大阪地方裁判所 昭和36年(わ)1154号 判決
右富士観光株式会社、韓禄春、清嶋稔に対する法人税法違反、柴原龍夫に対する封印破棄各被告事件について、当裁判所は検察官辻本俊彦出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。
主文
被告富士観光株式会社を
判示第一の一の事実につき罰金百万円に、
判示第一の二の事実につき罰金千万円に、
被告人韓禄春を懲役一年及び
判示第一の一の事実につき罰金百万円に、
判示第一の二の事実につき罰金五百万円に、
被告人清嶋稔を懲役八月に、
被告人柴原龍夫を懲役六月に、
それぞれ処する。
被告人韓禄春・同清嶋稔・同柴原龍夫に対し、いずれもこの裁判確定の日から三年間右各懲役刑の執行を猶予する。
被告人韓禄春において右各罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人韓禄春・同清嶋稔の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
第一、被告富士観光株式会社は大阪市南区宗右衛門町二〇番地に本店を置きキヤバレー・ダンスホール等の接客業を営むもの、被告人韓禄春は被告会社の代表取締役で同会社の業務全般を指揮統括しているもの、被告人清嶋稔は被告会社の監査役兼経理部長で同会社の経理事務処理を担当しているものであるが、被告人韓および被告人清嶋は共謀のうえ、被告会社の業務に関し法人税を免れることを企て、
一、被告会社の昭和三三年五月一三日から同三四年二月二八日までの事業年度における課税標準である所得金額は五四一万九、四四五円で、これに対する法人税額は一九七万六、〇四〇円であるにかかわらず、公表経理からビールの仕入を除外し、かつ売上金の一部を除外する等不正経理によつて所得の一部を秘匿したうえ、昭和三四年四月三〇日大阪市南区高津七番町二五番地所在南税務署において、同税務署長に対し、被告会社の右事業年度における課税標準である所得金額は一九四万四一五六円、これに対する法人税額は六五万五四二〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて不正の行為により正当法人税額と申告法人税との差額である法人税一三二万〇、六二〇円を免れ、
二、被告会社の昭和三四年三月一日から同三五年二月二九日までの事業年度における課税標準である所得金額は三七〇六万二、四二四円で、これに対する法人税額は一三九八万三、七一〇円であるにかかわらず、前同様の不正経理によつて所得の一部を秘匿したうえ、昭和三五年四月三〇日前記南税務署において、同署長に対し、被告会社の右事業年度における課税標準である所得金額は四九二万一八四八円、これに対する法人税額は一七七万〇二八〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて不正の行為により正当法人税額と申告法人税額との差額である法人税一二二一万三、四三〇円を免れ、
第二、被告人柴原龍夫は被告会社の会社員で同会社の経理事務の手伝等をしていたものであるが、昭和三五年七月五日前記会社社長室において、大阪国税局収税官吏赤松英彦が同会社に対する本件法人税逋脱事件調査のため捜索差押許可状により同室内にあつた鉄製ロツカーおよび金庫各一個を差押え、これに封印をほどこしたところ、同日頃同所においてほしいままにこれをはぎ取り、もつて差押の表示を損壊したものである。
(証拠の標目)
判示第一の事実全部について
一、富士観光株式会社の会社登記簿謄本
一、確認書ならびに富士観光株式会社定款
一、証明書ならびに昭和三二年度法人税申告書謄本
一、証明書ならびに昭和三四年度法人税申告書謄本
一、大蔵事務官の韓禄春、清嶋稔に対する各質問てん末書
一、被告人韓禄春、同清嶋稔の検察官に対する各供述調書
一、第一二回、二一回、二四回、二六回、二九回各公判調書中被告人清嶋稔の供述部分
一、第一三回公判調書中証人赤松英彦の供述部分
一、証人赤松英彦の昭和四〇年二月一二日、同年四月一四日の公判廷における各供述
一、弁護人作成の昭和三五年三月一日以降のビール使用状況並に売上計算表(第三表、ただし、ビール売上の基準となるべき資料)
判示第一の一の事実について
一、大新商店小川弘毅作成の確認書
一、小川弘毅、山崎光造、朴順非の検察官に対する各供述調書
一、第一四回公判調書中藤井季雄の供述部分
一、押収してある
昭和三三年元帳(証一号)
大新商店納品書、領収書類等綴(証二号)
メモ書三五枚(証三号)
メモ書三二枚(証四号)
昭和三二年補助簿(証五号)
仕入明細帳(証六号)
判示第一の二の事実について
一、幸田精商店の証明書
一、加藤一男(三通)、川野豪(二通)の検察官に対する各供述調書
一、阪神麦酒販売株式会社の確認書
一、福山梅夫、山口武、淀川龍太郎、光延勲、中谷守一、中辻勝、榎本良夫、中西豊、伊藤旭、山本一郎、野瀬八重子、森田志郎、の検察官に対する各供述調書
一、押収してある
総勘定元帳(証七号)
商品出庫書類二六枚(証八号)
ビール受払帳一冊(証九号)
売上日計表(昭和三四年九月分、証一〇号)
売上日計表(昭和三四年七月分、証一一号)
昭和三四年度買掛帳(証一二号)
送作業日報一二冊(証一三号)
転日誌八冊(証一四号)
綴一冊(証一五号)
二綴二四枚(証一六号)
帳一冊(証一七号)
売上及び在庫調カード一綴(証一八号)
補助簿一冊(証一九号)
判示第二の事実について
一、赤松英彦作成の昭和三五年七月六日付てん末書
一、検事斉藤正雄作成の実況見分調書(添付の図面および写真を含む)
一、大蔵事務官の清嶋稔に対する昭和三五年七月六日付質問てん末書
一、鄭相鎔の検察官に付する供述調書
一、被告人柴原龍夫の司法警察員および検察官に対する各供述調書
を総合して認める。
なお犯則所得の認定に関し問題となる点について説明する。
第一、昭和三三年度における簿外売上高について。
一、検察官の主張。
検察官の主張する昭和三三年度における簿外売上高は次のとおりである。
(一) 三、〇七二、〇〇〇円。
昭和三三年七月三〇日から同年八月二五日までの間にわたり、大新商店から仕入れたビール七六八〇本の売上高で、その算出方法は、右簿外仕入ビールの売上は、その当時の本勘定におけるA券・B券・追加ビール、ダンスホール売ビール等の売上割合と同じ比率で売られたものとして、当時のビール一本当りの平均売上単価四〇〇円を乗じた金額。
(二)三、四〇二、一二円。
社長韓禄春宅で押収されたメモ書八枚に記録されている実際の売上高、すなわち、昭和三三年一一月三〇日、同年一二月三日、四日、七日、八日、一七日、二一日、二三日の八日間の売上高合計六、四八七、九五五円から本勘定に計上した合計三、〇八五、八三五円を差引いた金額。
右(一)および(二)の売上高合計六、四七四、一二〇円。
二、弁護人の主張。
これに対し、弁護人は、前記(一)の大新商店から簿外仕入をしたビールは同年度において販売され、それによる所得が前記(二)の所得になつて現われたもので、結局右の(一)はビールの仕入面であり、(二)はその販売面であり、従つて検察官の主張は所得が二重に計算されていることになり不当である。
