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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)184号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕一、当事者間に争いのない事実

昭和三六年一月二一日午後五時ころ、単車の修理、販売業を営む訴外亡和田直嘉所有の大阪市西区松島町二丁目一番地木造トタン葺平家建一部二階建住宅、店舗兼作業場一棟の店舗部分から出火して同建物住宅部分に燃え移り、右建物および建物内にあつた商品、器具、什器、衣類等一切を焼失したうえ当時同家二階六畳の間に居合わせた訴外和田利江、同和田多佳子、同家階下二畳の間に居合わせた同和田嘉代子がいずれも焼死し、直嘉は、当時同家二階六畳の間に居合わせて全身火傷の重傷を負い、同日同市西区九条通一丁目五〇番地所在河野病院に入院したが、同年二月二日同病院において死亡したこと、被告(当時北陸舗道株式会社と称していたが、昭和三八年六月二一日泰和道路株式会社と商号を改め、さらに、昭和四一年一月二九日現商号に変更したもの。)は、道路舗装工事の請負等を目的とする会社であるところ、昭和三六年一月当時前記焼失家屋附近の道路において大阪市より請負つた舗装工事を施工中で、同月二一日は、訴外山田増信外約二〇名の人夫が右工事に従事し、右山田は鋼鉄製石のみを使用して旧舗装面を堀り起す作業をしていたこと、同訴外人は、同日午後五時ころ、前記和田直嘉方店舗内の作業台に固定して備付けの電動グラインダーを使用して右工事で磨耗した石のみを研磨していたところ、右山田の足元から一歩位後方やや西側(グラインダーの直下からの距離約八〇センチメートル)のコンクリート床面で直径約二〇ないし三〇センチメートル、高さ約三〇センチメートル位の範囲の大きさの火が燃え上がつていることに気付かず、同店舗内にいた右直嘉の被用者である原告林、同奥野らよりこのことをを知らされて始めてこれを知り、火のついている床面を地下足袋履きの足で五、六度踏みつけてこれを消そうとしたが容易に消えなかつたため、右山田は消火用に砂を取りに行くため右店舗を飛び出したが、その際、ガソリン缶が転倒してガソリンが右小火附近に流れ出し、これに引火して火勢が増大し、前記火災にいたつたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、被告自身の不法行為責任の有無について

原告らは、被告は、右山田ほか約二〇人の人夫を使用して舗装道路の堀起し作業に従事させていたのであるから右人夫らが右工事用の石のみを研磨するための充分な設備を工事現場に設置すべき義務があるのにこれを怠つた旨主張し、弁論の趣旨によれば被告が右のような研磨装置を設置しなかつたことが認められるが、その事実の存在と前記火災との間に相当因果の関係を認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

三、前記争いのない事実によると、右ガソリン缶の転倒が右火災の原因となつていることが明らかであるから、まず、ガソリン缶の転倒の原因について判断する。

<証拠>を総合すると、訴外山田増信はガソリン等の可燃物の多い場所附近に発火しているのに驚き、前記争いのない事実のとおり、地下足袋履きの足で五、六回踏みつけて小火を消そうとしたのであるが、容易に消えないばかりか却つて稍々火勢を増す状態になつたため、とつさに、砂をかけることを思いたち、戸外に飛び出そうとしたが、その際、同訴外人の後方に積んであつたたガソリン缶の一つに手が触れ、その結果これが転倒したものであことが認められる。

<証拠>中には、これにとどまらず右山田がガソリン缶を手に持つたうえ下に落した旨もしくはこれを持とうとして手が触れたとたん床に落した旨の各記載があるが、これらは前掲他の証拠に照らしいずれも易く信用できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

