大阪地方裁判所 昭和39年(モ)1351号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と争点〕申立人(仮処分被申請人)は本件土地五二坪余地上に店舗工場等家屋四棟を所有し、会社組織で菓子製造を、個人企業としてその販売をし、従業員も四七名を数えていたが、出火のため店舗一棟約一〇坪を残し工場等三棟が焼失した。被申立人(仮処分申請人)は本件土地所有権にもとずく建物収去土地明渡請求権を被保全権利として仮処分申請をし、次のような仮処分決定がなされた。
「(一)本件土地、本件土地中(い)の部分地上の店舗、本件土地中(ろ)の部分地上焼失建物等の残骸物に対する被申請人の占有を解き、申請人の委任する執行吏の保管に付す。但し、執行吏は被申請人の申出があるときは被申請人が店舗の現状を変更しないことを条件としてこれを使用すること及び被申請人が焼失建物等の残骸物を撤去搬出するために本件土地中(ろ)の部分に立入ることを許さなければならない。
(二)右の場合に執行吏はその保管していることを公示するため、適当な方法をとらなければならない。
(三)被申請人は第一項但書の場合を除くのほか、前記(ろ)の部分の土地に立入つてはならず、また同地上に建物その他の工作物を築造してはならない。」
そこで申立人は民訴七五九条の特別事情として、右仮処分により店舗しか使用できず、従業員の大部分が失職するほか、申立人としても年間一億円の収入を失い同相当の損害を受けることが必定であること、被申立人の仮処分取消による損害は金銭補償により満足できることを主張し、仮処分全部の取消を求めた。
判決は、戦後間もない頃から申立人が本件土地上に木造建物を建築所有し、菓子製造販売をしてきたこと、出火の約一年半前から製造部門だけ会社組織としたが実質上は個人企業に等しいこと、出火当時申立人は本件土地のほぼ全面に一階ないし中三階建の店舗工場等四棟を所有し、従業員四十数名、年間の売上高約九千万円、売買利益約四千六百万円、これより一般管理費・製造費等を控除した純収益約七百五十万円であつたこと、仮処分後一時的に知人の工場に製造加工を依頼し従業員の約半数を派遣して、従前の三分の一程の製造量を確保はしているが、他に工場敷地を求めることは容易でなく、従前の製造販売の継続が著しく困難となり、毎月百二十万円近くの欠損を出していること等の疏明があつたとして次のとおり判決した。
〔判決理由〕
〔主文〕
一、当裁判所が、右当事者間の昭和三九年(ヨ)第七九七号不動産仮処分申請事件につき昭和三九年四月二日なした仮処分決定は、申立人において金九〇万円の保証を立てることを条件として、次のように変更する。
(一)別紙目録記載第一(本件土地)、第二(店舗)の物件に対する申立人の占有を解いて、これを被申立人の委任する執行吏に保管させる。右執行吏は、申立人の申出があるときは、申立人が右各物件の現状を変更しないことを条件として、申立人に右各物件の使用を許さなければならない。また、右執行吏は、申立人の申出があるときは、申立人が、右第一物件中別紙図面表示(ろ)の部分の地上の焼失建物等の残骸物を収去して、右執行吏管理の許に同地上の木造建物(但し、階数二を超えるを得ず、かつ、建築基準法の制限内のもの)を建築し、以後、右建物の情況を変更しないことを条件としてて、使用することを許さなければならない。但し、右建物は、建築と同時に右執行吏の保管に付す。
(二)右の各場合、執行吏は、その保管にかかることを公示するために、適当な方法をとらねばならない。
(三)申立人は、右第一、第二の物件の占有を他に移転してはならず、また、右(ろ)の部分の地上に右木造建物を建したときは、右建物の占有を他に移転してはならない。
二、申立人のその余の申立を却下する。
三、訴訟費用は、これを二分し、その一を申立人、その余を被申立人の負担とする。
〔理由〕 ところで、右の事実によると、本件仮処分によつて申立人のうける損害は異常なものと認めて妨げない。尤も、右の製造部門に関する限りは、被申立人のいうように、申立人ではなくて株式会社楠野本舗の営業であるけれども、右会社の実質が前認定のとおりである以上、その損害は、仮処分取消のための「特別事情」の有無の判断においては、申立人自身の損害と同一に評価してもよいであろう。
一方、被申立人の本件仮処分による被保全権利が、本件土地所有権に基く建物収去・土地明渡請求権であることは、当事者間に争いのないところ、本件仮処分が主文掲記のように変更されることによつて被申立人のうける影響について考えると、申立人は本件土地のうち別紙図面表示(ろ)の部分に木造建物を建てることを許されるから、被申立人が本案訴訟で建物収去・土地明渡の勝訴判決を得た場合に、その執行が、右(ろ)の部分に建物のない現状のままでの執行に比し、余分の日時を要し、それだけ本件土地の明渡が遅延し(従つて、被申立人の土地利用がそれだけ遅れる)、かつ、差当り、余分の収去費用を要することになるであろう。しかし、明渡執行の完了が右のように幾分、遅延するとはいえ、その遅延は、左程の日時に及ぶとは考えられないし(申立人が、建築した建物の占有を他に移転すれば、執行の障害を生ずるであろうが、主文掲記のように右建物についても占有移転禁止の仮処分をすることによつて、その障害の発生は一応、防止しうる筈である)、また、その程度の日時の遅延が金銭補償でつぐなえない程の損害を被申立人にもたらすものと認めなければならない特段の事情は疏明されないから、本件仮処分決定が主文のように変更されることによつて蒙る被申立人の損害は、一応、金銭補償で満足し得られるものと認めて妨げないと解する。なお、被申立人は、建物が建築されれば、収去・土地明渡の執行は事実上不能に帰すというが、そのようには解し難い。
以上の各判断した点から、本件では先の仮処分決定を主文掲記のように変更すべき「特別ノ事情」(民事訴訟法第七五九条)があるものと解するのが相当であり、申立人に立てしむべき保証の額は前説示の事情その他諸般の事情に照し金九〇万円をもつて相当と認める。
なお、申立人は、本件仮処分決定の全部取消を求めているが、主文掲記のように変更しただけで、申立人は、少くとも、その異常といえる損害部分だけは避けうるであろうから、右変更の限度で申立は理由があり、その余は理由なきものと認める。もちろん、本件仮処分決定を主文ように変更しただけでは、申立人が前記(ろ)の地上に建物を建てても、その建物の占有を申立外株式会社楠野本舗に移転することはできないから、同会社が右建物を占有してここで自ら菓子の製造を担当することは、かなわないであろうが、前認定の如く、右会社は実質上は申立人の個人企業に等しいのであるから、申立人自身が右建物を使用することができれば、多少の不便はあつても、仮処分執行による申立人の損害はかなり大巾に、減少するであろうから、申立人としては多少の損害は残存してもその程度の損害はこれを忍ばねばならないと解する。(裁判官荻田健治郎)