また、前記(二)の簿外売上高三、四〇二、一二〇円については認めるが、そのうちビールを伴う売上の除外分が一、八六九、五七〇円で、それ以外はビールに関係のないダンスホール入場料およびダンサーのチケツト売上の除外分であると主張する。
三、当裁判所の判断
(一) 先ず、弁護人主張のように、所得が二重に計算されているかどうかについて検討する。
(1) 韓禄春の検察官に対する昭和三六年二月二八日付供述調書、第一三回公判調書中証人赤松英彦の供述部分、第一四回公判調書中証人藤井季雄の供述部分、押収してある仕入明細帳(証六号)、ビール受払帳(証第九号)を総合すると、被告会社はかねて幸田精商店を通じ播野商店からビールを仕入れていたところ、昭和三三年七月頃右仕入先商店との間に感情問題から一時ビールの仕入をとめるような事態が起るかも判らぬと考え、しかも当時非常にビール不足の折柄であつたので、たまたま新規開業の大新商店から同年七月三〇日から八月二五日までの間六回にわたりビール合計七六八〇本を仕入れるに至つたものである。
被告会社の仕入明細帳やビール受払帳によると、三三年六月、七月頃はほとんど毎日ビールの仕入および受払がなされているのに、三三年八月頃以降はビールの受払や仕入が時々途切れているのが見受けられるが、毎日営業している関係上、当時大新商店からの簿外仕入ビールがその頃営業に使用されたものと思われ、特別の事情がない限り、仕入後余り長くない期間内に全部営業に使用され、その頃売上除外されたものと認めて妨げないと思われる。
被告会社における一日のビール使用量は千本位であるから、大新商店から簿外仕入のビールはせいぜい一週間分位の数量に過ぎないのである。
従つて弁護人主張のように、七、八月頃仕入れたビールが四カ月も後に売上除外されたものとは、たやすく信用できない。
(2) ところで弁護人の右主張は、前記押収のメモに記載されている八日間の売上分だけが除外されているものでそれ以外の日には全然売上除外した事実がないことを前提とするものといわざるを得ないが、この点に関し、被告人清嶋稔の検察官に対する昭和三六年三月二七日付供述調書(第三項)には、
「三四年一月当時、三三年五月以降作成されたモツト券、追加券はそのまま事務所の石炭箱に放りこんであつた。そこで私は社長と相談し、社長から各月の売上は幾らにしておくように指示を受け、その指示された金額に合うだけのセツト券、追加券をそろえ、社長から云われた三三年五月ないし三四年一月までの毎月分の売上金に見合うセツト券追加券以外の原始記録(つまりセツト券、追加券)を捨てた。私がこのように原始記録を捨てた状態から考えると、三三年度における一カ月平均の売上除外は約五〇万円位であつた。」
旨の供述記載があり、この供述内容は、この点に関する同被告人の第二二回および二四回公判調書中における供述内容(多少虚飾があるものの、外形的行為については大体同趣旨の供述をしている)と対比し、相当信用性があるものと認められる。
また、大蔵事務官の韓禄春に対する昭和三五年七月一四日付、同月一五日付質問てん末書には、
「会社設立の三三年五月から三四年二月末までの間に大体五百万円位抜いた。売上は日によつて多いことも少いこともあるので、毎日売上を抜くというのでなく、大体月平均百万円位抜いたつもりであつた。」とか、
「三三年一二月七日、八日は売上を特別に多く抜いてあるが、それは記念日であつたので、売上も特別多かつたので、多く抜いたが、普通の日はそんなに多くは抜けません。」
などと供述しており、右供述内容は大綱において信用できるものと思われる。
従つて被告人らが売上除外をしたのは、決して前記の三三年一一月三〇日から一二月二三日までのうちの八日間に限るものでなく、そのほかにも相当多額の売上除外をしていたもので、ただ前記八日分については、たまたま本勘定の記載と異るメモが証拠物件として当局に押収されたに過ぎないものと認めるのが相当である。
(3) なお、弁護人は、前記メモは開店一周年記念サービス期間(昭和三三年一一月二五日から二週間)に宣伝のため団体客にセツト券なしのビールを販売したため、追加ビールの販売が特に多く、従つてその資料にするためメモを書いておく必要があるので、特にその日だけのメモを作成して韓禄春の自宅に持ち帰つたものであると主張する。
しかし、韓禄春方から押収されたメモ(証第四号)をみると、三三年一一月二五日から同年一二月二三日までのメモ合計三二枚が存在し、そのうち売上を記載してあるのが本件で問題になつている一一月三〇日、一二月三日、四日、七日、八日、一七日、二一日、二三日の各日付のある八枚だけである。しかも一二月一七日以後は前記サービス期間経過後になる。そして一一月三〇日を除く爾余の七日は支出のメモもあり、一一月三〇日は売上のメモだけあつて支出のメモがなく、前記八日以外の日の分は、支出のメモだけあつて売上のメモがなかつたり、売上メモも支出メモも両方なかつたり、不規則的にばらばらになつているのである。このような形態からみて、作成後一年数カ月も経過した三五年七月頃捜索された関係上、その間に紛失したりした分もあり、たまたま残つていた一部のメモが押収されるに至つたものと思われる。
従つて弁護人主張のようにサービス期間中のため特にその時だけのメモを作つたとか、しかもその時だけ売上除外をしたものであるとは、たやすく信用できない。
(4) なお、前記(二)の売上が(一)の大新商店から仕入れたビールの売上とは別個のものとすれば、当然右(二)の売上のビールはどこから簿外仕入したことになるが、その仕入先については、被告人らの方でこれを秘匿しているため、これを明らかにすることができないに過ぎない。
以上の諸観点から、検察官の主張を目して、所得が二重に計算されているという弁護人の主張は採用できない。
(二) 次に、前記簿外売上高三、四〇二、一二〇円のうち、弁護人主張のように、ビールを伴う売上分とビールに関係のない売上分があるかについて考えるに、押収のメモ八枚(証第四号)の記載、大蔵事務官の韓禄春に対する三五年七月一四日付質問てん末書、韓禄春の検察官に対する三五年七月一九日付供述調書(第七項)によれば、前記メモに記載されている売上金のうち、「入口」とある分はダンスホールの入場券の売上、「C」とある分はダンサーのチケツト売上を意味し、以上の二つはビールに関係のない売上であり、(なおチケツト売上の七割はダンサーの収入になり、三割が会社の収入になる。)、「中」とある分はダンスホール内のビールの売上で、氏名を書いてある分はレジスターの名前でキヤバレーにおける売上を意味し、以上の二つはビールを伴う売上であることが認められる。従つて右メモに記載されている各売上高と本勘定に計上の各売上高との差額を算出すれば、弁護人主張のとおり、ビールを伴う売上の除外分が一、八六九、五七〇円で、ビールを伴わない売上の除外分が一、五三二、五五〇円(このうちダンスホール入場料分一、一八四、一〇〇円、チケツト分三四八、四五〇円)となる。
