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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)964号 判決 1967年4月04日

原告 株式会社柴田工務店

右代表者代表取締役 柴田昌治

右訴訟代理人弁護士 図師親徳

右同 蔦川毅

右図師親徳訴訟復代理人弁護士 亀田利郎

被告 長浜定繁

同 長浜和一

右両名訴訟代理人弁護士 松本茂三郎

主文

原告に対し、被告長浜定繁は金五四六、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年三月一二日以降、被告長浜和一は金三一〇、七三二円及びこれに対する同日以降それぞれ右各金員支払済に至るまで年六分の割合による金員を各支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は原告において被告長浜定繁に対し金一八万円、被告長浜和一に対し金一〇万円の担保を供することを条件としてそれぞれ仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は本案前に「被告定繁に対する本訴を却下する。」、本案につき「原告の請求を棄却する。」「訴訟費用は原告の負担とする。」との判決ならびに仮執行免脱の宣言を求めた。

第二、原告の請求の原因

一、原告は建築工事請負を業とする会社である。

二、原告は、昭和三〇年六月二〇日被告定繁の注文により、同被告との間に、その肩書住居地上に木造瓦葺二階建居宅延坪一九四、七一平方メートル(五八坪九合)の新築工事を代金三、〇四八、〇〇〇円の約定でなすこととの請負契約を締結した。次いで同月二五日右本工事の附帯工事として板塀、門、建具追加、電気器具設置、造園、井戸及びポンプ工事、通路等の工事を代金四六九、〇〇〇円と定めて契約した。

右工事の施行途中において、同被告の追加注文により、別紙明細表記載の工事を施行し、施主に対するサービスとしてなした工事代金を控除したその代金は合計金二七九、〇〇〇円となった。

原告は、昭和三〇年七月中頃右工事に着工し、同年一一月末頃右家屋の壁の上塗りを残して以上の工事を完成してこれを同被告に引渡し、さらに昭和三一年一〇月右壁の上塗りを施して以上の工事を全部終了した。

ところが同被告は原告に対し前記本工事、附帯工事及び追加工事の代金合計金三、七九六、〇〇〇円のうち、昭和三〇年八月一五日より昭和三一年五月一二日までの間、七回にわたり、合計金三二五万円を支払ったのみで残額金五四六、〇〇〇円を支払わない。

三、原告は、昭和三一年一月右被告の長男である被告和一の注文により、同被告との間に、大阪市天王寺区清水谷西之町二三〇番地上に木造瓦葺二階建居宅延坪一〇二、七四平方メートル(三一坪八勺)の新築工事を代金五三三、〇〇〇円の約定でなすこととの請負契約を締結した。右工事の施行途中において、同被告の追加注文により、壁工事の設計変更、格子の設置、消火栓の追加、防火用水の設置の追加工事を施行し、その代金は金三九、〇〇〇円となった。

原告は同月中頃右工事に着工し、同年五月末頃完成させこれを同被告に引渡した。

ところが同被告は原告に対し右本工事及び追加工事の代金合計金五七二、〇〇〇円のうち、同月三一日金一四〇、四八〇円、同年六月八日金一二〇、七九七円の合計金二六一、二七七円を支払ったのみで残額金三一〇、七二三円を支払わない。

四、よって原告は被告らに対しそれぞれその請負残代金の支払を求める。

第三、被告定繁の本案前の抗弁

原告主張の請負契約を記載した契約書第二九条一項には「この契約について紛争を生じたとき、当事者双方または一方から、相手方の承認する仲裁人を選んでこれに仲裁の依頼をするか、または建設審議会にその解決の斡旋を申請する。」と定めてある。したがって、原告は右仲裁契約にしたがって本件を仲裁に付することを要し、結局本訴提起は不適法であるから、その却下を求める。

