大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)3030号 判決 1965年7月27日
原告 西田亀太郎
右訴訟代理人弁護士 南逸郎
被告 中井弘
右訴訟代理人弁護士 稲葉源三郎
主文
被告から原告に対する大阪法務局所属公証人森山良作成第三万四四四五号公正書にもとずく強制執行は、これを許さない。
訴訟費用は被告の負担とする。
本件につき当裁判所が昭和三九年七月六日なした強制執行停止決定は、これを認可する。
前項に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。
「一、原、被告間に請求の趣旨記載の公正証書が存在し、それによると、左記の如き記載がある。
(1) 訴外中村敏江は、昭和三八年一〇月一一日被告から借り受けた金七万五〇〇〇円を、同年一一月より翌三九年八月まで毎月一〇日限り金七、五〇〇円宛支払うこととし、遅滞の場合は元金一〇〇円につき一日金一〇銭五厘の割合による損害金を支払う。
(2) 原告は、右債務につき連帯保証をする。
(3) 原告らにおいて右債務を履行しないときは、直ちに強制執行を受けても異議がない旨を認諾する。
(4) 原告らの代理人として、岡悦也が作成嘱託をした。
二、然しながら、原告は、中村敏江の被告に対する右公正証書表示の債務につき、被告との間に連帯保証契約を締結したことがなく、また、岡悦也に対し、右公正証書の作成嘱託殊にいわゆる執行認諾行為をなすための代理権を授与したこともないのであり、中村敏江が原告の氏名を冒用したものと思われる。
三、従って、右公正証書に表示する原告の債務は不存在であり、且つ執行証書としても無効であるから、その執行力の排除を求める。」
被告の追認に関する主張事実は、否認すると述べた。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。「請求原因第一項の事実は認めるが、第二項のそれは否認する。殊に、被告は、昭和三八年一〇月一一日中村敏江に対し本件公正証書表示の約定のもとに金七万五〇〇〇円を貸与し、原告は同日同債務につき連帯保証をなすとともに、公正証書作成嘱託のための代理権を授与したものであるから、本件公正証書は、執行証書として有効であり、原告は同証書表示の債務につき支払義務を負担している。」
仮に然らずとしても、原告は、昭和三九年五月頃生野簡易裁判所における調停の際に、被告に対し右債務金額及び岡悦也の代理行為を追認したから、本件公正証書は、執行調書として有効であり、原告は同証書表示の債務につき支払義務を負担していると述べた。
(証拠)≪省略≫
理由
請求原因第一項の事実は、当事者間に争がない。
ところで、≪証拠省略≫を総合すると、原告の妻西田千代子と知り合いの仲にあった中村敏江が昭和三八年一〇月一一日被告から借り受けた金七万五〇〇〇円につき、本件公正証書表示の弁済契約を締結するにあたり、西田千代子から口実を設けて「西田」と刻印のある三文判を盗用し、かねて擅に、原告名義の改印届をしておいたところから、甲第四号証の印鑑証明書の交付を受け、且つ甲第三号証の委任状の連帯保証人欄に原告の氏名を冒書させ、その名下に右印鑑を押捺したこと、そしてこれら委任状及び印鑑証明書により原告が中村敏江の右債務につき連帯保証をする旨の本件公正証書が作成されるに至ったことが認められ、証人岡悦也の証言も右認定を覆すに足らず、他に右認定に反する証拠はない。
すると、本件公正証書のうち原告に関する記載部分は、原告の代理人として公正証書の作成嘱託殊にいわゆる執行認諾行為をなす権限を有しない岡悦也の嘱託により作成されたものであるから、執行証書として無効と言わなければならない。
被告は、更に原告が右公正証書の作成後、被告に対し右債務及び岡悦也の代理行為を追認したと主張する。然しながら仮に主張の如き事実があったとしても、実体法上の関係は別論として、公正証書における執行認諾行為は訴訟行為としての性質を有し、その追認は公正証書を作成した公証人に対してなし、且つその点が公正証書に作成されるのでなければ、追認の効果は生じないものと解すべきであるから、単に右公正証書の作成後、被告に対し原告の追認があったと言うだけでは、執行認諾行為が原告に対して有効となる筈はなく、本件公正証書のうち原告に関する部分が執行証書として無効であることに変りはないと言うべきである。
従って、本件公正証書のうち原告に関する部分の執行力の排除を求める本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、強制執行停止決定の認可とその点の仮執行宣言につき同法第五六〇条、第五四五条、第五四八条を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 石田真)