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大阪地方裁判所 昭和38年(行モ)4号 判決 1963年7月16日

申請人 孫斗八

被申請人 大阪拘置所長 外二名

訴訟代理人 水野祐一 外二名

主文

本件申請をいずれも却下する。

理由

一、申請人は、「法務大臣は、神戸地方裁判所が昭和二六年一二月一九日申請人に対し言渡し、同三〇年一二月二七日確定した「被告人孫斗八を死刑に処する。」との裁判の執行につき、当庁昭和三八年(行)第一七号恩赦却下処分取消請求事件の本案判決があるまで、その執行命令を発してはならない。もし右申立が容れられないならば、中央更生保護審査会が、同三二年五月二日申請人のため恩赦の申出をしない旨の議決をした処分の効力および大阪拘置所長が、申請人の昭和三一年四月三日同拘置所長に対してなした恩赦の出願につき、同三八年四月八日恩赦を行なわない旨の通知をした処分の効力は、いずれも前記事件の本案判決があるまでこれを停止する。」との裁判を求め、その理由とするところは、次のとおりである。

「(一)(本案訴訟)申請人は、昭和三八年四月一八日当裁判所に被申請人大阪拘置所長を被告として、「同被告が昭和三一年四月三日付申請人の恩赦出願に対し同三八年四月八日恩赦を行なわない旨の通知をした処分を取り消す。」被申請人中央更生保護審査会を被告として、「同被告が昭和三一年四月一八日付大阪拘置所長の上申にかかる申請人の恩赦出願に対し、同三二年五月二日恩赦の申出をしない議決を行つた処分はこれを取り消す。」との判決を求める訴を提起した。本件申請は、右行政訴訟を本案として、行政事件訴訟法二五条にもとづき、右取り消しを求める各処分に続く死刑判決の執行手続の停止、予備的に恩赦却下処分の効力の停止を求めるものである。

(二)(回復困難な損害を避けるため緊急の必要があること)刑事訴訟法四七五条一項は、「死刑の執行は、法務大臣の命令による。」とし、同条二項本文において「前項の命令は、判決確定の日から六箇月以内にこれをしなければならない。」と規定している。申請人を死刑に処する旨の刑事判決は、昭和三〇年一二月二七日確定したが、申請人は、同三一年四月三日に恩赦の出願をしたため、右にいう六箇月の期間は、三箇月と七日だけ進行して停止した。ところが同三八年四月八日申請人は被申請人大阪拘置所長から右恩赦の出願が被申請人中央更生保護審査会で却下されたから恩赦は行なわれない旨の通知を受けた。かくして申請人は、このままでは昭和三八年六月二八日までに死刑を執行される法律上の地位を付与されたのである。死刑囚の場合、再審などを別とすれば、恩赦が唯一の頼みの綱である。この綱が被申請人らの処分によつて断たれた以上、申請人は、右恩赦却下処分の取り消しを求める本案訴訟を追行して救済を求めるほかに途がなく、そのためにはこのさし迫る死刑執行を阻止しなければならない。

(三)(公共の福祉にわるい影響を及ぼすおそれがないこと)申請人は、今まで刑事被告人としての、また死刑囚としての体験をとおして、外部からでは観察することのできない監獄の実情と囚人心理のさまざまを知ることができ、これを監獄改良と死刑制度の改革のための理論と実践に役立ててきた。そして申請人自身もようやくにして「地の塩」たるべき心がかすかではあるが内心に芽生え、それが喜びとともに成長しつつある。また申請人は、昭和二六年一二月一九日死刑の言渡しを受けてから今日まで公共の福祉にわるい影響を及ぼしたことはなく、現に、昭和三六年と三七年にはそれぞれ死刑の執行停止決定を受けたのである。

(四)(本案訴訟は、理由がないとみえる事案ではないこと)日本国憲法は、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果である」ことを宣明し(九七条)、各個人は、「すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。」(一一条)とし、すべての個人は、「個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」(一三条)と規定する。しかも憲法は、それが国の最高法規であることをはつきりうたつている。この憲法の下で、立法、行政および司法がこの精神と規定にのつとつて運営されなくてはならない。ところで個別恩赦は、「中央更生保護審査会の申立があつた者に対してこれを行うものとする。」(恩赦法一二条)として、その決定権を内閣にゆだねている(憲法七三条七号)。しかして犯罪者予防更生法は、この法律の目的および運用の基準につき「この法律は、犯罪をおかした者の改善及び更生を助け、恩赦の適正な運用を図り、云々」(一条一項)、「この法律による更生の措置は、本人の改善及び更生のために必要且つ相当な限度において行うものとし、その実施に当つては、本人の年令、経歴、心身の状況、家庭交友その他の環境等を充分に考慮して、その者にもつともふさわしい方法を採らなければならない。」(二条)と宣言しており、同法五四条で恩赦の申出をする場合においての調査事項及び判断の目安を規定している。

