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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)4664号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔争点〕一、原告は、被告は次のようないきさつの下に、昭和三七年二月ごろ、原告に対し、同月から原告が死亡するまで、家賃および光熱費の名目で毎月五、〇〇〇円を贈与すると約定した旨主張する。

そのいきさつというのは、次のとおりである。

(一) 原告は、昭和二四年一〇月ごろ、被告を原告の二女君子の事実上の婿養子として迎え(昭和二五年八月一八日君子との婚姻届をし、妻の氏である「毛利」を称した。)、原告方で家業の錻力加工業を営ませた。被告は、原告の開拓した地盤によつて得意先を獲得し、内密裡に相当の財産を貯えた。

(二) 君子は、被告と君子の妹で近隣に嫁いでいたタエ子との私通関係を苦にして、昭和三六年一二月五日自殺した。このことがあつて被告は昭和三七年二月二五日、君子との間に生まれた二人の子供をつれて、原告の方から別居し、同年七月に妻乃子と再婚し、原告の築いた地盤により隆盛に錻力加工業を営んでいるのであるが、別居の少し前、原告に対し、別居後も親子の交際を保つことを誓約し、前記の贈与契約を結んだ。

二、これに対し、被告は、原告に対し、家賃および光熱費の名目で毎月五、〇〇〇円を贈与することを約したことは認めたが、その期間が同年二月から原告が死亡するまでとの点を否認し、なお、被告の右債務は自然債務であると次のとおり主張した。

すなわち、被告は別居前の昭和三七年二月上旬、娘君子を失つた原告に同情し、当分の間毎月原告に小遣を与えることを申出で、原告も承諾し、原被告間の仲介をした坂上登が、右の趣旨を誓約書に「家賃および光熱費代金五、〇〇〇円を支払うものとす」と表現したが、その実質は被告から原告に恵与する小遣であるから、被告は法律上の債務を負担するものでないことを言明し、原告の方でも被告の任意の履行にまつことを了承した。その意味を表わすために誓約書に「被告は原告に対し、毎月生活の事情が許す限り、家賃および光熱費代金五、〇〇〇円を支払うものとす。但し病気その他の理由によりやむをえぬ時はこの限りにあらず」と記載されたのである。したがつて、右誓約書に基づく毎月五、〇〇〇円の支払は原告から訴求することが許されない、いわゆる自然債務である。

〔判決理由〕一、被告が昭和三七年二月上旬、原告に対し家賃および光熱費の名目で毎月五、〇〇〇円を贈与することを約したことは当事者間に争いがない。

二、被告は右の債務は自然債務であると主張する。

<証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。

1 被告(大正九年生れ)は、昭和二四年一〇月ごろ、原告(明治二八年生れ)から、結納を貰つて原告の二女君子の事実上の婿養子となり、原告方に同居した。被告と君子は、昭和三五年八月一八日婚姻届をし妻の氏「毛利」を称し(この点は争いがない)、原告と被告は養子縁組届をしなかつたが、当事者も世間も、被告を婿養子と思つていた。

2 被告は、はじめ二箇月程、原告と一緒に家業の錻力加工業に従事したが、気難しい原告とは日常生活でも仕事の上でも意見が合わず、原告から「被告は金をごまかす」といわれたこともあつて、三年位、実兄の所で働いた。その後、被告はまた原告方で錻力加工の仕事をするようになつたが、二人は折合いが悪く相互にほとんど口を利かず、同じ店舗で同じ仕事をしていたのに別々に注文をとり、別々に材料を仕入れ、時々いさかいを起していた。

3 被告と君子との間には、長女育代(昭和二五年生れ)長男善紀(二七年生れ)ができたが、君子は不仲の原被告の間で、ノイローゼになり、昭和三六年一二月五日自殺した(自殺は争いがない)。原告は君子が自殺したのは、被告が同女に辛く当つたからだと思つていた。

4 このようなことがあつて、被告は原告方から別居することになり、昭和三七年二月上旬、被告・君子の仲人の松田潤治と得意先の坂上登の二人が、原、被告の仲に入つて被告の別居に関して双方が守るべき事項を定め、次のような誓約書を作成し、原被告および前記両名が立会人として捺印した。

