大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)3103号 判決 1964年10月15日
原告 津田信二
原告 津田美智子
右両名訴訟代理人弁護士 井上吾郎
被告 和歌山トヨタ自動車株式会社
右代表者代表取締役 広田善八
右訴訟代理人弁護士 植野周助
被告 志水宏
右訴訟代理人弁護士 黒田静雄
主文
被告両名は各自原告津田信二に対し金七拾万円、同津田美智子に対し金七拾万円及びこれらに対する昭和三十七年八月十日(但し、被告会社は同年同月十一日)以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告等その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決は各金七万円の担保を供するときは夫々仮に執行することができる。
事実
第一、請求の趣旨
被告等は原告両名に対し各金一、五〇〇、〇〇〇円計金三、〇〇〇、〇〇〇円及び訴状送達の翌日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
仮執行の宣言。
第二、請求の趣旨に対する答弁
請求棄却。
第三、請求の原因
一、(1) 被告志水宏は、昭和三六年八月三一日午後一〇時頃無免許で且つアルコールを身体に保有し、普通貨物自動車和四ぬ四〇〇三号を運転し、大阪府泉南郡嘉祥寺三七六〇―四番地先国道二六号線道路上を北進して、田尻陸橋の上り坂を上り頂上附近に差しかかった。
(2) ところが、右頂上附近は前方の見透しが困難なところであるから前方注視には十分の注意を払いできる丈け減速すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず被告志水はその義務を怠り、且つアルコール(呼気一リットルにつき〇、二五ミリグラム以上)の影響により正常な運転ができないおそれがある状態で時速八五粁の速度のまま漫然疾走したため右陸橋頂上に達したとき目前一八米の地点に同方向に進行中の訴外西川正(一七才)の運転する軽二輪自動車を認め、さらに目前約五米位に接近して初めて危険を感じあわててハンドルを右に切って避けようとしたが及ばなかった。
(3) そうして被告志水運転の車は西川運転の軽二輪自動車の後部に激突し、同被告は右後部を自己の運転する車の前部バンバーに喰い込ませたまま押し進め、右西川及び右軽二輪自動車の後部に同乗していた訴外津田信之(昭和一九年七月一九日生)を地上に転倒させ、よって信之を頭蓋内出血により約三〇分後死亡させるに至った。
二、被告和歌山トヨタ自動車株式会社(被告会社という)は被告志水運転の前記自動車を所有し、その事業のため右自動車を使用しているものであるところ、被告志水は被告会社専属塗装請負業者であって、被告会社工場内において被告会社々員訴外前幸雄(塗装班長)の指揮監督を受けて仕事をなすものであって、被告会社の業務上の便益に供するため、前記自動車を使用したのであるから被告会社は民法第七一五条による損害賠償義務あるものである。
三、前記被害者津田信之は原告津田信二(父)、原告美智子(母)の次男で右事故当時星光学院高等部に在学中であったが、原告等は信之の事故死亡により多大の精神的物質的損害を蒙り、右精神的損害は原告等各金一、五〇〇、〇〇〇円と評価し得るから、これが賠償を求める。
第四、請求の原因に対する答弁
(被告会社)
(一) 請求原因第一項は知らない、同第二項中、被告志水の運転した自動車が被告会社の所有であること、前幸雄が塗装班長であることのみこれを認めその余は否認する。同第三項は知らない。
(二) 被告志水は被告会社の塗装請負業者である訴外原田末吉の使用人であって被告会社とは全く雇傭関係はなく、その選任及び事業の監督の立場にあるものでない。
(三) 仮りに被告会社にも損害賠償義務あるものとしても、本件事故は被害者信之が西川正において運転免許を得てないことを熟知しながら同人の運転する軽二輪自動車の後部に乗っていたためおこったものであって、右過失は重大にして相殺されるべきものである。
(被告志水)
(一) 請求原因第一項(1)(3)の事実はこれを認める、(2)のうち時速、酩酊程度を否認する(時速は五〇粁にすぎなかった)
(二) 本件事故の原因は停車中の西川正が発車するに際し後方より進行してくる自動車の有無に注意することなく急に発車して被告志水の車の目前に飛出したため惹起されたものである。
第五、立証≪省略≫
理由
一、請求の原因第一項(1)、(3)の事実は被告志水においてこれを認めるところであり、被告会社との間においても≪証拠省略≫によってこれを認めることができ他に格別反証もない。
