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大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)1042号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔争点〕被告は、過失相殺の抗弁について、被害者谷畑強における過失を具体的に指摘した上、続けて「同人の死亡による損害の賠償を算定するに当たつては、当然右の過失を斟酌すべきである」と、漠然とした主張を行なつた。本判決は、慰藉料については過失相殺の規定は適用されないという前提の下に、前記三の如く、財産的損害についてのみ過失相殺を適用した。もつとも、本判決も、更に続けて原告らの慰藉料額を算定するに当たり、被害者強の過失の程度を、諸般の事情の一つとして、斟酌している。

〔判決理由〕一、惟うに、道路を通行する車両その他の交通機関の発達が著しく、その交通量も激増している状況の下において、交通機関たる車両を運転して道路を通行しようとする者は、自己が交通法規に従い通行しているに拘わらず、進路前方に、車両、歩行者、その他の障害物の存在することを発見し、あるいはこれらの障害物の出現が予想される場合、直ちに自己の車両の運行を中止し、又は、それらの障害物をすべて避譲しなければならないとすれば、道路交通は殆んどその機能を喪失することになるから、ある程度は他の車両、歩行者等も交通法規を遵守し、前後左右に注意を配つた上で道路を通行してくれるものと信じて通行する外はないと考えられるところであるけれども、いわゆる路面電車は、専用鉄道を運行する電車と異なり、一般の自動車その他の車両並びに歩行者も通行する道路上に敷設された軌道上を通行するものであり、又自動車とも異なり、みずから進路を変えることによつて障害物を避譲することが不可能で、かつ相当長い制動距離を要するのみならず、電車が一旦車両その他歩行者等に接触すれば人命にかかわる重大の損害を惹起せしめる危険があり、殊に近次自動車交通量の激増に伴なう路面交通事故の減少を図る意図もあつて、路面電車が徐々に廃止されていく情勢にある等の事実を考え合わせると、路面電車の運転者なる者は、専用鉄道を運行する電車や自動車の運転者に要求される前方注視義務を負損することはもとより、自己の運転する電車の前方に車両歩行者その他の障害物の存在を発見し、又はこれら障害物の出現が予想される場合には、あらかじめ警笛を吹鳴してその注意を喚起し、かつ、電動機に通じる電流を切つて何時でも制動の処置をとりうる状態におくとともに、単に右のような処置を採るのみでは足らず、いつでも障害物の直前で電車を停止しうるまで減速し、更に危険を予知したときは急停車の処置をとる等時宜にかなつた処置をとり、もつて衝突等の事故を未然に防止すべき業務上当然の注意義務を負担するものと解すべく、以上の注意義務の存在は、事故の相手方に過失が認められる場合においても、そのことが過失相殺として斟酌されることは格別これによつてなんらの消長をきたすべきものではないと解すべきである。これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、被告瀬戸が、本件電車を運転中前方を注視する義務を怠らなかつたと認められるけれども、同被告が、強との接触地点より約八三・八メートル手前で、本件道路を横断しようとした強が北行軌道敷内で立ち止まつたのを発見しながら、しかも、当時北行車道には車両が間断なく通行していることを十分現認していた同被告において、右北行車道進行中の車両の中から、前車を追い越そうとして北行軌道敷内に乗り入れてくる車両が現われるかも知れないし、その場合にはこれを避けるため強が南行軌道敷内に後退してくることを十分予見しえたはずであり、したがつて直ちに警笛を吹鳴して同人の注意を喚起するとともに、いつでも同人が佇立する手前で停止できる速度まで減速すべき業務上当然の注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、単に本件電車の電動機に通じる電流を切つたのみで警笛の吹鳴は勿論、減速する措置を採らずに漫然と惰行進行し、接触地点より約二九・四メートル手前の地点に至り、同人が北行軌道敷内を進行してきた自動車を避けるため南行軌道敷内に後退してきたのを発見して、はじめて警笛を鳴らし、急停車の処置をとつたけれども時既に遅く、同人の直前で本件電車を停止させることができずして、同人と接触し本件事故を起こしたものというべく、結局本件事故は、同被告の過失に基因するといわねばならないことは、前説示の理由によつて明らかであるから同人の死亡により生じた損害について、被告瀬戸は不法行為者として、又被告会社は同被告の使用者として、これを連帯して賠償すべき義務がある。

