大判例

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大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)5063号 判決

原告 大北英子

被告 北原正数 外一名

第一、主文

一、被告両名は原告に対しそれぞれ金一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三八年一二月八日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告正数は原告に対して金一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三八年一二月八日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。

四、この判決一、二項は仮に執行することができる。

五、たゞし第一項については各被告においてそれぞれ金五〇〇、〇〇〇円の担保を、第二項については被告が金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

第二、本訴申立

主文一、二、三、四項と同旨

第三、争いない事実

一、本件事故発生

発生時、昭和三七年二月一四日未明

発生地、尼崎市逢川町七番地先路上

事故車、被告嘉寿一(被告正数の父)所有小型乗用自動車トヨペツト、大五ぬ七〇五三号

運転者、被告正数

受傷者、原告、当時一八才(右自動車に同乗中)

態様、被告正数は右路上を西進中、道路左側の電柱に自動車を激突させ、そのため車中の原告は顔面挫創、胸部挫創、両膝挫創の傷害を受けた。

二、責任原因について

本件事故は、原告正数が飲酒の上前方を注意せず、運転を誤つた過失により発生した。

三、原告と被告正数との関係

1 原告は昭和一九年一月三日生れであるが、右交通事故前の昭和三六年暮頃、当時勤めていた洋酒喫茶ドミノで、客として来ていた被告正数とはじめて知りあつた。昭和三七年一月頃には原告と被告正数は阪急十三附近の旅館で肉体関係を結んだ。

2 原告と被告正数との肉体関係は本件事故後も昭和三八年初め頃までつづき、同年はじめ頃原告は被告正数の子供を姙娠したが、同年三月被告正数の求めにより人工流産した。

3 原告は被告正数を相手として大阪家庭裁判所に婚姻予約不履行を理由とする慰藉料請求の調停を申立てたが不調に終つた。

第四、争点

一、原告の主張

(一) 自動車事故による被告両名の責任

1 責任原因

被告嘉寿一は自動車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者の責任として、また被告正数は自己の過失による不法行為責任としてそれぞれ原告に生じた損害を賠償しなければならない。

2 損害、慰藉料

原告は本件事故受傷により入院一七日通院一一日の治療を要したほか、顔面の右頬から唇をふくめた下あごにかけての傷を十数針縫合したゝめ、そのあとは醜い瘢痕となり、特に下あごの部分は縫合したあとの皮膚の感覚を失い、下唇がひきつれるので、飲食物がこぼれ、自分でも知覚できないので家族の前でも恥づかしい思いをしている。女性の生命ともいうべき顔に終生いやし難い傷害を受けることによつて、原告は肉体的精神的に生涯にわたる甚しい打撃と苦痛を負わねばならなくなつたので、その慰藉料は金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(二) 婚約予約不履行による被告正数の責任

1 婚姻予約の成立

左の各事実によれば遅くとも本件自動車事故直後には原告と被告正数との間に婚姻予約が成立している。

イ、昭和三七年一月頃、阪急十三附近の旅館で両名が関係した際被告正数は将来結婚する旨を誓約したので、原告はこれを信じてその後も被告正数と体を許した深い交際を続けた。

ロ、本件自動車事故により、被告正数は業務上過失傷害罪の容疑で、尼崎西警察署係官の取調を受けたが、被告正数が同人と原告とが婚約中である旨述べたので送検されず、処罰されなかつた。

ハ、本件自動車事故直後、被告正数が病院に見舞に来た際、原告が顔面の傷を気に病んで「鏡を見せてくれ」と頼んだのに対し、同被告は「必ず自分がもらつてやるから安心せよ」と将来結婚する旨の誓約を重ねて繰り返した。

ニ、原告は、被告正数のこの言葉を信じて、昭和三八年のはじめ頃まで、同被告の婚約者として関係をつゞけ、原告の両親の同意も得、また原告の知人同僚の間でも二人は婚約者として遇されていた。

2 婚姻予約の被告正数による不当破棄

被告正数は昭和三八年はじめ頃原告が被告正数の子供を受胎したのを知つた頃から、急に態度が変わりはじめ遂には理由なく、原告の心をふみにじつて原告との婚約を破棄した。

三月八日、自殺を図つたが一命はとりとめた。

3 慰藉料

原告は被告正数に純潔をさゝげて若き夢をかけた結婚の約束も被告より不当に破棄され、一時は絶望して自殺をはかつた事情もあり、精神的に甚だしい苦痛と打撃を受けたから、これに対する慰藉としては金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

二、被告の主張

(一) 自動車事故責任について

1 被告らの無責

本件事故は当時訴外古川美恵子の同乗の依頼を飲酒の故に被告正数が断つたのにかかわらず、さらに原告が強いて頼んだので、やむなく原告等を乗せて運転した結果おきたもので、原告は予め事故の発生を認容していたものというべく、かかる場合は運行者ならびに運転者の不法行為責任は生じないものである。

2 過失相殺

かりに責任があるとしても右のように被害者が事故発生のおそれを容認して強いて同乗した場合は、同乗した者にも過失があるというべく過失相殺されねばならない。

(二) 婚姻予約破棄の主張について

両者の関係はバーの女給とそのお客の単なる情事にすぎなかつたもので婚姻予約などとはいいがかりにすぎない。原告は被告との関係以前にも既に他の男との関係があつたし、慰藉料の問題を生じようもない。

