大阪地方裁判所 昭和37年(行)63号 判決 1965年5月11日
原告 原田義三郎 外四名
被告 大阪府知事
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、双方の申立
原告ら訴訟代理人は、
「被告が昭和三七年九月二四日農地法第五条の規定に基づいてした、別紙目録記載の農地について転用のためその所有権を原告らから訴外西濃運輸株式会社へ移転することを許可するとの処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決を求めた。
被告訴訟代理人は、本案前の申立として、
「原告らの訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。」
との判決を求め、本案の申立として、主文同旨の判決を求めた。
第二、双方の主張
一、請求原因
(一) 別紙目録記載の農地(以下本件農地という。)は、それぞれ同目録の所有者欄に記載されている各原告の所有であつた。原告らは昭和三六年一月一八日訴外西濃運輸株式会社(以下訴外会社という。)との間で本件農地を訴外会社に売渡す契約をし、昭和三七年五月二七日訴外会社と連名で、被告に対し農地法五条所定の所有権移転許可申請手続をした。
(二) 右許可申請手続をする前に、原告らと訴外会社との間に次のようないきさつがあつた。
前記売買契約後、訴外会社は、原告らが契約を履行しないとの理由で原告らに対し右売買契約解除の意思表示をし、原告らを相手取り岐阜地方裁判所大垣支部に手付金返還並びに損害賠償請求の訴を提起した。その係争中、双方で話合いの結果、訴外会社は本件農地を転売したり他に賃貸したりしないこと、原告らとの間の本件農地の売買価格については再度双方で協定すること等の条項を含む裁判上の和解をすることにつき双方の間で下契約ができた。そして、訴外会社は、右裁判上の和解を立させることを確約するからとりあえず農地法五条による所有権移転許可申請手続に協力するよう原告らに申し入れた。そこで原告らは昭和三七年五月二七日訴外会社とともに右許可申請手続をしたのである。
(三) しかるに訴外会社はその後にわかに態度をひるがえし、右訴訟において裁判上の和解をすることを拒み、売買価格の再協定をも拒否するに至つた。そこで原告らは、同年八月一一日付書留内容証明郵便で被告に対し、前記許可申請に対する許可処分を留保されたい旨申入れた。
更に原告らは、同年九月二一日大阪府農林会館において開かれた、本件許可申請につき審議するための大阪府農業会議に呼出しを受けて出頭した際、右会議の席上で大阪府農業委員訴外武藤三治郎及び被告の補助機関である大阪府吏員訴外田川専之輔に対し、原告ら代理人訴外豊田謹造を介して、かつこれと同じ趣旨を記載した意見書と題する書面を訴外武藤に手交した。訴外武藤はこれを通続のうえ訴外田川に手渡した。
これによつて、原告らのさきにした本件農地についての農地法五条所定の許可申請は同日取下げられたわけである。
(四) ところが被告は、同年同月二四日農地法五条にもとづき本件農地について原告らから訴外会社への所有権移転を許可するとの処分をした。右許可処分は、原告らが前記のいきさつで許可申請を取下げた後になされたものであるから、訴外会社の申請だけにもとづいてなされたこととなる。
農地法五条の許可処分は、当事者双方の申請をまつてなされるべき行政処分である。したがつて、当事者の一方である訴外会社だけの申請でなされた右許可処分は違法であつて、取消しを免れない。
(五) 仮に前記申請取下げが認められないとしても、被告は原告らの前記八月一一日付処分留保方の申入れ及び前記申請取下げの申入れにつき、その理由となる事実関係を調査したうえ許可処分の可否を決定すべきである。しかるに被告は、何ら調査をせず漫然と許可処分をした。よつて右許可処分には調査不尽の違法があり取消さるべきである。
二、被告の本案前の抗弁に対する原告らの答弁