第四、被告定繁の答弁ならびに抗弁

一、請求原因一項は認める。同二項のうち原告が被告定繁と原告主張の日その主張の家屋新築工事の請負契約を締結したこと(但し、請負の範囲及び代金額を争う。)、同被告が原告に対しその主張の日までにその主張の請負代金を支払ったことは認めるが、原告の主張する附帯工事及び追加工事の請負契約をしたこと(但し、追加工事のうち別紙明細表一記載の番号3の工事を注文したことは認める。)、原告が右新築工事を完成しこれを同被告に引渡したことは否認する。本件請負契約は昭和三〇年三月頃より同年六月頃にわたり、家相見ならびに設計家である訴外西沢鋭起の指図にしたがい、原告と同被告とが協議を続けて新築家屋の設計及びその施行細目を定めたうえ締結され、その請負の目的たる工事の範囲は原告主張の附帯工事及び追加工事を含めて右家屋に居住できるように一切の設備をし、なお工事進行中も原告及び同被告において相談のうえ西沢の指図を受ける契約であり、その代金は右一切の工事を含めて金三五〇万円と定められたものである。したがって同被告は原告とその主張するように本工事、附帯工事及び追加工事毎に別個の契約を締結したことはない。しかして、原告は未だ本件請負工事を完成しておらず、その未完成の箇所は次のとおりである。すなわち、(イ)本件家屋東側廊下に網戸(夏用建具)を入れる敷居の設備及びそのレールがない、(ロ)、浴室内周囲のタイル張りが下部の一部で上部に達していない、(ハ)、夏用建具が使用できるための切り込みがない、(ニ)、家屋外の下水の入会所及びその蓋がない、(ホ)、本家屋の布基礎と溝との間の犬走りの仕上げがない、(ヘ)、本件家屋東側庭の板塀に支柱がない。

二、原告の請求原因が理由ありとしても、その請負代金債権は工事完成時の昭和三〇年一一月より三年間を経過した昭和三三年一一月末日をもって消滅時効が完成し消滅している。

三、仮りに右の理由がないとしても、同被告は、昭和三七年一月一七日の口頭弁論期日において、原告に対し、以下に述べる(1)、(2)の合計金二、四〇九、一三七円の債権を自働債権として原告主張の請負残代金債権と対等額において相殺する旨の意思表示をした。

(1)、本件家屋には次のような瑕疵があり、同被告はこれを修補するために合計金二、二一七、一一二円の費用を要し、同額の損害を蒙ったので、昭和三七年一月一七日の口頭弁論期日において、右修補に代えて原告に対しその損害賠償を請求した。よって同被告は原告に対し同額の損害賠償債権を取得した。

1、原告の契約不履行による前記一項の(イ)ないし(ヘ)に述べた瑕疵があり、その修補に要する費用は(イ)の設備をするため金一〇万円、(ロ)を完成するため金五万円、(ハ)の設備をするため金七、九三〇円、(ニ)の設備をするため金一二、〇〇〇円、(ホ)の設備をするため金一五、〇〇〇円、(ヘ)の設置をするため金三三、七三五円を要するので、その合計は金二一八、六六五円となる。

2、原告の工事が不完全であったことにより次のとおりの瑕疵がある。

(イ)、本件家屋の一、二階のヨロイドが全部開閉できない。(ロ)、階下の便所の窓より雨が吹きこみ壁に浸み乾燥とともに地図を書き壁が脱落する。(ハ)、水洗便所と浄化槽との間の土管の途中で汚物がつまり、一ヶ月に七、八回汚物押出し作業をしなければならない。(ニ)、周囲の溝の水が流れない。これは設置について傾斜角度に誤差があるからである。また設計にある水路の一部がされていない。(ホ)、営業門の両柱の固定が不完全なため倒れ、かつ扉が重量にたえかねてその先端が垂れ下って閉鎖できない。以上の各箇所を補修するための費用として(イ)につき金一〇万円、(ロ)につき金五万円、(ハ)につき金一五万円、(ニ)につき金三万円、(ホ)につき金二八、〇〇〇円を各要するから、その合計は金三五八、〇〇〇円となる。

