大阪地方裁判所 昭和39年(レ)174号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔争点〕一、控訴人は、控訴審において、訴を変更し、(一)控訴人は、被控訴人の先代に対し、飲料用水を引くため、控訴人所有の本件土地の地下五尺の地点に、直径四尺奥行二間の隧道を掘鑿し、そこに直径約二寸の引水用土管を埋設することを承諾したが、右隧道の使用は、期限の定めがない飲料水の引水を目的とする使用貸借権にもとづくものである。(二)ところが、最近に至り、右隧道のため本件土地の地表が沈下して危険であり、被控訴人は公営の簡易水道によつて飲料水をまかない隧道の使用を廃止している状態であつたので、控訴人は本件土地の使用貸借を解除した。(三)よつて、先代の相続人である被控訴人が本件土地の隧道につきこれを使用する権利を有しないことの確認を求める、と主張した。
二、これに対し、被控訴人は、(一)本件隧道の使用権は飲料水の取水を目的とする無償かつ永久の地役権である。(二)簡易水道は飲料用には適しないので、本件隧道による水を従前どおり飲料用に利用しており、又本件土地の地表が沈下した事実はないから、使用貸借の解除はその効力がない、と主張して争つた。
〔判決理由〕一、本件土地は控訴人の所有であること、および被控訴人の父亡林吉は明治の末頃から控訴人の承諾を得て本件土地の地下に堀さくされた控訴人主張の隧道を使用し同所に直径約二寸の引水用の土管を敷設し、該土管を利用して隣接の一一四七番地から本件土地を通り大阪府南河内郡千早赤阪村大字千早一、一五〇番地の土地に水を引きこれを飲料水として使用してきたこと、及び同人は昭和二二年一月二九日死亡し、被控訴人が家督相続により本件土地の右使用関係を承継したこと、はいずれも当事者間に争いがない。
二、そこで右使用関係の法律上の性質について考えるに、≪証拠略≫を総合すると、控訴人被控訴人らの居住している千早赤阪村大字千早は、金剛山の麓の山腹に存在し、井戸水を確保することができない場所にあるため、村人らは古くから飲料水を谷川の水や地下からの湧水に求め、地表に竹の筒など渡したり地中に土管を敷設したりして遠くから引水し飲料水の確保に努めてきたもので、そのため引水の道中において他人の土地がある場合には、その土地所有者は土地使用の妨げとならない限りできるだけこれに協力し、多くは好意的に無償でその使用を許してきたもので、本件の場合もその目的のため亡林吉が明治四五年頃本件土地に隧道を堀りこれに土管を敷設することの許可を求めたに対し、控訴人が前記土地の風習などに従つて好意的に無償でこれを許したものであり、したがつて右契約締結の動機並びに契約の目的及び性質に鑑み、控訴人において本件土地を使用するにつき支障が生じない限り被控訴人一家の飲料水の必要が解消されるまではいつまでもその使用を続けることができる代りに、他に飲料水が確保されるに至つた場合はもとより、その必要性が存続する場合においても控訴人の本件土地利用の妨げとなつた場合には、契約を解除されてもやむを得ない性質のものであることが認められる。以上認定の事実によれば、本件土地使用契約の性質は、被控訴人主張のような地役権であるとは到底解することはできず期限の定めのない使用貸借であると解すべきである。
三、そこで次に契約解除の意思表示の効力について考える。控訴人は本件隧道のため地表が沈下し危険が生じていると主張し、原審および当審における本人尋問の際その旨の供述をしているが、≪証拠略≫によると、かような事実は殆んど認められないから、この点に関する控訴人の主張は失当である。よつて本件契約に定められた目的に従つた使用が終つたかどうかについて考えるに、≪証拠略≫を総合すると、千早赤阪村大字千早地区においては昭和三四、五年頃に公営の簡易水道ができ、その結果長年附近の住民を悩ました飲料水の不足は解消し、被控訴人においても右水道の利用により飲料水に事欠くことはなくなつた事実が認められる。そうするとさきに認定した本件契約の動機目的及びその性質に鑑み、本件契約に定められた目的に従つた使用収益は終つたものと解するのが相当であるから、控訴人はこれを理由に右契約を解除し得るものと解すべく、したがつて被控訴人は右契約解除により本件土地の隧道を使用する権限を失うに至つたものというべきである。
被控訴人は公営水道の水質の良否を云々し、本件隧道からの引水の必要の存することを強調するがこの点に関する≪証拠略≫は措信し難く、却つて≪証拠略≫によれば、現在村民の多くは右水道の水を飲料水に使用していることが認められ、他に右水道の水が飲料水に適しないものであると認めるに足る証拠はない。よつてこの点に関する被控訴人の主張は是認し難い。
四、なお附言するに、本件使用貸借はすでに終了したとはいえ被控訴人の本件隧道使用が控訴人の本件土地の耕作の妨げとなるものでないことはさきに認定した通りであるのみならず、前顕証拠によれば公営水道ができた現在においても一般には従前の方法による引水が直ちに廃止されずそのまま継続されている事例の多いことが認められるから、被控訴人において右使用の継続を懇請する以上控訴人も被控訴人に対し従前通り本件土地の使用を認めることが望ましい。したがつて控訴人が本件使用貸借の終了したことを理由に単なる嫌がらせのために被控訴人に対し本件隧道の廃止を強要したり、或いは不当に多額の使用料を請求する手段として直ちに土管の撤去を求める場合には、権利濫用の成否が問題となる。然しながら≪証拠略≫を総合すると、控訴人は被控訴人の亡父に対しては快くその使用を認めてきたのであり現在においても将来ともこれを継続すべきか否かはお互いの気持の問題であるとし、被控訴人の態度如何によつては引続きその使用を認める意向を有するところ、被控訴人は控訴人の好意に感謝する態度は微塵もなく、却つて不要に控訴人の感情を剌激して公営の水道ができた現在においても無償永久の地役権の存在を主張し、些かも妥協する態度に出てないため、控訴人も対抗上本訴を維持している事実が認められるから、以上の事情の下においては、被控訴人に本件隧道使用権のないことの確認を求める範囲においては権利濫用の問題は生ずる余地がない。(谷野英俊 坂詰幸次郎 渡瀬勲)