大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)5188号 判決
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【判決理由】(1)原告は、棉花紡績・落棉の精製等の営業をしていたが、昭和二八年頃数千万円にのぼる負債ができて債権者より破産の申立をうけ、また原告側より和議の申立をなし、それとともに人員整理をして本件土地に隣接するいわゆる原告貝塚工場での操業を縮少し、当時の原告代表伊藤民雄の実弟伊藤三郎が主体となって機械設備と残留した職人四名ほどを使って棉業を継続したが、昭和三二年頃に至って右工場を閉鎖せざるを得なくなり、以後右工場および敷地ならびに本件土地の管理をあげて地元の社外者である訴外雪定与三一郎に一任して今日に至っている。
(2) 右工場閉鎖に接着する前後頃、原告の本店は大阪市東区瓦町より同市住吉区浜口町へ移転され、原告社長伊藤民雄は社長の地位を去って東京へ移り前記貝塚工場での原告の企業活動は物的にも人的にも完全に消滅した。そして前記工場建物のうち一棟は伊藤民雄の妻名義のアパートに改造され雪定がこれを管理するようになり、また他の棟も訴外第三者らに作業場あるいは住家として賃貸されるに至った。
(3) なお原告が昭和二二年本件土地を賃借して以降、本件土地は原告の棉乾燥場として若干使用されたことがあるのみである。
(4) 賃料は、昭和二二年一一月賃貸借開始以後一坪月額一円五〇銭のまま据置かれており、昭和二九年一月一日当時においてさえ適正地代に比し極めて低額であったことが推認される。
(5) 本件土地賃料の支払は、原告の経理課員某が担当することになっていたが、右担当者が前出人員整理のための原告会社を去り、原告は、昭和二九年一月一日以降の賃料の支払を前出企業活動破綻のため新たに担当すべき者への事務引継等をするいとまのないまま、放置しておいた。
(b) 右にのべた事情のため、原告は、契約解除の意思表示をうけた当時において、昭和二九年一月一日以降四ケ年分以上にわたる本件土地賃料の支払を怠っていたものである。(証拠―略)
以上の認定事実によれば、昭和三三年四月当時、原告は貝塚工場での企業を閉鎖して本店は移転され、社長伊藤民雄はその職を辞して東京へ移り、賃料支払担当者もそれにさきだって人員整理をうけて既に原告会社を去り、またその後任者もなく、貝塚工場には人的物的施設はなく、かつ原告とまったく無関係な雪定写三一郎が右工場の建物・敷地へ入ってその名においてこれを管理し、社外一般の者からすれば雪定が右建物・敷地の権利を原告より譲り受けたものとしかみられえない状況であり、被告出原としては賃料を催告しようにも一体どこ宛に誰に対してなしたら良いのか判然としなかったものであり、かつ賃料支払担当者が誰であるのかも原告より同被告には明示されておらなかったものであり、そのうえ原告は、昭和二二年以来据置かれている坪当り月額一円五〇銭という昭和二九年当時の物価・地価・公租公課よりみて適正地代とはいいえないこと明らかな低額の賃料をさえ四ケ年余の長期間にわたって滞納していたものであり、右は原告と被告出原との本件土地賃貸借契約を継続し難い重大な原告の背信行為に該当するものというべく、かつ滞納地代支払の催告を必要としない特段の事情があったものというべく、被告出原の原告に対する前出争いない催告なき賃貸借契約解除の意思表示は有効になされたものといわざるをえない。(今枝孟)