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大阪地方裁判所 昭和36年(行)62号 判決 1963年7月18日

原告 平浩二郎

被告 大阪矯正管区長

訴訟代理人 水野祐一 外二名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、「原告と被告大阪矯正管区長との間において、 (一)大阪拘置所が昭和三六年九月二六日原告の大阪人権擁護委員会あて申立書を披閲した行為 (二)大阪矯正管区管下の行刑実施機関が今後原告の裁判所その他公の機関あて発信文書(但し、右は原告が刑務所内で受けた不当処遇につき救済を求めないし右不当処遇を弾劾することを目的とするもの)(以下公務所あて救済等申立文書という)を披閲する行為の各違法であることを確認する。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

「一、原告は、強盗、窃盗罪による懲役五年、窃盗罪による懲役一年、公務執行妨害、傷害罪による懲役六月の各刑につき、昭和三四年六月二六日右懲役五年の刑から執行を受けることとなり、昭和三五年一二月九日以降同三六年九月二八日までは大阪拘置所に、その後現在にいたるまでは大阪刑務所に受刑者として拘禁されているものである。

二、原告は、右大阪拘置所に在監中の同三六年九月二六日同拘置所の原告に対する行刑上の不当な処遇につき大阪人権擁護委員会に救済を求めようとして、同委員会あての申立書を同拘置所の看守に手渡したところ、同月二八日同拘置所の保安課長から右申立書のあて先、番地が誤つていることを理由に差し戻された。同拘置所では、この際原告の右申立書を披閲したものであることは明らかである。

三、さらに原告は、大阪刑務所の職員が受刑中の原告に加えた不当な処遇に対し、目下告訴手続をとるべく用意をしているが、いまのままではこの告訴状も発信の際に同刑務所で披閲されてしまうものである。そうなると原告と対立関係にある刑務所側は、証拠湮滅を図る一方、原告にけん制を加えて事案の抹消を図るだけではなく、原告に対する対立感情をたかめ、さらに不当な処遇を原告に加えてくるにちがいない。

四、原告は、次の理由により右披閲行為を違法と考えるから、この窮状を打開するため、前記のとおりの判決を求めるものである。すなわち、原告は、有期懲役刑の受刑者として刑務所に拘禁され、いわゆる特別権力関係のもとに立たされ、市民法上の権利に対し、種々の制約を受けているが、これらの制約は、公共の福祉ないし特別権力関係設定の目的に照らし、必要なものと合理的に判断されるものに限つて許されるものであり、これを超える制約は、受刑者の市民法上の権利に対する不法な侵害となり、その排除を求めることが許されるのである。受刑者の発信文書についていうと、現行法上この発信文書の披閲を認めた規定はない。もつとも監獄法施行規則一三〇条には、在監者の発受する信書は典獄が検閲すべきことと定められているが、この検閲がすべての発信文書についてなされるものと考えてはならない。検閲は、拘禁および戒護の妨げとなるおそれすなわち在監者の逃走、暴行、自他殺傷等のおそれ、施設内の紀律と秩序を乱すおそれが明白かつ現在に存する可能性のある信書について許容されるものであるから、このような信書は、私人あてのものに限定される。在監者から、公の機関への発信文書には、右の可能性は考えられないから、これに対しては、前記施行規則に基く検閲の許されないことはもちろん、披閲もまた許されないものと考えるべきである。

五、なお、過去の披閲行為について、その違法の確認を求めておけば、被告は、披閲行為を違法とする確認判決の理由中の判断に拘束され、将来においても披閲ができなくなるから、確認の利益がある。また、大阪矯正管区長の被告適格について、在監者の発信文書に対する披閲の権限が、かりに大阪拘置所長ないし大阪刑務所長にあるとしても、被告大阪矯正管区長も上級監督機関として右披閲行為につき行政執行上の責任がある以上、これら典獄と並んで被告適格を有するものと考える。」

被告両名指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、本案前の抗弁として、「一、本件のような行政行為の違法確認を求める訴訟は、違法の確認があつても、行政行為の効力には直接の関係はなく、それによつて原告の法律上の地位に直接の法律的影響がないので、確認の利益を欠き不適法である。また、「披閲」は、単なる書類の内容を閲読するという事実行為をもつてその執行を完了し、過去の右披閲行為の無効確認によつては、原告の法律上の地位に何らの影響も生じない。したがつてかかる主張は、損害賠償その他の救済請求において先決問題として主張するものであれば格別、独立の訴えとしては許されない。二、本訴のうち、将来にむかつての検閲の無効もしくは違法宣言を求めている部分は、行政庁に対しある行政行為の禁止を一般的に求める不作為請求と結果において同一であると考えられるが、かかる請求は、行政権の地位を侵害することとなり、三権分立を建前とする現行の法制のもとにおいては許されない。三、大阪矯正管区長には被告適格がない。刑務所、拘置所内部の処遇殊に文書、信書の検閲は、典獄がこれを為す(監獄法施行規則一三〇条)ことになつており、典獄でない矯正管区長は、これに何ら関与しないものであるからである。なお、原告がその主張するような身分のものであることおよび大阪拘置所が昭和三六年九月二六日原告の大阪人権擁護委員会あて申立書を披閲したことは、いずれもこれを認める。」と述べた。