第二、売上除外方法およびビール一本当りの売上単価等について。
一、検察官の主張。
先ず検察官は、昭和三三年度および三四年度において、簿外仕入にかかるビールについては、いずれも本勘定におけるA券、B券、追加ビール、ダンスホール売ビール等の売上割合と同じ比率で売られたものと推定し、従つて右簿外売上のビール一本当りの平均売上単価も本勘定における一本当りの平均売上単価(本勘定のビールを併う売上高合計をビールの使用本数で除した金額)と同じであるとし、
三三年六月から同年一一月末までの期間 四〇〇円
三三年一二月の期間 四二九円
三四年三月から同年八月までの期間 五二二円
三四年九月から三五年二月までの期間 五四六円
であると主張する。
二、弁護人らの主張
弁護人らは、三四年度における簿外仕入にかかるビール一四万本余については、検察官主張のように本勘定におけるA券、B券、追加ビール、ダンスホール売ビール等の売上割合と同じ比率で売られたものでなく、次のように使用されたものである。
追加ビール 九六、四二〇本
ダンスホール売ビール 三九、〇〇〇本
A券 八〇〇本 (但し三五年一月中)
または九〇〇本
B券 七〇〇本(右同)
催物用(無償) 五、六四〇本
従つてこれに基いてビール一本当りの平均売上単価を算定すれば二二六円になると主張する。
三、売上除外方法に関する当裁判所の判断。
(一) 被告人清嶋が被告人韓禄春の指示により相当多額の売上を除外し、その際売上除外した原始記録等を破棄しており、A券、B券、追加ビール、ダンスホール売ビール等をどの位売上除外したかを記録してあるいわゆる裏帳簿等が現存しておらず、被告人らの前記主張も何等正確な証拠に基くものでない。(この点については後に詳記する。)
従つて特段の事情がない限り、検察官主張のように、本勘定におけるA券、B券、追加券、ダンスホール売ビール等の売上割合と同じ比率で売られたものと推定することは、常識的な考え方として一応合理性があるものといえる。
(二) しかし、本勘定におけるA券、B券、追加ビール、ダンスホール売ビール等の売上割合が実際の売上比率をあらわしていないというような明らかな事情がでてくると、前記検察官主張の算出方法はそのまま採用するわけにはいかなくなる。
ところで、本件売上除外の方法について、被告人清嶋稔の検察官に対する昭和三六年三月二七日付供述調書(二通)によると、
「三三年度における一カ月平均の売上除外は約五〇万円位であつた。
追加券は酒場の方で二四枚ずつを単位にし、クリツプでとめてあるので、二四枚一組でビール一ケースになり、ビールの受払の計算がしやすいので、優先的に追加券から捨てていき、足りない分をセツト券で捨てていました。このようにして先ずセツト券から売上伝票を作成し、それによつて売上日計表を作成した」旨供述し、(以下前綴りの調書第三項)
さらに、三四年度分についても、同様、
「追加券の方が二四本ずつになるようにクリツプでとめてあるので、除外しやすいので、優先的に追加券を先ず、除外の方に廻わし、次にセツト券を廻わしていた」旨重ねて供述している。(後綴りの調書第四項)
要するに、三三年度も三四年度も、A券、B券、追加券等の各種別合計について一様に売上除外したものでなく、追加ビールを優先的に除外した旨弁解しているのである。
そこで、試みに、三三年度および三四年度の本勘定におけるA券、B券、追加ビール等の売上本数と、三五年度ないし三八年度におけるA券、B券、追加ビールの売上本数とを比較してみると、別紙第一表、第二表、第三表のとおり、A券、B券、同伴券の一カ月間の売上本数が三三年度以降三八年度まで大差がないのに、三三年度と三四年度各月における追加ビールの売上本数が、三五年度ないし三八年度の各月における追加がビールの売上本数に比して相当過少になつていること、従つて三三年度、三四年度における追加ビールの数とA券、B券、同伴券の合計数との比率が、三五年度ないし三八年度におけるその比率と相当違つていることが違められる。すなわち、その比率を算定してみると、三五年度ないし三八年度においては、追加ビールの売上本数はA券、B券、同伴券の売上合計数の約九〇%前後(従つて一人当りの消費量が一、八本ないし一、九本位になる)であるのに対し、三三年度、三四年度においては約四〇%ないし六〇%程度(一人当りの消費量が一、四本ないし一、六本)で、三五年度ないし三八年度のそれに比較して著しく過少になつておる。これは三三年度、三四年度において追加ビールの売上除外を優先的に行なつていたという被告人清嶋の供述が真実であることを一応裏付けるものといえる。
従つて、本勘定におけるA券、B券、追加券等の売上割合が実際の売上比率をあらわしていることを前記とする検察官主張の前記算定根拠はそのままでは採用できない。
(三) それでは、三三年度および三四年において優先的に売上除外したという追加ビールの数量をいかなる基準によつて算定すべきであろうか。
被告人清嶋の公判廷(第二九回)における供述によれば、A券、B券の合計数と追加ビールの売上本数との比率は、三三年度以降現在まで大差がないというのであるが、これを排斥するに足る証拠もない。そこで、本件違反年度以降の三五年度ないし三八年度における売上をもつて一応基準とすべきかどうかを考えてみる。
三五年度においては、被告会社の申告所得が一、〇六五万円余であるのに対し、その後一、七九一万円余に更生決定がなされており、その差額が七二六万円余の多額に上り、極めて過少申告であつたものと認められるから、三五年度における被告会社の本勘定は到底正確であるとはいえず、同年度の本勘定におけるビールの売上をもつて基準とすることは適当でないと思われる。
次に三六年度においては、申告所得一、五六四万円余に対し一、五九八万円余に更正決定されているが、その差額は三四万円位で、前年度に比して飛躍的に少い。本件脱税事件について国税局や検察庁の取調を受けたのは三五年七月頃から三六年三月頃(起訴時)までであるから、右調査後の三六年度以降においてはある程度自粛したであろうことは想像に難くないところで、三六年度の分は一応基準としても差支ないと思われる。
さらに、三七年度においては被告会社の申告が一八二四万円余であつたのに対し却つて一八一一万円余と少く更正決定されたが、この分は控除すべき経費等を余分に認められたためであるというから、同年度の本勘定におけるビールの売上は一応基準としても差支ないであろう。(三五、三六、三七年度の法人税額等の更正決定通知書参照)
次に三八年度については特別の事情も認められない。
もとより三六年度ないし三八年度においては、売上除外等のことについて綿密に調査されたものでなく、右年度における本勘定が必ずしも適正なものと速断すべきものではないとしても、少くともA券、B券の合計数と追加ビールの数との比率については、実際の比率と大差がないものと認めて妨げないと思われる。従つて一応基準とすべき比率を求めるとすれば、他に正確な資料がない以上、結局三六年度ないし三八年度における比率を基準とし、しかもそのいずれかの一年度の分を基準とするよりも、三六年度ないし三八年度にかける平均比率をもつて基準とするのが比較的妥当な方法であると思料される。
