大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)4522号 判決
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〔判決理由〕
第五、争点に対する判断
一、責任原因
本件事故は左の事実から被告戎の走行に関する明かな過失によつて生じたことが認められるから被告吉谷は運行者として(第二の二の事実より)、被告戎は一般不法行為上の責任により、それぞれ原告らの損害を負わねばならない。
(イ) 本件道路は車道巾員八・一メートル、北南両側歩道巾員各二・三メートルの直線道路で見透しは良好であつた。
(ロ) 道路はアスフアルト舗装で、当日晴天で路面は乾燥しており、被告戎は西陽を背後に受けて東進、現場にさしかかつた。
(ハ) 現場より約五メートル手前に軽三輪車が北側歩道縁によせて駐車していた。
(ニ) 被告戎は時速二〇乃至二五キロの速度で右駐車中の軽三輪車と殆んど併行の位置まできたとき前方約五、六メートルのところで、原告重明が車道に下り顔を東側に向けて数歩進んできたのを発見した。
(ホ) 被告戎の前に約二〇メートルの車間距離をへだてた先行車が現場を通過したあとなので、被告は原告重明が自分の車<編註、自家用普通貨物自動車ダツトサンライトバン>の通過を待つてくれるものと判断し、そのまま何の措置もとらず進行したところ、北側歩道縁から二・五約メートルの地点で原告重明と自動車の北側ドア附近で接触した。重明は左まわりに一回転して頭部を北東に向け、うつぶせになつて転倒した。
(ヘ) その時刻頃交通量は本件道路としては比較的閑散な状態で被告戎が原告重明を発見して接触するまで対向車は見当らなかつた。危険な後続車の接近もなかつた。
(ト) 接触後被告は約一二、三メートル走行した上停車した。
(チ) 現場より東方交又点附近に横断歩道があつた。現場附近は特に横断禁止の指定はない。
(リ) 原告重明は歩道上を東方より現場附近にきて横断しようとしたものである。
(ヌ) 当時被告戎は胃潰瘍のため週に一度通院しており、被告吉谷もそれを知つていた。
(資料、<省略>)
右各事実を綜合すると、先行車の通過をみた歩行者原告重明が横断歩行中であるのを約五、六メートル手前で発見しているのであるから、そのまま進行すれば接触の危険があることは十分予見可能であつた筈であり、警笛吹鳴などの警告措置、進行方向右への回避減速徐行一時停止などの予防措置によつて歩行者重明の安全をはかねばならないのに、これを怠つた。そして現場には右措置を防げるようなまた右措置によつて他の危険性を誘発するような事情はなかつた。
被告戎本人の供述中には、原告重明が自ら自動車にぶつかつた趣旨の部分があるけれども、現場の状況から到底考えられないことであり事故後間もなく、新鮮な目撃者らの供述によつて作成された甲第一〇号証の一、二、三、第一二号、第一三号証の記載にも反するので到底信用できない。
二、損害の発生
(一)傷害の内容
本件事故により原告重明が受けた傷害の内容は原告ら主張のとおり(第三の一の(二)の1)<編註、頭部前後頭部打撲、手背部挫傷、右膝関節部打撲症、脳震盪後遺症、逆行性健忘症、中枢性運動失調症などの強度の神経症>認められる。
(資料、<省略>)
(二)損害の数額
本件事故受傷にもとずく原告らの損害については、別表その二「認定損害額」のとおり、相当因果関係の範囲にあるものとして認めることができるが、認定上特記すべき事実は右傷害の内容のほか、左のとおりである。
1原告重明は事故から同年六月二〇日頃まで二ケ年余大阪市在、長堀病院に入院を要し、その後は翌三九年一〇月末まで通院治療を続けた。その後神経科の処置のため同年一一月二〇日から一ケ月間奈良医大に入院し、その後近所の岡谷外科へも通院して治療を続けている。
2原告重明は受傷のため記憶を大部分喪失し、思考力が減退して二けたの引算もできない状態であり、強度の恐怖症におちいり、生涯精神的労働は勿論社会的に稼働することは不可能な状態である。膝関部故障のため歩行も現在難渋を極めている。