3、原告が故意に不良工事をなしたことにより次の如き瑕疵がある。

(イ)、本件家屋床下に設置すべき布基礎がなく、又小屋組に要するカスガイ止めが省略されている。このような家屋の重要な個所の手抜きをしているため、建築経過三年において家屋全体が西南に約五寸傾き、そのため建具の開閉が困難である。(ロ)、屋外浄化槽より大阪市の下水道本管に接続するためには、同市の許可が必要であるのに原告はその許可をえず無断で接続したため、同被告はこの訂正工事を訴外万建興業株式会社に依頼し、同会社はさらに同市の許可を得て完全な工事をした。(ハ)、本件家屋に設置する井戸は掘進一〇〇尺とする契約であるのに、七〇尺の掘進しかしていない。そのため井戸水がでず使用することができない。以上の不良工事のうち、(イ)の復旧補強するために要する費用は金一五〇万円、(ロ)の訂正工事をするため万建社に金六四、五五七円、(ハ)の完成工事に要する費用は金七五、八九〇円で、以上の合計は金一、六四〇、四四七円となる。

(2)、原告が自己の下請負人に下請代金を支払わないので、同被告が立替えて支払ったことにより、次の如き合計金二八〇、九七五円の立替金債権を取得した。

(イ)、原告が造園用植木代金を支払わないので同被告が原告に代って植木屋である訴外今里清忠に対し金八六、六二五円を支払った立替金債権

(ロ)、原告が建具代金を支払わないので同被告が建具屋である訴外林田及び高野に金九四、八五〇円を支払った立替金債権

(ハ)、原告が流し台の修理費を支払わないので、同被告が原告に代って金一〇、五〇〇円を支払った立替金債権

第五、被告和一の答弁ならびに抗弁

一、請求原因一項は認める。同三項のうち同被告が原告とその主張の請負契約を締結したこと(但し、契約の成立年月日建物の坪数及び代金額を争う。)、原告主張の追加工事のうちその主張の如き設計変更があったこと、同被告が原告に対しその主張の日時までにその主張の代金を支払ったことは認めるが、追加工事の注文及び原告が右家屋を完成のうえ同被告にこれを引渡したことは否認する。元来本件請負代金は金四五四、六八〇円であったが、同被告より金五三三、〇〇〇円に値上げし、予め設計変更のあることを予定してなされた契約である。さらに防火用水の排水は本件請負とは関係なく、原告において建築家屋に悪影響を及ぼすという理由で好意的に排水してくれたもので、当事者間に有償である旨の契約はなされていない。

二、仮りに原告の請求原因が理由ありとしても、その請負代金債権は工事完成時の昭和三一年五月末日から三年間を経過した昭和三四年五月末日をもって消滅時効が完成し消滅している。

三、仮りに右理由がないとしても、同被告は昭和三七年五月二一日被告定繁から同被告が原告に対して有する前段三項に述べた金二、四〇九、一三七円の債権のうち金三三万円を譲受け、同日原告にその旨を通知した。よって被告和一は、昭和三七年九月一四日の口頭弁論期日において、原告に対し、右債権を自働債権として本件請負残代金と対等額において相殺する旨の意思表示をした。

第六、被告定繁の本案前の抗弁に対する原告の答弁

一、原告が同被告主張の仲裁契約を締結したことを否認する。同被告主張の請負契約書(乙第一号証)は、同被告の要請により後日原告が作成したものであって、当事者間に同契約書に記載してある合意は成立していない。

二、仮りに右仲裁契約があるとしても、右抗弁は時機に遅れているのみならず、同被告が仲裁契約による紛争解決を自ら放棄して原告に対し裁判による事件の解決を求めたので、原告は本訴を提起したものであるから、いずれにしても同被告が仲裁契約の存在を主張するのは失当である。

第七、被告らの抗弁に対する原告の答弁ならびに再抗弁

一、1 被告定繁の相殺の抗弁に対し

(イ)、同被告の主張する工事未完成不完全工事、故意の不良工事による家屋の瑕疵があること、したがって同被告がこれによってその主張の如き損害を蒙ったことは否認する。同被告が工事未完成と主張する(イ)ないし(ヘ)の各個所はいずれも請負契約の目的となっていないのみならず、その不完全工事と主張する(イ)は同被告自身の指図によるもので、(ロ)は工事の不完全なことによるものではなく、(ハ)に土管傾斜の誤算はなく、(ニ)は契約の内容となっておらず、(ホ)は現在不完全であるとすれば後日他の原因で生じたものであるし、又故意の不良工事と主張する(イ)の個所は家屋の構造上全然基礎の必要のないところであり、したがってそのために家屋が傾したものではなく、(ハ)の井戸百尺掘進の約束はなかった。

