大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)70号 判決 1962年5月26日
原告 X
右法定代理人親権者母 Y
右訴訟代理人弁護士 池田留吉
被告 A
右法定代理人親権者父兼被告 A1
右同母兼被告 A2
被告 B
右法定代理人親権者父兼被告 B1
右同母兼被告 B2
被告 C
右法定代理人親権者父兼被告 C1
右同母兼被告 C2
右各被告訴訟代理人弁護士 加藤充
佐藤哲
右訴訟複代理人弁護士 酒井武義
主文
原告に対し被告A、同B、同Cはそれぞれ金一〇〇、〇〇〇円を支払え。
原告の、被告A、同B、同Cに対するその余の請求、ならびに被告A1、同A2、同B1、同B2、同C1、同C2に対する各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告と被告A、同B、同Cの間に生じたものはこれを三分し、その一を被告A、同B、同Cの負担とし、その余を原告の負担とし、原告と右各被告以外の被告らとの間に生じたものは全部原告の負担とする。
この判決は原告において被告A、同B、同Cに対し各金三〇、〇〇〇円の担保を供するときは該被告らに対し第一項に限り仮りに執行できる。
事実
≪省略≫
理由
一、昭和三四年七月当時原告が八尾市内の大正中学校三年生(一四才)であり、被告Aが大鉄高等学校一年生(一五才)、被告Bが布施高等学校夜間部一年生(一五才)、被告Cが松本油脂株式会社の工員(一五才)であつたことおよび同年七月二九日夜、原告と同被告らとの間に同市太田地区所在の免田神社附近の植木貯蔵小屋で性交関係があつたことは、いずれも当事者間に争がない。右性交が同被告らの暴力によつてなされたか否かの点につき判断すると、成立に争のない甲第一号証、証人富田貴広≪省略≫を総合すれば、原告は温和しく内気な性格で、男友達と交際するようなことはなく、原告と右被告ら三名とは顔見知り程度で親しい間柄ではなかつたこと、前同夜原告は前記免田神社境内で行われた産経新聞社主催の映画会へ友人の中川節子と一緒に行き映画観覧中、腹痛により下痢を催したため、一旦は中川節子に同行してもらい免田神社から約二〇数メートル東南にある原告の祖父川北末吉方に行つて、その庭便所で用を済ませたが、再び便意を催したので中川に同行を頼んだが同女に拒まれたため単独で前同所で用便を済ませて映画会場に戻る途中原告の後を追つてきた被告Aがメモを差し出し「これを読んでくれ」といつたところ、原告がそれを押し返したので、同被告は更に追いかけて原告と押し合つているところへ、被告B、同Cが同被告の後を追つてきて三人で原告を取り囲み、被告Aが原告の口を塞ぎ同B、同Cが原告の腕をかかえ、免田神社から約一〇メートル西にある、植木貯蔵小屋前に連行し、被告Aが原告を同小屋の東入口から中に連れ込んだうえ、右被告ら三名は共同して矢庭に原告を押し倒し、口を塞ぎ、足を押える等の暴行を加えて原告を抵抗できない状態にしたうえ順次原告を姦淫し、よつて原告に治療約三日を要する処女膜裂傷の傷害を与えたことをそれぞれ認めることができる。右認定に反する被告A2、同B2、同C2各本人尋問の結果部分は前示証拠に照らしたやすく信用することができず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
以上認定の事実によれば、被告A、同B、同Cが共同して原告に暴行を加え、反抗を出来ないようにしたうえでその貞操を侵害したことが明らかであるばかりでなく、同被告らは、その年令、経歴から見て本件不法行為につきその責任を弁識するに足る知能を有することは明白であるから、原告に加えた損害につき賠償の責を免れることはできないといわなければならない。
