大阪地方裁判所 昭和36年(わ)4131号 判決 1962年2月28日
被告人 金長沢 外二名
主文
被告人申判雨を懲役八年に、
被告人金長沢を懲役三年に、
被告人咸秀之を懲役二年に処する。
被告人等に対し未決勾留日数を全部本刑に算入する。
押収の回転式拳銃一(昭和三五年押第五五三号の一)拳銃弾二(同号の三)を没収する。
訴訟費用中鑑定人大村得三、同松倉豊治、証人永松武文、同佐々木千秋、同伊坪正治に支給した分は被告人等の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人申判雨は柳川組組長梁元錫の兄弟分で同組の副組長格、被告人金長沢は柳川組幹部、被告人咸秀之は柳川組枚方支部長格咸寿鳳の弟で酒梅組審良一派の輩下であつた。
第一、被告人金長沢は、柳川組枚方支部長格の咸寿鳳が、枚方市内において、砂子川組系の後上組組長半五郎こと後上末男の勢力範囲内にあるいわゆる白タクを自分の繩張りの下におくため同人と争つているのを支援するため、咸寿鳳と共謀の上、昭和三五年四月一八日頃の午前二時頃、さきに同日午前一時頃柳川組幹部の章六こと朴泰俊が後上末男方へ赴いて同人を脅迫した後をうけて、更に同人を威圧して直接話をつけておこうと考え、枚方市禁野三四九番地の一後上末男方に赴き、同人に対し、被告人金長沢が所携の拳銃を突きつけ、「これは玩具ではないぞ、白タクの結末はどうなつたのか」等と言い、咸寿鳳も「章六とどういう話をしたか、俺の前でもう一度してくれ」と言つて迫る等後上末男の生命身体に危害を加えかねない態度を示し、凶器を示し且つ数人共同して同人を脅迫した。
第二、昭和三五年五月二六日午後一〇時頃、咸寿鳳の父咸錫柱が枚方市内のスタンド千成で飲食していた際、砂子川組の松尾組組長松尾繁の弟広が同組組員寺坂一美等を連れて来店したが、咸錫柱と松尾広が些細なことから喧嘩になり、咸錫柱は枚方市岡新町一六二番地田中建設株式会社事務所に帰つて、松尾広等の襲撃を慮り、咸寿鳳を呼びよせ、同人は輩下の森隆史、中務利雄、前川泰男、折阪肇を呼び集めた。一方松尾広と寺坂一美は翌二七日午前一時頃、話をつけるべく松尾広が日本刀を携え、共に田中建設株式会社事務所に赴いた。ところが、咸錫柱が「今日はもう帰つてくれ」と言つたのに、松尾広等が帰ろうとしないので、森隆史等が松尾広等を表に連れ出し、取りまいて肩をこづいたりしたところ、同人はいきなり所携の日本刀を抜いて咸寿鳳に治療約二週間を要する左手掌左前膊切創を負わせたので、その仕返しのため、咸寿鳳と森隆史が共謀の上、寺坂一美に治療約三ヶ月を要する背部打撲傷、右前膊複雑骨折等を、森隆史、中務利雄、前川泰男は共謀の上、松尾広に治療約一週間を要する頭部挫創等を負わせた。そこで、柳川組枚方支部と松尾組とは互いに人を集めて喧嘩仕度をして激しく対立するに至り、前記田中建設株式会社事務所へは大阪市の柳川組から続々と応援にかけつけた。
一、被告人申判雨、同金長沢、同咸秀之は、地道組組員で柳川組幹部格の園幸好、咸寿鳳及びその輩下の森隆史、寺嶋照一、前川泰男、中務利雄、折阪肇と共に、咸寿鳳が松尾広に日本刀で切りつけられたことに復讐すると同時に、松尾組との紛争を有利に解決するため、松尾組事務所を襲撃して松尾組側の者に暴行を加えて威圧し、あわよくば、組長の松尾繁を生捕りにして謝罪させようと共謀し、若し反撃をうけた場合には死斗に至つても己むを得ないという覚悟の下に、同日午後七時三〇分頃、被告人申判雨、同金長沢、同咸秀之及び園幸好、森隆史、寺嶋照一、前川泰男、中務利雄、折阪肇の九名は、申判雨を指揮者として、寺嶋照一、中務利雄の運転する自動車二台に分乗して同市中宮四一九八番地の松尾組事務所に赴き、被告人申判雨は回転式拳銃(昭和三五年押第五五三号の一)を、被告人金長沢は上下二連式猟銃を、被告人咸秀之は日本刀(同号の六)を、森隆史は水平二連式猟銃(同号の五)を、前川泰男は鎧通し(同号の九)を構え、寺嶋照一中務利雄を除くその余の者は一団となつて松尾組一派の者へ襲いかかつた。ところが、松尾組一派の者は反撃に出ず、逃亡四散したので、被告人等は逃げおくれた数人をつかまえて松尾繁の所在をききながら同人をさがし求めて同家中庭まで押し入つたところ、被告人申判雨は、ここにおいて、松尾組へ応援に来ていた砂子川組系の黒川組組員佐藤忠(当時二四年)に対し、拳銃を発射して同人等を威嚇して反撃を封じようと思い立ち、同人の方に向けて拳銃を発射すれば同人に命中して死亡させるに至るかもはかり知れないことを認識しながら、敢て、納屋の奥に逃げこもうとしている同人の背後から前記拳銃を二発発射し、一発を後頭部に命中させ、同人を頭腔内盲管統創により即死させて殺害した。
