大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)5139号 判決 1962年9月29日
原告 堀茂博 外二名
被告 株式会社西井造船所 外一名
主文
一、被告株式会社西井造船所は原告各自に対し(一)金五〇、〇〇〇円を即時に(二)金二五、〇〇〇円を昭和三八年三月末日限り(三)金二五、〇〇〇円を昭和三九年三月末日限り(四)金三三、三三三円を昭和四〇年三月末日限り(五)金三三、三三三円を昭和四一年三月末日限り(六)金一六六、六六六円に対する昭和三六年一二月一九日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を債務者同被告の津地方裁判所(コ)第二号和議事件の和議の履行が完了したとき支払え。
二、被告西井船渠株式会社は原告各自に対し(一)金四八万円を即時に(二)金二四万円を昭和三八年三月末日限り(三)金二四万円を昭和三九年三月末日限り(四)金三二万円を昭和四〇年三月末日限り(五)金三二万円を昭和四一年三月末日限り(六)金一六〇万円に対する昭和三六年一二月一八日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を債務者同被告の津地方裁判所昭和三三年(コ)第三号和議事件の履行が完了したとき支払え。
三、原告等のその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用は五分し、その一を被告株式会社西井造船所、その四を被告西井船渠株式会社の負担とする。
五、この判決は仮に執行することができる。
事実
一、原告は、「被告株式会社西井造船所は原告各自に対し金一六六、六六六円とこれに対する昭和三六年一二月一九日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。被告西井船渠株式会社は原告各自に対し金一六〇万円とこれに対する昭和三六年一二月一八日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
(一) 被告両名は姉妹会社で共に造船業を営むものであるが、原告三名の父堀茂は被告株式会社西井造船所(以下単に被告西井造船所という)に対し金五〇万円、被告西井船渠株式会社(以下単に被告西井船渠という)に対し金四八〇万円を営業用資金として貸付けた。ところが被告両名は共に経営不振に陥つたので和議の申立てをなし、被告西井造船所については津地方裁判所昭和三三年(コ)第二号和議申立事件において昭和三三年九月四日和議条件の要旨は(1) 各債権者は利息並びに遅延損害金債権を全部免除すること。(2) 債務者は和議認可決定確定後各債権者(一部特定債権者を除く)に対し元本債権額を(イ)昭和三六年から昭和三九年まで毎年三月末限り各一割五分(ロ)同四〇年三月末限り二割(ハ)同四一年三月末限り二割を支払うとの条件で和議認可決定がなされ又被告西井船渠についても津地方裁判所昭和三三年(コ)第三号和議申立事件で被告西井造船と同日全く同じ条件の和議認可決定がなされ、右決定はいずれも異議なく確定した。
しかして原告先代堀茂は昭和三四年六月一五日死亡し、原告三名は各自三分の一宛右権利を相続した。
ところが被告両名はともに和議条件の昭和三六年三月末の債権額の一割五分の支払を履行しなかつた。そこで原告三名は被告両名に対し昭和三六年一二月一六日和議を以て定めた譲歩を取消す旨の意思表示を為し、右意思表示は被告西井造船所には同月一八日、被告西井船渠には同月一七日到達した。
(二) 右譲歩の取消によつて、本件のように和議条件が履行の猶予の場合は全額一時の支払を請求することができる。和議法第六二条によつて準用される破産法第三三一条第二項は譲歩の取消によつて和議債権者の免除した債権額が回復しても和議の履行完了後でなければ請求できないと規定するに止まり、和議条件が履行の猶予の場合これを取消しても履行期間徒過前の債権を請求することができないと規定するものではない。譲歩を取消したに拘らず直ちに履行を請求することができないとすれば取消無きに等しいからである。
よつて原告三名は各自相続分たる右金員の三分の一の金額、すなわち(1) 被告西井造船所に対しては金五〇万円の三分の一金一六六、六六六円(円以下切捨)及びこれに対する譲歩の取消をなした昭和三六年一二月一八日の翌日である同月一九日から支払済に至るまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金、(2) 被告西井船渠に対しては金四八〇万円の三分の一金一六〇万円及びこれに対する譲歩の取消をなした同月一七日の翌日である同月一八日から支払済に至るまで同様年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(三) 仮に譲歩の取消によつて回復した債権額のみならず猶予を取消された請求についても和議の履行完了後でなければ請求できないときは、履行期未到来の部分については将来の給付として請求する。