理由

本訴において、原告が不服の対象とする、「披閲」という行為が、拘置所および刑務所において在監者の発信文書についてなされる開披閲覧をいうものであることは、原告の主張によつて明らかであり、これが公権力の行使に当たる行為であることは多言を要しないから、本訴がいわゆる抗告訴訟に属することはいうまでもなく、従つてこの訴えにつき被告適格を有するものは処分行政庁であるといわなければならない。もつとも本訴はすでになされた「披閲」行為の違法確認と将来における「披閲」行為の違法確認の両請求を含むものであり、前者はともかく、後者の請求が、はたして現行法上適法な訴訟形態として許されるかどうかについては疑問のあること後にみるとおりであるけれども、いまこれが許容されるとしても、抗告訴訟の類型に属すること前説示のとおりであつてみれば原則として処分行政庁正確に言えば将来処分をなす行政庁を被告にしなければならないことにかわりはない(行政事件訴訟法三八条一項、一一条)。しかるに、原告主張の「披閲」行為が被告である大阪矯正管区長の処分としてなされたものおよびなされようとしているものでないことは、原告自身がこれを認めているところであるから、右「披閲」行為につき大阪矯正管区長を処分行政庁と認める余地はない。そうすると、単に右「披閲」行為につきその処分行政庁の上級監督庁としての権限を有していることだけを理由に、大阪矯正管区長を被告とする本訴は、すでにこの点において不適法であるといわなければならない(本件は原告が係争中に被告を当初の大阪刑務所長より現在の大阪矯正管区長に変更したのであり、その変更は被告を誤つたことを理由とするものでないが、両行政庁はその事務系統を同じくする上、下級庁の関係にあつて、その事務の属する行政主体即ち実質上の当事者には変りはないし、訴訟物も亦同一であつて、旧被告との間に生じた訴訟状態(訴訟資料、証拠資料等)が新被告に移行されることを認めても何ら支障を来さないことよりすれば、民訴法二三二条に準じ右のように被告を変更することも許されるものというべく、かりにこれが許されないとしても、被告の変更につき新旧両被告に何ら異議がなく、新被告において弁論期日に準備書面を提出する等の応訴行為に出た本件では、行政事件訴訟法一九条による、原告の新被告に対する請求の追加的併合と旧被告に対する訴えの取下によつて実現する、いわゆる任意的当事者変更をなすものと解し、無効行為の転換理論によつて、被告の変更を是認することができるものと解する。)。

さらに被告適格の点をしばらくおき、本訴のうち、原告が大阪拘置所において受けた過去の「披閲」行為の違法確認を求める部分についてみると、右「披閲」行為は、その内容に継続的な性質をもたない事実上の行為であり、「披閲」という即時的な行為が終れば、公権力の行使も終了するのであるから、それの排除を目的とする違法確認あるいは取消訴訟等の抗告訴訟を提起する利益は原告にはなく、この意味において原告適格を欠くものというべきである。原告は過去の信書の「披閲」行為の違法確認請求であつても、これを認容する判決があれば、その拘束力により将来における他の同種信書の「披閲」禁止という予防的効果の生ずることを理由にして、訴えの利益があると主張するのであるが、過去における「披閲」行為が前記の如く抗告訴訟による救済の対象となりえない以上副次的な判決の拘束力による予防的効果のみを理由にして訴えの利益を肯定することができないのはいうまでもなく、またかりに過去になされた特定の信書「披閲」行為を違法とする判決があつたからといつてその拘束力による予防的効果が別個の将来の信書に及ぶものとは一概にいい難いのであつて、この点に関する原告の主張は採用できない。

つぎに将来の「披閲」行為の違法確認を求める部分について按ずるに、およそ懲役刑の受刑者として監獄に拘禁し定役に服せしめられているもの(原告が右の受刑者であることは当事者間に争いがない。)に対し、その発受する信書を「披閲」することは、受刑者の逃走防止の点から自由刑の執行に欠くことのできない制度であるというべく(原告主張の公務所宛の信書であつても逃走手段の獲得に利用されるおそれが絶対にないとはいえない。)、監獄法、同法施行規則が一律に「披閲」あるいは「検閲」をなすべきものとし、これを実施するかどうかにつき、各個の場合に応じた裁量権限を認めていないのも、右の理由に由来するものというべきである。従つて懲役刑を科する刑事判決が確定し、その執行を受けるに至つた以上、もはや「披閲」を以て違法とすべき余地の生じないことは極めて明白であつて、これが行政事件訴訟による不服の対象になるものとは考えられない。本件における原告の違法確認請求は、その対象となる信書が公務所宛のものであること、その内容が権利侵害の救済を目的とするものである点において制限はあるが、後者の内容は「披閲」の結果でなければ確認できないことよりすれば、結局将来における公務所宛の信書全般につき、その「披閲」の違法を主張しその排除を求めることに帰着するのであつて、右説示に徴し不適法たるを免れない。しかのみならず、将来における「披閲」という事実行為に対し、予めこれが違法であることの確認を求める請求は、それ自体確認の利益を欠く点からも許されない(この点は将来における法律関係の確認請求が許されないのと対比して明白である。)。もつとも原告の右請求の趣旨は「披閲」行為の禁止を求める義務付け訴訟、あるいは「披閲」行為をしてはならない義務あることの確認請求であると解する余地がないではないが、本訴請求の内容、目的、必要性等諸般の事情よりみて、司法の事後審査の例外ともいうべき右訴訟形態を肯定しうるに足るような要件が具備されているものとは考え難い(本件における「披閲」行為というのは、受刑者の拘禁を目的とする具体的な公法関係に基いて発動される点よりして、この法律関係の内容を争うものである限り義務付け訴訟、少くとも義務確認訴訟は司法の事後審査の建前に反しないという見解も考えられないではないが、被告適格を欠く点からしても、また行政事件訴訟の対象にならない点からしても不適法であること前叙のとおりである。)。

以上説示のとおりであつて、原告の本件訴えは、いずれの点からしても不適法であるといわなければならないから、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 金田宇佐夫 井上清 小田健司)

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