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大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)2503号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、抗弁について

英登が昭和二五年ごろ井上泰男から本件家屋を賃借し、昭和三五年六月ごろ賃借権を老舗とともに被告に譲渡したことは、当事者間に争がなく、右譲渡に井上の承諾があつたか否かの争点については、<証拠>を綜合して、次の諸事実が認められる。

1 英登は、昭和二一年ごろから大阪市西区九条通りの本店で婦人子供服地の販売等を営んでいたが、昭和二五年ごろさらに心斎橋店として、本件家屋に「別珍屋」の看板を掲げてその階下部分で開業し、同会社の取締役である被告は、心斎橋店の責任者となつた。このような状況の下で、昭和三五年六月ごろ被告は、英登の取締役を辞任して本件家屋の賃借権等を英登から譲り受け、個人として従前どおりの営業を続けたのであるが、屋号は依然別珍屋で、店舗の模様替も別にされなかつた。

2 本件家屋の賃貸人である井上泰男は、昭和三五年末ごろ同家屋の賃料を増額したい旨英登の代表取締役徳野守に申し入れたところ、同人から賃借権等が被告に譲渡されたことを始めて知らされ、譲受人と交渉してほしいと云われたので、これに応じ、改めて被告に対し賃料の増額方を要求した。

そこで、井上と被告とが交渉の結果、被告に対する賃料を昭和三六年一月一日から月額三、〇〇〇円増して四一、五〇〇円とすること、従来「株式会社英登」宛に発行していた家賃の通帳は、同年三月分までの余白があるから、そのまま使用すること、敷金は、従前英登から井上に交付してある七〇余万円を流用すること等の合意がそのころ両者間に成立し、井上は、同年四月一日以降の家賃通帳の宛名をすべて「別珍屋」に改めて発行した。

3 右賃借権等の譲渡を承諾するに当り、井上は、被告に対し、いわゆる名義書換料を請求していないが、その理由は、賃借権等の譲受人が、約一〇年の間英登心斎橋店の責任者として本件家屋を使用し井上と親しい間柄にあつた被告であり、しかも、右譲渡により本件家屋の使用状況に格別の変更も生じておらず、要するに、賃借人の交替という色彩が極めて薄いことにあるものと考えられる。その代り、賃料は、昭和三二年一月七日当時月額三七、〇〇〇円であつたのが、昭和三六年一二月末日まで約四年の間に一、五〇〇円増額された(その時期は明らかでない)だけであるのに、被告が賃借人となつてからは、前認定のとおり昭和三六年一月一日から月額三、〇〇〇円増額された後、さらに同年四月一日から月額一、五〇〇円、昭和三七年一月一日から月額五〇〇〇円と、それぞれ急激に増額されている。

4 被告は、昭和三六年三月ごろ井上に対し、「本件家屋の便所を水洗式に改造したいが、その費用一三万余円を被告が銀行から借用して立替払した上、今後本件賃料から毎月五、〇〇〇円と被告が銀行に支払うべき借入金の利息とを控除する方法により、井上に対する右立替金債権の弁済に充てることにしたい。」と申し入れたところ、井上は、これを承諾しており、又井上は、本件家屋の抵当権者である商工組合中央金庫から約二〇〇万円の弁済を迫られ、昭和三七年初ごろ被告に融資を申し入れたこともあるのであつて、これらの事実に照らし、井上が被告を本件家屋の賃借人と考えていたことは、明らかである。

<証拠判断>

右認定によれば、井上が、本件家屋の賃借権等の譲渡につき、被告に対して口頭で承諾を与えたことは、疑のないところである。

三 再抗弁三、四について

成立に争のない甲二号証によれば、「本件家屋の賃借人は、賃貸人の書面による承諾なくして、賃借権ことに老舗を譲渡してはならず、これに反するときは賃貸借契約を解除できる。」との約定が、昭和三二年一月七日井上と英登との間で公正証書によつてなされていることが認められる。

右約定で「書面による承諾」が要求されている趣旨は、賃借権等の譲渡につき賃貸人の口頭又は暗黙による承諾の有無が争われる事態の発生を予防するにあり、右特約は、専ら賃貸人の利益のために設けられたものと考えられるから、前認定のように、賃貸人が賃借権等の譲受人に対し譲渡の承諾を口頭で与えた場合には、右特約に基き賃借人が賃貸人に対して書面による承諾を求める義務を、当該譲渡につき免除したものというべきである(賃借権の譲渡についての賃貸人の承諾の相手方は、賃借人でも賃借権の譲受人でも良いのであるから、右免除の相手方も同様に解するのが相当である。なお、前記趣旨の特約に拘らず賃貸人が賃借権の譲渡を暗黙に承諾した場合にも、特約に基づく賃借人の前記義務につき黙示の免除があつたものと認められる場合があり得るけれども、その認定に当つては、特約の存在が、黙示の承諾を肯定するにつき、消極的要素としての役割を果すものと考えられる。)。

従つて、前認定の口頭による承諾は有効というべきであるから、原告の再抗弁三は理由がなく、無断譲渡とする再抗弁四も失当に帰する。(宍戸清七)

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