3原告重明は農大出身で事故当時株式会社保険調査協会に勤務して調査事務に従事していた。当時五三才でその経歴仕事の内容からして、その平均余命二〇・六五年(厚生省昭和三八年簡易生命表)の範囲内で、七〇才までつまりなお一七年就労し得た筈である。
4その平均月収は一ケ月一七、三一〇円であつて向後一三年間(二〇四月)少くともその額を下らない収入を得た筈である。なお月毎に発生する年金的利益の現価を算出するためには各月毎に発生する各利益毎に現在からその時点までの中間利息を控除してその総和を求める複式によるのが当然で、最終期末に各期の利益が一時に発生するものとして総額についてすべて、現在から最終期末までの利益を控除する原告代理人注記の計算方法は実情を無視したもので、よることを得ない。(参照昭和三七年一〇月二六日大阪高裁判決、下級民事裁判例集第一三巻第一〇号第二、一六六ページ)
5原告主張の付添費については、その主張のとおり、柴山広子<編註、原告重明の妹と主張されている>と原告木実が現実に付添つたことは認められるけれども、病院の看護であることなどから、事故責任としての相当因果関係からは最も近い肉親(子)原告木実の分だけを損害とすべきである。そして直接雇用したわけではないけれども近親者である同人が付添のため勤務を休み五一日間平均五三七円あての給与を失つたのであるから、その間の得べかりし利益の損失を付添費の損害として計上することは条理上妥当である。
6原告重明の入院中の栄養費などの雑費のうち、見舞来客の食費など交際費に属する一、八三〇円は相当因果関係にある損害とはいえない。
7原告重明は昭和二八年妻を結核で、昭和三七年二男安彦を腹膜炎で失い、長男は自衛隊に入隊しているので、その老母岩野と子原告木実とでひそかに暮していた。本件負傷により、原告木実は痴人にもひとしくなつた父の面倒を見るため勤務先をやめねばならなくなり、家に在る唯一人の子として父原告重明を心の綱と頼んできた若い身空にとつて暗澹たる運命のかせを負わねばならない境涯に陥つた。従つて近親者として慰藉料請求は当然である。(資料、<省略>)
別表その二
「認 定 損 害 額」
種類内容
金額(円)
一 原告重明
(1) 療養費
(イ) 病院治療費
(ロ) 入院中栄養費、雑費二二、二三七−一、八〇三=
(ハ) 付添費、原告木実
(2) 得べかりし利益の損失一七、三一〇×一四七・四一五〇六九四二
参照法曹時報V・一一、N・二、P・三七一二×一七=二〇四月
(3) 慰藉料
(4) 損害合計
(5) 過失相殺(5/1)
(6) 損益相殺
(7) 残額
(8) 認容額(請求額の限度)
二七四、四九三
二〇、四〇七
二七、三八七
二、五五一、七五四
一、〇〇〇、〇〇〇
三、八七四、〇四一
(一)七七四、八〇八
(一)三三〇、〇〇〇
二、七四九、二三三
一、七一〇、一五五
二、原告木実
(1) 慰藉料
(2) 過失相殺(5/1)
(3) 残額
(4) 認容額(請求額の限度)
五〇〇、〇〇〇
(一)一〇〇、〇〇〇
四〇〇、〇〇〇
二五〇、〇〇〇
三、過失相殺
前示第五の一の各認定事実、特に(イ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(チ)、(リ)の各事実を綜合すると、原告重明にも横断歩道の指示がない車道を、車道の当然予想される自動車進行路右側の安全を十分確めずに横断しようとした過失がある。
然しながら現実に歩行者の横断を発見して、当然事故発生の危険性を予見できた筈であるのに何ら予防措置をなさずに走行した自動車側の過失の方が専用自動車路でない現場の状況からして遙かに重大である。原告重明が右方から西陽を受けている状況も見逃すことはできない。
もともと双方に同様の過失がある場合には危険度の強い方また回避能力、防禦能力の秀れている方が、その程度に応じて結果発生に対する危険責任を負担すべきが人命の尊厳、自動車の手段性、公平の原則からして当然の理である。(優者の危険負担の原則)
以上各観点から考慮する時、危険負担の分配としての過失相殺は、原告ら五分の一、被告ら五分の四が相当である。従つて原告らの損害総額五分の一を相殺すべきである。(舟木信光)