二、法定の除外事由がないのに、
(一) 被告人申判雨は、前記第二の一記載のとおり、回転式拳銃(昭和三五年押第五五三号の一)を携帯して所持した。
(二) 被告人金長沢は、前記第二の一記載のとおり、上下二連式猟銃を携帯して所持した。
(三) 被告人咸秀之は、前記第二の一記載のとおり、日本刀(同号の六)を携帯して所持した。
第三、被告人金長沢は、飲酒の上、昭和三六年九月二六日午前〇時二〇分頃、大阪市天王寺区石ヶ辻町一三番地社会福祉会館前路上において、巡査横路克則(当時二一年)の顔面を殴打して暴行した。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
判示第一の暴力行為等処罰に関する法律違反につき
同法第一条第一項、刑法第六〇条(懲役刑選択)
判示第二の一の被告人申判雨の殺人につき
刑法第一九九条、第六〇条(有期懲役刑選択)
判示第二の一の被告人金長沢、同咸秀之の傷害致死につき
各同法第二〇五条第一項、第六〇条
判示第二の二(一)乃至(三)の銃砲刀剣類等所持取締法違反につき
各同法第三条第一項、第三一条第一号(懲役刑選択)
判示第三の暴行につき
刑法第二〇八条(懲役刑選択)
累犯の加重につき
各同法第五六条、第五七条(被告人申判雨、同金長沢につき更に同法第五九条)同法第一四条
併合罪の加重につき
各同法第四五条前段、第四七条、第一〇条、第一四条(被告人申判雨については判示第二の一の殺人罪の刑、被告人金長沢同咸秀之については判示第二の一の傷害致死罪の刑につき加重)
未決勾留日数の本刑算入につき
各同法第二一条、
没収につき
同法第一九条第一項第二号第二項、
訴訟費用につき
刑事訴訟法第一八一条第一項、第一八二条、
(被告人金長沢に対して公務執行妨害罪を認めなかつた理由)
被告人金長沢に対する昭和三六年一〇月四日附起訴状によれば本件公訴事実は「被告人金長沢及び尹竝吉両名は、同年九月二六日橋本渉運転の乗用タクシーに乗車し帰宅途中、同日午前〇時二〇分頃、大阪市天王寺区石ヶ辻町一三番地社会福祉会館前路上に至つた際、自動車盗犯予防等のため自動車検問を実施中の天王寺警察署警ら係巡査横路克則より被告人等の乗車するタクシーの運転手橋本渉が職務質問を受けるや、これに憤激し、共謀の上同巡査の顔面を殴打する等の暴行を加え、以て同巡査の職務の執行を妨害したものである」というのである。
証拠によれば、被告人金長沢及び尹竝吉が昭和三六年九月二六日、橋本渉運転のタクシーに乗つて帰宅途中午前〇時二〇分頃、大阪市天王寺区石ヶ辻町社会福祉会館前路上に至つたこと、同所では同月一一日附及び二五日附大阪府警察本部警ら部長、同刑事部長の依命通達により、自動車強盗の予防検問所を設けて天王寺警察署の六名の警察官が自動車検問を実施していたこと、直接検問に当る警察官五名は道に沿つて西から東へ三米乃至五米間隔で一列に配置されていたこと、最西端にいた中川巡査が手にもつた赤色燈を廻して停車の合図をしたが、橋本運転手は停車せずそのまま通過しようとしたため、最東端にいた横路克則巡査及びその西側にいた大阪巡査が警笛を鳴らして停車を命じたので少し行過ぎて漸く停車したこと、停車しなかつたことに不審の念をいだいた横路巡査が走り寄つて橋本運転手にどこから客を乗せて来たかと質問したところ南から来たと答えたこと、同巡査としては他に不審な点もなかつたのでそのまま行かせようと思つた際、後部坐席の窓から顔を出した被告人金長沢が何をポリ公といつて同巡査の顔面を殴打したことを認めることができる。
弁護人は横路巡査の職務執行行為を違法であると主張するのでこの点について考察する。
自動車検問とは、警察官が、自動車盗犯その他重要な犯罪の予防検挙のため、一般通行中の自動車に停車を命じて停止させ、運転手に対して、更に必要なばあいには乗客に対して、必要な事項を質問することをいい、警察内部の訓令(大阪府においては大阪府警察特別警戒規程)通達等によつて一つの制度的なものとして全国的に行われているもののようである。いかなる自動車をいかにして停車させ、いかなる者に対して、いかなる事項について質問すべきかは現場の警察官の裁量に任せられているようである。大阪府警では、自動車検問に従事する警察官の服務心得として、本部長通達により次のとおり定めている。