(四) そこで、三三年度はしばらくおき、三四年度の分について、A券、B券、追加ビールが前記の基準によつて大体同じような比率で売上があつたものとして追加ビールの数を算出してみると、本勘定の追加ビールの数よりも月平均五、九〇〇本多い計算になる。(この計算の根拠は別紙第三表、こまかい端数は切捨てる。)
以上説示したような根拠により、被告人清嶋が優先的に売上除外したという追加ビールの数は大体月平均五、九〇〇本と推定して妨げないものと思料する。
そしてそのほかには被告人らが簿外仕入にかかるビールの売上除外について特別な方法を講じたことが認められないから(この点に関する弁護人らの主張については後に詳記する)、右にあげた以外の分は本勘定におけるA券、B券、追加ビール、ダンスホール売ビール等の売上割合に応じて一様に売上除外されたものと推定して計算するのが合理的な方法であると思料する。
そうすると、三四年度における簿外仕入にかかるビール一四二、五六〇本のうち期末残高一四九三本を差引いた一四一、〇六七本の売上高およびその一本当り売上単価は次の数式によつて算出される。
(1) 優先的に毎月5,900本ずつ売上除外された追加ビールの売上高
(5,900本×12)×230円=16,284,000円
(2) (1)を除いた分につき、34年3月から34年8月までの期間において
売上除外された各種ビールの売上高
{63,360本-(5,900本×6)}×522円=14,595,120円
(3) (1)を除いた分につき、34年9月から35年2月までの期間において
売上除外された各種ビールの売上高
{77,707本-(5,900本×6)}546本=23,099,622円
(1)(2)(3)の売上高合計 53,978,742円
1本当り売上単価 53,978,742円÷141,067本=382円
(五) 次に、三三年七、八月頃大新商店から仕入れた七六八〇本および韓禄春方から押収されたメモに記載されている三三年一一月三〇日から同年一二月二三日までの八日間における売上のうち優先的に除外された追加ビールの本数をどの位と認むべきであろうか。
三四年度に売られた一四一、〇六七本(簿外仕入数量一四二、五六〇本から期末残高一四九三本を控除したもの)は三四年三月から三五年二月末までの一年間に売上除外されたものと認められる関係上、そのうち追加ビールの売上除外本数については、前記のように三六年度ないし三八年度間におけるA券、B券、追加ビールの平均売上比率を基準として算定したのであるが、右大新商店から仕入れた七六八〇本は三三年七月三〇日から八月二五日までの間六回にわたり仕入れ、これが果してどの位の期間で売上除外されたものか、例えば七月と八月か、あるいはそれ以後の月にも分けて売上除外されたものか、その期間を特定定することができないし、また前記メモ八枚に記載されている売上も三三年一一月三〇日と十二月の断続的の七日間とに分れており、相当複雑である。
ところで、前記資料(別表第一表、第三表)によれば、追加ビールの数とA券B券の合計数との比率をみると、三五年ないし三八年度における各一年間の平均は九〇%前後であるのに対し、三四年度(一年間平均)は約五二%、三三年七月から一一月までの期間は約六三%であり、従つて三三年七月から一一月においては三四年度と比べれば追加ビールの売上比率は幾分多い関係上、優先的に売上除外した追加ビールの数量が三四年度より幾分少い計算になる。
しかし、三五年ないし三八年の各一二月のA券、B券、追加ビールの売上状況をみると、他の月と反対に追加ビールの売上数量がA券、B券の合計数よりも多いこと(約一・二倍)が認められるのに、三三年一二月の本勘定においては追加ビールの数とA券、B券の合計数との比率は約五六%である点から考えると、三三年一二月においてはその前の月よりも相当多数の追加ビールの売上除外をしていたものと認むべきで、結局大新商店から簿外仕入の七六八〇本とメモの八日分における追加ビールの売上除外数を平均すれば、三四年度における追加ビールとA券B券の合計数との割合と実質上大差がないと認めて妨げないであろう。
ところで、三四年度においては、簿外仕入数約一四万一千本余のうち毎月五、九〇〇本合計七万八百本すなわち約二分の一を優先的に追加ビールの売上除外に充て、残り二分の一を本勘定におけるA券、B券、追加ビール、ダンスホール売ビール等の売上割合に応じて除外したものと推定したのであるが、右の三四年度の分と三三年度分とにおいては、その簿外仕入数量も売上除外数量も異るわけではあるが、右各種別ビールの売上除外の割合は、三三年度と三四年度との間に特段の異つた情況がない限り大体同様であつたと推定しても心ずしも不当であるまいと思われる。いずれにしても、裏帳簿等がない関係上、諸般の情況から大まかに認定するのもやむを得ないと思料する。
そこで三三年七、八月頃大新商店から仕入れた七六八〇本の売上高は次の数式によつて算出される。
7,680本÷2=3,840本
3,840本×230円=883,200円
3,840本×400円=1,536,000円
合計 2,419,200円
ビール1本当り平均売上単価(230円+400円)÷2=315円
またメモ八枚に記載されている八日間における所得秘匿額三、四〇二、一二〇円のうちビールを伴う売上除外高が一、八六九、五七〇円であることはさきに説示したとおりであるが、そのビールの平均売上単価および売上除外ビールの本数は次の数式によつて算出される。
(230円+429円)÷2=329円50銭
1,869,570円÷329円50銭=5,674本
第三、弁護人ら主張の簿外売上明細数に対する判断。
一、弁護人ら主張の簿外仕入ビール一四二、五六〇本の使用明細数の根拠として、被告人清嶋は次のように説明している。すなわち、第二〇回および第二四回公判調書中被告人清嶋稔の供述記載によれば、「押収の証第一六号の一のメモ綴のうち、「一月分より減らすもの」との見出しで赤インキで書いてあるメモ書は、三五年一月分のビール使用高から除外した各種ビールの明細を書いたもので、そのメモに書いてあるとおり、ダンスホール五〇〇本、B券七〇〇本、A券九〇〇本、追加ビール三、一〇〇本を除外したものである。また押収してある富士観光株式会社保存綴(証第二〇号)のうち、各月別に仕入、売上の合計を記載してある申告書用紙の余白の部分に鉛筆書きで、3-4、39955Cなどと書いてあるのは、三四年度において簿外仕入ビール一四万二千本余のうち、ダンスホール売ビールに毎月三千本ないし四千本合計三万九千本を、追加ビールに合計九万五千本を、催物用に五ケースずつを使用した意味である。別に根拠になるものは残していなかつたので、大体の記憶によつて書いたものである」などと一応の説明をなしている。
