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大阪地方裁判所 昭和35年(行)36号 判決 1962年3月27日

原告 孫 斗八

被告 大阪拘置所長 外一名

訴訟代理人 藤井俊彦 外二名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告大阪拘置所長の原告に対する、神戸地方裁判所が昭和二六年一二月一九日原告に対し言渡し、昭和三〇年一二月二七日確定した「被告人(原告)を死刑に処する。」との判決の執行につき、現行死刑執行制度にしたがつて執行する死刑執行言渡処分を取消す。

二、前項の処分は無効であることを確認する。

三、被告大阪拘置所長は、第一項記載の判決の執行につき、現行死刑執行制度にしたがつて死刑執行を行つてはならない義務があることを確認する。

四、被告国は、右判決の執行につき、現行死刑執行制度にしたがつて執行する死刑執行権のないことを確認する。

五、原告は、被告国から右判決の執行につき、現行死刑執行制度にしたがつて死刑執行を受ける義務のないことを確認する。

六、訴訟費用は被告らの負担とする。

第二、原告の請求原因(中略)

第三、被告らの答弁

一、本案前の答弁

(1)  本訴中、死刑執行言渡の取消及び無効確認を求める訴(請求の趣旨第一項及び第二項)は訴の対象を欠く不適法な訴である。

原告は、被告大阪拘置所長の原告に対する、神戸地方裁判所が昭和二六年一二月一九日原告に対し言渡し、昭和三〇年一二月二七日確定した「被告人(原告)を死刑に処する。」との刑事判決の執行につき、現行死刑執行制度にしたがつて執行する死刑執行言渡処分の取消及び同言渡処分の無効確認を求めているが、死刑の執行は法務大臣の命令により検察官が死刑執行指揮書を発して監獄の長が行うのであるところ、被告大阪拘置所長は法務大臣の死刑執行命令にもとづく検察官の死刑執行指揮を受けていないのであるから、みぎ訴は訴訟の対象を欠く不適法な訴として却下せらるべきである。

(2)  本訴中、被告大阪拘置所長及び被告国に対する公法上の義務確認を求める訴(請求の趣旨第三項乃至第五項)も不適法な訴である。

原告は、被告大阪拘置所長に対し現行死刑執行制度に従う死刑執行を行つてはならない旨の義務確認を求め、あるいは国に対し右執行制度に従う死刑執行権の存在しないことの確認または、原告が右執行制度に従う死刑執行を受ける義務が存在しないことの確認を求めているが、このような公法上の義務確認訴訟は一般に許されないものである。

すなわち、行政権の発動に関係のある法律関係の確認を目的とする訴訟、特に行政庁に対し行政行為を禁止することを目的とする訴訟は、その判決が行政庁を当然拘束し、行政庁はこれに従つて行為をせざるを得ないから、行政庁に対し不行為を命ずるのと同様の結果を招来し、行政権の地位を侵害することになるので、三権分立の建前からいつて許されないものと考える。

換言すれば、司法は本来何が法であるかの判断をなし、法の運用を保障する作用であるから、裁判所は行政機関のなした判断及び行為の適法性を審査する権限はこれを有するが、自ら行政庁に代つて行政処分をしたり、行政権を監督するような権限は有しないのである。

したがつて、本訴中のみぎの公法上の義務確認を求める訴は司法権に属さない事項について判決を求める不適法な訴として却下せらるべきものである。

(3)  また、本訴は、現行の死刑執行方法の違法であることを主張して、その執行を受ける義務のないことの確認を求めるものであるが、本件訴は次に述べるとおりの理由によつても不適法である。

すなわち、一般に刑の執行方法を争うものは刑罰権実現の手続たる刑事訴訟手続によつてその救済を求めるべきであつて、行政事件訴訟として民事訴訟手続によりその救済を求めることはできない。

死刑執行方法を争う場合もこれと異るところはない。

すなわち、死刑の執行は法務大臣の命令により検察官が死刑執行指揮書を発して監獄の長が行うのであり(刑訴法四七二条、四七三条)、死刑の執行方法の違法を主張する者は監獄の長から死刑を執行する旨の告知を受けたときは、検察官のみぎ執行指揮処分につき、裁判を言渡した裁判所に異議の申立をすることができるのである(刑訴法五〇二条)。