二、そうして≪証拠省略≫によれば被告志水の叔父である訴外原田末吉は被告会社専属の自動車塗装請負を業とするもので、被告志水は右原田とともに右職業に従事し、本件事故当時まですでに六、七年にわたり被告会社に毎月出勤し、被告会社内の一定作業場で被告会社の器具の一部を使用して被告会社の自動車の塗装作業をしていたものであって、本件事故当日も、被告会社における作業終了後、飲食したり自動車に同乗したりして遅くなったので、翌朝の出勤を考慮して被告会社職員で塗装班長である訴外前幸雄(同人が塗装班長であることは被告会社において認めるところである)に申出て、被告会社所有の前記貨物自動車(右貨物自動車が被告会社の所有であることは被告会社において認めるところである)を借受け、これを運転して帰途につきその途中本件事故を惹起したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
三、これらの事実によれば被告志水のなした自動車の運転は自己のためになしたものであるとともに右自動車の所有者である被告会社のためになされたものであるということができるので被告志水及び被告会社は、他に特段の事実の認められない限りは、前記事故によって生じた損害を賠償する責を免れることはできないところである(自動車損害賠償法第三条)。(原告は被告会社に対する請求を民法第七一五条によるものと主張しているが、右は法律的見解を述べたにとどまり、請求の原因たる事実に鑑み、右請求はまず民法第七一五条の特別規定である自動車損害賠償保障法第三条の規定によるものというべきである。)なお、証人篠原義雄、≪中略≫の各証言によれば被告志水の被告会社における作業形態が、労務管理及び経済的理由から、被告会社の作業とはその過程指揮系統、資材購入、給与支払の面において独立、別箇の形をとっていることが認められるが右認定事実は被告会社の前記責任を否定するに足るものではない。
四、被告志水は本件事故の原因は停車中の西川正が発車するに際し、後方より進行してくる自動車の有無に注意することなく急に発車して被告志水の車の目前に飛出したため惹起されたものである旨主張するが、前掲示甲号各証によれば本件事故の発生した前記田尻陸橋の頂上附近は地形、暗さのため前方の見透が困難な場所であるところ、被告志水は時速八五粁の速度(右時速に反する甲第二号証の二七の記載部分は措信できない)で前記貨物自動車を運転して右陸橋頂上に達したとき前方一八米位の陸橋左側欄干附近に同方向に進行を開始した訴外西川正の運転(無免許)する軽二輪自動車を認めたが、その右側を容易に通過できるものと考えてそのまま二三米位進行を続け、右軽二輪自動車と五米位の距離に接近したところ、右軽二輪自動車が右寄りに近付いたため初めて危険を感じ、あわててハンドルを右に切ってこれを避けようとしたが間に合わなかった事実を認めることができる。そうだとすると西川としても軽二輪自動車の運転を開始して道路左側より中央部に進出するに当り、附近に接近してくる車があればこれに接触することのないよう安全に運転をなすべき注意義務あるにもかかわらずこれを怠った過失あるものということができ、これも本件事故発生の一因といえないことはないが、しかし右の事実は被告等の賠償責任を免れさせるものではない。又被告会社は被害者信之が西川正において無免許運転をなすものであることを熟知しながら軽二輪自動車の後部に乗っていたためおこったものであって右過失は相殺されるべきであると主張するが右事情は過失相殺として考慮するに当らない。
五、ところで≪証拠省略≫並びに原告津田美智子本人尋問の結果によれば前記被害者信之は原告両名の次男にして本件事故当時星光学院高等部に在学中であったこと、本件事故後被告志水側の関係者が被害者の葬式に参加し、香典金一〇、〇〇〇円と供花を原告方に提供したが、被告会社側は右事故に関係がないとの立場をとっていたことが認められ右認定に反する証拠はない。原告両名が本件事故によって多大の精神的苦痛を受けたことは当然であるから、被告等は原告両名に対し相当の慰藉料を支払うべき義務あるものというべきであって本件に現われた一切の事情を綜合して右慰藉料は原告それぞれに対し金七〇〇、〇〇〇円宛を以て相当と認める。右認定を超える額を以て相当とするに足る事情を認め得る証拠は存しない。
六、本件事故によるその他の損害については何等の主張、立証もない。そこで被告両名は各自原告津田信二に対し金七〇〇、〇〇〇円、同津田美智子に対し金七〇〇、〇〇〇円及びこれらに対する本件訴状送達の翌日であること記録に徴し明白な昭和三七年八月一〇日(但し、被告会社は同年同月一一日)以降右完済まで民法所定の年五分の割合による損害金の支払をなすべき義務あるものということができるので、本訴請求は右の限度でこれを認容するがその余はその理由ないものとしてこれを棄却することとし民事訴訟法第九二条、第九三条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中村捷三)