そこで、この二枚のメモの記載内容等を検討してみると、前記証第二〇号のメモ中鉛筆書きの数字については、単に前記のような数字が断片的に書かれてあるだけであり、追加ビール、ダンスホール売ビール、あるいはセツト券というような記載は全然なく、如何ようにでも説明できるわけではあるが、若し清嶋の前記説明に従えば、三四年度としてはダンスホール売ビールが月平均三、四千本であるというのに、三五年一月だけはその平均数の六分の一以下の五〇〇本、追加ビールの除外数も月平均数の大体三分の一程度になつており、その売上除外数が著しく少くなつているばかりでなく、その比率についても、三四年度一年間におけるダンスホール売ビールと追加ビールとの各売上除外数との比率は三万九千本対九万五千本すなわち一対二、四位であるのに、三五年一月には五〇〇本対三、一〇〇本すなわち一対六位であつて著しく相違しており、さらに三五年一月にはA券、B券合計一、六〇〇本も売上除外されているのに、その他の月には全然A券B券の売上除外がない等、三五年一月だけがそれ以外の月と比べてすべての点において著しく相違していることになり、継続的に売上除外をしている被告人らが何故このように三五年一月だけそれ以外の月と著しく違う除外方法をとつたか首肯しがたいところである。
要するに、前記三五年一月分に関するメモ(証第一六号)はその記載の形式や内容からみて、果して正確なものであるかどうかは別として、ある程度売上除外の状況をあらわしているものといえるであろうが、証二〇号の鉛筆書きの数字は極めてあいまいなもので、果して何時どんな意図で書き込まれたものか、その記載内容が何を意味するものか、その時の利害を考えて如何ようにでも説明できるものであり、この点に関する清嶋の前記供述内容については全面的には信用することができない。個々の点については諸般の情況等に対照してみて、その真否を決すべきであろう。
二、弁護人らの主張中、前記簿外仕入の一四万本余のビールのうち九六、四二〇本を追加ビールに使用したという点については、当裁判所は、さきに説示したように、毎月五、九〇〇本位(一年間に七万八百本位)追加ビールの売上を優先的に除外し、残り約七万本余を本勘定におけるA券、B券、同伴券、追加ビール、ダンスホール売ビール等の売上割合に応じて除外したものと認めるのであるから、追加ビールの売上除外の総計においては、弁護人らの主張と大差がないものといえる。
三、次に三四年度においてダンスホール売ビールを毎月三千本ないし四千本、合計三万九千本を売上除外したとの主張について検討する。
若し弁護人らの主張に従えば、三四年度におけるダンスホール売ビールの実際の売上総本数は本勘定におけるダンスホール売ビール一九、三二二本(月平均一、六一〇本)に弁護人主張の売上除外数三万九千本を加算した合計五八、三二二本(月平均四、八六〇本)になり、これに近接している三五年度におけるダンスホール売ビールの数量が三五、五二一本(月平均約二、九六〇本、この数字は弁護人提出の昭和三五年三月一日以降のビール使用状決並に売上計算表に従う)であるのに比較して著しく多数になつて均衡を失することになる。
当裁判所はさきに説示したように、三四年度においては、簿外仕入ビール一四万二千本の約二分の一については本勘定におけるA券、B券、追加ビール、ダンスホール売ビール等の売上割合に応じて除外されたものと推定しているもので、その計算によるダンスホール売ビールの本数を本勘定におけるダンスホール売ビールの本数に加算すれば、右の三五年度における売上本数と大差がないものと思われる。
尤も前記表によれば、三六年度におけるダンスホール売ビールの数は合計約五万九千本余、三七年度には約五万千本余で、三五年度より飛躍的に増加しているが、これは三六年度以降は三五年度と異つた条件が加わつたためと思われ、三六年頃ダンスホールの内部改装工事(第三期工事)の結果収容人員の増加に伴いダンスホール売ビールの売上も著しく増加したものと認められ、従つて三六年度以降の分は本件について比較の対象として適当でないというべきである。
また被告人清嶋は検察官に対し追加ビールを優先的に売上除外したと弁解して有利な供述をしておりながら、これよりももつと有利と思われる右ダンスホール売ビールの売上除外について(追加ビールは一本二三〇円であるのに、ダンスホール売ビールは一本二〇〇円である)全然供述していないのは首肯できないところである。
以上の点から弁護人らの右主張は到底採用することができない。
四、弁護人らは、三五年一月には決算の都合上A券九〇〇本、B券七〇〇本を売上除外したが、それ以外の月にはA券、B券の売上除外をしていない旨弁解するが、若しそうだとすれば、三四年度の本勘定におけるA券、B券の数を各月別に比較して、三五年一月だけそれ以外の月よりも七百本ないし九百本も少くなつているならば一応筋が通るかとも思われるが、実際は三五年一月はほかの月とその売上数に格別かわりがないというよりも、むしろ幾分多い位である。
また三五年一月には入場人員の変更を伴うA券、B券合計千六百本の売上除外を認めている点からみても、三五年一月に限り多数の入場人員をごまかし易いという特別な事情もうかがえないから、弁護人らのいうように入場人員の変更を伴うA券、B券の売上除外をすることも、さほど困難でないことを実証するものといえる。
なお、被告人清嶋の検察官に対する昭和三五年一〇月二七日付供述調書(第六項末尾の方)、三五年一一月一七日付供述調書(第二項)、三六年三月二七日付供述調書二通(前綴りの調書第三項、第四項、後綴りの調書第四項)等に、本件ビールの売上除外の方法およびそれに伴う帳簿上の操作等について詳しく述べているが、いずれも一貫して追加ビールのほかにA券、B券(いわゆるセツト券)を除外している実情を述べており、その供述内容は相当信用性があるものである。
これらの点からみて、三五年一月以外の月は全然A券、B券の売上除外をしなかつた旨の弁解は到底信用できない。
また、被告人清嶋は、追加券は二四枚ずつをクリツプでとめてあるので、二四枚一組でビール一ケースになり、ビールの受払の計算がしやすいので、追加券を除外したと主張するが、なるほど、そのような理由で追加券の除外が計算上容易であるとしても、一方A券、B券の売上単価は、三四年頃四百円と九百円であつて、ビールの受払の計算上別に困難であるとは思われない。
殊に被告人清嶋のように計画的に多数のビールの売上除外をなしてたくみに帳簿上の操作をしている者としては、A券、B券をも除外して帳簿上の操作をすることは極めて容易なことであろう。従つて右のような理由では到底A券、B券を除外しなかつた論拠にはなり得ない。
五、また弁護人らは、被告会社の帳簿に記載されている入場人員数と府税事務所の実態調査人員数と比較対照して大差がないから、被告会社の帳簿に記載されている入場人員数は正確であり、若しA券、B券の売上除外をすると、直接入場人員を変更しなければならぬので、多数の入場人員の変更を伴うA券、B券の売上除外は不能である旨主張するのである。