しかるに本件恩赦却下の処分は、右法規を全くかえりみることなく、ただ申請人の恩赦願が「本人出願」であることだけを理由にして、その実質的審査を行わずになされたものである。死刑囚に対する恩赦は、監獄の長による職権上申以外は、すべて行なわない慣行ができているからである。君主の、気まぐれな「恩恵」であるならばどう扱われても仕方があるまいが、民主的な法治国では、恩赦の実質的な存在理由を合理的に探求しなければならない。申請人の「性格、行状、違法行為をする虞れがあるかどうか、本人に対する社会感情その他関係ある事項」については、本案訴訟の審理において明らかにし、申請人が社会人として立派に人間革命をとげたことを証明するが、少くとも申請人のごとき犯罪者は、日本にはその類例がないとおもう。」

申請人は、疎明資料として、大阪地方裁判所昭和三五年(行モ)第八号執行停止申請事件及び大阪高等裁判所昭和三七年(行ウ)第一号執行停止申請事件の各決定(写)ならびに申請人の昭和三八年三月二〇日付「現代の眼」編集部あて発信文書(写)を各提出した。

二、被申請人の意見要旨は、別紙記載のとおりである。

三、よつて、本件申請の当否について判断する。

(一)  本件執行停止申請事件の本案訴訟が、申請人主張のとおりのものとして提起され、当裁判所に、昭和三八年(行)第一七号恩赦却下処分取消請求事件として係属していることは、記録上明らかである。

(二)  まず被申請人を法務大臣とする申請人の本件執行停止申請について考えてみると、行政事件訴訟法二五条二項の執行停止手続は、本案訴訟の付随手続として、本案訴訟の被告を相手方とすべきものと解されるから、右本案訴訟の当事者でない法務大臣を被申請人として、前記執行停止を求める本件申請部分は、その余の点について判断するまでもなく不適法であるといわなければならない(もつとも右申請の趣旨は、被申請人中央更生保護審査会が恩赦法施行規則一〇条によつてなした恩赦不相当の処分(以下恩赦却下決定と称する)に対し執行停止決定(効力の停止)があれば、その決定の効力が被申請人法務大臣に及び、同被申請人において死刑の執行をしてはならない拘束を受けることを前提とし、右拘束力の内容を明確にすることによつて救済の確実をはからんとするものと解されないことはないが、はたしてそのような必要性が法律上あるかどうかはともかく、恩赦却下決定の執行停止により、被申請人法務大臣が右の如き内容の拘束を受けるわけでないこと後記説示のとおりであつて、右の如き申請は恩赦却下決定の執行停止延いては本案における申請人勝訴の判決の効力以上のものを求めることに帰し、不適法であることには変りはない。)。

(三)  つぎに、被申請人を大阪拘置所長及び中央更生保護審査会とする申請人の申請につき判断する(右申請は、被申請人を法務大臣とする申請が容れられない場合における予備的なもので、申請の主観的予備的併合に属するものであるが、併合の要件たる関連性に欠けるところはないし、被申請人はいずれも国の機関であり、実質上の当事者を同じくする点よりみて、客観的予備的併合の場合と同様に取り扱つて差支えがなく、違法であると解する。もつとも被申請人大阪拘置所長のなした申請人主張の通知自体は独立して抗告訴訟の対象となるものとは解し難く、従つて同被申請人に対する本件申請はすでにこの点で許されないものであるが、右は暫く措き、以下両被申請人に共通の不許理由について説示する。)。

(1)  積極的要件の欠如

刑訴法四七五条は法務大臣は判決確定の日から六箇月以内に死刑の執行を命じなければならない旨を規定するとともに、恩赦の出願があるときはその手続の終了するまでの期間は、右期間に算入しないことを規定するに止まり、恩赦出願中における死刑の執行を禁じたものではないから、恩赦出願中であつても死刑の執行を命ずることは、何ら差支えがない。従つて、被申請人中央更生保護審査会が申請人主張の如く恩赦の申出をしない旨の処分をし、被申請人大阪拘置所長より申請人に対しその旨の通知があつたとしても、そのことが死刑執行命令の前提要件となるわけのものではない。ただいつまでに死刑の執行を命じなければならないかという法定期間に影響があるだけであつて、別に右期間が満了しなければ死刑の執行を命ずることができないというわけのものでないから、法律上申請人主張の右処分によつて申請人に回復の困難な損害が生ずるものとはいえない。そうであれば、本件申請は執行停止の要件である「処分により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に該当しない点で失当であるといわなければならない。