被告の本案前の抗弁(二)について。知事の許可をえてなされた農地の売買契約が無効・取消・契約解除等の理由で効力を失つた場合、その後の右農地をめぐる法律関係につき、許可処分の表見的存在自体が売主に不利益に働く。また被告は、二重申請に対して二重許可も与えられると主張するが、二重申請の場合あとの申請に対しては実際上許可処分がされる可能性がない。
したがつて、原告らは、本件許可処分が違法である以上その取消を訴求する利益を有する。
三、被告の後記五、(五)の主張に対する原告らの主張。
農地法五条の申請は私人の共同による公法行為であつて、申請人相互を拘束することを内容とするものではないから、申請人の一方による取下げは自由であり、有効になしうる。
四、被告の本案前の抗弁
(一) 被告が原告主張の許可処分をしたことは認める。ただし、許可処分をした日は昭和三七年九月二九日である。
原告らは、右許可処分を不服として昭和三七年一〇月二九日処分庁である被告を経由して農林大臣に対し審査請求をした。農地法にもとずく処分の取消の訴は原則としてその処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ提起できず(農地法八五条の二)例外として審査請求があつた日から三ケ月を経過しても裁決がない時にのみ取消の訴を提起できる(行政事件訴訟法八条二項一号)。
よつて、右審査請求に対する裁決がなく、かつ審査請求の日から三ケ月を経過しない昭和三七年一二月二二日に提起された本訴は不適法な訴であり、却下を免れない。
なお、右審査請求に対する裁決は昭和三八年一一月三〇日現在まだなされていない。
(二) 本件農地の所有権はまだ原告らから訴外会社に移転されておらず、登記簿上の所有名義も原告らである。訴外会社は、本件農地につき仮差押登記及び所有権移転の仮登記を有しているにすぎない。したがつて、所有者である原告らから新たに原告らを譲渡人、訴外会社以外の第三者を譲受人として農地法五条による所有権移転の許可申請がなされた場合、被告がそれに対する許可処分をすることは可能である。この場合、同一土地についてさきに本件許可処分が存することは、第二の許可処分をするにつき何らの妨げともならない。
よつて原告らは、本件許可処分の取消を訴求する利益を有しない。
五、本案に対する被告の答弁
(一) 本件農地につき原告らと訴外会社との間で売買契約がなされたこと、原告らと訴外会社との間で請求原因(二)に記載のようないきさつがあつたこと、原告らが各自の所有農地につき訴外会社とともに被告に対し農地法五条所定の許可申請手続をしたこと(ただし、申請手続をした日は昭和三七年六月五日である。)、原告らから昭和三七年八月一一日付書留内容証明郵便で被告に対し、許可処分を留保されたい旨の申入れがなされたこと、原告らが同年九月二一日付意見書と題する書面を大阪府農業会議に提出したこと、被告が原告らの前記許可申請に対し許可処分をしたこと(ただし、許可処分をした日は昭和三七年九月二九日である。)、以上の事実は認める。
(二) 原告らが、昭和三七年九月二一日大阪府農業会議の席上で訴外武藤及び訴外田川に対し口頭で本件許可申請を取下げる旨の意思表示をしたことは知らない。
(三) 請求原因(三)のうち訴外会社がにわかに態度をひるがえしたとの主張は争う。
(四) 原告らが被告に対し、被告の本件許可処分前に許可申請を取下げる旨の意思表示をしたとの主張を争う。
原告らの被告に対する前記昭和三七年八月一一日付書面による許可処分留保の申入れは、許可申請取下げの意思表示ではない。
また、仮に原告らが大阪府農業会議に対し許可申請取下げの意思表示をしたとしても、農業会議は被告に対する右意思表示受領する権限を有しないから、被告に対する有効な意思表示とはならない。
(五) 仮に原告らの本件許可申請を取下げる旨の意思表示が被告に対してなされたことが認められるとしても、取下げの効果を生じない。
農地法五条の許可申請は権利移転の当事者双方からなされるべきもので(農地法施行規則六条二項、二条二項)、その性質は合同行為と解すべきである。したがつて、その取下げも双方合同でするか、または他方の同意をえてすることを要するといわねばならない。本件においては、訴外会社の意向とは無関係に一方の当事者たる原告らのみからなされた取下げの意思表示であるから、有効な取下げとはいえない。