もつとも、死刑の執行は異議の理由如何によつては異議についての裁判があるまで検察官または法務大臣の裁量により事実上停止の手続がとられることがありうるにとどまり、行政事件訴訟の場合に比し執行の停止される確実性において差異があるが、このことはもつぱら刑事訴訟の建前(権利保障の重点が刑の確定手続にあり、その執行はこれを指揮する検察官が公益の代表者であるところから、異議の内容に照し執行を停止するか否かをその判断に委ねた)によるのであるから、このことのゆえに刑事裁判の執行のうち特に死刑の執行方法に関する争についてのみ行政事件訴訟特例法の適用を認め、民事訴訟手続による救済を許すべき理由とはなし得ない。

したがつて、本件訴は不適法であつて却下を免れない。

二、本案の答弁(中略)

理由

先ず、本件訴の適否につき判断する。

一、請求の趣旨第一項及び第二項について

原告は、被告大阪拘置所長の原告に対する、神戸地方裁判所が昭和二六年一月一九日原告に対して言渡し、昭和三〇年一二月二七日確定した「被告人(原告)を死刑に処する」との刑事判決の執行につき、現行死刑執行制度にしたがつて執行する死刑執行言渡処分の取消及び同言渡処分の無効確認を求めているのであるが、被告大阪拘置所長の右の如き言渡処分が既になされたことは原告の主張しないところであり、却つて該処分が未だなされていないことは原告の請求原因自体から明らかなところである。してみれば右言渡処分が行政事件訴訟特例法にいわゆる行政処分であるかどうか、及び仮りに右言渡処分が行政処分であるとしても、前記各訴が訴訟適格を有するかどうかについて判断するまでもなく該処分の存在を前提とする原告の右訴は、訴訟の対象を欠くものであつて不適法であるから却下を免れないところのものである。

二、請求の趣旨第三項ないし第五項について

(一)  原告は、被告大阪拘置所長に対し現行死刑執行制度(方法)に従う死刑執行を行つてはならない旨の義務確認を求め、また被告国に対し右執行制度(方法)に従う死刑執行権の存在しないことの確認、さらに原告が右執行制度(方法)に従う死刑執行を受ける義務が存在しないことの確認をそれぞれ求めているのである。

右の請求は、国の刑罰執行権に関する権利又は義務の存否の確認を求めるものであつて、いわゆる公法上の義務確認訴訟の範ちゆうに属するものであることは疑いのないところである。公法上の義務確認訴訟の如きものが、わが現行行政事件訴訟において許されるものであるか否かについては見解が分かれており、被告らの本案前の答弁(2) において主張する如く、およそ公法上の義務確認訴訟なるものは一般に許されないものである、との見解が存在し、他方東京地方裁判所昭和三五年九月二八日判決の如く、死刑の執行を受ける義務のないことの確認を求める訴の適格を認める見解も存在するのである。

公法上の義務確認訴訟が許されるか否かの問題、特に死刑の執行に関し右の如き訴訟が許されるか否かの問題は、行政事件訴訟特例法、刑訴法及びわが国の訴訟構造全体との関連において決すべき重大な問題であつて、容易に論断することのできないところのものである。そこで当裁判所は、ことが死刑執行という人権に関する重大な問題に関するものである点をも考慮し、本件訴の適否については判例その他を参考にしながら慎重に検討を重ねるとともに、仮りに前掲東京地方裁判所の判決のように積極説の結論に達した場合をも考慮に容れて本案の審理をも進めて来たのであるが、弁論終結後言渡された昭和三六年一二月五日最高裁判所第三小法廷判決をも些細に検討して参考となし、本訴の適否並びに本案について十分な審議を尽した結果以下に述べるところの結論に到達したものである。

(二)  公法上の義務確認訴訟の適否について

当裁判所は、被告らの本案前の答弁において主張する如き、一般に公法上の義務確認訴訟は許されない、との見解に賛しない。他に訴訟上救済方法がなく、国民の権利の救済上真にこの訴訟によるほかないものについてはこれを認めることが許されるものと解する。しかしながら、訴訟上他に救済方法の存在するものについては、これによるべきであつて、これの外に右の如き訴訟を認めなければならない合理的根拠は存在しないものと考える。