と陳述した。<立証省略>
二、被告等は、「原告等の請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
原告等主張事実中被告等が造船業を営むこと、被告等が訴外堀茂に対し原告等主張のとおりの債務を負担していたこと、原告等主張のとおりの和議が成立したこと、原告等主張の譲歩の取消の意思表示の書面が到達したことは認める。訴外堀茂の死亡及び原告等が相続したことは不知。
原告等は被告等が原告等主張の和議条件を履行しなかつたと主張するが、被告等は履行することができない状態にあつたもので被告等の責に帰すべき履行遅滞はない。訴外亡堀茂と被告西井造船所代表者西井栄太郎とは数十年来親交があり右茂が本件金員は個人の金で内緒にしてほしいと述べ利息の受授手形の書換等にはわざわざ九州から来る等の事情があり、右訴外人が死亡したとしても特別の受取人が来るのではないかと思料していた。更に仮に右訴外人が死亡していたとしても、被告等には相続人が何人か全く不明で昭和三六年一二月一六日付書面にしても相続人相続分を確定するなんらの資料がない。原告等はこれを明確にしないので譲歩の取消の意思表示は無効である。
仮に原告等主張のように和議条件の不履行による譲歩の取消しがあつたにしても、和議条件として期限の猶予譲歩であるか否か疑があり且又未だ和議の履行が完了していない今日譲歩の取消によつて回復した債権額につき権利を行うことはできない。
と述べ、甲号各証の成立を認めた。
理由
被告両名が共に造船業を営むこと、訴外堀茂が被告両名に対し原告等主張の債権を有していたこと、原告等主張のとおりの和議が成立したこと、原告等主張の譲歩の取消の意思表示の書面が到達したことは当事者間に争いなく、成立に争いない甲第一ないし第五号証によると、訴外堀茂は昭和三四年六月一五日死亡し、二男原告堀茂博三男原告堀浩三二女原告小山文子が訴外堀茂の遺産を三分の一宛相続したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。
被告等は和議条件である昭和三六年三月末の債権額の一割五分の支払を履行しなかつたことにつき被告等は責任がないと主張するが、なんらの立証をしないから、右主張は採用できない。(被告等はその主張のように訴外堀茂の死亡を知らなかつたとすればその住所において債務を履行すべきであるのに被告等はこれを履行していない。)
してみると被告等が和議の履行を怠つた以上原告等の前記意思表示によつて有効に被告西井造船所については昭和三六年一二月一八日、被告西井船渠については同月一七日それぞれ和議の譲歩が取消されたわけである。
しかして債権者が和議において債務者に対し期限を猶予することは譲歩であるから、債権者が和議の譲歩を取消したときは和議法第六二条破産法第三三一条第二項を類推し債権者はその債権を即時に請求することができず、ただ和議条件による履行期の到来と共にその分割金と同金額について履行を請求することができると共に、和議の譲歩が単に期限の猶予のみであるときは和議の履行の完了後に遡つて遅延損害金を附加して請求できるにすぎないと解すべきである。又和議の譲歩が元金の期限の猶予と利息(遅延損害金)の免除であるときは、譲歩の取消によつて和議条件による履行期の到来と共にその分割金と同金額についての履行を請求できると共に和議履行完了後に取消によつて回復した利息(遅延損害金)を請求することができると解するを相当とする。
したがつて原告等の被告等に対する本訴請求の内和議条件によつてもすでに履行期の到来した昭和三七年三月分までの分割金と同金額についてのみ即時の請求は認められ、残余の元金については和議条件に定められた履行期の到来と共にその分割金と同金額を将来の給付として請求でき、回復した利息債権については利率についてなんらの主張がない以上本件貸金が商行為によるものであることが当事者間に争いないから商事法定利率である年六分と認めるを相当とし、原告等請求の各元金総額に付する昭和三六年一二月一九日から支払済に至るまで年六分の遅延損害金は和議履行完了の後の将来の給付として請求できることになる。
よつて原告等の請求は、右の範囲内で正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村瀬泰三)