二、次に原告の被告A1、同A2、同B1、同B2、同C1、同C2に対する各請求の当否について判断する。右被告らが被告A、同被告B、同Cのそれぞれ親権者であることは、当事者間に争のないところである。親権者が民法第八二〇条に基き未成年者の監護および教育をする権能を有し義務を負うものであり、ここに監護教育の義務とは単に未成年者に対する義務のみでなく、社会に対する関係では未成年者を社会に適応するように育成する義務をも包含しているものと解すべきである。しかしながら、未成年者も一個の独立した人格を有するものである以上、その監護義務の範囲もおのずから制限されるものであり、特に未成年者が自己の行為の理非善悪等責任を弁識する程度に成長した後には、親権者の監護の権利義務の内容も随時変つて行くものと考えられるが、未成年者が行為の責任を弁識するに足りる能力を有する場合において当該未成年者が第三者に与えた損害について親権者がその損害賠償義務を負うべきかどうかは甚だ困難な問題である。民法第七一四条、第七一二条によれば、当該未成年者がその行為の責任を弁識する知能を有しない場合についてのみ法定の監督義務者に責任を負わせているにすぎず、行為の責任を弁識するに足る能力(以下責任能力という。)のある未成年者とその法定の監督義務者とに併存的責任を認めた法律上の規定はなく、右民法第七一四条、第七一二条の規定が責任能力ある未成年者の不法行為について適用のないことは明らかである。しかしながらこの故に直ちに民法第七一四条、第七一二条の反対解釈として、責任能力ある未成年者の不法行為については、当該未成年者のみが損害賠償義務を有し法定の監督義務者である親権者はこの義務を全く負わないものと解すべきではなく、親権者において未成年者が他に損害を加えることを予見し、または予見し得る状態にあり、かつ損害の発生を防止し得る状態にありながらこれを放任するなどその監護義務に著しく違背し、このため他に損害を与えた場合であつてしかも親権者の監護義務違背と損害の発生との間に相当因果関係の認められるような場合にあつては、被害者において親権者の監護義務違背、損害発生との因果関係の存在を主張立証して親権者に対する独立の責任を追及し得るものと解すべきであるが、右のような場合を除いて単に親権者が民法第八二〇条に定める監護義務を果さなかつたということだけではこのことから直ちに責任能力ある未成年者の不法行為につき親権者に責任を負わせることはできないというべきである。ところで、本件にあつては親権者のこのような監護義務違背についての具体的事実の主張もなく、しかも全立証によつても被告A、同B、同Cの親権者らにおいてその監護義務に違反したことおよび損害発生との間の因果関係の存在を認めるに足りないから、原告の右被告らの親権者である被告A1、同A2、同B1、同B2、同C1、同C2に対する請求はいずれも失当といわなければならない。
三、そこで本件不法行為により原告の被つた損害額について考えるに、原告は、先ず本件不法行為により診断書代金二五〇円、下宿代金二五、〇〇〇円、通学定期券代金二、一六〇円、合計金二七、四一〇円の支出を余儀なくされ、同額の財産上の損害を被つたと主張し、原告法定代理人Y、原告各本人尋問の結果によれば、原告は、本件事件が発生しこれが近隣にまで知れわたつたため、昭和三四年九月大正中学校から大阪市内の平野中学校に転校するとともに、同市内の親類の家に下宿し、翌三五年三月の卒業まで同所からバスで通学し、その間、下宿代として一ヶ月金三、〇〇〇円程度を支払つていたことが認められるが、診断書代、通学定期券代等についてはその額を確認するに足りる証拠はないのみならず、右各証拠によれば、右各支出はいずれも原告の母Yが支出したもので原告の支出でないことが認められるから、これをもつて原告の被つた損害ということのできないことが明らかである。よつて、原告の右財産上の損害の賠償を求める部分は理由がない。