(三)  そこで原告が本件において請求する現行死刑執行制度(方法)に従う死刑執行に関する義務確認訴訟の如きものが、訴訟上他に救済方法の存在しないものに該当するか否かについて検討することとする。

ところで、原告の「現行死刑執行制度(方法)に従う死刑執行」なる言葉がいかなる意味を有するものであるかは、必ずしも明らかでないが、これを原告の請求原因との関連において理解するときは、次の三つの意味において使用されているものと解せられる。すなわち、原告が現行死刑執行制度(方法)に従う死刑執行と言う場合の「現行死刑執行制度(方法)」とは、

(1)  現在死刑執行を担当する国の機関が法令に基いて採用しているところの死刑の具体的な執行方法そのもの、すなわち原告が地下垂下式絞首方法と主張するところの死刑執行方法により死刑を執行する制度(請求原因第三項及び第四項)

(2)  死刑執行の直前に行われる宗教行事をも含めて死刑囚に対し死刑執行前拘禁中に強制的に宗教々誨を行つて死刑囚に去勢教育を施す教誨制度を経て死刑を執行する制度(請求原因第七項)

(3)  応報刑の立場から死刑を是認して死刑を執行する制度(請求原因第五項)、処断刑または宣告刑に死刑を含む刑法の規定によつて裁判をし、また原告は刑事々件において十分な弁護をしてもらえなかつたのであるが、その救済措置が講じられておらないのに死刑を執行する制度(請求原因第六項)、事前において死刑の執行に関する異議を認めないで死刑を執行する制度(請求原因第八項)、恩赦却下の通知を死刑執行の言渡とほとんど同時にして、恩赦却下の行政処分の違法を争うことをできなくしておいて死刑を執行する制度(請求原因第九項)等の意味である。

(四)  そこでまず第一の意味における「現行死刑執行制度(方法)による死刑執行」について検討する。

右の意味における死刑執行とは、現在わが死刑執行機関が採用している死刑執行方法すなわち地下垂下式絞首方法による死刑執行の意であるが、右の意味の死刑執行に関し他に訴訟上救済方法が存在しないであろうか。答は否である。なぜなら、およそ判決において言渡される死刑という観念は、ただに生命を剥奪するという結果のみをその内容とするにとどまらず、さらにそれはその結果を目的として開始され、その目的に至るまでの目的遂行の過程を含むものと解せられるからである。換言すれば、死刑は、生命剥奪を目的として遂行される死刑執行の過程をも包含する観念である。その目的遂行の過程は、その執行方法によつて定まるものであるから、死刑の観念の中にはその執行方法もまた包含されるものである。死刑は、人間の生命を剥奪する点において他の刑罰と決定的な差異があるものであるが、また等しく死刑であつても、その執行方法の異なるにより刑罰としての意義に重大な差異を生ずるものである。このことは、等しく死刑であつても、それが磔又は火あぶりという執行方法によるのと絞首又はガス殺という執行方法によるのとでは人類の文化にとつて極めて重大な差異があることを想起するならば容易に肯首しうるところであろう。それゆえ、死刑の執行方法は、死刑を言渡す判決の到底等閑に付することのできないところのものであつて、死刑を言渡す判決は、その内容として死刑執行方法をも包含しているものと解するのが相当である。右の事理をわが現行法に則して言えば、裁判所が判決により言渡す死刑は、刑法、刑訴法、監獄法その他の法令により現に死刑執行を担当する国の機関が採用している執行方法により執行されるところの死刑の意味である。

既に、判決において言渡された死刑にしてその執行方法を包含するものである以上、法令に基いて執行機関が採用している現行の死刑の執行方法を違法として争うには、死刑そのものを、すなわち死刑を言渡す判決そのものを違法として争うべきものであることは理論上当然のことである。従つて、法令に基いて執行機関が採用している現行の死刑執行方法を違法として争うには、死刑を言渡す判決に対する刑訴法所定の方法によるべきものであり、またこの方法が許されるものと解する。従つて、死刑執行方法について規定した前記諸法令が既に廃止され、或は無効であるにも拘らず、これにもとずき死刑の執行が行われているとか、右法令が有効である場合に、現在の死刑執行方法が、右法令に規定するところと異つているとかの争もまた同様である。