(ロ)、同被告が原告に対しその主張の立替金債権を取得したことを否認する。同被告の主張する(イ)の植木代金は当事者間において金三万円と見積り契約したところ、同被告自ら植木屋に右金額を超過する植木を注文した。そこで原告と同被告と合意のうえ原告より右契約額の金三万円を出捐し、超過額を同被告が支払ったもので立替払ではなく、(ロ)の建具代金も同様であって夏建具一八、〇〇〇円と契約したところ、同被告自身が建具屋にこれを超過する上質の建具を直接注文しその超過額を支払ったものでこれ又立替払ではなく、(ハ)の事実は不知。

2 被告和一の相殺の抗弁に対し

同被告が被告定繁から譲受けたと主張する自働債権の存在を否認する。

二、被告らの時効の抗弁に対し

1  被告らの本件請負残代金債権の時効が完成したとの主張は争う。

被告両名に対する右各債権の時効の起算日は昭和三二年一二月末日頃である。

2  仮りにそうでないとしても、被告らは、昭和三二年一二月末頃、右各債務の承認をしているからいずれも時効は中断している。すなわち、本件各請負完成後、原告と被告らは、度々残代金の支払について交渉していたが、その交渉の過程で、被告らは原告に対し、各その残代金債務を認め、ただその金額を減額して欲しいと懇請していたにすぎない。右交渉の最後は前同日頃である。

第八、原告の再抗弁に対する被告らの答弁

原告に対し被告らが債務の承認をしたことを否認する。原告の主張する減額の交渉とは、被告らにおいて紛争の解決方に協力したにすぎず、債務の承認に当らない。

第九、証拠≪省略≫

理由

一、被告定繁に対する請求について

まず被告定繁の仲裁契約の存在の抗弁すなわち原告主張の家屋新築工事請負契約について紛争を生じたとき、当事者双方または一方から、相手方の承認する仲裁人を選んでこれに仲裁の依頼をする旨の仲裁契約があるとの主張について考えるに、原告がその主張の日同被告の注文により同被告と原告主張の家屋新築工事の請負契約を締結したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右請負契約は口頭によりなされただけで格別契約書は作成されていなかったところ、原告は、昭和三〇年八月頃、同被告の要請があったので、請負代金として架空の金額を記載した工事請負契約書と題する契約書を作成し、右契約書にいわゆる四会連合協定の工事請負契約約款(昭和二六年二月決定)を添付して同被告に交付したもので、右約款第二九条には同被告の主張するとおりの条項が存在するけれども、右契約書は同被告が建築認可に関する行政手続上官公署に提出する必要に迫られて作成せしめたものであったこと、ならびに同被告が原告から昭和三四年一二月一八日付の内容証明郵便により請負残代金の催告を受けるや、その回答としてむしろ自ら原告に対し訴訟による解決を望む旨の手紙を郵送していることが認められ右認定に反する証拠はなく、右認定の事実に徴するときは、右契約書引用の叙上約款はいずれも本件請負契約関係を実質的に規制すべき約款とすることにつき当事者間に合意が成立したものとは到底認めることができず、したがって右条項がいわゆる仲裁契約約款に該当するかどうかを論ずるまでもなく、右主張は理由がない。

