大阪地方裁判所 昭和36年(わ)3730号 判決 1962年5月28日
被告人 岡本安弘
昭八・一一・二三生 板場職人
主文
被告人は無罪
理由
(本件公訴事実の要旨)
昭和三六年八月一日午後九時五分頃大阪市西成区東田町二一番地西成警察署東田町巡査派出所前路上において発生した自動車交通事故に端を発し、多数の群衆が右巡査派出所及び水崎町、霞町の各警官派出所並びに西成警察署を襲撃し、或は通行中の自動車を顛覆、焼燬するなどの暴行に及んだが、その際被告人は多数の者と共同して同月二日午後一〇時三〇分頃同区東入船町一三番地先路上において同所附近の警備、犯罪の予防、鎮圧などの職務を執行中の警部清水良治等に対して投石し、以つて同警察官の右職務の執行を妨害したものであり、刑法第九五条第一項に該当する。というのである。
(証拠についての判断)(略)
先ず、一について検討して見ると
証人西春雄こと東俊祐の当公廷における供述は、被告人の本件投石等の暴行々為については之を否定し何等公訴事実の立証には役立たない。検察官請求の、西春雄名義の検察官面前調書については之が請求を却下したものであるが、その成立の経緯について一言すれば、同証人の当公廷における供述及び捜査担当者西成警察署の警察官木原守一の当公廷における証言によれば、種々聞込の結果東俊祐なる人物を見出しその供述調書を作成するに当り真の住居並びに氏名を知りながら故らに虚偽の住居と仮りの名称西春雄の氏名を創設して西春雄名義の供述調書を作成し又捜査担当の検察官においてもその事情を木原守一より告げられ虚偽の住居、虚偽の氏名たることを知りながら西春雄名義の供述調書を作成したことが認められる。かかる書面は特信性があると言いえないばかりでなく、それ以前の問題であり、供述者に如何なる事情があるとはいえ、供述調書という標題をもつた全くの捜査官の単なる自己のためのメモにすぎず、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号第三号所定の供述調書に該当しないものと言わなければならない。(若し、かゝる書面に同法所定の供述調書としての適格を与えるときは、架空人名義の供述調書が作成され、之が供述者所在不明等の理由により法廷に証拠として提出採用され裁判の公正をおびやかす危険が非常に大きいし、又、被告人や弁護人において調書について同意不同意の意見を述べるための調査も、証人についての異議の有無を述べるための調査も不能になる虞がある。)
二、については、目撃者について右の如き捜査がなされていることから引いて被告人の当公廷における供述とも照し合せ、又捜査機関に対する自供も日時等前後喰い違いがある等より、自白が果して真実を語つているものかどうか、その供述の信憑性が疑わしい。
次に、右自白を一応信を措けるものと仮定して見ても、他に公務執行妨害罪を成立させるに足る補強証拠は全然存在せず、専ら自白のみに頼ることになり、刑事訴訟法第三一九条第二項により有罪とすることは出来ない。
よつて、本件公訴事実は犯罪の証明なきに帰し、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。
(裁判官 中村憲一郎)