大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)4102号 判決 1963年7月03日
原告 葉田博重
右訴訟代理人弁護士 津田勍
同 池口勝磨
津田勍訴訟復代理人弁護士 伴喬之輔
同 藤田良昭
被告 名草清峰
外二名
右三名訴訟代理人弁護士 服部恭敬
主文
被告等は原告に対し連帯して金一、一〇二、五一五円及びこれに対する昭和三八年二月一日から右支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一は原告の負担とし、その余は被告等の負担とする。
この判決は主文第一項に限り原告において各被告に対し金三〇万円の担保を供するときはその被告に対し仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
原告は本件土地の所有者であるが、昭和三二年五月初旬被告名草清峰及び同名草一親に対し本件土地を木造建物の敷地並びに材木置場に使用する目的で賃料一ヶ月一二、〇〇〇円(坪当り約一〇〇円)毎月末日右被告両名が連帯して支払うこと、なお将来本件土地に対する租税その他の公課の増徴または土地価格の昂騰により、若しくは比隣土地の賃料に比較して不相当となつたときは賃貸人は賃借人に対し賃料の増額を要求し得ることなどを約定の上賃貸し、被告名草茂一は被告名草清峰らの右賃貸借契約上の債務につき連帯保証したこと、原告が被告等に対し昭和三五年六月二八日内容証明郵便で同年七月分以降の賃料を一ヶ月金七一、八八六円(坪当り六〇〇円)に増額する旨の意思表示をなし、右書面が同月二九日被告等に到達したことは当事者間に争いがない。
そこで右賃料増額の請求の当否について考察するに、土地賃料は土地に対する需要供給の均衡関係や土地使用における収益率など複雑多岐にわたる因子により決定されるものであり、時に当事者に特有な因子によつて特に低額に賃料が決定されることもあるから、具体的な賃貸借契約上の適正賃料の算定にあたつてはそれらの諸因子を参酌し、従来特に低額であつた歴史的事実があれば当然顧慮すべきであるが、それらの諸因子を探索することは必ずしも容易でないし、特段の立証のない限り、一応適正賃料は賃貸土地資本に適正利率を乗じて得た額に固定資産税その他の税金及び管理費を加算したものと解するのが相当であろう。
被告は本件賃貸借契約上原告において被告等が空地部分を材木置場以外の目的に利用することや本件地上建物の増改築をなすことを禁止する旨の条項をもうけ、被告等が空地部分を材木置場以外の目的に利用し、かつ本件地上建物の増改築をしたい旨申出ても原告は右申出を承諾しない意向であるから、普通の場合に比較して本件土地の利用は著しく制限されており、このため賃借人の受ける土地利用の収益率は普通の場合の半分以下に減少しているので賃料も普通の場合の半額以下が相当であると主張し、原告も前記禁止条項が存すること及び原告において被告等が空地部分を材木置場以外に利用したり、また本件地上建物の増改築をしたりすることを承諾しない意向であることについては争わないところであるが、右争いない事実をもつて直に被告等のいうような土地利用を著しく制限する場合として賃料を低額に算定すべきものとは解し難い。すなわち建物所有を目的とする土地賃貸借契約締結当初地上建物が、その賃借土地面積に比較して甚だしく狭小であるとか、或は材木置場としての土地賃貸借において材木置場として通常認められる効果的使用方法が特に制限されていたなどの特段の事情のない限り、たとえ地上建物の増改築が制限され、また土地を材木置場以外の目的に使用することが禁止されていたとしても、元来賃借人側において賃借の目的を一応達成し得べき状態にあるものとして借受けたものと推認されるからである。本件の場合被告等提出の証拠によるも材木置場として通常認められる効果的使用方法が特に制限されていたなどの前記特段の事情が存したことを認めることはできない。のみならず被告名草一親の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると本件賃貸借契約締結当初存在した建物が被告等の家族数に比較し手狭まであることや、最近被告等の営む材木商が振わなくなつたので、幸い広い土地であるから有料モータープールに使用すれば可成の収益を見込みうるのに前記禁止条項があるため被告等の意のままにならないことが被告等のいう使用制限の真意であることが認められるところ、地上建物が賃借人家族数に比較して狭小であることや賃貸借契約締結後の賃借人の営業方針の変更などは専ら賃借人の個人的都合によるものであつて、当該賃借人の責任において解決すべき事柄に属するから、本件の場合使用制限を伴なうものとして普通の場合より賃料を低額に算定すべきであるとの被告等の主張は採用できない。
なお前掲記の証拠によると従来建物敷地部分の土地も材木置場としての空地部分の土地も同等に月坪当り一〇〇円として地代総額が算定されていたことが明らかであるから、右両部分の土地を区別し賃料を算出すべきでないというほかない。
以上の観点に立ち昭和三五年七月一日当時の本件土地の適正賃料額を考察するに鑑定人吉村民造の鑑定の結果及び鑑定人佃順太郎の鑑定の結果(一回)によると右日時における本件土地の適正賃料は月坪当り三九七円合計金四七、五六五円(円以下四捨五入)と認められ、右認定に反する証人佃順太郎の証言、被告名草一親の本人尋問の結果及び鑑定人佃順太郎の鑑定の結果(二回)は措信できない。なお証人沼田喜一の証言及び被告名草一親の本人尋問の結果によると近隣に月坪当り一〇〇円位の賃料で土地賃貸借がなされている事例があるようであるが、右賃料額が決定された時期・経緯なども明らかでないから、右事例をもつて直に前記認定を覆すことはできない。
そうすると被告等は原告に対し昭和三五年七月一日以降昭和三八年一月末日までの三一ヶ月分の賃料として前認定の一ヶ月四七、五六五円の割合により算出した総計金一、四七四、五一五円を支払うべき義務がある。
ところで被告等は原告が賃料の受領を拒絶したので昭和三五年七月一日以降昭和三八年一月末日までの期間従前の賃料である一二、〇〇〇円宛を毎月供託していることは当事者間に争いないところ、賃貸人の一方的になす賃料増額の意思表示によつて従前の賃料が幾らに増額されたかは当事者間に争いある限り裁判をまつてはじめて明確となるものであるから、特殊の事情のない限り賃借人は増額請求前の賃料を弁済供託することによつて、供託額につき一部弁済の効果をうけるものと解するのが相当であり、従つて右供託金総額三七二、〇〇〇円の範囲で前記賃料請求権は消滅したものである。
以上の理由により被告等は原告に対し連帯して残額金一、一〇二、五一五円及びこれに対する昭和三八年二月一日以降右支払済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
よつて原告の本訴請求は右限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高山健三)