そこで進んで本案について判断する。

原告が建築工事請負を業とする会社であることは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫に弁論の全趣旨を綜合すると、被告定繁は前記居宅を新築するに当り、昭和三〇年春頃から予め家相見である訴外西沢鋭起に依頼し、家の方位についての指図に副った家屋を建築することとし、かねてじっこんの間柄にあった原告に注文したところ、原告は同被告の意向を容れこれを尊重して西沢の指図をできうるかぎり取入れた家屋の設計をするため、さらに自らも直接同人と会い、家屋内部の間取り等についての指図を受けたうえ、前記家屋本体の概略の設計図を作成し、右設計図に基き金額三、〇四八、〇〇〇円の見積額を算出し、同年六月二〇日右見積書を同被告に呈示したうえ、同被告との間で右家屋の新築工事を代金三、〇四八、〇〇〇円でなすこととの請負契約を締結し、次いで同月二五日右本工事として原告の主張するとおりの各工事を代金四六九、〇〇〇円でなすこととの請負契約を締結したが、以上の各契約は右両当事者が親しい間柄にあったためなされた極めて概括的な契約であって、家屋内部諸設備の具体的細目に関する取り決めまで一々見積書に明示せず、したがって右細目については専門家である原告の裁量に従い右金額をもって採算のとれる範囲内において誠実に履行することをもって足りるとする内容のものであり、原告はまもなく工事に着工したところ、同被告は工事が進捗するにつれ、しばしば右の意味での本工事及び附帯工事のいずれにも含まれていない特別の追加工事をなすべきことを指示したので、原告はその都度これに応じ、別紙明細表に記載のとおり(但し施主に対するサービスとしてなした工事代金を除き)合計金二七九、〇〇〇円の各仕事を完成させ、結局以上の本工事、附帯工事のうち壁の上塗りを残し遅くとも昭和三〇年一一月末日頃これを完了し、なお同被告も同年一〇月頃既に右家屋に入居し終り、昭和三一年一〇月には右壁の上塗りを施し、予定の全工事を完了したが、その後当事者間に追加工事の範囲をめぐって紛争を生じ、右新築工事の完了届をしないままにしていたため、昭和三五年一一月八日、同被告において、右届出を大阪市建築課宛になしたことが認められ(る)。≪証拠判断省略≫

被告定繁は本件請負契約は代金三五〇万円で西沢の指図にしたがい居住しうるよう一切の設備をなすことをその内容としているものであるから、本件請負は未だ完成していない旨主張するけれども、右契約の内容は右認定のとおりであり、西沢の指図は、あくまでも易者の立場から家の方位、間取りについて知識を提供するにとどまり、具体的な諸設備の設置にまで及ぶものでなく、右主張のように原告の採算を全然無視する結果をもたらす非合理なものとはとうてい考えられないから、右主張は採用し得ない。

右によれば、被告定繁は原告に合計金三、七九六、〇〇〇円の請負代金を支払うべき義務があるところ、同被告が原告に対し右金員のうち原告主張の期間七回にわたり合計金三二五万円を支払ったことは当事者間に争いがない。

よって次に被告定繁の抗弁ならびに原告の再抗弁について判断する。

まず時効の抗弁ならびに時効中断の再抗弁について判断するに、本件請負代金債務が昭和三一年一〇月その支払時期が到来したことはさきに認定したところから明らかであるところ、原告が同被告に対し右請負残代金の支払を求める本訴を提起したのは同月から三年を経過した昭和三五年三月七日であることは本件記録によって認めることができる。

≪証拠省略≫によれば、原告と被告定繁との間に追加工事の範囲をめぐって見解の対立を生じ、同被告は前記のとおり工事完成後になっても残代金の支払を拒んだため、原告は昭和三二年一二月末日頃に至るまで経理担当の訴外浅野真澄を使者として同被告に対し残代金支払の交渉を続け、一方同被告は、未だ工事が未完成であることを理由に、長男である被告和一を代理人として、原告に対し、未完成と主張する部分の工事施行を督促していたところ、被告和一は、前同日頃浅野と残代金支払の最終的な話合いをした際、浅野に対し、被告定繁と後記被告和一の請負残代金とを合計した残代金の金額を約四五万円位に減額することを要求し、これによりその額の多寡は別として、原告に対する残代金債務の存在することはこれを承認し、被告定繁も被告和一と異なる意思を有していなかったことが認められ(る)。≪証拠判断省略≫

右によれば、本件請負残代金債務の時効は被告の債務承認により中断せられ未完成と認められる。

次に被告定繁は昭和三七年一月一七日の口頭弁論期日においてその主張の(1)、合計金二、二一七、一一二円の損害賠償債権、(2)、合計金一九二、〇二五円の立替金債権を自働債権として前記残代金五四六、〇〇〇円と対等額において相殺する旨の意思表示をしたと主張し、原告は右自働債権の存在を争うので、右自働債権の存否について検討する。