(2)  消極的要件の存在

右のほか、本案訴訟の面より検討すると、恩赦の利益を受ける者が、個別恩赦の手続上有する権利については、恩赦法施行規則によると、恩赦を受けようとする本人は、個別恩赦について上申権を有する者に対し恩赦の出願をすることができ、右出願があると、上申権者は、中央更生保護審査会に上申しなければならないのであるから、恩赦出願者は、右上申権者に対し、恩赦の上申を求める権利があるものと解することができる。しかし、中央更生保護審査会に対する関係をみると、恩赦の出願は、すべて上申権者に対する関係において規律され、恩赦出願者と中央更生保護審査会との間に直接なされるべき手続は、何ら定められていないのであるから、恩赦出願者は、中央更生保護審査会に対し恩赦の申出の議決を求める権利のないことはもとより、その審議を求める権利もなく、単に上申権者の上申を介して、その審議を求めうるにすぎないものと考えられる。このことは、個別恩赦の申出が、高度の刑事政策上の配慮の上に立つた合目的的判断に依拠していること(犯罪者予防更生法五四条参照)からも、容易に首肯しうるところである。そうすると、かかる中央更生保護審査会の恩赦についての議決に対しては、これが違法であるとして、抗告訴訟を提起する余地がないものというべきであり、申請人の本案訴訟は、不適法として排斥をまぬがれないものと考えられる。してみれば、申請人の右執行停止申請は、本案について理由がないとみえる場合と同様失当であるといわなければならない。

四、以上のとおり、本件申請は、いずれもその要件ないし理由を欠くものとして却下されるべきである。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 金田宇佐夫 井上清 小田健司)

意見書

一、被申立人法務大臣に対する申立の趣旨第一項の申立について。

行政事件訴訟法第二五条第二項によつて明らかなごとく、執行停止の申立は処分の取消の訴えの提起があつた場合において始めてなしうるものである。ところが本件についての本案たる昭和三八年行第一七号事件においては、ただ、中央更生保護審査会と大阪拘置所長のみを被告としてその議決、通知処分の取消を求めているにすぎない。従つて、本案において被告として何らの処分の取消をも求めていない法務大臣に対し、之を被申立人として執行停止を申立てることは不適法と言うべく、申立の趣旨第一項はこの点より先ず却下を免れない。

二、被申立人中央更生保護審査会の議決の効力の執行停止を求める申立の趣旨第二項の予備的申立について。

恩赦法施行規則第一条の二によれば監獄の長は本人からの出願があつたときには意見を附して中央更生保護審査会にその上申をしなければならず、同審査会は右上申があれば、之を審査して閣議を請求すべきか否かを決定する権限を有し、この申出があつた者については更に、特赦、特別減刑等を内閣の責任において決定し、天皇が之を認証することとなつている(憲法第七三条第七号)。このような規定から考えると、出願者には特赦等の請求権がある訳ではなく、ただ中央更生保護審査会の職権発動を促すだけの意味を有するにすぎない。なんとなれば出願者は既に確定判決により、刑の執行を受忍すべき地位にあるものであるから、これについて特赦等の申出をなすか否かはその出願者の犯罪の情状、本人の性行、受刑中の行状等諸般の事情を参酌して行刑上の見地から決せらるべき性質のものである。然らば中央更生保護審査会が出願者の出願についてなす議決は、それが内閣への申出を不相当とする旨のものであつても、何ら出願者の法律上の地位に変更をあたえるものではないから行政処分とは言いえず、これを行政処分なりとして提起された本申立は不適法却下を免れない。

また、仮に右議決を行政処分と考える余地があるとしても、右議決を為すか否かは特赦、特別減刑の趣旨と各出願者の行状改悛の情等の主観的事情及び社会状勢の変化、事情の変更等の客観的事情等をすべて勘案した上総合的に刑事政策的配慮から行われるもので、極めて政策的、技術的要素を多量に含んだ完全な自由裁量行為であつて、之が裁判所の審査を受けるものでないこと多言を要しないであろう。

さらに内閣の為す恩赦の前提的行為として、その諮問機関たる中央更生保護審査会の為す議決のみを独立の行政処分として取消訴訟の対象と考えることは、その段階的手続的行為の中間手続のみをとらえて、これを対象とすることともなり、また審査会の議決の法律的性格から勘案しても到底認められないところである。

したがつて、右申立については、不適法な訴えと考えられるので、行政事件訴訟法二五条三項にいう「本案について理由がないとみえるとき」に該当し、却下を免れない。

三、被申立人拘置所長の申立に対する通知処分の効力の停止を求める申立の趣旨第三項の予備的申立について。

本人が恩赦の出願を為した場合、監獄の長が意見を附して中央更生保護審査会へ上申すべき義務があることは恩赦法施行規則第一条の二から明らかであるが之に対し審査会において不詮議の議決があつたときにはその旨を上申者たる監獄の長は更に本人に通知することとなつている(施行規則第一〇条)。この規定は前述の如く本人には恩赦請求権がないものであるけれども、右通知することによつて、出願者の心理に働きかけ、出願者の改善並びに受刑についての心構えに資することあるを慮つただけにすぎないものであるから、それは単なる事実行為にすぎないものと解すべきである。従つて之を行政処分として取消訴訟の対象と考えることは全く失当である。

したがつて、右申立についても、本案が不適法な訴えと考えられるので、行政事件訴訟法二五条三項に該当し、却下を免れないと思料する。

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