大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)352号 判決 1964年12月08日
原告 五辻晃
被告 日本国土開発株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金二九万七、三二〇円およびこれに対する昭和三八年九月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訟訴費用は被告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求原因としてつぎのとおり述べた。
一、原告は訴外三和産業株式会社に対し、大阪法務局所属公証人村松健三九作成第一九、五三三号債務承認履行契約公正証書による額面金額五〇万円の小切手金の残金三〇万円の債権を有していたので、右公正証書の執行力ある正本にもとづき昭和三八年九月二三日大阪地方裁判所から、訴外会社(債務者)が被告(第三債務者)に対して有する別紙目録<省略>記載の工事請負代金の内金二九万七、三二〇円の債権について差押および転付命令(同庁昭和三八年(ル)第一、一九七号および同年(ヲ)第一、二八八号)の発付をうけ、がい命令は同月二八日訴外会社および被告に送達された。
よつて、原告は被告に対し、右二九万七、三二〇円およびこれに対する転付命令送達の日の翌日である昭和三八年九月二九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第二被告訴訟代理人は、本案前の申立として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案の申立として主文同旨の判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。
(本案前の申立についての答弁)
原告主張の被告が訴外会社に対して負担する債務については、すでに昭和三八年二月一四日大阪地方裁判所から、訴外大西和男を債権者、訴外会社を債務者、被告を第三債務者とする仮差押決定(同庁昭和三八年(ヨ)第三〇〇号)がなされ、がい決定は同月一五日被告に送達されている。
したがつて、原告のえた転付命令は差押の競合があるのに発せられた無効なものであるといわなければならない。
それゆえ、右転付命令の有効なことを前提とする原告の本件訴は権利保護の利益を欠く不適法な訴であつて、却下されるべきである。
(本案の申立についての答弁)
原告主張の請求原因事実はすべて認める。
しかし被告は、以下に述べる理由によつて、本訴請求金員の支払義務がない。すなわち、
一、前記のとおり、原告のえた転付命令は差押の競合があるのに発せられた無効なものである。
二、かりに右転付命令が有効としても、
(一) 右仮差押決定においては、債務者は「訴外会社こと竹内善之助」と表示されており、したがつて、被仮差押債権も同人が被告に対して有する債権と表示されているけれども、その債権額、発生原因、第三債務者は全く右転付命令のそれと同一であつて、被告は竹内善之助なる者に対してはなんらの債務も負担していないのであるから、前者の債務者の表示が「訴外会社こと竹内善之助」であり、後者の代表者の表示が「竹内善之助」となつている点からみても、被告としては右仮差押決定の債務者は実質的には訴外会社をさすもので、被告が訴外会社に対して負担する前記債務について仮差押がなされたものと考えるのは当然である。ところがその後、原告の差押および転付命令の送達をうけるにいたつたので、原告は民事訴訟法第六二一条により昭和三九年二月一八日大阪法務局に右債務額を供託したしだいである。
(二) もし右供託が同条によるものとしては不適法だとしても、上述のごときばあいは、民法第四九四条後段にいう「弁済者ノ過失ナクシテ債権者ヲ確知スルコト能ハサルトキ」にあたるというべきであるから、右供託は同条によるものとして適法だと解すべきである。
したがつて、右供託により被告の右債務は消滅に帰したものといわなければならない。
三、以上のとおりであるから、原告の本訴請求は失当である。
第三原告訴訟代理人は、被告の答弁に対し、つぎのとおり反論した。
被告主張の事実中、その主張の仮差押決定がなされていることおよび被告がその主張の供託をしたことは認めるが、その余は争う。
右仮差押決定は被告の自認するように、訴外竹内善之助を債務者とし、同人が被告に対して有する債権についてなされたものであるから、訴外会社を債務者とし、同会社が被告に対して有する債権についてなされた原告の差押および転付命令とはなんらかかわりがないものであつて、後者の債権について差押の競合はなく、したがつて右転付命令が適法有効なものであり、右債権の債権者が原告であることについては、法律上なんら疑問の余地がないというべきである。
そうである以上、被告のした供託は、その主張するいずれの事由によつても不適法なものであることは明らかである。
以上のとおりであるから、被告の主張はいずれも失当である。
第四証拠関係<省略>
理由
第一まず、本案前の申立について判断する。
被告は、原告主張の転付命令は無効であるから、本件訴は訴の利益を欠く、と主張するのであるが、右転付命令が無効だとしても、このことは原告の本訴請求を理由なからしめるにいたるけれども、なんら本件訴について訴の利益を否定するものではないから、右主張は失当であり、本件訴は適法である。
第二そこでつぎに、本案について判断する。
原告主張の請求原因事実ならびに被告主張の仮差押決定がなされていることおよび被告がその主張の供託をしたことは当事者間に争いがない。
右の争いない事実によれば、つぎのとおり判断される。すなわち、
一、被告主張の仮差押決定は、訴外会社こと竹内善之助個人を債務者とし、同人が被告に対して有する債権についてなされたものであるから、その債権額、発生原因が被転付債権と全く同一であるからといつて、法律上両者を同一視することはできない。したがつて、右債権について差押の競合があることを理由とする被告の答弁一の主張は失当だというべきである。
二、しかし、右二つの債権が異なるのは債権者の表示のみである。しかも右差押および転付命令においては「三和産業株式会社右代表取締役竹内善之助」と表示されているのに対し、右仮差押決定においては「三和産業株式会社こと竹内善之助」と表示されているのであるから、法律的には自然人と法人というさい然たる区別があるにせよ、専問の法的知識(しかも法律のなかでもとくに難解かつ民衆に親しみのない強制執行法についての知識)をかくべつ有しない一般人としては、被転付債権について仮差押が有効になされたものと誤信するのもやむをえないものがあるといわなければならない。
ところで、民事訴訟法第六二一条第一項は「金銭ノ債権ニ付キ配当要求ノ送達ヲ受ケタル第三債務者ハ債務額ヲ供託スル権利アリ」とのみ規定しているが、たんに差押(仮差押)の競合があるばあいも右規定の類推適用により第三債務者は供託することができると解すべきである。
そして、上記説明のごとき本件の事案においては、法律的には差押の競合があるばあいではないけれども、さらに右規定を類推適用して被告は右債務額を供託することができると解するのが相当である。けだし、法律専門家によつてのみはじめてその的確な判断がえられるこのようなケースについて、一般人にその正しい法律的解決を要求することは、難きを強いるものというべきだからである(このようなばあいは、民法第四九四条後段の供託をすべきだという見解もありうるだろうが、両者はその要件が異なるから、本件のごときいわば表見的差押競合のばあいは、その一事をもつて、供託の権利を認めなければ第三債務者に酷であろう。)。
したがつて、被告の右債務は右供託によつて消滅したというべきであるから、被告の答弁二、(一)の主張は理由があるといわなければならない。
それゆえ、原告の本訴請求はその余の判断に進むまでもなく、失当だというべきである。
第三よつて、原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 萩原金美)