してみれば、右のような現行の死刑執行方法に従う死刑の執行が違法であるとの主張は、訴訟上他に不服申立の方法が存在するものであるから、これの外に公法上の義務確認訴訟の如き行政事件訴訟を認める必要がないものである。それのみでなく、右の如き訴訟を許すときは刑事判決を行政事件訴訟をもつて実質的に変更する途を開くことになり、その不当であることは多言を要しないところである。

死刑の執行方法が違法であるとの主張を刑事判決に対する刑訴法所定の方法によることができるとの理論は、つどに最高裁判所の採用して来たところである(例えば、昭和二三年六月三〇日、同三〇年四月六日、同三六年七月一九日各判決)。しかして昭和三六年一二月五日の同裁判所第三小法廷判決は、死刑の執行方法を違法として争うのであれば、刑事判決につき刑訴法所定の方法によつてすべきであり、その外に行政事件訴訟をもつてこれを争うことを許さない旨を明示するに至つたのである。

これを要するに、原告の第一の意味における請求は、訴の適格を欠くものであつて、不適法として却下さるべきものである。

しかして刑訴法五〇二条には、裁判の執行に関し検察官のした処分を不当とするときは異議を申立てることができる旨の規定があるのであるから、死刑の執行に関しても、検察官があえて刑事判決の内容をなす現行の死刑執行方法と異なる執行方法をもつて死刑を執行すべきを命ずるような場合には異議を申立てることができ、かかる異議申立がなされた場合においては、死刑の重大性と現状回復の不可能性とに鑑み、刑の執行上最大限に尊重さるべきものであることは言うまでもないところであるが、検察官は公務員として通常適法な執行指揮をするであろうことが期待されるから、事前において異議申立を認める必要はない(最高裁昭和三六年八月二八日判決)。

(五)  次に第二の意味における「現行死刑執行制度(方法)に従う死刑執行」につき検討する。

右は、前記のとおり、死刑執行の直前に行われる宗教行事をも含めて死刑囚に対し死刑執行前拘禁中に違法に宗教々誨が強制的に行われるから死刑執行が許されないとの主張に帰するものであるが、右宗教行事及び宗教々誨は死刑執行そのものとは区別される別個の死刑囚に対する処遇の問題であるから、もし原告がかかる処遇を違法と主張するのであれば、その処遇自体に対する救済を求めれば足りるのであつて、かかる理由をもつて死刑執行そのものを争い、本件の如き義務確認を訴求することは、訴自体理由のないものであつて、訴の適格を欠き却下を免れないものである。

(六)  終りに、第三の意味における「現行死刑執行制度(方法)に従う死刑執行」について検討する。

右は、前記のとおり、死刑を是認し、処断刑または宣告刑に死刑を含む規定により裁判をし、原告が刑事事件において十分な弁護をしてもらえなかつたとか、事前において死刑の執行に関する異議を認めないとか、恩赦却下の行政処分の違法を争うことができないこととかが違法であるから死刑執行も許されない、との主張に帰するものであるが、刑事判決又は刑事訴訟手続を違法として主張するものについては、刑訴法所定の方法によつてすべきものであり、事前に死刑執行に関する異議を認めないからといつて、死刑の執行に関する異議を認めないことになるものではなく、死刑の執行に関しても異議申立の許されることは、前記のとおり、刑訴法五〇二条の明定するところであるから、原告は異つた前提に立つて死刑執行を非難しようとするものであり、また恩赦却下に対する救済を求めることができないことが直ちに死刑執行の適否に影響を及ぼすものでないことが明らかであつて、いずれもこれらの理由をもつて死刑執行そのものを争い、本件の如き訴訟を提起することは、訴自体理由のないものであつて、訴の適格を欠き却下を免れないものである。

三、以上説示してきたとおり、本件訴はいずれも不適法であつて許されないものであるから却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江菊之助 中平健吉 中川敏男)

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