四、そこで、右ガソリン缶転倒行為につき右山田に過失があつたか否かについて考えてみる。

<証拠>を総合すると、右店舗の床はコンクリートであるが、前記直嘉が同所で単車の修理を重ねてきたもので、床面には軽油、潤滑油等がしみ込み、とくに、前記グラインダーの設置された作業台附近は油類や泥が床面に付着して黒ずみ、かつ、じめじめしており、また店内には潤滑油、軽油、ガソリン等の入つた缶が十数缶不規則に並べてあつたこと、右山田は当日午前九時ころと午前一〇時半ころの二回にわたり石のみの研磨をさせて貰つたが、右直嘉は最初グラインダーの使用を承諾した際、グラインダーから飛び散る火花を見て、右山田に対し、火花の飛散が大きく、引火すると危い旨を告げ、グラインダーの真下附近に置いてあつたガソリン缶二個をグラインダーの北側約八二センチメートルの処へ移動したことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

右山田は、以上のような状況のもとに、前記のとおり小火を発見したのであるから、これにガソリンその他の揮発油類を注いだ場合大火となることは明らかであるから、右建物につき前記のような利用を許された右山田としては、右小火の消火その他の行動をするに当つては、附近に置いてあつたガソリン缶を転倒させるようなことのないよう注意して行動すべき義務があるものと考えられる。しかるに、右山田は、前記のとおり小火が容易に消えないことを知るや、消火用の砂を取りに行こうとして戸外に飛び出す際、狼狽の余り右注意義務を果さず、その後方に積んであつたガソリン缶に手を触れ、これを転倒させたものであるから、右山田は前記火災につき過失(その程度については後記のとおり。)があつたものといわなければならない。

五、被告の使用者責任について

右山田の前記店舗内における石のみの研磨作業が被告の事業の執行としてなされたものであることは当事者間に争いがない。

1、そこで、まず、明治三二年法律第四〇号失火の責任に関する法律(以下失火責任法と略称する。)本文の適用の有無について考えてみる。

(一) 原告らは、右火災の原因である床面の小火は右山田の過失にもとづくものとは断定できないから右火災は同訴外人の失火ということができず、従つて、右火災につき右法律の適用がない旨主張するが、右法律にいう失火とは、前記のように他の何らかの原因により小火の発生があつた後において、注意義務違反によりその小火から大火にいたらせた場合、後の行為に対する関係でも同法の適用があるものと解すべきところ、本訴において、原告らが被告に対し不法行為責任を問うているのは、まさ、右小火の発生後その消火処置に関する過失の責任であるから、原告らの右見解は採用することができない。

(二) 原告らは、さらに、右火災当日右山田と前記和田直嘉の間に明示または黙示で右建物内の行動につき、右山田において通常人に求められる以上の注意を払い火災の発生を未然に防止する旨の契約がなされたから、右法律の適用は除外される旨主張し、前記グラインダーの使用に関し第四項前段認定の諸事実が存するほか、右直嘉と山田との間に原告主張のような明示の契約がなされたことを認めるに足りる証拠はなく、また、右第四項前段認定の事実の存在をもつて黙示的にその主張のような契約がなされたものと解することはできないからこの点に関する主張は理由がない。

2、そこで、進んで、前記山田の過失が失火責任法但書にいわゆる重大な過失であつたか否かについて考えてみる。

そもそも、右法律但書に規定する重大な過失とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしなくても、僅かの注意さえすれば易く違法有害な結果を予見することができた場合であるのに漫然これを見過したような殆んど故意に近い著しい注意欠如の状態を指す(最高裁昭和三二年七月九日判決、集一一巻七号一二〇三頁参照)ものと解すべきところ、右山田は、前記のとおり、可燃物の多い同店舗内で足元の小火が容易に消えないばかりか却つて燃え拡がるような状態となつたため、消火用の砂を取りに行こうとして戸外に飛出そうとした際、狼狽の余り、後ろに積んであつたガソリン缶に手が触れたものである。このような場合通常人にあつては気が動転して適確な判断にもとづき適切な行動をとることを期待することは困難であると解するのが相当であり、右山田において僅かな注意を払うことによりガソリン缶を転倒させずに済んだものとは到底考えられないから、前記山田の過失をもつて、右法律にいう重大な過失があつたものということができない。

3、そうすると、前記火災における右山田の行為は失火責任法本文の規定により民法七〇九条以下の規定の適用がないこととなるから、被用者である同訴外人につき民法七〇九条以下の不法行為のあることを成立要件とする被告の使用者責任は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないこととなる。

(岡田春夫)

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