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大阪地方裁判所 昭和37年(わ)776号 判決 1962年7月14日

被告人 桐山義仁

昭二・五・五生 土木建築請負業

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、

被告人は、

第一、法定の除外事由がないのに昭和三六年六月二三日頃から同三七年二月一六日頃までの間、肩書地自宅において刃渡り約七六糎の日本刀一振を隠匿して所持していた

第二、同三六年六月二三日頃吉村嘉一郎より登録を受けた右日本刀一振を譲り受けたのにかゝわらず右登録の事務を行つた大阪府教育委員会に対しすみやかにその旨の届出をしなかつた

ものである、というのである。

よつて先ず第一の公訴事実について判断するに、被告人の当公判廷における供述並びに司法巡査に対する供述調書および小川了二の司法巡査に対する昭和三七年二月二七日付供述調書、押収にかかる日本刀一振(昭和三七年押第三六六号の一)を綜合すれば、被告人が昭和三六年六月二三日頃から同三七年二月一六日頃までの間右日本刀一振を肩書地自宅において所持していたことは認められるが、右各証拠及び吉村嘉一郎の司法巡査に対する供述調書、石見助一作成の証明書によれば、右日本刀は同三六年五月一六日当時の所有者であつた石見助一の名義で美術品として大阪府教育委員会で登録をうけていることが認められるのであつて、右の如く銃砲刀剣類等所持取締法第一四条の規定による登録を受けた日本刀を所持することが、同法第三条所定の所持罪の対象から除外されていることは、同条第一項並びに同項第四号の規定により明らかであるから第一の公訴事実による被告人の右所持の所為は罪とならないものである。

次に被告人に対する第二の公訴事実について判断するに、検察官は右公訴事実が銃砲刀剣類等所持取締法第三三条第一七条第一項に違反すると主張するが、後述の如き理由により、右条項は憲法第三一条の趣旨に照らし、その規定の内容が不明確であつて適用不能のものであり、無効な規定と解さざるを得ない。

即ち憲法第三一条は何人も法律の定める手続きによらなければ刑罰を科せられないと規定し、犯罪と刑罰とが法律によるものでなければならないとするとともに、それは当然に罪刑の法定が適正であることを要求しているものと解されるのである。そして適正であるためには制定法規そのもののなかに、法的な権利義務の判定が恣意的な結論を導かないだけの客観性をもつ、明確さを備えていなければならないのであつて、ことに犯罪に関する法の規定即ち構成要件の定め方が不明確であるときは、その適用について個々の場合に不統一を生じ、裁判官が適用すべき規範の発見においてその判断の客観性を正当づけるに足りる明確な基準が存しないこととなるのみか、捜査機関の活動においても或は不当な捜査に口実を与える恐れが生じるかも知れないのである。更に右の如き刑罰法規の明確性の要求は、刑事上の訴追において被告人が当該法規の適用の可能性を認識し、その意味を理解できる権利を保障するためにも不可欠のものであり、いかなる行為が刑罰を受ける責を負わせられるかについて規定した法規の文言が、その意味を理解するうえに明確な内容をもつものでなければ、右の保障も空虚なものとならざるを得ないのであつて、人権の保障のため罪刑の法定が適正であることを要求する憲法第三一条の趣旨に照らしても内容の不明確な法規は適用不能な無効なものと言わざるを得ない。そこで、銃砲刀剣類等所持取締法第一七条第一項の規定について検討してみるに、同項は「登録を受けた銃砲又は刀剣類を譲り受け、若しくは相続し、又はこれらの貸付若しくは保管の委託をした者は、文化財保護委員会規則で定める手続により、すみやかにその旨を文化財保護委員会に届け出なければならない」と規定し、同項による届出をしなかつた者は同法第三三条により六月以下の懲役又は一万円以下の罰金に処せられるのであるが、同項中の「すみやかに」という文言が果して構成要件の定め方として、その内容が明確であると言い得るであろうか。即ち登録を受けた銃砲又は刀剣類を譲り受け或いは相続等した場合、一体何時までにその旨を文化財保護委員会に届け出ればすみやかである。として処罰されず、右届出までにどれだけの日数が経過すればすみやかに届出なかつたものとして処罰されるのか、「すみやかに」という文言自体から判断することができず、結局右条項はその内容において漠然としており、明確性を欠いているものと考えられるのである。