(六) 請求原因(五)の主張は理由がない。被告が農地法五条による許可処分をするに当つては、当該申請者間においてなされる農地の潰廃を目的とする所有権の移転が公共の利益に合し、国民経済上からも適当であるかどうかの観点から当店を判断すればよいのである。原告主張のような申請当事者間の事実関係は私法によつて解決すべき事柄であつて、被告が農地法五条の許可をするに際し立入つて審査すべき事柄ではない。
(七) よつて、本件許可処分は適法である。
第三、証拠<省略>
理由
一、被告の本案前の抗弁(一)について。
被告が、本件農地の原告らから訴外会社への所有権移転につき農地法五条による許可処分をしたことは、当事者間に争いがない。許可処分をした日は、成立に争いのない乙第一号証、甲第一二号証によると、昭和三七年九月二四日であることが認められる。そして、右乙第一号証及び甲第一二号証によると、原告らは被告の右許可処分に対し、同年一〇月二六日農林大臣に審査請求の手続をしたこと及び右請求に対し昭和三九年一〇月三〇日審査請求を棄却するとの裁決がなされたことが認められる。したがつて、昭和三七年一二月二二日に提起されたことが記録上明らかな本訴は、処分に対する審査請求があつた日から三ケ月を経過せず、かつ審査請求に対する裁決を経ずに提起された訴であることが明らかである。
しかしながら、行政事件訴訟法八条一項ただし書き及び同条二項の趣旨は、審査請求に対する裁決により行政の統一をはかる必要のある処分、専門技術的性質を有する処分等については、行政上の要求から司法的救済を求める前にまず行政的救済を求めさせることとしながら、国民が行政的救済を求めても行政庁においていつまでもそれに対する回答をしない場合には、国民の権利救済は不当に遷延されることとなるので、三ケ月の間に行政的救済が得られない場合は行政的救済をまたずして司法的救済を求めうることとしたものである。この趣旨に照らすと、本訴のように審査請求をした日から三ケ月を経ないで提起された訴は、その時点では不適法であるが、その後審査請求をした日から三ケ月を経るまでに終局判決に至らずして過ぎた場合は、右期間不遵守のかしは三ケ月の経過によつて治癒され、以後は適法な訴となると解すべきである。
よつて、被告の抗弁は採用できない。
二、被告の本案前の抗弁(二)について。
原告らは、訴外会社との間の、被告の許可をその補充要件とする本件農地の売買契約に関し、所有権移転の許可申請と代金支払とを同時履行の関係に置く等契約関係の存続又は終了に基づく自己の利益を守るため、該許可処分を失効させる法的利益を有しているものということができる。したがつて、契約当事者双方からの申請をまつてはじめてなしうる許可処分が、一方からの申請のみでなされた違法のものであるとして、その取消を訴求するについては、たとえ被告主張のように、原告らが同一土地についてさきに訴外会社への所有権移転の許可処分をえた後、更に訴外会社以外の第三者への所有権移転の許可処分を得ることが可能であるとしても、訴の利益を有するものということができる。
よつて、被告のこの抗弁も採用できない。
三、そこで、本案について判断する。
(一) 本件農地が、それぞれ別紙目録の所有者欄に記載されている各原告の所有であつたこと、原告らが昭和三六年一月一八日訴外会社との間で本件農地を訴外会社に売渡す契約をしたこと、その後原告らと訴外会社との間で右売買契約をめぐつて原告らの請求原因(二)に記載するような紛争が生じたが、双方協議の結果一応紛争が解決して原告らと訴外会社が連名で被告に対し農地法五条による本件農地の所有権移転許可申請手続をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第二号証によると、右許可申請手続をした日は昭和三七年六月五日であることが認められる。
(二) 原本の存在及び成立に争いのない乙第六号証の一、二、第七号証の一によると、右許可申請手続をした後、またもや原告らと訴外会社との間で紛議が生じ、原告らはこれを自己に有利に解決する手段として、訴外会社との間の紛争が落着するまで農地法五条による許可処分がなされないことを望んでいたことが認められる。