被告定繁主張の右(1)の損害賠償債権はいずれも原告の家屋新築工事の不完全履行に基因する新築家屋の瑕疵の修補に代る損害賠償請求権をその内容としているものと認められるが、請負人の担保責任は不完全履行の一般理論を排斥し、専ら民法六三四条の規定により定められるものと解され、しかも同法六三八条には「土地の工作物の請負人は其工作物又は地盤の瑕疵に付ては引渡の後五年間其担保の責に任す」と規定されており、右期間は除斥期間と解すべきところ、原告が本件請負工事を昭和三一年一〇月をもって全て完了し、既に同被告に対してこれを引渡していることは前記認定のとおりであり、同被告が同日より五年を経過した前記の口頭弁論期日に至ってはじめて原告に対し右損害賠償請求権を行使したことは本件記録により明らかであるから、同被告の原告に対する右損害賠償請求権は既に右除斥期間の経過により消滅しているものというべきである。

さらに、右(2)、の立替金債権についての主張に係る植木代金八六、六二五円、建具代金九、四八五〇円を被告定繁がその主張する各訴外人にそれぞれ支払ったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、同被告は昭和三二年一一月その主張の訴外人に対し流し台の修理費として金一〇、五〇〇円を支払っていることが認められるけれども、以上の金員支払が請負者である原告の計算に帰せしめられるべきものであることを認めるに足りる証拠はない。

よって右(1)、(2)の自働債権の存在することを前提としてなした前記相殺の意思表示はその効力を生じないものというべく、右抗弁は理由がない。

そうすると、被告定繁は原告に対し金五四六、〇〇〇円及び仕事完成の後であり本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三五年三月一二日以降完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二、被告和一に対する請求について

原告が建築工事請負を業とする会社であることは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫に弁論の全趣旨を綜合すると、原告は、昭和三一年一月被告和一の注文により、同被告と原告の主張するとおりの家屋(但し坪数は四一、八八平方メートル(一二、六七坪))の新築工事を代金五三三、〇〇〇円でなすこととの請負契約を締結し、その頃右工事に着工し、右工事の途中において、同被告の追加注文により、その都度原告の主張するとおりの各追加工事を施行し、その代金は合計金三九、〇〇〇円となったこと、同年夏頃以上の全工事を完成して同被告に右家屋を引渡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、同被告は原告に対し、以上の代金合計金五七二、〇〇〇円のうち、原告主張の各日、二回にわたり、合計金二六一、二七七円を支払ったことは当事者間に争いがない。

そこで被告和一の抗弁ならびに原告の再抗弁について判断する。

まず時効の抗弁ならびに時効中断の再抗弁について判断するに、原告が被告和一に対し右残代金の支払を求める本訴を提起したのは右家屋が完成した昭和三一年夏頃より三年を経過した昭和三五年三月七日であることは本件記録により明らかであるところ、同被告においても、昭和三二年一二月末日頃、原告に対し、自己の残代金債務を承認していることは前記一において認定したとおりである。

右によれば、本件請負残代金債権の時効は中断せられて未完成と認められる。

次に被告和一はその主張の日被告定繁から同被告が原告に対して有するものと主張する前記一、において述べた債権のうち金三三万円の債権を譲り受けその主張の日原告に対し右譲受債権を自働債権として前記代金と対等額において相殺する旨の意思表示をしたものと主張するけれども、被告定繁が原告に対し他に譲渡し得べき債権を有しないことは前記一に認定したとおりであるから、右相殺の意思表示も又その効力なきことは明らかである。

そうすると、被告和一は原告に対し金三一〇、七二三円及びこれに対する仕事完成の後であり本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三五年三月一二日以降完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

三、結び

よって原告の本訴請求はいずれも理由があるから正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項、を適用し(なお本件につき被告等のために右仮執行免脱宣言は付しないのを相当と認めて)て主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日野達蔵 裁判官 井野口勤 平井重信)

<以下省略>

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