一、検問所において自動車の停車を命ずるばあいは、なるべく制服員がこれにあたらなければならない。
二、検問所以外の場所においては、みだりに自動車の検問を行なつてはならない。
三、同時に多数のものを検問する場合であつても、全員がこれにあたることなく、うち一名は必ず全般の監視を行なわなければならない。
四、自動車の検問は、人の乗用するものに限ることなく、空車のばあいであつても一応これを行なわなければならない。
ところで、警察は、右のような自動車検問の権限は、警察官職務執行法第二条の職務質問の前段階であつて、警察法第二条第一項の「警察は個人の生命、身体、及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする」とする規定から当然に由来するものとし、検察官も亦さように主張している。然しながら、その「警察法に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的と」して、まさに警察官職務法執行が制定されているのであり(同法第一条第一項)、然も、警察官が犯罪の予防検挙のために通行中の者を停止させて質問する権限について、同法第二条第一項は、厳格な要件を定め、「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる」と規定しているのである。勿論、職務質問は相手方の任意を前提とするものであつて(同法第二条第三項)、その上「必要な最小の限度において用いるべきものであつていやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない」とされているのである(同法第一条第二項)。いわゆる自動車検問なるものは、その実質において、職務質問の要件を取り除いた職務質問であり、まさに「職務質問の要件なき職務質問」というべきものである。検察官は、自動車検問は相手方の協力を前提とする点において、職務質問が単に任意を前提とするに過ぎず又追跡する等ある程度の実力を用いることができるのと異なると主張するが、協力といい、任意というのも所詮言葉の綾に過ぎないし、事実上自動車検問という制度が存在し、警察官が検問所を設けてその実施に当る以上、時には運転者に対し、特に搭乗者の多くに対し、強要的な働きをもつであろうことは明らかであるし、自動車盗犯等の予防検挙という検問の目的を達成するために、その運用が強要的に流れ易いであろうことも亦見易い道理であろう、さきに認定した本件の事実からもこの間の事情はある程度窺うことができる。又職務質問においては、警察官が職務質問中逃げ出した者に対して質問を続行するために追跡し、更に背後から腕に手をかけて停止させる程度のことは許されるという、限界的なばあいについてそれを救済する判例があるからといつて、警察官職務執行法第二条がただそういう実力行使を是認するためにのみ、特に法律で規定されているものとは到底考えられない。これを要するに、いわば自動車搭乗者に対する職務質問の特殊応用形態としての自動車検問なる制度の今日における必要性は理解できないではないが、現行法の下においては、法的根拠を欠き不適法なものであるといわざるを得ない。ただ、個々の自動車に対する検問が、たまたま警察官職務執行法第二条第一項の要件を備えている限りにおいて、職務質問として適法と見ることができるに止まる。本件においては、そもそも停車を命ずる権限はないし、停車しなかつたからといつて職務質問の要件が存在したとはいえないから(横路巡査は、赤色燈の合図で停車しないので、運転手が脅迫されているかも知れないと思つて運転手に停車を命じて職務質問したと証言しているが、実際には、どこから客を乗せて来たかと質問して南から来たという返答を得ただけで満足し、タクシーを行かせようと思つたと証言しているのであるから、職務質問をしたというのは後からつけた理屈で、むしろ自動車検問そのものの実施であつたと認めるべきものである)、横路巡査の職務執行は適法とはいえない。被告人金長沢が同巡査に暴行を加えたことによつて公務執行妨害罪は成立しない。
(裁判官 今中五逸 吉川寛吾 下村幸雄)