大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)5603号 判決 1966年6月29日
原告 文部省共済組合
訴訟代理人 川井重男 外二名
被告 茂木鶴松
主文
被告は原告に対して、八九、九九一円とこれに対する昭和三八年一一月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担、その一を被告の負担とする。
この判決は、第一項にかぎり仮に執行することができる。
事 実 <省略>
理由
一、請求原因一の事実(本件事故の発生とこれによる貴島の受傷)は、当事者間に争いがない。
二、<証拠省略>を総合すると、貴島が原告の大阪大学支部組合員であること、原告が貴島の受傷に対し国家公務員共済組合法の規定による療養の給付を行い、昭和三八年一一月二〇日までに治療費一七九、九八三円を大阪府社会保険診療報酬支払基金を通じて大阪大学医学部附属病院に支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。
三、そこで、原告が国家公務員共済組合法四八条一項により損害賠償請求権を取得したかどうかを判断するとして、まず、原告が給付を行つた際、貴島が被告に損害賠償請求権を有していたかどうかについてみる。
(一) 訴外金が被告の業務のため自動車を運転中であつたことは、当事者間に争いがない。右事実によると、被告は自賠法三条にいう自已のために自動車を運行の用に供する者であるといえる。
(二) <証拠省略>を総合すると、次のとおり認められる。
1 本件事故現場は、<1>北方の大阪枚岡奈良線道路片江口交又点から南方の近鉄線ガードに通ずる直線道路で、城東運河に平行する道路、<2>西方から交又点の数メートル東側の城運河片江橋に通ずる直線道路、<3>北西方から交又点南東側の城東運河七福橋に通ずる直線道路、以上三道路が交わる通称七福ノ辻交又点である。同交又点は、北東隅<1><2>の道路の交わる個所(A)、北西隅<2><3>の道路の交わる個所(B)、南東隅<1><3>の道路の交わる個所(C)の三個所を各頂点とし、(A)の個所で直角をなす、ほぼ直角二等辺三角形状の広場を形成しており、(A)(C)間でその距離約一八メートルである。
2 同交又点は、交通整理は行われず、信号機の設置はないが交通量頻繁である。同交又点はコンクリート舗装である。<1>の道路は交又点北方で幅員約六・四メートル、<2>の道路は片江橋直前で幅員約四・三メートルである。(A)の個所から<1>の道路を北と南へ向かつて、<2>の道路を西へ向かつて、ゆるやかな下り勾配である。事故地点は(A)の個所で、<1>の道路の西端と<2>の道路の北端が交わる角の西野薬局前である。事故地点は打水で路上が濡れていた。事故当時は、夕刻であつたが未だ暗くなつていなかつた。<1><2><3>の道路とも両側は商店街であるため、同交叉点における道路相互間の見通しは悪い。
3 片江橋は工事中で車両通行止であつたので、その西詰の南側には、高さ約一・八メートル巾約一メートルの白色ブリキ立看板に赤字で通行止と記載した標識が、西方に向けて立てられていた。
4 金は、事故現場附近の地理を良く知つている者であるが、<1>の道路を交叉点に向つて空車で南進して来た。交叉点の北方およそ一〇メートルの地点で、交叉点の通過にそなえて警戒のため右足をプレーキの上にのせたが、時速約二五キロメートルのまま南進した。交叉点にさしかかる数メートル内の地点で、右斜前方約数メートルの個所に西野薬局の蔭から西進する貴島の車両を発見し、ブレーキをふみ、ハンドルを左に切つたが及ばず、その車両の前方が貴島の車両の進行左側側面に接触した。その際、金の車両は、進行右側で約四・二五メートル、左側で約三・六メートルのスリップ痕をのこした。
5 貴島は、事故現場にはじめて来た者であるが、無免許で、車両の性能を知るため試乗していたのであるが、<2>の道路を西進し、前記交叉点を経て片江橋を渡ろうとしていた。(A)の個所では、時速一〇ないし一五キロメートルで、左右や前方を注視しないで、西進した。
以上の事実が認められ、証人金宇昌の証言中、これに反する部分は信用せず、他にこれをくつがえす証拠はない。
右事実によると、金は交通整理の行われていない見とおし困難な交叉点通過に際し、他方向から進出する車両と出合頭に衡突することを避けるため、徐行して前方左右の交通の安全を確認すべき注意義務を怠つた過失により、本件事故を惹起したということができる。、
(三) よつて、自賠法三条本文により、貴島は被告に対し本件事故による損害賠償請求権を有する。
(四) そこで、右請求権の額についてみる。
<証拠省略>を総合すると、貴島は、事故当日から昭和三八年五月まで大阪大学医学部附属病院で治療を受け、治療費すくなくとも一八〇、九一三円の支払義務を負担し、貴島において同額の損害の発生したことが認められ、これに反する証拠はない。
原告は、右損害のほか、貴島の受けたその他の物質的損害として、附添看護費用、その他入院中の諸雑費、松葉杖代、牛乳代の出捐を主張する。しかし、国家公務員共済組合法四八条は、組合の給付事由が第三者の行為によつて生じた場合には、組合は、本来その必要がなかつた給付を行わなければならなくなるとともに、受給権者(被害を受けた組合員又はその遺族ら)は、組合の給付によつて損害をてん補されるので、その間の調整をはかるために設けられた規定であつて、組合が給付を行なつたときに受給者が有していた第三者に対する損害賠償請求権は、組合が給付を行なつたことにより、自動的に組合に移転し、組合がこれを取得するとするものである。組合がこのように請求権を取得するのは、組合の給付によつて、賠償による損害のてん補と同様ののてん補がなされるためであるから、組合が取得するのはへ組合の給付によつててん補された損害についての請求権であると解するのが相当である(国家公務員共済組合法等の運用方針・昭34 10 1蔵計二九二七・第四八条関係、共済叢書1・国家公務員共済組合法詳解短期篇・一三三頁参照)・本件の場合、原告の療養の給付によつて、損害をてん補されたのは大阪大学医学部附属病院に対し貴島の負担した治療費支払義務一七九、九八三円(自己負担金を除く。)であることが明らかである。附添看護婦費用等、原告が給付(同法五四条、五六条)をしてその損害のてん補をしたものではない損害については、原告は損害賠償請求権を取得するに由ない。したがつて、右附添看護婦費用等は、その在否を判断する必要はない。
右貴島に生じた損害一七九、九八三円についてみるのに、本件事故は、貴島において、無免許で、初めての場所を試乗し、しかも、通行止の標識も気付かない程前方注視を怠り、漫然、本件交叉点を横断しようとした過失があるので、過失相殺をすべきである。双方の過失の態様、双方車両の危険性の大小等を考慮して、損害額の二分の一を相殺する。
したがつて貴島の被告に対して有する損害賠償請求権の額は、一七九、九八三円の二分の一の八九、九九一円(円未満切捨)である。
四、以上の次第であるから、原告は国家公務員共済組合法四八条一項により、貴島に対し昭和三八年一一月二〇日までに療養の給付一七九、九八三円を行つたことにより、おそくとも同日、前記貴島の被告に対して有する損害賠償請求権八九、九九一円を当然に取得したというべきである。
五、よつて、本訴請求中、右八九、九九一円とこれに対する昭和三八年一一月二一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、これを認容し、その余の部分は失当として棄却すべく、民訴法九二条、一九六条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 平田孝)