(一) しかし、第九回公判調書末尾添付の「主要キヤバレー・アルサロ検税実態調査資料綴」等の書類および弁護人提出の「当社帳簿による入場人員と南府税事務所調査による人員比較表」(第一一回公判調書の次に編綴のもの)、第九回、第一一回、第一三回各公判調書中の証人岡本良一、中村清、赤松英彦の各供述記載を総合すれば、府税事務所の入場人員調査は概ね一カ月に上旬、中旬、下旬に各一回ずつ行なわれるだけであつて、右調査日の分についてみても、府税事務所調査の入場人員と被告会社の帳簿上の入場者数との間に数十名の違いがあることもまれでない。しかも被告会社の帳簿上、右調査日の分は相当多数の入場人員が計上されているのに対し、非調査日には概ね相当少い人数が計上されている。調査の行なわれる日は調査の便宜上おのずから晴天の日が多いが、たまには雨天の日も混つており、曜日は金曜が最も多く、ほかに月・水・火・木曜日にも行なわれており、曜日によつて入場人員数に大差がなく、別に入場者の多い日を選んで行なわれるものとは思わない。
これらの情況から考え、被告会社の帳簿に記載されている調査日以外の入場人員数については疑問の余地があるのである。(前記赤松証人の供述)
(二) また入場人員の調査はキヤバレーだけでなく、ダンスホールについても同様の方法で行なわれているものであるが、さきに認定したように被告人韓禄春方から押収されたメモ書に記載されてある八日分だけでもダンスホール入場料一、一八四、一〇〇円を除外しており、入場料は一人昼間一〇〇円、夜間一五〇円であるから、一日に相当多数の入場人員の変更を伴う入場料を除外していることになる。この事実に徴しても、帳簿上の操作により多数の入場人員の変更を伴う売上除外をすることも、必ずしもさほど困難でないことを実証するものといわざるを得ない。
(三) なお押収の証第三号の日計表をみると、三三年一月分の売上日計表が二通存在し、両者に記載されているA券、B券の売上合計数に約四千枚の差が見られる。右二通の日計表中A券、B券以外の記載については大体同じであるから、右のA券、B券の数については単に書き間違えたりしたものでなく、意識的にA券、B券の数について操作を加える意図にもとずくものといわざるを得ない。三三年一月は法人になる以前のことではあるが、法人になる前も法人になつてからも、実質上は被告人韓禄春が営業を指揮統一していることにはかわりがないのである。
以上の諸点から考察すると、被告会社の帳簿に記載されている入場人員数は必ずしも正確なものでなく、三三年度、三四年度において入場人員の変更を伴い相当多数のA券、B券の売上除外がなされたものと認めて妨げないものと思料する。
六、催物用無償ビールについて。
弁護人は、昭和三四年度において、次のように各種催物があつた際、簿外仕入ビールのうちから一日五ダース(一二〇本)、合計五六四〇本を無償ビールとして使用した旨主張する。
すなわち、その内訳は
三四年三月一六日-二一日 桜祭パーテー
四月 九日-一一日 祝賀奉祝パーテー
五月 四日- 八日 富士競輪パーテー
七月二〇日-二五日 盆踊パーテー
八月 六日-一二日 阿波踊パーテー
九月 七日-一一日 富士競輪パーテー
一一月二四日-二九日 開店二周年記念パーテー
三五年二月 二日- 五日 節分パーテー
二月二二日-二六日 富士競輪パーテー
合計四七日間
一日五ケース、合計二三五ケース(五六四〇本)
ところで、押収してある三四年度の日計表(証第三号)および弁護人提出の三四年度無償ビール明細書中備考欄の記載(日計表に記載の分をまとめて書いてある)を総合すると、公表帳簿において無償ビールとして計上されているのは次のとおりである。
三四年五月四日-八日 富士競輪パーテー
使用本数四日 三〇本
五日 二四本
六日 四〇本
七日 三六本
八日 四四本
計 一七四本(特賞分)
三四年八月六日-一二日 阿波踊パーテー
使用本数六、七、八、一〇、一二日は各二二本
九日 二四本
一一日 一七本
計 一五一本(阿波踊連中分)
三四年九月七日-一一日 競輪パーテー
計 三七〇本(特賞分)
(日計表が欠けているため合計数だけ記載する)
三四年一一月二〇-三〇日 開店二周年記念パーテー
使用本数毎日 五〇本
計 五五〇本
三四年一二月二日 二四本(従業員慰安用)
三〇日 二四〇本(従業員忘年会用)
計 二六四本
三五年二月二二日-二六日 競輪パーテー
使用本数毎日 二四本
計 一二〇本(特賞分)
以上三四年度合計一六二九本
弁護人は、前記日計表に計上されている一六二九本は公表ビールのうちから使用して経費として認められているものであるが、この外に簿外仕入ビールのうちから合計五六四〇本を無償ビールとして使用したものであると主張するのである。そうだとすると、催物の際実際に使用された無償ビールの数は一日六ケースないし七ケースで、その合計本数は七二六九本の計算になる。
ところで、被告人らは、三五年度以降においては、催物の際使用した無償ビールはすべて日計表に記載されており、それ以外にはないと主張しているので、三五年度以降の日計表等によつて各種催物の際に使用された無償ビールの一日当りの使用本数を調べ、これと三四年度における無償ビールの一日当りの使用本数と対照してみる。
押収してある三五年度以降の日計表(証第三号、証第二二号ないし二四号)および弁護人作成の「昭和三五年以降のビール無償使用本数調べ並にビール受払表」中の催物明細欄記載部分(催物の期間の日数と使用本数を書いてある)を調べてみると、忘年会とか社交員会合というような特殊の場合を除き普通の催物の場合における無償ビールの使用本数は一日当り一ケース、二ケース程度が相当多く、一日百本のことが若干あるが、一日五ケース以上のことはまれである。
従つて三四年度における日計表記載の一日当り無償ビールの使用本数は三五年度以降におけるそれと比較して格別少いことはなく、むしろ大差がないともいえるのである。殊に三七年度における催物の際の無償ビール使用合計数は一五一六本、三八年度における合計数は一九五三本であつて、三四年度における合計数一六二九本とほとんど同じ程度である。
元来催物に使用された無償ビールは売上所得の対象にならず、ある期間に催物が開催されたことは証明も容易であるから、税務署からも容易に認めてもらえるものと思われる。しかるに、三四年度における催物の際使用された無償ビールのうち特賞分だけを切離して計上し、特賞よりも数倍も多いその他の賞品の分を計上しなかつたというようなことは極めて不自然であつて、計画的に所得の秘匿を図つておる被告人らがこのような方法で実際に使用した無償ビールを著しく過少に計上していたものとは到底首肯しがたい。
これらの情況からみて、三四年度において催物の際の無償ビールはすべて本勘定に計上されているものと認めるのが相当であり、それ以外に簿外ビールから一日五ケースというような多くの無償ビールを使つたという主張は信用できない。
第四、被告会社の借入金に対する利息支払の主張について。
一、弁護人らの主張。
弁護人らは、被告会社は、金沢尚淑外二名から多額の借入金があり、簿外売上による所得の大部分は右借入金の利息の支払に充てられたので、被告会社の経費として控除すべきである旨主張する。すなわち、弁護人提出の「借入金及び支払利息明細表」によると、
1. 金沢尚淑関係
三三年九月借入一、〇〇〇万円 月利二分五厘
三四年一月借入一、〇〇〇万円 月利三分
三五年一月借入二、〇〇〇万円 月利三分
支払利息二一〇万円(三三年九月から三四年二月までの合計)