そして、原告らが昭和三七年八月一一日付書留内容証明郵便で被告に対し、右許可処分を留保されたい旨申し入れたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、右内容証明郵便物の内容を検討しても、原告らが被告に対し許可申請を取下げる旨の意思表示をしたものとは認められない。
(三) 証人豊田謹造、同武藤三治郎、同田川専之輔の各証言によると、被告のする農地法五条等の許可処分につき被告に意見を具申する機関(農地法第五条第二項、第四条第二項、農業委員会等に関する法律第四〇条)である大阪府農業会議が、本件許可申請についての意見を具申する前提として、原告らと訴外会社との間の従前からの紛争につき双方の言い分を聞くため、昭和三七年九月二一日大阪府農林会館に右双方当事者を招集して会合したこと、その席に当時の大阪府農業会議会議員訴外武藤三治郎及び大阪府農林部農地課調整第二係長訴外田川専之輔が列席し、当事者双方から意見を聴取するとともに意見の調整をはかつたこと、右農業会議は被告に対し許可を相当とする旨答申したこと、以上の事実が認められる。右認定に反する証拠はない。そして、右会合の席で原告らから「意見書」と題する書面(乙第一〇号証)が提出されたことは、当事者間に争いがない。
原本の存在及び成立に争いのない乙第一〇号証によると、右「意見書」と題する書面は、原告ら五名が連名で作成したもので、宛名の記載はなく、本件農地に関する原告らと訴外会社との間の紛争の内容につき原告らの立場からるる説明したうえ、最後に「第五条申請を取下げしたいのです。」と記載されていることが認められる。そこで、前記会合の模様につき検討する。
証人武藤三治郎、同田川専之輔の証言によると、右会合の席で、原告らの側からは、紛争についての原告らの立場からの主張とともに、本件許可申請に対する許可処分を待つてほしいとか、或いは本件申請を取下げたいとの意見が述べられたこと、前記意見書が原告若柳善太郎の代理人訴外豊田謹造から武藤三治郎に渡されたこと、武藤はこれを読んだのち豊田に返したこと、田川専之輔は右意見書を受取つていないこと、会合の最終段階で原告ら代理人であつた訴外図師弁護士が、結局、本件申請に対する許可処分をしてもらつてもよいとの趣旨の発言をしたこと、以上の事実が認められる。証人豊田謹造の証言中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によると、結局昭和三七年九月二一日に原告らから被告またはその補助者である田川専之輔に対し本件許可申請を取下げるとの意見表示はなされなかつたことが認められる。
(四) そうすると、前記意見書記載の本件許可申請取下の意思表示は、被告に到達しておらず、被告が本件許可処分をした昭和三七年九月二四日までの間に原告らが許可申請を取下げたことは認められないから、右申請を取下げたことを前提とする原告らの、本件許可処分が違法であるとの主張は採用できない。
(五) 原告ら請求原因(五)の主張について。
農地法が農地の所有権移転を許可にかからしめているのは、国の農業保護政策として、その所有権移転が農地法一条に定める法の目的に反しないかどうかを審査するためである。他方、農地法は、所有権移転の契約当事者間の私的紛争を調整する機能を有せず、都道府県知事等は当事者間の契約の効力の有無等を審査する権限を持つものではない。したがつて、本件において被告が農地法五条の許可処分をするに当つても、農地の潰廃を目的とする所有権移転が、その利用目的において公共の利益に合し、国民経済上からも適当であり、農地を潰廃することを相当とするかどうかを判断すれば足りるのであつて契約当事者間に私的紛争があつても、被告はそれを調整すべきものではないというべきである。
原告の右主張も採用できない。
四、よつて、原告らの本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山内敏彦 高橋欣一 小田健司)
(別紙目録省略)