四、次に原告の精神上の損害に対する賠償請求について判断するに、原告が一四才というようやく思春期を迎える年頃にあたつて、被告A、同B、同Cの三名から順次貞操を侵害されたこと、本件発生後本件が近隣に知れわたつたため中学校を転校し、母の許から離れて他に下宿したことはすでに認定したとおりであり、証人伊藤ユクヱの証言≪省略≫の全趣旨によると、原告は中学校卒業後も本件が頭から離れないため高校進学を断念し、一時は他に勤めるようになつたが、通勤途上でも後指を指されたりして、本件事件を想い起こすにつれて悲嘆にくれ現在勤めもやめていることが認められ、本件不法行為により原告の被つた精神的苦痛はけだし甚大であつたといわなければならない。そして、前示各証拠に証人富田貴広≪省略≫を総合すると、原告は、母Yに養育され、原告の家庭は右Yと原告の姉和子の給料により生活を維持していること、原告母の資産としてその住居地に価額約金三〇〇、〇〇〇円から金四〇〇、〇〇〇円程度の居宅を有すること、これに対し被告Aの家庭は、父が農業、造園業を営み相当の資産を有し、月収約金二五、〇〇〇円を得て、同被告も現在他に勤務して日給約金三〇〇円程度の収入を受けていること、被告Bの家庭は、父が大工を営み、その住居建物を所有し月収約金三〇、〇〇〇円を得て、同被告も現在大工見習として働いていること、被告Cの家庭は、父が工場に勤務して月収約金二〇、〇〇〇円を得ているほか、同被告も他に勤務し月収約金八、〇〇〇円を得ていずれも中位の生活程度であること、および本件事件発生後被告らは原告側に謝罪に行き、慰藉料として金一〇〇、〇〇〇円を差し出したが原告側の受けいれるところとならなかつた事実が認められる。以上認定の事実に本件口頭弁論にあらわれた一切の事情をも考慮すると、原告の被つた精神上の損害につき被告A、同B、同Cに対し賠償を求め得る範囲は金三〇〇、〇〇〇円をもつて相当とするものというべきで、原告は、右被告ら三名に対しその損害額を分割して請求するものであることはその主張自体に則して明らかなところであるから、右被告らは、原告に対し右金額を三等分した各金一〇〇、〇〇〇円をそれぞれ賠償する義務があるといわなければならない。
五、なお被告らは本件事件の発生については原告および原告親権者にも過失があつたと主張するが、証人角藤市、同田中一任の各証言、原告法定代理人Y本人尋問の結果によれば、大正中学校三年生は、事件のあつた日の前日の昭和三四年七月二八日から三日間、二色ヶ浜の臨海学校に行つたのであるが、それに参加しなかつた者は、原告のクラスでも原告を含め約半数あり、原告は乗物に弱いので参加しなかつたこと、学校側は生徒達の夏休み中、夜遊びはしないこと、夜は九時までに帰宅すること、外出するときは二人以上ですること等を各保護者に通知しており、そのため原告は事件当夜、同級生の中川節子と共に外出したものであり、映画観覧中、腹痛のため下痢を催し、用を足すため、祖父川北末吉方まで行く際も中川節子に同行してもらい、二回目の腹痛の時は中川節子が観覧中のため同行を断わられたので止むなく一人で会場を出て用便をすませ会場に引き返す途中で被告A、同B、同Cに遭遇して本件被害を被つたこと、原告が映画に行く等外出する時は、姉若しくは母親が同行していること、本件事件当夜、原告の帰宅が遅いので、姉和子が迎えに行つていることが認められる。原告が被告ら主張のように夜遊びをしていた事実を認めるに足る証拠はない。右事実から考えると、原告には不注意の責むべきものはなく、又原告の親権者が子女の監督、保護を怠つたと認めることはできないから、被告らの過失相殺の主張は理由がない。
六、以上の次第であるから、原告の被告A、同B、同Cに対する本訴請求は、前認定の各金一〇〇、〇〇〇円の支払をそれぞれ求める部分についてのみ正当として認容し、右被告らに対するその余の請求ならびに被告A1、同A2、同B1、同B2、同C1、同C2に対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡野幸之助 裁判官 大久保敏雄 鈴木清子)