二、強が昭和一六年三月一二日生まれであつたこと、及び同人が本件事故当時岡三証券株式会社阿倍野営業所に勤務していたことは、前示のとおりいずれも当事者間に争いがない。原告らは、強は、当時二一才一〇月余りでなお四五年余り余命があり、満六〇才までなお三八年間働くことができたはずであると主張するところ、厚生省統計調査部が発表した第一〇回生命表によると、満二一才の男子は四七・五八年の平均余命を有するものとされていることは、当裁判所に顕著な事実であるから、これによると、原告らが主張するように、強は少なくともなお四五年の余命があつたことを認めることができ、又近時の生活環境から考えると、会社等に勤務するいわゆるサラリーマンたる健康体の男子は、特別の事情が認められない限り、少くとも満六〇才までの間は右労働によつて収入を得ることが可能であると認めるのが相当であるから、本件事故がなければ、同人は満六〇才までなお三八年間前示会社に勤務して収入を得ることが可能であつたというべきであるところ、<証拠略>によると、強は岡三証券株式会社から給与として昭和三七年四月より同三八年一月まで合計金二二〇、七三七円を、昭和三七年上期及び下期の賞与として合計金五五、六〇〇円を得ていたことが認められるから、右給与合計額を一〇分し、これに一二を乗じて得た金額、即ち金二六四、八八四円に右賞与額を加算した金三二〇、四八四円が同人の年間総所得額であるというべく、又、同号証によると、同人は社会保険料として前同一期間内の給与より、合計金八、〇二五円を、同期の賞与より合計金三九九円を差し引かれていたことが認められるから、これを前同一の計算方法により計算すると、年間社会保険料合計は金一〇、〇二九円であるというべきであり、従つて、右年間総所得額から年間社会保険料額を控除した残額三一〇、四五五円から、原告らにおいて自認する同人の納付すべき公課及び生活費の年間合計額一四四、〇〇〇円(一カ月金一二、〇〇〇円、特段の事情及び証拠がない本件においては、右金額をもつて同人の公課及び生活費と認めるのが相当である。)を、控除した残額一六六、四五五円が同人の得べかりし一カ年の純収入額であるといわねばならないから、同人の年間純収入額が右金額の範囲内たる金一二〇、〇〇〇円であるという原告らの主張は正当である。そうすると、強の余命四五年中、同人が満六〇才に達するまでの三八年間に取得し得べき純収入の合計額は金四、五六〇、〇〇〇円となり、これをホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を一カ年ごとに差し引いて本件事故当時の一時支払額に換算すると、

(年間純収入額)×(単利金現価表率……

120,000×20,97029873

法曹時報11巻2号48頁所載)の算式により、

金二五一六、四三六円(円未満四捨五入)となることは計算上明らかであつて、この金額が強において本件事故により失つた得べかりし利益の総額として即時支払いを受くべき金額であるといわねばならない。

三、<証拠略>によると、本件事故が発生した地点は、大阪府公安委員会の指定による歩行者横断禁止区間内にあり、南か北へ約五〇メートル歩行すれば正規の横断歩道に到達することができ、右の二つの横断歩道の間の東側歩道には、二カ所にわたつて歩行者横断禁止の道路標識が設置されていることが認められる(右認定を覆えすに足る証拠がない)ところであつて右認定事実に、強が右道路の近くにある岡三証券株式会社阿倍野営業所に勤務していた事実を考え合わせると、横断禁止に関する右の事情は、強においてもこれを熟知していたものと推認されるから、同人には右地点を横断してはならない義務があるといわねばならないことはいうまでもなく、又前示認定のとおり、同人は道路の横断を開始する直前南行きの車道及び軌道敷内を南進してくる車両及び路面電車がないことを確認したのみで、右道路を横断し得ると速断して横断を開始し、かつ、北行軌道敷内においてしばらく立ち止まりながら、北行車道を北進する車両のみに注意を奪われていて、前後左右に注意を配ることを怠つた過失により警笛を吹鳴して進行してくる本件電車に気がつかなかつたのであるが、当時本件電車の外には南行きの車両及び路面電車が存在しなかつたのであるから、同人において右のような注意をしておれば、早期に本件電車の進行してくるのに気づき、本件事故の発生を避けうるに十分な空間的時間的余裕があつたと考えられるところであるから、本件事故の発生については、同人においても、交通頻繁な道路を横断する歩行者としての注意義務を尽くさなかつた過失にも責めらるべき点が多分にあつたと断定せざるを得ない。よつて本件について右過失を斟酌すると、結局同人の被つた得べかりし利益の喪失による損害額は、金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当とすべく、原告らは同人の直系尊属として右損害賠償請求権の二分の一、即ち金五〇〇、〇〇〇円宛を相続したといわねばならない。(下出義明 寺沢栄 喜多村治雄)

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