同 七九〇万円(三四年三月から三五年二月までの合計)
2. 中村夘兵衛関係(実質上は永田俊雄)
三三年三月借入一、〇〇〇万円 月利三分
支払利息三六〇万円(三四年三月から三五年二月まで毎月三〇万円ずつ)
3. 播野健三関係(大朴健良取次)
三四年七月借入一、二〇〇万円
支払利息七二万円(三四年七月から同年一〇月まで毎月二四万円ずつ)
三三年度における支払利息合計 二一〇万円
三四年度における支払利息合計一二二二万円
二、検察官の主張。
弁護人らの主張する借入金なるものは、被告人韓禄春個人のもので、右借入金はキヤバレー「キング」の建設費に充当されているものであつて、被告会社としてはその借入金の利息を支払うべき理由がないと主張する。
三、当裁判所判断
(一) 被告人韓禄春の検察官に対する昭和三五年七月一九日付(第三項)、七月二七日付、三六年二月六日付(三項)、同年二月一五日付(四項)各供述調書。
平田義夫、永田俊雄、大林健良こと朴漢植の当公判廷における各供述
金沢尚淑の検察官に対する供述調書(二通)
赤松英彦の当公判廷(昭和四〇年二月一二日)における供述
大蔵事務官赤松英彦作成の「犯則所得証拠説明書」中韓禄春関係個人の銀行以外よりの借入金に対する利息の支払に関する明細表、借入金(銀行外)の明細表
永岡久江と富士観光株式会社との「土地建物附帯設備諸設備賃貸借契約書四通(写)
証人安田健三の当公判廷(第三〇回)における供述
等を総合すれば、弁護人主張の金額の点については、必ずしも明らかでない点があるとしても、被告人韓禄春が金沢尚淑、中村夘兵衛、播野健三(大林健良取次)から数千万円の借入金があり、これに対する利息を支払つていることは一応認められるとしても、これらの借入金は「キング」の建設費や営業設備費等に使用されたもので、被告会社の借入金でなく、被告人韓禄春個人の借入金であつて、右利息の支払は同被告人個人の負担すべきものと認めるのが相当である。
元来被告会社はキヤバレー「富士」、ダンスホール「富士」、キヤバレー「キング」を経営しているが、右「富士」および「キング」の土地建物および附帯設備はすべて被告人韓禄春の妻永岡久江名義になつており、永岡が被告会社にこれを賃貸し、被告会社からこれに対する保証金として「富士」の分一億五千万円・「キング」の分一億円(通常家屋の賃貸借の場合における権利金に相当するもの)を預り、毎月家賃として「富士」については当初月一五〇万円・三三年九月から二〇〇万円、「キングについては一五〇万円の支払を受けているものである。
従つてその建設費および営業設備費は、性質上所有名義人である永岡が負担すべきものであり、その建設費等を借入れたのは被告会社ではなく、永岡の借入金であるというべきで、その借入金の利息は当然永岡が負担すべき性質のものである。永岡と被告会社との間に右家賃の額を定めるに当つては、当然右建設に要した資金すなわち借入金やその利息等のことを考慮されている筈である。
なお右土地建物を永岡久江名義にしたのは、これを担保にして金融を受ける場合に、朝鮮人である韓禄春よりも日本人である永岡久江名義にした方が都合がよいという配慮に基くもので、実質上の所有者は被告人韓禄春であり、従つて右借入金の実質上の借主は韓禄春であるというべきである。
(二) ところで、右借入金に対する利息の支払についてみてもほとんど永岡久江がこれに当り、被告人韓禄春が持参したことが時々あり、被告人清嶋は別の用件で行つた序に利息を託されて持参したことがたまにあるに過ぎない状況であり、この点について、被告人清嶋は従来韓禄春から本件借入金の借入先、借入金額、利息の支払等の内容について聞いたことがなく、知らなかつたと述べているのである。(第二六回公判廷における清嶋の供述)。
被告人清嶋は被告会社の経理部長であり、営業帳簿や税の申告に関する書類の作成等を担当しているもので、被告会社の営業上の借入金および利息の支払等について知つておくべきであり、同人作成の被告会社の帳簿や決算報告書等にも被告会社の借入金やその利息等を計上しているのである。
本件においては、三三年度から三四年度にわたり継続して毎月相当多額が支払われているものであるから、若しこれが被告会社の借入金に対する利息で会社の資金から支払われているものであれば、その内容等を清嶋に全然知らなかつたということは不自然であり納得できないところである。たとえ高利の賃借である関係上相手方に迷惑をかけることをおそれ、税の申告の際にはこれを計上したくないとしても、その事情を清嶋に言つてそのように指示すれば、そのとおり従うであろうことは、現に命ぜられるままに一四万本余に上る簿外ビールの仕入および売上除外をなし帳簿上の操作をなしている清嶋の態度からみて疑のないところであり、同人に知らせたからといつて何等心配する必要のないものと思われる。
しかるに前記のように清嶋に本件借入金および利息の支払等について知らせなかつたのは、被告人韓禄春(形式上は永岡久江)個人の借入金に対する利息の支払であつて、会社と関係のないことをわきまえた上のことであるといわざるを得ない。
(三) なお弁護人および被告人韓禄春は、右借入金は被告会社が保証金の調達のため借入れたもので、被告会社の借入金であり、被告会社はこの借入金を永岡の保証金に支払い、永岡はその受領保証金をもつて「キング」の建設資金に充てたものであると主張する。
ここに保証金というのは「富士」の賃貸借の保証金一億五千万円のことを指すものと思われるが、(「キング」の賃貸借は三五年六月頃であるから、その保証金の支払はその以後になるから、本件借入金とは関係がないこと明らかである)、被告人清嶋の当公判廷(第二六回)における供述によれば、一億五千万円の保証金は三三年五月以降何回にも分けて支払つており、その資金は借入金や増資で作つた。いずれも公表帳簿に記載されている旨供述しており、押収の三三年度元帳(証第一号)、同補助簿(証第五号)中の「借入金」の部をみると、いずれも右保証金の分割支払の日時・金額・その借入金等について記載されている。(なお昭和三五年八月三一日全部支払済みになつている。)従つて右公表帳簿に記載さえている借入金は、全然公表帳簿に記載されていないという金沢尚淑外二名からの本件借入金とは全然別個のものであり、その日時、金額を対照してみても別個のものであることが明らかである。
要するに、さきに説示したような諸般の情況からみて、金沢尚淑外二名からの本件借入金は被告人韓禄春個人の借入金と認めるのが相当であり、従つて右借入金に対する支払利息は被告会社の経費としてその所得から控除すべきものでないから、弁護人の右主張は採用できない。
第五、判示認定の所得金額および脱税額の計算は次のとおりである。
昭和三三年度所得金額および脱税額算出表
一、売上勘定 二、四一九、二〇〇 (円) (七六八〇本の売上高)
〃 三、四〇二、一二〇 (メモ八枚分の売上高)
合計 五、八二一、三二〇
二、仕入勘定 八〇三、八四〇 (七六八〇本の仕入高)
〃 五九三、八九七 (五六七四本の仕入高)
合計 一、三九七、七三七
三、遊興飲食税(利用税を含む) 七〇四、三七九