もとより、現実の立法において法文上の表現には、法それ自体にひそむ一般性により特に規制の対象の性格と相まつて、一定限度の不明確性が残されることは避け得ないことであるから、法律の運用にあたつては法文の解釈によつてその趣旨を補つていかなければならない必要の生じるのは当然であり、法律に解釈は必然的に伴うものであつて、刑罰法規にしても又その例外ではないのである。しかしながら刑罰法規は人に刑罰を科するのであるから、その内容において可能な限り明確でありこれを運用する者の恣意的判断の入る余地のないものでなければならず、仮に、法文の表現の不充分な点を解釈によつて補わなければならない場合でも、そこには自ら厳格な制約が要求されるのであつて、法文の表現の曖昧さが一定の限度を越えた場合にはもはや解釈によつて補うこともできず、かかる刑罰法規は前記の如く憲法第三一条の趣旨に照らしその適用を拒否して、無効なものとせざるを得ないのである。

本件第二の公訴事実においては、被告人が前記日本刀一振を吉村嘉一郎から、昭和三六年六月二三日頃譲り受け、同三七年二月一六日頃はまだ右登録事務を取扱う大阪府教育委員会に届出ていなかつたことは、被告人の司法巡査に対する供述調書および吉村嘉一郎の司法巡査に対する供述調書によつて認められ、被告人の届出なかつた期間は七箇月余にわたるものであることが明らかで、右日数は、同法第一七条第一項にいう「すみやかに」該当しないものであろうことが推認し得るとしても、同項の「すみやかに」という文言から、直ちに明確に同項に違反するものと結論することを要請されねばならないだろうか。右条項を適用するに際しては、「すみやかに」という文言の意味について必らず推測を及ぼして解釈をせざるを得ないだろうし、その結果、その結論においても正確な点で意見が異るであろう。右の「すみやかに」という意味を、銃砲、刀剣類の譲り受け等した場所と都道府県の教育委員会との距離、譲り受け等した時刻、その他譲り受け等した者の特殊事情を参酌して社会通念上遅滞なしと認められる期間と解すれば、その適用において何等の支障を生じないとの解釈もなし得るかも知れない。しかし右の特殊事情といつても如何なる範囲の事実を参酌してよいのかはなはだ漠然としており、このような漠然とした事実を基準としてはどれだけの日数をもつて社会通念上遅滞なしと認められる期間としてよいのかやはり明確を欠き判断に苦しむばかりでなく、同じ日数の間届出をしなかつた場合に、或る者は「すみやか」であるとして無罪となり、別の者は有罪として処罰される危険も生じ得るのであつて、刑罰法規として人が自己の将来の行為を決定するについての指標を与える保障機能を果し得ないこととなり、刑罰を避けるために何日以内に届出ることを必要とするのか、その判断に迷わざるを得ないこととなるのである。

右の「すみやかに」という文言は届出の期間を意味するのであるから、その規制の対象としては何日あるいは何十日以内に届出なければならないと明確な日数をもつて規定することが可能なのであり、且つ又そのように規定すべきなのである。即ちこうした明確に規定できる事項については、それが刑罰法規であることに照らしても、とくにその意味について合理的な疑いを入れないような文言で規定されているのでなければ、何人も有罪として処罰されないことが刑事法典の原則であり、刑罰規定の意味について不確定さがあるときは、かかる規定の適用を排除するのが裁判所に課せられた責務であると解さざるを得ない。

以上述べた如く、同法第三三条第一七条第一項は、その内容において許容される限度を越えて曖昧、不明確であり、憲法第三一条の趣旨に照らし、適用不能な無効な規定といわなければならない。従つて本件第二の公訴事実について被告人にその刑責を問うことはできないものと言うべきである。

よつて、被告人に対する本件各公訴事実はいずれも罪とならないものであるから、刑事訴訟法第三三六条により被告人に対し無罪の云渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 青木英五郎 梨岡輝彦 永山博英)

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