大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)4284号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕昭和三八年九月一五日午後六時頃、大阪市西成区今池町四〇番地の二〇所在の被告経営の公衆浴場ボイラー室附近から出火して北隣の原告居宅に延焼し、その一部を類焼した後、約三、四〇分後に鎮火したことおよびボイラー夫として被告に使用されていた中川良平が本件出火当時右ボイラー室の作業に従事していたことは当事者間に争がない。
≪証拠略≫を総合すると、中川良平は出火当日夜勤であつたので午後五時頃昼勤の梅田よしのりと勤務を交代してボイラー作業に従事したが、同人が梅田よしのりと交代しているとき、顔見知りの六五、六才の男が風呂に燃やしてくれと言つて釜焚場に持ち込んできた紙屑等を入れたむしろ袋三個のうち二袋を釜場の入口のところにおき、一袋を釜の側に置き、その袋の紙屑等を三分の二程燃やして残り三分の一を向つて左側の釜の前に開けて附近の床のうえに拡げ、その空むしろ袋を北側の壁際に置いたが、かねて浴槽の湯を過機に送るモーターの調子が思わしくなかつたので、このことを経営者である上田の耳に入れるためボイラー室を立ち去り表番台の方へ赴いた。ところで中川はボイラー室を立ち去るに当り左側の釜の焚き口一杯に紙屑を入れその蓋で外にあふれた部分を中へ押しこむようにしてこれを閉じたが、以前から釜の焚き口とその蓋とを密閉することができず、その間が少し隙いており、その隙間を通つて焚き口から火の粉が再三床上に落ちていたことを充分承知しており、しかもその焚き口下の床上には紙屑が拡げてあり、さらに近くには多量の燃料が置かれてあつたのであるから、ボイラー夫としてボイラー作業に従事していた中川としては、焚き口附近をしばらく離れるに当り自己に代つてその附近を監視する者を置くかその他なんらかの適切な措置を講じ、焚き口からの引火による出火を防止すべき注意義務があるのにこれを著しく怠り、なんらの措置を講ずることなく漫然とボイラー室を立ち去つた重大な過失により、右焚き口と蓋との間から燃え落ちた火の粉がその附近に拡げてあつた紙屑に燃え移り本件火災を見るに至つたものであることが認められ、≪証拠略≫中右認定に反する部分は措信しない。
以上のように本件火災は被告経営の公衆浴場ボイラー夫として被告に使用されていた中川がボイラー作業に従事していた際の重過失によつて生じたものであるから、被告は民法第七一五条により本件火災のため原告に生じた損害を賠償すべき義務があるものである。 (中原恒雄 石川恭 重村和男)