第五、証拠<省略>

第六、争点に対する判断

一、自動車事故責任

(一)、責任原因

被告正数は自己の運転行為の過失責任により、また被告嘉寿一は左のように運行者責任として、それぞれ本件事故により生じた原告の損害を賠償しなければならない。

先ず次のような事実が認められる。

すなわち本件自動車は専ら被告正数が運転していたものであるが、当時正数は病弱で職につくこともなく、無資産、無収入で、被告嘉寿一が面倒をみていた同居家族の一員であつた。そして車も正数の運転のため買い与えたものであるが所有は父嘉寿一のものであるし、車の走行管理に関する費用は一切嘉寿一が負担していた。また嘉寿一が足の具合が悪い時乗つたり、家族が利用していた。

(資料、被告両名、弁論の全趣旨)

ところで自動車損害賠償保障法第三条による運行者責任とは、車の構造機能と運転行為をふくめたシステムとしての自動車の運行に伴つて予測される危険に対処すべき社会構造的関聯における支配管理制御の責任を問うものであるが、右認定のような事実関係においては、被告嘉寿一は経済的社会的生活の単位としての家族の主宰者として、その保有する本件自動車について、日常同居の子である被告正数に許容していた運転に対しては家族使用目的ともいうべき運行の範囲にあるものとして管理制御の責任を負つているものというべく、当該運転により生じた運行者の責任を免がれない。

ところで被告等は、被告正数の拒絶にも拘らず原告が強いて同乗を頼むので、やむなく同乗させたから被告らの責任は生じない旨主張する。そして証人野口広司、被告正数本人の供述中には原告の促すところによつて同乗させたことをのべる部分があるけれども、証人古川美恵子、原告本人の供述を綜合すると俄かに信頼できないし、少くとも原告らの強つての依頼によつて同乗させたとは到底認められない。

かりに依頼によつて好意により同乗せしめたとしても、運転者として、安全に輸送すべき義務は変りはないし、従つてまた原告が自動車損害賠償保償法第三条により保護を受くべき他人に当ることもいうまでもない。従つて被告らの責任を否定し得べくもない。

(二)、損害発生慰藉料

左の点を補足するほか原告主張事実(第四の一の(一)の2)が認められる。

原告は現在でも寒い時など受傷した胸部の痛みなど覚え、また顔部の傷痕、感覚喪失により事故後は以前の明朗な性格を失い自棄気味な言動をしたり、とかくふさぎ勝ちで家族と食事を共にするのもいとわしくなるようになつた。原告は被告らより入院費用約三〇、〇〇〇円の支払を受け、また保険金として金一〇〇、〇〇〇円の支給を受けているが、そのほか原告の精神的損害を償うための慰藉料は金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(資料、甲第一、四号証、検甲第一号証、証人古川美恵子、同大北ナミエ、原告本人、被告正数本人、弁論の全趣旨)

二、婚姻予約不履行の責任

(一)、婚姻予約の成立

左の各事実を綜合すると少くとも本件自動車事故により原告が入院している当時までに原告、被告正数間の婚姻予約の関係が成立していたものとするのが相当である。

イ、昭和三七年一月頃被告正数のリードではじめて体を許し合つてから本件自動車事故をはさみ三八年三月頃まで一年余にわたつてその関係を継続し、三八年はじめ頃には原告が姙娠するにいたつた。

ロ、本件自動車事故の刑事責任については、両名が婚約中である旨被告正数が申述べているのを理由に不問に付された。

ハ、右事故によつて入院中、被告正数は、原告が女心に顔の傷痕の醜さを気にするのを慰め、少くとも原告には婚約の確認と受けとれる甘い言葉を与えている。

ニ、原告の勤務先であつた洋酒喫茶ドミノの同僚の間では昭和三七年一月頃から両名が将来結婚する仲であるようにいわれていたし、また原告は母ナミヱにも被告正数との婚約をつげていた。また被告北原方家庭や親族間でも少くとも両名が深入りした仲であることを知つていた。

(資料、甲第三号証、第五号の一、二、三、証人古川美恵子、同野口広司、同大北ナミエ、同北原祥行、原告本人、被告正数本人)

なお証人北原祥行、被告正数本人の供述中、婚約の事実を否定する部分があるけれども前者については臆測の域を出ず後者については強弁の言と認められ採用できない。

(二)、婚約不履行と慰藉料

原告は右婚約関係から被告正数との結婚生活に夢と期待を寄せ、本件事故後は特に女の致命傷ともいうべき顔の傷痕のこともあり、同被告との将来に全幅の信頼をかけて、体の関係を続けて正数の胤を宿すに致つたが同人の指示により姙娠三月で人工中絶のやむなきにいたつた。ところが昭和三八年三月ごろ急に被告正数の態度が冷淡になり原告の心をふみにじつてその婚約を破棄した事実が認められる。そうすると被告正数は右婚約不履行の責任として原告の蒙つた精神的苦痛を慰藉しなければならない。ところで右各事実から原告は悲観のあまり同年三月八日頃睡眠薬による自殺を図るまでにいたつた事実などと前示各諸事実を考慮するとき、原告の精神的損害に対する慰藉料は金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当と認められる。

(資料、甲第二号証、証人大北ナミヱ、原告本人、被告正数本人、弁論の全趣旨)

三、結論

そうすると、被告らに対し、各金一、〇〇〇、〇〇〇円にみつるまでの自動車事故責任による損害ならびにその遅延損害金の支払を求め、被告正数に対し、婚約不履行による慰藉料金一、〇〇〇、〇〇〇円とその遅延損害金の支払を求める本訴請求はすべて理由がある。

訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行に関する宣言につき同第一九六条を適用した。

(裁判官 舟本信光)

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