「今般原告(以下甲と称する)宅より被告(以下乙と称す)は別居するに際し、左記事項を甲乙紳士的に守り別居後といえども親子の交際を深く保つことを約束します。

(一) 乙は別居するに際し乙名義の西成区新開通一の一二番地宅地二三坪六合を甲にその権利を譲ること。

(二) 乙は右土地の代金支払の責に任ずること。

(三) 乙の名義にかかる電話は乙が別居先へ移すこと。但し電話局の許可のある迄は甲がこれを保管し使用する。電話料金は乙が支払うものとす。

(四) 乙は甲に対し毎月生活の事情が許す限り家賃および光熱費代金五、〇〇〇円を支払うものとする。但し病気その他の理由によりやむを得ぬ時はこの限りに有らず。

(五) 甲は乙の別居生活に対し何ら指図することを得ず。

(六) 甲は乙に対し、乙の所有権にかかる道具類、物品什器を別居先へ搬出することをさまたげない。

(七) 乙の亡妻が所有せる衣類、道具類は乙の長女に一部搬出する。残は甲の三女に与えること。

右事項両者堅く誓約致します。

5 誓約書一項の土地は、原告の住居(借家)の敷地であり、以前に国から被告名義で買受け代金を年賦で支払つていたものである。この土地の譲渡を原告が主張したので、前記のとり決めができた。四項の金銭支払については原告から特に要求しなかつたが、誓約書の原案を作成した坂上登が、被告は原告の養子だと思つていたため、親子である以上、被告が別居しても老令の原告の生活費を支給するのが妥当と考え、この条項を書いたものである。坂上自身としては、毎月五、〇〇〇円の金は、被告が任意に支払えばよいが、払わなくても強制はできないという軽い意味に解釈していた。被告も当時は原告の養子だと思つており、毎月小遣として右金銭を支払うが、被告が病気にかかつたり再婚して生活状態が変つたら当然支払わなくてもよいものと考えていた。原告は字が読めないので、坂上から誓約書の各条項を読んでもらい、異議なく納得したが、被告が右金銭を支払わない場合はどうなるかについて説明してもらわなかつた。

6 被告は、昭和三七年二月下旬、長女と長男をつれて原告方から肩書住所に別居し、錻力加工業を営んだ(争いない)。被告は同年七月九日、原告との姻族関係を終了させる旨の届出をしてもとの「和泉」の氏にもどり、妻乃子と再婚した(再婚は争いない)。被告は、昭和三七年三月から同年九月まで毎月五、〇〇〇円ずつ原告方に持参して支払い、家賃の通帳に原告の受領印を押してもらつていた。原告は同年一二月にまとめて一〇、〇〇〇円を支払つたが、その後は支払をしなくなつた。

7 原告は、被告の別居後も錻力職をして月収三〇、〇〇〇円から四〇、〇〇〇円をあげ、後妻のケイと二人でくらしている。原告は、被告からの毎月五、〇〇〇円の支払がとだえて後、本訴提起の直前まで、被告に対し支払を請求しなかつた。

8 被告は、昭和三八年七月ごろ、原告に対し誓約書一項の土地を譲渡したが、その後で、原告を相手取つて誓約書四項の金銭支払部分が無効であるとの調停申立をした。しかしまとまる見込がなくて取下げた。

以上認定の諸事実から考えると、原被告が前記誓約書を作成した目的は、当時すでに完全に破綻していた原被告の事実上の養子関係を解消して被告が円満に原被告方から転居すること(誓約書に「親子の交際を深く保つこと」という文言があること自体、事実はその逆であつたことを推測させる。)。そのために双方の財産関係を清算し、あわせて被告が老令の原告夫婦の生活費の一部を将来にわたつて負担することを定めるにあつたと認められる。

誓約書の内容は、被告に電話の持出しを認めるなどの配慮はしているが、全体として被告に不利である。この点は、被告の供述するように、当時被告は原告の養子だと誤信していたことが一つの原因であろうが、また、前掲各証拠によると、被告が原告に対して仕事の上とか、君子の自殺に関して、なんらかの負い目を感じていたからではないかと窺えないでもない。

誓約書四項の金銭支払約束の法的拘束力について、立会人の坂上登や被告自身は、強制できないものと考えていたようであるけれど、原告がそれを了解していたという確実な証拠はない。「紳士的に守る」との文言も本件では、誠実に履行するという以上に特別な意味をもつとは解されない。「生活の事情が許す限り」との文言は、証人坂上登の供述を参酌して考えると、結局、但し書と同じ趣旨であり、被告が病気などで仕事ができなくなるとか、その他それに準ずるやむをえない理由で収入が減少し、被告とその家族の生活を維持することができなくなるような場合には、被告の金銭支払義務が消滅することを定めたものと解すべきである。

以上の理由のほか、本件誓約書は、立会人二人が仲に入つて原被告納得の上で書面に作成したものであることを考え合わせると、被告の金銭支払義務が、単に被告の誠意に基づく自発的履行を期待したもので、請求できない性質の債務であるとは認められない。むしろ、前述の特殊な解除条件を付した通常の終身定期金債務とみるべきである。したがつて、本件金銭支払義務が自然債務であるとの被告の抗弁は採用することができない。(麻植福雄 石川恭 高野国雄)

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