続により本件家屋の所有権を取得した」、という被告の主張事実は、すべて原告の認めるところである。

二、したがつて本件の争点は、被告のような内縁の妻が、その夫の生前同居していた夫所有の家屋の占有につき、内縁の夫の死亡後において、これを正当ならしめるなんらかの権限を有するものと解すべきか、という点に帰するのであつて、この点につき、当裁判所は、次のとおり考える。

(一)  およそ内縁の夫婦は、法律上成規の手続による婚姻をした夫婦ではないのであるから、民法が夫婦につき定めた法理をもつてただちにその法律関係を律することができないことはいうまでもない。

しかし、男女がその合意にもとづき、相協力して夫婦としての生活を営む結合であるという点においては、内縁は、婚姻に準ずる関係であるというべく(昭和三三年四月一一日最高裁判決、民集一二巻五号七八九頁)、内縁の夫婦も、たがいに夫とし妻としていわゆる偕老同穴のちぎりを結び、永く同棲同居の共同生活をつづけるべき、合意をなすものであることにおいては、法律上の夫婦となんらことなるところがない。内縁の妻(内縁の夫についても、同様である)は、内縁関係にして存続するかぎり、その夫(または妻)の所有する家屋にこれと同棲して居住しうること、したがつてまた、夫(または妻)の所有する家屋を通常無償で使用しうるということは、今日何人も否定しないところであるが、それらは、すべて、内縁の夫婦間における内縁関係の合意の法律的効果というをさまたげない。

ただ、ことをその家屋の占有関係の面からみれば、内縁の夫の生存中は、家屋の占有の権限は夫のみが有し、妻はその占有補助者にすぎないと解するかぎりにおいて(その点にも、問題がないわけではないが、それは別論とする)、その占有の適否を問題とする余地はなく、内縁の夫が死亡し、内縁の妻がひとり(あるいは夫婦間の子等とともに)、その家屋の居住をつづけるにいたつて、その占有を正当化すべき権限の有無が問題となるわけである。

しかし、内縁の本質及びこれにもとずく前記合意の趣旨からするときは、内縁の夫が死亡したばあい、該家屋に対する妻の占有を不適法なものとし、妻をしてこれから退去させるべきことを右合意中にふくむものとは到底解することができず、逆に、別段の合意のあるばあいのほか、妻において特段の不行跡等の存せず、またみずからその居住権を放棄しないかぎり、妻が末ながく該家屋に居住して、平和な生活をおくるべきことは、内縁関係そのものに本質的な内容として、これに関する合意の一内容をなすものといわざるをえない。それは、見方によつては、同居協力権(同居協力義務の反面である)の一種の余後効ともいうべきものであるが、家屋の使用占有という面にかぎつて財産法的に構成すれば、別段の合意のあるばあいのほか、内縁の夫の死亡(内縁の妻の生存中にその夫が死亡したばあい)を停止条件とし、その妻の死亡を終期、その不行跡その他特段の事由の存在を解除条件として、夫婦生活の本拠であつた家屋を妻に無償で使用収益させる合意(使用貸借)が内縁関係そのものの身分的合意に付随して、夫婦間に存するものというべく、この合意は、その性質上、夫の相続人に承継され(民法五九九条参照)、内縁の妻は、該合意にもとづく使用収益権をもつて、夫の相続人に対抗しうるものと解すべきである。

(二)  以上の観点から本件についてみるに、前記のとおり、福蔵と被告が内縁の夫婦として福蔵の死亡にいたるまで同人の所有にかかる本件家屋で同居していたことは、当事者間に争がなく、福蔵と被告とのあいだで本件家屋につき(一)に説示したところとことなる別段の合意があつたことを認めるにたりる証拠は存しないばかりでなく、成立に争のない甲第一号証、証人武原英哲の証言及び被告本人の供述によると、福蔵は、本件家屋を、はじめから、夫婦生活の本拠とする意思で、とくに被告の末ながき将来の生活をも考慮して、購入し、ただちに被告ともどもこれに移り住んだものであつて、いずれはこれを被告に贈与すべき意向をも有していたが、とりあえず福蔵名義で登記することとして、手続をすすめ、結局、同人死亡後の昭和三四年三月二六日受付をもつて、同人名義で所有権保存登記されたこと、福蔵と被告とは、法律上成規の手続による婚姻をすべく書類等を作成準備していたがその手続にさきだつて福蔵が急死したことを認めることができ(この認定をくつがえすにたりる証拠はない)、これらの事実をあわせ考えると、福蔵と被告とのあいだで、内縁関係そのものの合意に付随して、本件家屋につき、(一)に説示した合意の存したことを認めるに十分である。

そして、該合意上の停止条件(被告の生存中における福蔵の死亡)が成就したことは、前認定のとおりであり、その終期(被告の死亡)の到来しまたは解除条件(被告の不行跡その他特段の事情)の成就したことを認めるにたりる証拠の存しない以上、被告は、該合意にもとづく使用収益権をもつて、福蔵の相続人たる原告等に対抗しうるものというべきである。

三、そして、右判示の合意は、前述のとおり、内縁関係に本質的に内在するものとして、これに関する合意に付随するものであるから、福蔵の内縁の妻たる地位にもとづき本件家屋に居住してこれを占有する権限を有するものという被告の主張中には、右判示の趣旨の主張をもふくむものと解すべく、その意味において、被告の抗弁を正当として採用すべきである。

四、以上のとおりであるから原告の請求を棄却することとし、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺田治郎)

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