四、経費 二四三、九一五 (ダンサーの所得となるべきもの)
犯則所得 三、四七五、二八九 (一の売上勘定から二、三、四を控除したもの)
申告所得 一、九四四、一五六
当期所得金額 五、四一九、四四五
正当法人税 一、九七六、〇四〇
申告法人税 六五五、四二〇
差引脱税額 一、三二〇、六二〇
注、一、遊興飲食税(利用税を含む)の算出方法は、冒頭陳述書添付の損益計算書の説明事項欄の三三年度における遊興飲食税(利用税を含む)の算出方法に従う。
二、メモの分の秘匿所得のうちダンサーのチケツト収入三四八、四五〇円が含まれており、このうち七割はダンサーの収入になるものであるから、これを経費として控除した。
昭和三四年度所得金額および脱税額算出表
一、売上勘定 五三、九七八、七四二(円) (簿外仕入ビールのうち一四一、〇六七本の売上高)
二、仕入勘定 一四、九二一、二八〇 (簿外仕入ビール一四二、五六〇本の仕入高)
〃 一五六、二七二 (期末残高一四九三本の仕入高)
差計 一四、七六五、〇〇八 (一四一、〇六七本の仕入高)
三、遊興飲食税(利用税を含む) 六、四七七、四四九
四、未払税 四七二、二六〇
五、犯則所得 三二、二六四、〇二五 (前記一の売上勘定から二、三、四を控除したもの)
その他所得の減 一二三、四四九
差引 三二、一四〇、五七六
申告所得 四、九二一、八四八
当期所得金額 三七、〇六二、四二四
正当法人税 一三、九八三、七一〇
申告法人税 一、七七〇、二八〇
差引脱税額 一二、二一三、四三〇
注、一、遊興飲食税(利用税を含む)の算出方法は、冒頭陳述書添付の損益計算書の説明事項欄の三四年度における遊興飲食税(利用税を含む)の算出方法に従う。
二、「その他所得の減」は冒頭陳述補遺記載部分参照
(法令の適用)
被告人韓禄春・同清嶋稔の判示第一の一、二の各所為はそれぞれ法人税法第四八条第一項、第二項(但し昭和四〇年法律第三四号附則第一九条により従前の法人税法の罰則を適用)、刑法第六〇条に該当する。
そこで、被告人韓禄春については懲役と罰金を併科することとし、右各所為は刑法第四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については刑法第四七条、第一〇条により犯情の重い判示第一の二の罪の懲役刑に法定の加重をなし、罰金刑については、昭和二二年法律第二八号の法人税法第五二条の規定は昭和三七年法律第四五号により削除されたが、右法律附則第一一項および昭和四〇年法律第三四号附則第一九条により、いずれも「この法律施行前にした違反行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例による」旨の規定があるから、前記第五二条に従い、各別に罰金を科することとし、前記刑期および各罰金の範囲内において、被告人韓禄春を懲役一年および判示第一の一の事実につき罰金百万円に、判示第一の二の事実につき罰金五百万円に処する。
また被告人清嶋稔に対しては、いずれも所定刑中懲役刑のみを選択し、刑法第四五条前段、第四七条、第一〇条により犯情の重い判示第一の二の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内において、同被告人を懲役八月に処する。
次に被告会社については、被告会社の代表者である韓禄春らが被告会社の業務に関し本件違反行為を為したものであるから、同被告人と同一の前記法案および同法第五一条(昭和四〇年法律第三四号附則第一九条により従前の法人税法の罰則の条文)を適用し、被告会社を判示第一の一の事実につき罰金百万円に、判示第一の二の事実につき罰金千万円に処する。
次に被告人柴原龍夫の判示第二の所為は刑法第九六条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑範囲内において同被告人を懲役六月に処する。
なお本件犯行は脱税の方法、脱税額およびその罪質等に鑑み相当悪質であり、殊に被告人韓禄春は本件脱税の主謀者であり、本件不正経理による別口所得は同被告人個人の銀行預金および同被告人個人の負担すべき借入金の支払利息やキヤバレー「キング」の建設費等に流用されたものである。元来右利息等被告人の負担すべきものであるから、結局被告人が(形式的には妻)被告会社から受取つている「富士」および「キング」の家賃(月額合計三五〇万円)から支出すべき出費を免れることになり、それだけ個人的に利得している結果になる。従つて同被告人に対しては懲役刑のほか相当額の罰金を併科したのであるが、しかし被告会社は実質上被告人韓禄春の個人経営とほとんどかわりないもので、必ずしも純然たる個人的用途にのみ使用されたものともいえないし、今回同被告人において合計六百万円の罰金を併科されることによつて相当の制裁を受けることにもなるので、懲役刑については将来を戒め刑の執行を猶予するのが相当であると認める。
また被告人清嶋は被告人韓禄春の指示に従つてなしたものであり、また被告人柴原龍夫の封印破棄は日常の営業に使用する伝票を取出すために犯したものであるから、いずれも刑の執行を猶予するのが相当であると認める。
そこで被告人韓禄春、同清嶋稔、同柴原龍夫に対しては、いずれも刑法第二五条第一項によりこの裁判確定の日から三年間右懲役の執行を猶予することとし、被告人韓禄春に対し罰金の換刑処分につき刑法第一八条第一項、被告人韓禄春、同清嶋稔に対し訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八二条を適用のうえ、それぞれ主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 本間末吉 裁判官 高信雅人 裁判官 柴田和夫)
第一表(三三年度本勘定におけるビール売上状況表)
<省略>
第二表(三四年度本勘定におけるビール売上状況表
<省略>
第三表(三四年度ないし三八年度におけるビール売上状況比較表)
<省略>
三六、三七、三八年度におけるA券、B券の合計 四五九、〇〇九本
追加ビールの合計 四二一、二八九本
三四年度を三六年度ないし三八年度の平均比率で売られたものとすれば、三四年度における追加ビールの売上本数は次の比例式によつて算出される。
459,009:421,289=180,263:覚
459,009X=411,289×180,263
X=(421,289×180,263)÷459,009=165,449本
ところが、34年度の本勘定における追加ビールの売上数は94,586本であるからその差だけ過少である計算にある。
165,449本-94,586本=70,863本
70,863本÷12=5,905本(1カ月平均)
注、三五年度ないし三八年度の本勘定におけるA券、B券、同伴券、追加ビール等の一年間の各合計数は、弁護人提出の「昭和三五年三月一日以降のビール使用状況並に売上計算表、富士分」配載の月別の本数を合計したものである。なお第三表中三六年度以降のビールの使用本数が少くなつているが、そのかわりにダンスホール売ビールの本数が多くなつている。